可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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九章 奏歌くんとの九年目

11.かえでの誕生

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 秋公演は無事に千秋楽まで演じ切った。
 途中、百合が一つのセリフを完全に忘れてしまったり、舞台の上で美鳥さんの靴が脱げてしまったり、真月さんが演じているときに小道具のナイフを落としてしまったり、ハプニングは絶えなかったが、全員がフォローしあって無事に公演を終えた。

「百合さんが台詞飛んだときはどうしようかと思いましたよ」
「皇帝陛下を責めなきゃいけないのに、何て台詞だったか忘れちゃったのよね」
「皇帝の自戒風にしてなんとか繋ぎましたけど」

 責められるはずの皇帝が台詞が飛んだために、「私のこのような行為がそなたを傷付けていたのだな」ととっさに言い加えた美鳥さんは見事だった。

「美鳥さんの靴が脱げたときは驚いたわ」
「踊ってる途中でしたもんね。慌てて拾って袖に投げましたよ」

 靴が片方脱げた美鳥さんには、真月さんが素早く拾って袖に投げて、その後は片方だけ靴を履いた状態で何事もなかったように演じた。

「真月さんのナイフが落ちたときは、どうしようかと思ったわ」
「あれは私もどうしようかと思いましたね。暗殺の場面で、直前でナイフを落とすとか怪しすぎて」
「海瑠さんがそっと出て来て、『今こそやるのだ』とアドリブで言って拾ったから繋げましたよね」
「あのときは必死だったから覚えてないよ」

 反省すべき点も多かった今回の公演だが、今までの公演でも色んなハプニングはあった。どれもお互いにフォローし合えたのだから大成功だったと言えるだろう。
 百合と真月さんと美鳥さんと私で話して、反省会を終えると、次はクリスマスの特別公演のための準備に入る。
 今年は例年通りに過去にやった演目の中から選ばれた歌やダンス、人気の高い演目のシーンを切り取って公演することになっていた。
 私と百合、私と皇太子役のデュエットもプログラムに入っている。

「今年はいつも通りで安心するわ」
「海瑠にどうしても奇抜な役をやらせたいみたいだもんね、海香さん」
「そうなのよ」

 言ってから私ははっと気付く。

「海香、今回、脚本から抜けてない?」
「そうよ。もうすぐ出産でしょう?」

 気付いてなかったのと百合に言われて、私はやっとそのことに気付いた。
 海香が脚本に参加していないから今年のクリスマスの特別公演は平和だが、来年は分からない。そう考えると海香が早期復帰しないように願ってしまう悪い妹でも仕方がないだろう。
 秋公演が終わって数日後、海香は男の子を出産した。
 その日には会いに行けなかったけれど、海香と宙夢さんに連絡を取って、奏歌くんが休みの日に一緒に会いに行く約束をする。さくらは篠田家に預けられているので、美歌さんとさくらとやっちゃんと茉優ちゃんもその日に一緒に行くことになった。
 海香の赤ちゃんに会いに行く日、私は朝から篠田家に来ていた。奏歌くんからお誘いがあったのだ。

『早めに来たら海瑠さんと朝ご飯を一緒に食べられるんだけど、どうですか?』

 携帯電話に入っていたメッセージは、奏歌くんからの朝食のお誘いだった。喜んで返事をして、私は早朝に起きて支度をして篠田家にお邪魔した。インターフォンを押すと美歌さんとさくらが出てくる。
 さくらは猫の尻尾のついたプリーツスカートを履いていた。

「みちるたん、いらったい」
「お邪魔します……って、さくらの家じゃないわよね?」
「さく、みかたんとねんねちた。ごはんたべる!」

 すっかりと篠田家に馴染んでいるさくらと手を繋いで美歌さんがリビングに行く。部屋に入るとお出汁のいい香りがしていた。

「海瑠さん、いらっしゃい。朝ご飯はかつ丼だよ!」
「え!? 朝からかつ丼!? 豪華!」
「さくらちゃんがお姉さんになったお祝いでもあるから、好きなものを聞いたら、かつ丼が食べたいってリクエストされたんだ」

 弟が産まれたばかりで大変なので、さくらはまだ病院に連れて行ってもらっていなかった。今日がさくらと弟の初対面となる。奏歌くんは弟ができて不安にもなりそうなさくらのために、大好物を作ってあげたのだろう。

「朝からトンカツ揚げるとは思わなかったよ」

 トンカツを揚げたのはやっちゃんで、仕上げをしたのが奏歌くんのようだ。かつ丼とお味噌汁と糠漬けの朝ご飯に、さくらは目を輝かせていた。

「とんかつ! さく、かつどん、すき!」

 スプーンで掬って食べるさくらのほっぺたがご飯粒だらけになるのを、美歌さんが介助してお口に入れてあげている。
 私も手を合わせてかつ丼とお味噌汁と糠漬けを食べ始めた。かつ丼は程よくトンカツに味が染みていて、とろとろに煮こまれた玉ねぎと、半熟の卵が口の中で合わさってとても美味しい。お味噌汁はいつもの奏歌くんの味でホッとするし、糠漬けも歯ごたえがよく最高の朝ご飯だった。

「朝からお邪魔してよかった」

 満腹でお茶を飲んでいると、斜め前に座っている茉優ちゃんのメニューが違うことに気付く。同じ丼なのでよく見ないと分からなかったが、かつ丼ではない気がする。

「茉優ちゃんは何を食べてるの?」
「私は、揚げてない豚肉を焼いた豚丼です。朝からトンカツはちょっと重くて苦手で」

 答える茉優ちゃんに、美歌さんがにやにやと笑っている。

「安彦、茉優ちゃんのためだけに別メニュー作るのよ」
「姉さんだって、さくらちゃんのためなら別メニュー作るだろ」

 照れているやっちゃんの様子に、茉優ちゃんとの関係性が見えるようで私は和んでしまった。

「やっちゃんは、茉優ちゃんとキスとかしたの?」
「な、何を言ってるんだよ、みっちゃん!? 茉優ちゃんはまだ高校一年生だよ?」

 真っ赤になって慌てているやっちゃんは、茉優ちゃんと結婚するまでは手を出さないと誓っているのかもしれない。奏歌くんの14歳の誕生日のときに私が奏歌くんとキスをしたことは、絶対に秘密にしないとやっちゃんに説教を食らいそうな気がしていた。
 朝食を食べて、片付けも終わると美歌さんの車とやっちゃんの車に別れて病院に行く。
 私と奏歌くんとさくらは美歌さんの車に乗せてもらって、茉優ちゃんがやっちゃんの車に乗った。チャイルドシートもあるし、車一台では乗れない人数なのだ。

「さくらちゃんの弟の名前は何かな?」
「病院で聞けるんじゃないかな」

 話しながら病院まで行って、海香の部屋に行くと個室で生まれたばかりの産着を着た赤ちゃんが移動式のベビーベッドに寝かされてベッドの傍で眠っていた。小さなお手手を顔の横でぎゅっと握り締めているのが可愛い。

「ままー! さく、おねえたんよ!」
「さくら、赤ちゃんを見てあげて。かえでくんっていうのよ」
「かえくん、おねえたんよ?」

 美歌さんに抱っこされてさくらが弟のかえでを覗き込んでいる。声をかけられてかえではもぞもぞと体を動かして起きたようだった。小さなお目目がぱっちりと開く。

「かえでくん、初めまして。僕は奏歌だよ」
「私は美歌よ」
「茉優です、よろしくね」

 挨拶をしていく奏歌くんと美歌さんと茉優ちゃんより少し後ろに立って、やっちゃんは宙夢さんと話していた。

「この度は本当に無事に生まれて来て良かったですね。おめでとうございます」
「二人目だったけど、結構難産で海香さんは苦しかったみたいです。僕は見ていることしかできなかったけど……こういうとき、女性は強いですね」
「海香さんもかえでくんも元気そうでよかったです」

 こういうときに一歩引いて宙夢さんと話せるやっちゃんは大人なのだと思ってしまうが、男性とはこういうものなのかもしれない。
 秋の日に生まれた私の甥のかえで。

「さく、みかたんのおうち、いたい」
「私が退院するまではね」
「もっと、いたい」
「さくらの家は篠田家じゃないからね?」

 すっかりと篠田家で美歌さんに甘やかされているさくらは、もう帰りたくないと駄々をこね始めていた。
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