可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

2.温泉旅行初日

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 もらえた休みは四日間。
 旅行準備は全国ツアーで国内旅行をしていたのでなんの問題もないと信じていたのだが、奏歌くんが今回も教えてくれた。

「旅館はホテルみたいにクリーニングサービスがないんだって、母さんが言ってた」

 全国ツアーの間はクリーニングサービスを使って服は洗濯していたし、下着は手洗いして干しておくことを茉優ちゃんから教えてもらった。そういうことができないとなると持っていく荷物は自然と多くなってしまう。

「汗をかいたときのために、下着も多めに持って行かなきゃいけないでしょう……夏だから毎日着替えるし、サンダルも必要だし」

 悩む私に奏歌くんが提案する。

「キャリーケースに入れたらどうかな?」
「あれで良いかな? 大きすぎない?」

 フランス旅行にも全国ツアーでも活躍したキャリーケースは大型のものなので、四日間の温泉旅行には少し大袈裟ではないかと私は心配していた。年末年始に篠田家に泊まるときもあのキャリーケースを持って行っているが、そのたびにやっちゃんから驚いたような目で見られているのだ。

「年末年始もあれ、『多すぎじゃない?』って顔でやっちゃんに見られるんだよ?」
「そうだね……もうちょっと小さいキャリーケースがあれば……」

 もう少し小さいキャリーケースがあれば、年末年始に篠田家に行くのにも使えるし、今回の旅行にも使える。奏歌くんの言葉に私は小さめのキャリーケースを買うことを決めていた。
 奏歌くんとデパートの鞄売り場に行ってキャリーケースを見せてもらう。

「そちらのキャリーケースは国内の機内持ち込みができるサイズの中で一番大きなものですよ」

 国内で飛行機に乗ることが私にあるだろうか。
 店員さんの言葉に考えてしまったけれど、全国ツアーの北海道には飛行機で行ったことを思い出す。そこから東京への移動も飛行機だった。
 飛行機の機内に持ち込めるのならば、役に立つことがあるかもしれない。

「海瑠さん、この色可愛い」
「こちらは、限定色のラベンダーとなっております」

 綺麗な薄紫のキャリーケースを奏歌くんが見せてくれる。布製だが撥水加工がしてあって、デザインもお洒落で可愛かったので、私はそれを買うことに決めた。支払いを済ませようとすると奏歌くんが私に鞄売り場の片隅に置いてあるバッグを見せた。そのバッグはキャリーケースと同じ色でデザインもよく似ている。

「お客様、そちらはキャリーケースの持ち手の部分につけられる仕組みになっております」

 キャリーケースの持ち手に通す部分が付いていて、キャリーケースに付属して付けられるバッグ。取り外せばそれだけで持ち運びもできると聞いて、私はキャリーケースと付属のバッグの購入を決めた。

「奏歌くんのおかげで良い買い物が出来ちゃった」
「海瑠さんにぴったりの色とデザインだもんね」

 ホクホクとしてマンションに戻って、四日分の荷物と、少し多めの着替えをキャリーケースに入れて、持ち運ぶ荷物を付属のバッグに入れると準備が整った。

「百合が川に作られたプールを探してくれたの。宿の近くみたいだから行こうね」
「川のプール! 行ってみたい!」

 温泉だけでなく観光も楽しめそうだと私はわくわくして旅行の日を待った。
 当日は百合が車で迎えに来てくれる。篠田家に寄って、百合は奏歌くんを車に乗せた。

「海香さんと宙夢さんとさくらちゃんは、美歌さんの車で行くみたいよ」
「それじゃ、やっちゃんの車は茉優ちゃんと二人きりか」

 やっちゃんと茉優ちゃんの関係がどうなっているのかは分からないが、キッチンで料理をするやっちゃんを茉優ちゃんが手伝っている場面も見たことがあるし、良好なのではないかと思っている。
 茉優ちゃんも中学二年生という思春期だが、やっちゃんのことが変わらずに好きだというのが見て取れた。
 二人きりの車の中で二人は何を話しているのだろう。

「海瑠さん、海が見えるよ!」

 高速道路に入った車の窓から、奏歌くんが外を指さす。そちらに視線を向けたら、青い海が強い日差しの中できらきらと輝いているのが見えた。
 海には近い宿ではないので行くことはないが、奏歌くんも海に行きたいのだろうか。

「奏歌くん、海で泳いだことある?」
「うん、あるよ」
「海に行きたい?」

 今年の夏休みが奏歌くんと長期間過ごせる最後の夏休みなのだとすれば、やれることはできるだけしておきたい。

「海かぁ。やっちゃんと行ったときは、すごく焼けて、皮膚が剥けちゃったんだよね」
「え!? 日焼け止め塗らなかったの?」
「塗ったけど、それでもダメだった。海瑠さんはそんなに日焼けしたら困るでしょう?」

 自分の行きたい気持ちよりも私の日焼けを心配してくれる奏歌くんの紳士な気持ちに、私は心打たれてしまう。

「海には行きたかったらやっちゃんと行くから、海瑠さんとは別の場所に行こう」
「別の場所ってどんなところ?」
「僕も旅行ガイドで調べたんだよ」

 温泉地の旅行ガイドを奏歌くんがリュックサックから出して見せてくれる。付箋の貼ってあるページには、「トンボ玉作製体験」の文字が書いてあった。

「ガスバーナーでガラスを溶かして、トンボ玉を作れるって書いてある。僕と海瑠さんで作ったら、思い出にならない?」

 奏歌くんと二人でトンボ玉作製体験をする。それは物凄く楽しそうだった。

「私もやりたい!」
「茉優ちゃんもやりたいって言うかもしれないね」
「みんなで行けばいいよ」

 二人きりではないかもしれないけれど、旅の思い出ができそうで私はワクワクしていた。
 旅館に着くと荷物を降ろしてチェックインする。
 美歌さんと海香が予約の手配もしてくれたし、チェックインも全員分してくれたので私はロビーで待っているだけで良かった。ロビーのお土産が売っているスペースに、木で作ったパズルがあった。家や矢印などのシルエットがあって、パズルのピースを合わせてその形を作る仕組みのようだ。

「面白そう……」
「お部屋に置いてありますよ。遊んでみて気に入ったらお土産にどうぞ」

 店員さんが声をかけてくれて、私は部屋でそのパズルで遊んでみることにした。
 部屋は、私と百合と美歌さんと茉優ちゃんが同室で、やっちゃんと奏歌くんが同室、海香と宙夢さんとさくらが同室の三部屋だった。

「女部屋は広いから遊びに来て良いわよ」
「うん、行くね! トランプ持って来たんだ!」

 美歌さんに許可をもらって、奏歌くんがやっちゃんと荷物を置きに部屋に入って行く。三部屋は近い位置にあった。
 女部屋と美歌さんが呼んだ部屋は広い和室だった。窓際に座れるように椅子とテーブルのセットもあるが、基本的に畳の上に座布団で座る形式のようだ。

「あ、パズル、あった」

 ローテーブルの上にはお茶のセットとお菓子とパズルが置いてある。荷物を置くとローテーブルの傍の座布団に座って、私はパズルに挑戦してみた。シルエットの形にどう組み合わせればできるのか難しくて全然分からない。

「海瑠さん、何やってるのかな?」
「お土産売ってるところでこのパズル見つけたの。気になってて」

 部屋に遊びに来た奏歌くんも一緒になってパズルをやってみる。奏歌くんはパズルの法則性に気付いたようだった。

「最初の形から、変形させたらできるんじゃないかな?」
「こんな感じ?」

 パズルに熱中している私に百合も覗き込んでくる。

「この小さな三角を、こっちにずらしたら?」
「あ、家の形ができた!」

 三人寄ればなんとやら。
 パズルを攻略していく私たちに美歌さんが声をかける。

「夕飯の前にお風呂に入るけど、家族風呂が良いかしら?」
「家族風呂でお願いします」
「海瑠、大浴場に入ったら悲鳴上げられそうだもんね」

 悲鳴?
 心当たりがないわけではない。
 私がデパートなどの女子トイレに入ると、じろじろ見られることが時々あるのだ。男役で普段からそのイメージを壊さない格好をしているせいか、私は女子トイレで性別を間違われかける。私の身長が176センチもあるのもいけないのだろう。

「私は大浴場に行くわ。茉優ちゃんも一緒に行く?」
「良いんですか?」

 家族風呂ではなく大浴場に行きたかったようで、茉優ちゃんは百合に付いて行って大浴場に行くことになった。私と美歌さんは、さくらと家族風呂に入る。

「あれ? 海香は?」
「先輩は大浴場に行くって言ってたわよ。久しぶりに一人のお風呂を堪能して来るって」

 さくらを預けて大浴場に行く海香を責めることはできない。美歌さんの前では大人しいさくらが海香の家ではとてもやんちゃなのを私は知っていた。
 家族風呂の鍵を借りて来て、さくらも預かって来た美歌さんと一緒に、私は家族風呂に行く。
 温泉旅行初日のお風呂に私はちょっとだけ緊張していた。
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