可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

2.奏歌くんを私色に染めて

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「あれ? なんか……あぁ!?」

 異変には気付いていたようだ。
 奏歌くんは小さい頃から着るものに結構な拘りがある。私と出会った6歳の頃ももう小さくなっていたのにセーラー襟のシャツをおへそが見えるように短くなりながらも着ていた。
 それでもまさか、私のマンションで奏歌くんのシャツが裂けてしまうとは思わなかったのだろう。

「前々からちょっと裾が解けて来てるなとは思ってたんだけど、縫えばいいかと手直ししてて……」

 裾の部分は解けているだけでなく擦り切れていて、襟も若干擦り切れている奏歌くんのシャツ。破れるとは思っていなかったのか奏歌くんはショックそうだったが、続いてまた大変な事態に陥ってしまった。
 リュックサックから着替えを取り出したらリュックサックの肩紐が千切れ、チャックが外れ、中から出したシャツは着替えようとしたら袖が破れた。

「奏歌くん、リュックサックとシャツ、買いに行こうか?」

 普段ならば勿体ないとか、いらないとか言いそうな奏歌くんもこの事態には勝てなかった。私が出した無地の七分袖のシャツをロングシャツ風に着て、こくりと恥ずかしそうに頷いた。
 中学になったら買い替えると思っていたリュックサックも、小学校入学のときに勝ったもののままの奏歌くんは相当物持ちがいいようだ。よく見ると履いているハーフパンツも膝が擦り切れて、縫ってある。

「トップスターになって給料も上がったから、奏歌くんを思い切り自分好みにしちゃおう!」
「海瑠さん、母さんからちゃんと払うようにしてもらうよ」
「いいのよ、私がしたいんだから」

 年下の可愛い奏歌くんに貢げるなんて幸せだ。大好きなひとのためにお金を使うのは惜しくない。そんな私に遠慮しながらも奏歌くんは裾の長いシャツを着て買い物に付いて来てくれた。
 まずはデパートから服を見て回る。いきなりマダム・ローズのお店に連れて行ったら、奏歌くんは絶対に買うことを許してくれないだろう。かつてはお金目当てのひとたちばかり周囲にいたため、奏歌くんの感覚は私にとっては新鮮で暖かなものだった。
 男性物のSサイズのTシャツや細身のジーンズを見て回る。下着は私が選ぶと恥ずかしがりそうだったし、手を出してはいけない領域だと認識していたので、ジーンズやパンツを見て回る。
 試着室に入っては奏歌くんが私に着た姿を見せてくれる。

「メンズスカート!? なにこれ!」
「男性のためのスカートみたいだよ。パンツの上に履くんだって」

 黒いパンツと合わせた細かなひだのあるスカートを見て私はテンションが上がって奏歌くんに着てもらった。スカートとパンツの組み合わせが面白い。
 シャツは奏歌くんは襟のあるものが好きなようだった。ポロシャツタイプのものや、ワイシャツのような形のものを選んでいく。
 持っていた籠はすぐに一杯になってしまった。

「こんなにいいのかな?」
「私の部屋に置いておく着替えにしてもいいし、持って帰ってもいいし、いいんじゃないかな」

 破れるまで大事に着てくれるのならば服も本望だろう。
 紙袋一杯の服を買って、続いては鞄売り場に行く。奏歌くんの新しいリュックサックを買うのだ。リュックサックでなくてもいいのかもしれないが、奏歌くんはなんとなくいつもリュックサックを背負っているイメージがある。

「これ、可愛いかも」
「四角いリュックサックだね。出し入れ口に金具が入ってる」

 四角く整えられた形のリュックサックは、紺色に赤いポケットでなかなかかっこいい。奏歌くんに合わせてみるとぴったりのようだった。
 これで買い物は終わったと安心する奏歌くんに、私はまだ買い物を終わらせる気はなかった。これまで買ったのは奏歌くんの普段着で、ちょっとしたお洒落着も買っておきたい。
 タクシーで向かったのは奏歌くんが小学校に入学する年にセーラー襟のシャツを買ったアンティーク風のお店だった。マダム・ローズのお店に連れて行きたかったけれど、お値段的に奏歌くんが許さないような気がしたのだ。

「奏歌くん、久しぶりにこれ、着てみない?」

 セーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットを示すと、奏歌くんは躊躇っているようだった。

「もう僕いっぱい買ってもらったよ?」
「あれは普段着。これはちょっとお洒落な服」
「海瑠さん、やりすぎてない?」

 ちょっとむくれたような奏歌くんに私は両手を合わせて頼み込む。

「お願い! 私のために着て!」

 私好みの奏歌くんになって欲しい。これは完璧なる私の我が儘だった。頼み込まれて奏歌くんはしばらく困った顔をしていたが、渋々試着室に入っていった。
 紺色のセーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットは奏歌くんによく似合った。これならば秋になっても着られるだろう。

「これで私の秋公演に来てね」
「海瑠さん、これで終わりだからね?」
「はーい!」

 これ以上は買わないと宣言する奏歌くんに返事をして、私はセーラー襟のシャツとスラックスとカーディガンのセットの料金を払った。
 帰りは直接篠田家にタクシーで行った。美歌さんに調子に乗って奏歌くんにたくさん服を買ってしまったことを報告しなければいけない。これは奏歌くんがねだったわけではなくて、私が勝手に買ったのだ。
 デパートで買ったおやつの大福の箱を持って篠田家に入ると、廊下で追いかけっこをしていたさくらと美歌さんと目が合う。私を見た瞬間、さくらは大福の箱を指さした。

「おいちいの! たべちゃい!」
「ちょっと、さくら、挨拶がそれ?」
「いらったい」

 なぜかさくらに頭を下げて「いらっしゃいませ」をされてしまう私と奏歌くん。奏歌くんに至ってはここが自分の家なのに、さくらの方が自分の家のような顔をしている。

「海香先輩からさくらちゃんを預かってほしいって頼まれたのよ。私も仕事が休みだったし、さくらちゃんと遊びたかったし」
「みぃたん、さくとあとびたかった! さく、みぃたんとあとびたかった!」

 自分たちは両想いとでもいうようなさくらの誇らし気な顔にため息を吐く。
 大福を出すと美歌さんがお茶を淹れてくれて、茉優ちゃんも降りて来ておやつの時間になった。

「奏歌くんのシャツが裂けちゃって、リュックサックは肩紐が取れて、ジーンズは擦り切れていたので、つい買っちゃいました」
「ごめん、母さん」

 奏歌くんが謝ることは何もないのにしょんぼりしている奏歌くんに、美歌さんが苦笑している。

「奏歌は勿体ないって全然服を買わないし、自分の格好に構わないから、心配してたんです。破れそうになっても、自分で縫っちゃうし」
「あれ、自分で縫ってたんですか?」
「そうなのよ。絶対それを着るって譲らなくて」

 6歳の頃から奏歌くんは変わっていない。気に入っているものは絶対に譲らなかった。六年経っても変わらないものだとしみじみしていると、奏歌くんが美歌さんに言う。

「母さん、海瑠さんに代金、払ってくれる? 僕の貯金から出しても良いから」
「とんでもない! 私は奏歌くんに着て欲しいから買っただけで、代金はいりません」
「そんなのダメだよ、海瑠さん」

 言い争いになりそうになった私と奏歌くんの前で、さくらが「あい!」と手を上げた。

「さく、スカート、かーいーの。シャツもかーいーの」

 誇らしげに見せてくるさくらに私は何かを感じ取っていた。奏歌くんも同じようでじっと美歌さんを見つめる。

「えーっと、可愛いのがあったからね?」
「母さん、さくらちゃんに買っちゃったの!?」
「だって、『さく、にあうー?』って可愛く聞くんだもの」

 どうやら美歌さんも同じ穴の狢だったようだ。
 私が奏歌くんと服を買っている間に、美歌さんはさくらの服を買っていた。これは奏歌くんも私も責められないはずだ。

「母さん、さくらちゃんには甘いんだから」
「美歌さん、ちゃんと海香に請求してくださいよ?」
「私が好きで買ったから」

 ふわふわの桜色のスカートを見せびらかすようにさくらがくるくると回っている。
 きっと美歌さんは海香に請求できない。私が美歌さんに請求しないように、自分の好きで買ったのだと言ってしまう。そんな予感がしていた。
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