可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

25.春公演と湯浅さんのお母さん

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 春公演が始まる。
 春公演の日に湯浅さんとお母さんもチケットを取ったということで、二人は奏歌くんと美歌さんに会いたがっていた。時期は違うとはいえ同じ佐々真里というひとと愛し合った女性二人とその子どもたちが会う。
 どうなるのか私は心配になってしまう。

「母さんのことだから大丈夫だよ、海瑠さん。海瑠さんは公演に集中して?」
「奏歌くん……大丈夫かな?」
「海瑠さんと僕たちの過ごした時間を信じて」

 奏歌くんに言われると落ち着いてくる。
 中学校が春休みのマチネだけの日に、奏歌くんと美歌さんと湯浅さんとお母さんは会うことになった。私も舞台が終わったら合流するつもりで反省会を早く上がらせてもらうお願いをしていた。
 当日には奏歌くんは劇場に入る私を待っていてくれた。湯浅さんもファンクラブの会員で並んでいる。声をかけたい気はあったが、必死に我慢してファンクラブの皆様にご挨拶をして手紙を受け取って劇場に入る。
 緊張した面持ちの私に百合と美鳥さんと真月さんが寄ってくる。

「海瑠さん、初日だから緊張してるんですか?」
「海瑠が緊張なんて珍しい」
「ご飯は食べましたか?」

 美鳥さんと百合と真月さんに、私は朝ご飯を食べ忘れたことを思い出した。一つのことに夢中になってしまうと私はどうしても食事が疎かになる。

「早く奏歌くんが一緒に暮らしてくれて、毎朝ご飯を作ってくれたらいいのになぁ」

 しょんぼりとしている私に百合がチョコレートを、美鳥さんがおにぎりを、真月さんがクッキーをくれた。

「なんでこんなにみんな食べ物を持ってるの?」
「舞台の休憩に食べようと思ってたんですよ」
「海瑠の元気がないなら分けてあげるわよ」
「今日はいい舞台にしましょうね!」

 優しい同僚に私は囲まれている。

「ありがとう。本当にありがとう」

 心から感謝をして私はチョコレートとおにぎりとクッキーを食べた。奏歌くんと一緒に食べるときとは違うけれど、どれも美味しいような気がしていた。
 奏歌くんと出会ってもうすぐ八年になる。
 私は奏歌くん以外のひとから貰ったものまで美味しく食べられるようになっていた。それは奏歌くんが食べることの喜びを教えてくれたからに違いない。食べ物がどれだけ大切で、有難いものかを教えてくれたから、感謝できるようになった。

「美味しかった。元気が出たわ」

 歯磨きをして楽屋で化粧をして着替える。簡単な打ち合わせがある以外は、私たちはそれぞれにストレッチや声出しをして本番に備えた。
 幕が上がると私の出番からである。
 石から生まれた孫悟空が天空の桃園を荒らして、仏様にお叱りを受ける。その後岩の下に閉じ込められていた孫悟空と玄奘三蔵が出会う。

「そなたが仏様の夢で出てきた悟空か。私の弟子となって天竺までの道のりを共に行くと約束するなら、助けてやろう」
「なんでもする! 頼む、ここから出してくれ」

 玄奘三蔵から岩の下より出してもらったにもかかわらず、逃げ出す孫悟空を、玄奘三蔵はあらかじめはめておいた金の輪、緊箍児きんこじを締めて懲らしめる。仕方なく玄奘三蔵と同行することになった孫悟空に、猪八戒、沙悟浄の仲間が加わり、牛角大魔王や金角と銀角との戦いを経て、一行は天竺へと向かう。
 孫悟空と猪八戒と沙悟浄の友情と、玄奘三蔵との師弟愛の物語が繰り広げられた。
 最後のデュエットダンスは中華風のドレスの百合と中華風のタキシードの私で踊る。
 この辺りも師弟愛しかないのにおかしいと言っても、男役のトップスターと女役のトップスターは最後にデュエットダンスを踊るのだと演出家が譲らなかった。
 拍手喝さいの中で劇は終わり、幕が下りた。

「お疲れさまでした! 百合、美鳥さん、真月さん、朝はありがとう!」
「今度ダーリンにお礼でも作ってもらって!」
「私もダーリンさんの気になります」
「甘いものじゃなくてご飯がいいですね」

 百合も美鳥さんも真月さんも気軽に言うが、奏歌くんの作るものには奏歌くんの労力がかかっているのだと言い返したくなるのをぐっと抑えて私は駐車場に行った。美歌さんが車で待っていてくれて、奏歌くんが私のために車のドアを開けてくれる。
 車に乗り込んで行った先は篠田家だった。
 近くの駐車場に車を停めた湯浅さんと湯浅さんのお母さんもやってくる。

「お邪魔します」

 湯浅さんのお母さんは髪の毛の色素の色の薄い、茶色の髪の女性だった。細身で背が高くてどことなく美歌さんに似ている。

「湯浅真尋の母です」
「篠田奏歌の母です」

 お互いに挨拶をしてから、二人はじっと見つめ合っていたが、美歌さんの方がふっと表情を緩めた。

「もうあのひととは会っていないんです」
「私も、真尋を産んだ日以来会っていません」
「本当に身勝手で最低な男だった。それでも奏歌の父親だということと、養育費を払っていたから会わせていただけです」
「私も実は……銀行口座に真尋が成人する日までは振り込みがありました」

 湯浅さんのお母さんの言葉に、湯浅さんが驚いている。

「母さん、それは本当!? 僕、聞いてなかったんだけど」
「言えなかったのよ。使う気はなかったけれど、あなたが困ったときには渡そうと思って取ってあるわ。俳優なんて職業を選んじゃったから」
「僕は生計は立てられてるよ」
「それでもいつ仕事がなくなるかは分からないわ。そのときのために、帰ったら通帳を受け取って」

 湯浅さんのお母さんは湯浅さんに言えていないことがあった。父親に完全に捨てられたと思っていた湯浅さんからすれば複雑な気持ちだろう。

「奏歌くん……本当に真尋に似ているのね。真尋は弟と思っていると言ったけれど、迷惑じゃない?」
「僕、兄弟が欲しかったから、嬉しいです」
「僕も、ずっと兄弟が欲しかった」

 奏歌くんと湯浅さんのお母さんと湯浅さんの三人で暖かく見つめ合っている。

「良ければこれからもいつでも遊びに来てください。奏歌と真尋さんは兄弟なんですし」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「私たちも他人とは思えないですし」
「そうですね……最低な男に騙された同士ですもんね」

 湯浅さんのお母さんの言葉に美歌さんが笑っている。
 湯浅さんのお母さんと湯浅さんと美歌さんと奏歌くんの顔合わせは穏やかに終わった。
 話が終わると、湯浅さんのお母さんが私の方に身を乗り出してくる。

「瀬川さん、私、瀬川さんがデビューのときから応援してて」
「え!? デビューのときから!?」
「劇団に真尋を連れて行ったのも私なんです。真尋が7歳のときでした。それ以来真尋は劇団に夢中で、初めて二人でハマった役者さんが瀬川さんだったんです」

 二人でファンクラブにも入ってずっと応援してくれていたという湯浅さんのお母さんに手を握られて、私は圧倒されてしまう。そう言えば湯浅という名前でお手紙が来ていたような気がする。

「お手紙をくださったことがありますよね?」
「何度も書きました。覚えていていただけるなんて、嬉しい!」

 湯浅さんだけでなく、湯浅さんのお母さんも私の大ファンだった。

「僕もファンクラブに入っているんです。僕、海瑠さんの大ファンなんです」
「奏歌くんも! それじゃ、私と真尋と奏歌くんで応援できるわね」

 茉優ちゃんのお祖母様のことで心配したときに、莉緒さんに会ってみたら私の大ファンだった。湯浅さんのお母さんのことで会ってみたら、私の大ファンだった。

「海瑠さんのファンに悪いひとはいないって信じてます」
「私も!」
「僕も、瀬川さんのファンに悪いひとはいないって思ってる」

 意気投合してしまった奏歌くんと湯浅さんのお母さんと湯浅さん。

「ありがとうございます、湯浅さん」
「あの、湯浅さんだと母と同じなので、真尋と呼んでもらえますか?」
「真尋さん?」
「奏歌くんも、僕のことは真尋って呼んで」
「真尋兄さん」
「兄さん! そう呼んでくれるなんて嬉しい」

 大喜びの真尋さんの目がきらきらと輝いている。この表情は奏歌くんとそっくりだ。
 奏歌くんとよく似たお兄さんの出現。
 これが私たちの関係をどう変えるのか、私には分からない。
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