可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

24.さくらの誕生日と茉優ちゃんの卒業のお祝い

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 ホワイトデーのディナーショーは私はガラコンサートの客演があったので、百合を中心に演目が組まれることになっていた。私がガラコンサートの練習に行っている間に百合は美鳥さんと真月さんと、ホワイトデーのディナーショーの練習をしている。
 今回も海香の思惑なのか妙な演目が入っていた。

「私が男装して、女装の美鳥さんと真月さんに口説かれるっていうのがあるのよ」
「百合が男装!?」
「美鳥さんと真月さんは性別が分からない感じの役なんだけど、キャミソールドレスとチャイナドレス着てるの意味わかんない」

 それは百合も妙な顔になってしまうはずだ。
 百合の身長は166センチ。美鳥さんが180センチで真月さんが177センチだから、大柄な二人に迫られる小柄な男装の百合という姿が倒錯的でしかない。
 24歳から女役トップスターを務めている百合が、こんなところで男役をやらされるとは思っていなかった。

「それ、百合さんが前に演出家さんに零したからじゃないですか?」
「私、何か言ったっけ?」
「本当は男役を目指して歌劇の専門学校に入ったって」

 美鳥さんと真月さんの言葉に、百合は何か思い出したようだ。

「そうだったのよ……身長だって高いし、男役がやれると思って歌劇の専門学校に入ったんだけど、海瑠よりも大きいひとがごろごろいて、歌も声の低いひとたちがたくさんいて、これは無理だと思って、女役に転向したんだったわ」

 最初は百合が男役をやりたがっていたなんて、私も初耳だった。そういうことを学生時代も私と百合は話さなかった。私はどちらと決めていたわけではないけれど、身長でバレエの練習のときに男役に振り分けられて、何となくそのまま流されてきた気がする。

「私は明確にやりたいっていうのがなかったからなぁ」
「それで海瑠は男役も女役もやらされているのね」

 そうだったのか。
 私は何でもできるから男役も女役も配役されるのではなくて、どちらと決めていないからどちらもやらされるのだ。男役トップスターになってからは男役をやらなければと気を張っていた部分があったが、そうではないのかもしれないと百合に指摘されて私は考える。

「私は女装の男性役や女役もやれるオールラウンダーな役者だと思っておけばいいの?」
「そうよ、海瑠。海瑠はすごいのよ!」
「海瑠さんはすごいです」
「尊敬してます!」

 百合と美鳥さんと真月さんに言われてもなんとなく解せない気持ちは消えなかった。
 春公演が近付くとさくらの誕生日も近付く。
 遂に4歳と思うと誕生日お祝いも考えなければいけない。
 稽古から帰ると奏歌くんに早速相談した。

「さくらの4歳の誕生日なんだけど、何がいいと思う?」
「さくらちゃん、好きなものがあるのかな?」

 奏歌くんに聞き返されて私はさくらのことを全く知らないと気付く。さくらの好きなものなどあっただろうか。食べ物が好きというのは知っている。

「食べ物?」
「もう4歳だから食べ物じゃないものを上げてもよくない?」
「何がいいだろう」

 食べ物しか考えていなかった私は、本当にさくらの好みなど把握していなかった。これでさくらの叔母を名乗っていいのだろうか。

「さくらの好み……海香に聞いてみる!」

 電話をかけると海香に繋がった。私と奏歌くんがさくらの誕生日お祝いを考えていることを伝えると、海香が答える。

『いつも通りにケーキとかでいいんじゃない?』
「形に残るものをあげたいんだけど」
『お砂場セットも持ってるし、おもちゃも家にあるもので十分だし……あ、そうだ、お昼寝のときのタオルケットが欲しいかもしれないわ』

 タオルケット!
 奏歌くんに話すと、子ども用品を携帯電話で調べてくれる。デパートの子ども売り場に刺し子の猫の模様のタオルケットが売っていた。

「海瑠さん、これ可愛いよ」
「猫だし、さくらにぴったりね」

 デパートに連絡して取り置きをしておいてもらうところまで奏歌くんは完璧だった。次の休みにデパートが開く時間に刺し子のタオルケットを取りに行って、途中で奏歌くんが足を止めたのは食品売り場だった。

「見て、これ。最中の中にスープの素が入ってるんだって」
「最中の中に?」
「これならさくらちゃんも食べられそうだし、海香さんと宙夢さんも簡単に食事に一品加えられそうじゃない?」

 子育ては大変だというのは海香を見ていれば分かる。食事に簡単に一品加えられるのは助かるのではないかという奏歌くんの提案に私も賛成だった。私も食べてみたかったので、自分の分と、海香と宙夢さんに上げる分を包んでもらう。
 刺し子のタオルケットの売り場に行くと、綺麗に包装されていた。
 支払いを終えて受け取ると、そのまま海香の家に行く。美歌さんも休みを取っていて、やっちゃんも劇団が休みなので休みで、茉優ちゃんも一緒に来ていた。
 美歌さんが用意していたのは焼き菓子のセットで、それを見たさくらの口から涎が垂れている。やっちゃんと茉優ちゃんはシフォンケーキを作って来ていた。
 私と奏歌くんは最中のスープの入った箱と刺し子のタオルケットの箱を渡す。

「さくら、お誕生日おめでとう」
「さくらちゃん、おめでとう」
「さく、よっつ! ふく、みかさんにかってもらった! いーでしょ!」

 誇らしげな顔で教えてくれるさくらに美歌さんが目を逸らしている。

「今日は美歌さんが来るって言ったら、それを着るって聞かなくて」
「美歌さんに見せたかったみたいです」

 目を逸らす美歌さんに「姉さんは」と呆れた口調でやっちゃんが呟いているが、美歌さんは「可愛かったんだもん、ね、海瑠さん」などと私に話を振って来た。

「可愛かったら仕方ないですよね」

 瀬川海瑠、31歳。
 奏歌くんに思う存分似合う服を買ってしまった女。
 美歌さんのことを絶対に非難できない。
 海香と宙夢さんはタオルケットの箱と最中のスープの箱を開けていた。

「可愛いタオルケット。これって、刺し子って言うんだっけ?」
「そうだよ。海瑠さんと選んだんだ」
「猫の柄だね。さくらにぴったりだ、ありがとう」

 お礼を言う宙夢さんに奏歌くんは嬉しそうににこにこしている。

「なにこれ、最中の中にスープが入ってるの? 美味しそう」
「美味しそうだと思ったから買って来てみたんだ」
「さくらにすぐ食べさせたいときに助かります。お腹が空くと機嫌が悪くなるんです」

 最中のスープも喜んでもらえたようだ。
 満足して私たちは食卓に着いた。やっちゃんが生クリームを泡立てて、シフォンケーキを切っている。切って生クリームを添えたシフォンケーキをお皿に乗せて茉優ちゃんが運んで来てくれていた。

「安彦さんと作ったシフォンケーキです」
「ありがとう、茉優ちゃん」

 お礼を言って受け取ると、やっちゃんが言葉を添える。

「茉優ちゃんは高校に受かって、中学を卒業したんだ。お祝いを言ってやってくれよ」
「安彦さん、今日はさくらちゃんのお祝いよ?」
「茉優ちゃんも祝われていいはずだろ? 俺はそのつもりで、二人のお祝いとしてシフォンケーキを焼いたよ」

 さり気なく茉優ちゃんに対しての気遣いもできるやっちゃん。やはり茉優ちゃんとやっちゃんの距離が縮まっているのを感じる。

「何も用意してなくてごめんなさい。茉優ちゃんおめでとう」
「さくらのお祝いに来てくれてありがとう。茉優ちゃんもおめでとう」

 海香と宙夢さんに言われて茉優ちゃんが照れ臭そうにしている。

「茉優ちゃん、卒業おめでとう。入学祝は何か用意させてね。リクエストがある?」
「あの……お財布と定期入れのどっちか、欲しくて」
「お財布は俺が買うから、みっちゃん、茉優ちゃんと定期入れを買いに行ってくれるか? 茉優ちゃん、電車通学になるから」

 他のことならばダウナーなやっちゃんが茉優ちゃんのことならばこんなに細やかに気を回すだなんて。茉優ちゃんの嬉しそうな照れくさそうな顔に、幸せが滲んでいる気がする。
 小さな頃から大好きだったやっちゃんに気にかけてもらえるのが嬉しいのだろう。
 茉優ちゃんとやっちゃんの関係も動き始めたことを感じさせる春だった。
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