可愛いあの子は男前

秋月真鳥

文字の大きさ
250 / 394
九章 奏歌くんとの九年目

6.真尋さんの相談と真里さんの襲来

しおりを挟む
 百年以上の年月を生きている吸血鬼の真里さんには、私もやっちゃんも美歌さんも把握していない能力がある。他人を操る能力や、ひとの記憶を消す能力は私も知っているが、恐らくそれ以外の能力もたくさんあるのだろう。

「父さんは僕がどこにいるのかを探し当てて来るんだよ。フランスでも僕たちの前に現れたでしょう?」

 劇団でフランス公演があっていることは調べればすぐ分かることだが、私たちがどこに泊っているかは関係者に聞いても情報を漏らすわけがない。特に私は奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんの泊まるコテージに、自分のホテルの部屋も確保してもらった上で、内緒で泊まっていたので、津島さんしかあのとき私の正確な居場所を知っているひとはいなかったはずなのだ。
 それなのに真里さんは私たちの居場所を突き止めた。

「何か能力があるのかもしれないね。それが真尋さんにも働いてたらどうしよう」
「真尋兄さんが危ないかもしれない」

 心配して話し合っていても仕方がないのだが、真尋さんにどう話をすればいいのか分からない。考えていると真尋さんからタイミングよく奏歌くんの携帯電話にメッセージが入っていた。

『明日の公演が終わったら、寄ってもいいですか? 美歌さんともお話がしたいです』

 読み上げたメッセージに私は警戒してしまった。

「このタイミングで美歌さんと話がしたいって、気になるんだけど」
「あのひとが接触した可能性もあるけど、奏歌と異母兄弟だってことをどこまで話していいかの相談かもしれないわ」

 美歌さんに言われて私は気付く。奏歌くんと真尋さんは明らかに顔立ちが似ていた。一緒に歩いていると血縁関係を疑われるだろう。そうなると真尋さんも周囲にどう説明するかを考えなければいけない。
 異母兄弟ということは複雑なので伝えづらいだろうから、何か別の言い訳を考えるとしても、美歌さんと相談しなければ何も始まらないのは分かり切っていることだった。

「あのひとがこの家の近くで張って待っているでしょうね」
「直接会わせたくないんだけどな」

 難色を示す美歌さんとやっちゃんの気持ちもよく分かる。これまでに真里さんがやってきたことを考えれば、どれだけ警戒してもし足りないくらいだった。

「急に『あなたは吸血鬼です』って言われても、普通のひとは信じないと思うけど、父さんだったら無理やりに血を飲ませるとか考えそうな気がする」
「血を飲んでしまえばなし崩しに覚醒する可能性があるわけか……どうしましょう?」

 話をしなければいけないことは確かなのだが、雑誌社に写真を売り付けて真尋さんの不安を煽って、篠田家に来させるまでが全て真里さんの手の平の上で踊らされているようでこの状況に流されてしまっていいのかが分からない。
 判断に迷っていると美歌さんが顔を上げた。

「真尋さんは守る。話もする。どっちも譲れないわね」
「母さん……」
「奏歌、真尋さんに『是非おいでください』って返事をして」

 真尋さんを守りながら、奏歌くんとの話をすると決めた美歌さんに私は従うつもりだった。
 翌日は一日中そわそわして舞台稽古にはなんとか集中できたが、昼食のときにお弁当を持たずに食堂に行って、慌てて楽屋に戻って取って来るようなことが起きてしまった。いつも以上にぼーっとしている私に、百合が眉根を寄せている。

「雑誌のこと、まだ気にしてるの?」
「気にして……ないけど」
「それならいいけど」

 最近は奏歌くんは私のお弁当の他に一品おかずの入った小さなタッパーを添えてくれるようになった。それは百合のためのものだ。お弁当に憧れている百合のために、せめて一品だけでも食べてもらおうと、奏歌くんは余分に作って入れておいてくれるのだ。

「百合、今日のおかず」
「なにかなー? きゃあ! 鶏の南蛮漬けだ」

 特製のタルタルソースのかかった鶏の南蛮漬けに百合の目が輝く。定食は別に頼んでいるが、それに加えておかずも一品食べるので、百合はカロリー消費のためによく運動するようになっていた。

「最近、休日に泳ぐようにしてるのよ。お陰で体幹がますますしっかりしてきたわ」
「それは良かったね。百合、今日は奏歌くんの家まで送ってくれる?」
「いいわよ。……もしかして、ダーリンの家で晩ご飯をご馳走になるの? いいないいな。私も食べたい」

 そんな軽い用事ではないのだが羨ましがっている百合に私はため息をついてしまった。
 昼食を食べて午後の稽古が終わると百合に車で奏歌くんの家に送ってもらう。車の中で百合はずっと「ダーリンの晩ご飯」と呟いていたが、私はそれを聞かないふりをした。
 奏歌くんの家に着くと百合にお礼を言って車から降りる。インターフォンを押すと、奏歌くんが出て来てくれた。

「いらっしゃい、海瑠さん。真尋兄さんはもう来てるよ」
「本当? お邪魔します」

 靴を脱いでスリッパに履き替えて部屋に入ると、真尋さんがソファでコーヒーを飲んでいた。部屋中にコーヒーのいい香りがしている。

「海瑠さん、こんばんは」
「こんばんは、真尋さん」

 挨拶を交わしたところで、美歌さんがコーヒーとミルクポットを手にキッチンから出てきた。マグカップを渡されて、中身のコーヒーの匂いを嗅いでから私はミルクポットからミルクをたっぷり注ぐ。
 真尋さんの正面のソファに私と奏歌くんと美歌さんが座った。

「雑誌記事のことは見ましたよね? あの記事では奏歌くんとのことは書かれなかったんですけど、いつかは書かれるような気がして、今のうちから周囲には説明をしておかなければいけないと思ったんです」

 事前に話しておけば周囲は理解してくれるし、雑誌が書き立てることを信じることもない。先に手を打とうとしている真尋さんはとても賢明に思えた。

「従弟というのはどうでしょう?」
「従弟……それなら似ていてもおかしくはないし、父親同士が兄弟で、どちらも離婚しているとなると深くは聞かれませんね」
「僕も真尋兄さんのことについて聞かれたら、従兄って答えておくよ」

 話は簡単に纏まりそうだった。美歌さんは昨日から答えを用意していたのだろう。真尋さんもその答えに納得している。
 美歌さんも真尋さんのお母様も独身なのだから、相手と別れたと言えば常識のあるひとならば追及して来ることはない。常識のない雑誌社があることないこと書き立てたとしても、先に説明していれば理解してもらえるし、後からも答えが決まっていると説明しやすい。

「美歌さんと海瑠さんと奏歌くんとは、言うことを合わせないといけないと思っていたんです。ちゃんとお話しできて良かったです」

 お礼を言って真尋さんが立ち上がる。
 いつもならば晩ご飯まで美歌さんも誘うところなのだろうが、今は真里さんのことがあるので長居をさせたくはないのだろう。そのまま玄関まで送って行った。
 玄関を開けたところに、百合が立っていた。

「百合さん!?」

 驚いて声を上げる真尋さんに、百合の後ろからひょっこりと真里さんが現れる。

「初めましてかな? お久しぶりって言えばいいのかな? 餌を、持って来たよ?」
「百合に何かしたの!?」

 黙って俯いている百合の表情が見えない。真里さんは百合を操って連れて来たのだろうか。
 百合の血を与えて真尋さんを覚醒させようとする真里さんの魂胆に、美歌さんが真尋さんを押し退けて前に出た。

「百合さんを解放しなさい! あなた、自分が何をしているか分かってるの?」
「僕は吸血鬼で、僕の息子も吸血鬼だった。その覚醒を促してあげるのは父親としての役目でしょう?」

 にやにやと笑いながら真里さんが百合の背中を押す。百合がふらふらと真尋さんの前に出た。

「吸血鬼? このひとは何を言っているんですか?」
「頭がおかしいのよ」
「血を吸うとか……」

 戸惑っている真尋さんの前で、カッと百合が目を見開いた。

「サイコパスよ!」
「え?」

 はっきりと言い放つ百合に真尋さんが聞き返す。

「自分のことを吸血鬼と思い込んで他人の血を飲みたがる病気にかかっているのよ! しかも、このひと、私を操るとか言って連れて来たのよ! 間違いないわ……これは」
「これは?」
「中二病よ!」

 中二病。
 それはなんなんだろう。
 真剣な表情で説明している百合と真面目に聞いている真尋さんにそれを聞くことができない。私はこっそりと隣りに立つ奏歌くんに聞いてみた。

「中二病ってなに?」
「えっと……思春期特有の狭い視野での思想や行動や価値観が過剰に現れたものかな?」
「ど、どういうこと?」
「自分は魔王の血族だと思い込んだり、魔法が使えると思い込んだり、秘められた力があると思い込んだり、吸血鬼だと思い込んだりする、痛い奴のことよ!」

 奏歌くんの説明ではよく分からなかった私に、百合がビシッと人差し指を真里さんに突き付けて宣言している。

「い、痛い奴!? どういうこと!? このひと、僕の操りが効かない?」
「ほら、ひとを操れるはずがないのに、操れると思い込んでるでしょう? めちゃくちゃ痛い大人だわ! 美歌さん、警察を呼んで!」

 百合の言葉に美歌さんが警察を呼んで、やってきたのはあの真里さんの運命のひとで、真里さんは「なんで僕の能力が効かないのー!?」と叫びながら連れて行かれてしまった。

「いやー世の中変なひともいるものね」
「あんなのが父親だったなんて……」
「え? 真尋さんの父親なの?」

 一仕事終えた顔でいる百合に真尋さんはちょっとショックを受けているようだった。
 よく分からないが百合には真里さんの能力は効かずに、真里さんは中二病と断定されて運命のひとに連れて行かれた。あの後お仕置きをされていても私の知ったところではない。

「全然似てないから気にすることないわよ。美歌さん、今日の晩ご飯はなんですか?」

 能天気な百合の言葉に、私は何となく救われる気持ちだった。きっと真尋さんも奏歌くんも同じだっただろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...