可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

8.セクハラは許しません

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 旅行から帰った日は奏歌くんとゆっくり過ごして、次の日から私は秋公演の稽古に戻った。
 その日の朝は奏歌くんの部屋をノックすると蝙蝠の姿でへろへろと飛んで出てきた。手の平の上に乗せて撫でていると、奏歌くんが不満そうにお願いしてくる。

「海瑠さん、血を頂戴」
「もうちょっと撫でてたらダメ?」
「恥ずかしいよ」

 泊って行ってくれた日くらいしか蝙蝠の奏歌くんを堪能できないのでもう少し撫でておきたかったが我慢して、私は奏歌くんに手首を差し出した。血を飲んだ奏歌くんは人間の男の子の姿になる。
 朝ご飯を泊って行った奏歌くんが作ってくれて、冷凍食品も交えて奏歌くんがお弁当も詰めてくれて、帰るまで奏歌くんが部屋で待っていてくれる。最高の気分で稽古場に出かけた私は、妙な噂を聞いた。

「海外から客演で男性の演出家さんが来るのよ、海瑠!」

 教えてくれたのは百合で、私は男性の演出家さんという響きに引っ掛かりを感じる。
 私たちの劇団はOG科を除いて、全員が未婚の女性で構成されている。OG科も恋愛や結婚が規則で禁じられなくなったが、所属しているのは女性の劇団員のみだ。

「男のひとなの?」
「そうらしいのよ……うちは女ばかりだから面倒なことにならないといいけど」

 海外の有名演出家さんが劇団の人気を聞きつけて、少しでも演出に関わりたいと言ってきたらしいのだが、女性だけの劇団をどう思っているかは分かったものではない。
 お客様の夢を壊すようなことをされたらいけないと警戒する私に、他の劇団員たちも警戒していた。

「イケメン演出家で通ってるから、軽くて遊んでるっていう噂よ」
「自分の容姿に自信があって、女性がやる男役なんて馬鹿にしてるのかもしれない」

 私たちは誇りをもって男性よりも男性らしい仕草を研究し、男役を演じている。女役は男役を引き立てるために、より美しく可憐な演技と仕草を研究して舞台に立っている。それを女だらけだからと鼻の下を伸ばして演出をされるのは迷惑だ。

「劇団の上層部が断らなかったのかしら」

 劇団員たちが話しているのに私と百合は耳を澄ませる。

「フランス公演のときにお世話になったオペラ座の紹介みたいで、演出家なら仕方がないって判断みたい」
「女だって舐められたら冗談じゃないわ」

 男性が嫌いなわけではないが、私たちは男役として舞台に立っている。それを壊すようなことをされては困ると、海外からの演出家の話には最初から嫌な予感しかしていなかった。
 稽古が終わってマンションの部屋に戻ると、奏歌くんがエプロンを着けてキッチンに立っている。私を見てキッチンから顔を出して「お帰りなさい」と言ってくれた。
 これだけでどれだけ心が癒されるか分からない。

「晩ご飯は、豚肉の生姜焼きと、お味噌汁と、千切りキャベツとトマトとキュウリのサラダと、炊き立てのご飯だよ」
「豚肉の生姜焼きができるようになったの?」
「生姜はチューブのを使ったけど、作れるよ」

 チューブの生姜と生の生姜の違いが私には分からないので、チューブの生姜でも十分すごい気がするのだが、奏歌くんは生の生姜の方が大変なのだと話してくれる。

「生の生姜だと、すりおろさないといけないし、残った分の保存もしないといけないんだ」
「そうなんだ。チューブって便利なんだね」

 食卓にお皿を並べながら奏歌くんと話をする。
 席について、お土産に買った螺鈿細工の桜の花びらの模様のお箸を使って、晩ご飯を美味しくいただいた。食べながら客演の話を奏歌くんにする。

「あまり良い噂のない演出家が来るみたいでね」
「そのひと、調べてみよう」

 食べ終わると奏歌くんの言うとおりにインターネットでその演出家のことを調べてみた。握り潰されているが、セクハラ事件などが出て来て、遊んでいるイメージのある演出家というだけではなく、本当に危険な相手なのだと理解できる。

「もし劇団で何かあったら、すぐに追い出してやるんだけどな」
「尻尾を出すかな?」

 泣き寝入りしそうな気の弱そうな子を狙うのではないかと心配する奏歌くんに、私も同感だった。こういう輩は訴えてももみ消せそうな相手しか狙わないのだ。
 劇団には専門学校を卒業した17歳か18歳の子から端役として活躍してくれている。そんな若い子がネームバリューのある海外の演出家に何かされて、それを言えないままにいるなんていうことになったら、私は絶対に許せない。

「気を付けて見張ってないと」
「海瑠さんもそういう立場になったんだね」

 しみじみと奏歌くんが言ってくれるのに、私は六年前のことを思い出していた。あの頃は全然男性のことが分からずに、警戒心もなく、私が気を持たせるようなことをしてしまったのが今なら分かる。男運の悪さは私の自業自得でもあったのだ。
 女性と仲良くなると、異性のように扱われて面倒くさくなって、男性とならば同性のようなさっぱりとした付き合いができるのではないかと考えた私が愚かだったのだ。私は付き合ってないのに付き合っていることにされてしまったり、ストーカー被害にあったり、結婚詐欺にあったり、あの頃は散々だった。
 奏歌くんと出会ってから、私は寂しさゆえに他人を求めていたけれど、本当に心許せる相手はいなくて、ずっと孤独を感じていたのだと理解した。私に優しく紳士で可愛い奏歌くんにならば、私の本性も話せて、私は孤独ではなくなった。
 若い頃に失敗をしてしまったからこそ、私は今の若い子たちを守らなければいけないと思っている。

「海瑠さんも気を付けてね? 海瑠さんもすごく魅力的で綺麗な女性なんだからね」

 腕力のある私をゴリラというひとが多いし、背も高すぎる、胸もないと言われる中、奏歌くんは一貫して私のことを女性として大事にしてくれる。奏歌くんが大事にしてくれる自分だから、もっと自分のことを大事にしなければいけない、他の団員にも自分のことを大事にして欲しいと思えるようになれた。
 奏歌くんに出会ったことが私にとっては人生の岐路だったのだ。
 翌日に奏歌くんは家に帰らなければいけなかったけれど、私に言ってくれた。

「海瑠さん、危ないと思ったらちゃんと逃げるんだよ。僕、海瑠さんのことを助けに行きたい」
「奏歌くんの気持ちだけで私は強くなれるわ。ありがとう、奏歌くん」

 稽古場に行くと客演で来ている海外の演出家が舞台に上がって指導するということで、百合と私で視線で会話をする。
 絶対に私たちの劇団では好き勝手させない。
 トップスターの男役と女役が目を光らせているのだ、海外の演出家も自由には動けないだろう。

「ハジメマシテ、ヨロシク」

 握手を求めてくる海外の演出家に、百合が私の前に立つ。

「女性ばかりの劇団だけど、男役は男性以上に男性らしく振舞うように練習してるから、かすまない様に気を付けてね!」
「ニホンゴ、ムズカシ」

 絶対に意味が通じているだろうと思いながらも私と百合で海外の演出家を睨んでいた。
 舞台に立つと演目に集中するのだが、男性の群舞でわざと海外の演出家が男役の若い子に接触している感じがして、私は稽古を止めてもらう。

「今、その子の身体に触りませんでしたか?」
「シドウシテタダケネ」
「指導でも体に触れないでください」

 劇団の演出家の先生は劇団員にみだりに触れたりすることはないし、指導のときにも劇団員を守ってくれるが、この海外の演出家はそんなことはない。遠慮なく舞台の上に上がって、隙があれば男役女役構わず触って来ようとする。
 舞台の上に上がってくる海外の演出家の動きを気にしながらだと、私も稽古に集中できなくて苛々してしまう。
 女役の役者とのダンスも、海外の演出家は指導だとかこつけて、腰に手を当てるだけではなくて、お尻の方まで触ろうとしている気がする。

「あっちばかり気になって集中できない!」

 文句を言おうと私が詰め寄ると、海外の演出家は何を勘違いしたのか、にやにやとしている。

「ボクガ、キニナル?」

 そういう意味じゃないと言おうとしたところで、海外の演出家の顔に何か茶色の塊がぶつかって来た。驚いていると、海外の演出家がその場にこける。
 茶色の塊を急いで拾うと、私は手の平の上に乗せた。
 蝙蝠になった奏歌くんだ。

「ナニ? シカイガマックラニ……」
「先生、このひと体調が悪いみたいです。病院に連れて行ってください!」

 舞台の上で倒れてしまったということで、海外の演出家は病院で検査をされることになった。誰も蝙蝠の奏歌くんが海外の演出家の顔に張り付いたことに気付いていない。
 私は手の平に奏歌くんを隠して劇団の演出家の先生に相談した。

「あの演出家、妙な噂があるみたいです。指導だと言って若い子にべたべたしてるし、私が演技に集中できません」
「海瑠さんが演技に集中できないのは困るわ」
「私も気になって演技どころじゃないわ」
「百合さんまで」

 海外の演出家が病院で検査を受けさせられている間に、今回の客演は受けるが、海外の演出家は劇団の演出家と常に行動を共にして、それ以外の劇団員に接触することはないように変えられた。
 楽屋に戻ると奏歌くんが重ねて隠していた手の平から出てくる。

「どうしても心配で、家を抜け出して飛んできちゃった……」
「奏歌くんのおかげで助かったわ」

 手首から血を分けて奏歌くんを人間の姿に戻して、やっちゃんに連絡して迎えに来てもらう。海外の演出家は一切劇団員に接触することのないように劇団の演出家の先生が守ってくれて、通訳を挟んでそれ以外舞台に指導であっても上がらせないことが決まって、私は安心して秋公演の練習に打ち込むことができた。
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