可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

4.真里さんのパネル撮影

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「それよ、百合さん! 掴んだわね。海瑠さんも能天気な仮面を被った貴族の後ろに浮かぶ苦悩! それを求めていたのです」

 絶賛する演出家の先生に私たちはパフェの後にしょっぱいものが食べられない苦悩を、愛する者を疑わなければいけない苦悩に当てはめたのだとはとても口に出せなかった。
 とにかく演出家の先生の望む演技はクリアできた。
 後は本番に備えるだけだ。
 安堵して休憩に入った私が食堂で百合とお弁当を食べていると、美鳥さんも近くの席に座って来た。定食を持って来ている美鳥さんは、百合と同じものを注文したようだ。

「海外でかなり実績があるけど、最近は国内で活動してる写真家さんが、今回百合さんと海瑠さんのパネルを撮ってくれるらしいですよ」

 そういえば秋公演の衣装で資料館に飾る等身大パネルの撮影をするという話は聞いていた。トップスターコンビの私と百合、それに二番手の美鳥さんと三番手の真月さんも映るはずだ。

「写真家さん……名前は聞いた気がするけど」

 職場復帰した津島さんから写真家さんの名前を聞いた気がするけれど、すっかりと忘れている私に、百合も首を傾げている。

「誰だったっけ?」

 二人してひとの話を聞かないトップスターコンビと言われる私たちに、美鳥さんが苦笑しながら教えてくれる。

「佐々真里さんですよ」
「へー佐々真里さん……えぇ!?」

 佐々真里。
 その名前は聞いたことがある。
 というか、忘れようがない。
 奏歌くんの実の父親で、やっちゃんのことが好きで茉優ちゃんをやたらとライバル視していて、茉優ちゃんにやっちゃんのことを忘れさせようとして、庇った奏歌くんに私のことを忘れさせてしまった人物だ。
 執着している美歌さんの運命の相手がさくらだと分かったときにもちょっかいをかけにきた。いい印象は全くないのだが、仕事でもう決まっていることは覆せない。
 真里さんにも運命が訪れたはずなのに、今更私ややっちゃんの職場である劇団に来るということは何かあったのだろうか。警戒しなければいけないと身構える私に、百合と美鳥さんが不思議な顔をしている。

「知り合いなの?」
「えーっと、色々あってね」

 詳しいことは話せないのだが百合と美鳥さんにも注意喚起はしておいた方がいいだろう。

「あまり良いひとじゃないのよ。奏歌くんの父親なんだけど」

 奏歌くんの父親ということは髪の色と目の色は全く違うけれど、顔立ちはそっくりなので言っておかなければいけない情報だった。伝えると百合と美鳥さんが驚いている。

「奏歌くんってお母さんしかいないんだと思ってたわ」
「それだと生まれてませんからね。そうなんですか……」

 具体的にどう危ないかを教える方法がないのが歯がゆい。真里さんが吸血鬼だということを明かしてしまうと、奏歌くんの正体もバレることになるし、その繋がりで私の正体も危ういかもしれない。
 人間に紛れてひっそりと暮らす私たちの生活を壊さないためには、真里さんのことを詳しく話せない。詳しく話せないとなると、どう気を付ければいいのかも言うことができない。
 真里さんが相手の記憶を奪ったり、操ったりして血を奪う吸血鬼であることは、若い女性も多いこの劇団にとっては危険なことだった。
 その日の稽古が終わると私は篠田家に行って美歌さんに相談することにした。部屋で待っていてくれる奏歌くんに簡単に事情を話して、篠田家に戻ることを告げる。

「劇団のパネル撮影に真里さんが来るらしいのよ。美歌さんとやっちゃんと話し合いたいから、篠田家に行ってもいい?」
「父さんが? もちろんだよ、海瑠さん!」

 心強い返事がもらえて私はほっと胸を撫で下ろした。
 篠田家に行くと美歌さんも仕事から帰ったところで、やっちゃんも呼んでもらってみんなで晩ご飯にする。

「劇団のパネル撮影に真里さんが来るみたいなんです」

 夕食の席で単刀直入に相談を持ち掛けると、美歌さんが奏歌くんを見た。

「奏歌、その日は劇団に行ける?」
「僕は行けるけど、いいのかな?」
「安彦、なんとか理由を作れない?」

 百年以上の時間を生きている真里さんに対抗できるのは、吸血鬼同士の間に生まれた力の強い吸血鬼の奏歌くんくらいだと美歌さんは判断したようだった。奏歌くんが小学生のときならばまだ家に一人で置いておけないからとか理由を付けて劇団に連れて来ることができたが、中学生になっているのでそういうことも難しい。
 考えた結果、やっちゃんは奏歌くんに大きな茶封筒を渡した。

「俺がそれを忘れたことにするから、届けに来てくれるか?」
「分かった。ありがとう、やっちゃん!」

 これで奏歌くんの来る口実はできた。
 パネル撮影の当日、出来上がった衣装を着た百合が壁に手を付いて深呼吸をしていた。

「きついの?」
「ちょっとだけ……やっぱりパフェもやめておけばよかったかも」

 ウエストがきついせいか百合の表情が曇っている。それが苦悩の表情に見えて私ははっと息を飲んだ。

「百合、その表情よ」
「これ? 私、良い感じに悲壮感出てる?」
「良い感じ!」

 言えば百合は「これかー」と納得して表情を覚えていた。こういうときでも百合はプロ意識が高い。
 悲壮感の出せる衣装として百合の中で納得がいったのだろう、それ以後百合はその衣装について文句も何も言わなかった。
 撮影の準備が整うと、寄り添う私を百合を真里さんが撮っていく。愛し合う甘い表情から、苦悩を底に湛えた表情まで。
 選ぶのは演出家の先生だ。
 私たちのパネル撮影が終わると、美鳥さんと真月さんの番になる。二人ともポーズを決めて順番に映してもらう。

「やっちゃん、これ!」
「あぁ、ありがとう、かなくん。撮影終わったらお礼にお茶を奢るから、ちょっと待ってて」

 忘れ物を届けに来た態で奏歌くんが来て初めて、私はやっちゃんも撮影を手伝っていたのだと気付いた。奏歌くんにしか主に興味がないので私は周囲もよく見ていないようだ。
 休憩時間になると真里さんが廊下に出て行くのが分かる。奏歌くんとアイコンタクトをしてそっとついていくと、真月さんに話しかけているのが分かった。

「君、とても綺麗な子だね」
「役者ですからね。ありがとうございます」
「とても美味しそうだし」

 真里さんの目が赤く輝いた気がして、私は思わず真月さんと真里さんの間に入っていた。舌打ちする真里さんに、奏歌くんが地を這うような声で問いかける。

「父さん、何をしようとしたのかな?」
「なにも。話をしていただけだよ。被写体の緊張を解すのも仕事だからね」

 笑いながら言う真里さんが凝りている様子は全くない。
 ため息をついて奏歌くんが真里さんに何か言おうとしたところで、真里さんの携帯電話が鳴った。携帯電話を取り出して真里さんが通話している。

「いや、浮気なんてそんな……絶対にないよ。気のせいだって。僕は君一筋だよ」

 必死に言い訳している真里さんを廊下に置いて、真月さんを連れてひとの多くいる撮影現場に戻る。飲み物を買ってきていた真月さんは、何が起こったのか分かっていないようだった。

「なんだったんですか?」
「ナンパされそうになったんじゃないかな」
「嫌だなぁ、劇団の規則は知っているはずなのに」

 劇団に出入りするひとたちには役者が恋愛禁止だという規則はきっちり伝えられているはずだ。それすらも無視しようとした行為だと真里さんは真月さんに警戒されたようだ。
 本当は血を吸われそうになっていたなんて言えないが、これで真月さんが気を付けて真里さんに近寄らないようにしてくれれば安心だ。

「母さんがね、父さんの運命のひと? みたいなひとに連絡したんだって」
「美歌さんが手を打ってくれていたのね」

 奏歌くんが来る前に美歌さんは真里さんを束縛している運命のひとに連絡を取ってくれたようだった。どうやって連絡先を手に入れたのかは分からないが、美歌さんの素早い対処に感謝しかない。
 パネル撮影が終わった後で、真里さんは迎えに来た背の高い男性に攫われるようにして連れ帰られた。
 劇団に平和が戻って来た。
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