泣かないで愛しいひと

秋月真鳥

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泣かないで愛しいひと 5

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 有名女優が父親を明かさずに一人で産んで育てていた和成は、5歳で母親を亡くして、身寄りもなく、劇団の団長にして演出家に引き取られた後には、選択肢がなかった。当然のように小さな頃から舞台に立って、自分の養ってもらっている分は稼ぐ気でいたし、団長は和成の役者としての才能に惚れ込んでいた。
 綺麗な顔、良く響く声、均整のとれたスタイル、艶々の髪。外見は申し分なく母親似だし、演技力も神は与えてくれた。
 その代わりに、ごっそりと男運を奪われたのは、それもまた、母親似なのかもしれない。
 春に向けての公演の準備で劇団が忙しくなる中で、千夏に子どもが生まれたということで、劇団内でお祝いが開かれた。

「男の子? 女の子?」
「和さん、メールちゃんと見てないんですね。女の子って送ったでしょ?」

 千夏の妻は年上のひとで、デザインの会社に勤めているらしい。大学時代に演劇部のポスターを描いてもらうために、依頼をしに行って出会ったとか。

「最近、和さん落ち着いていい演技してるじゃないですか。ミュージカル曲のCDも出るって聞きましたよ」

 団長の演出する春公演とは別に、個人的に演出をして、一時的に劇団を離れている千夏としっかり話し合うのも、久しぶりだった。

「良い恋をしてるからとか、ベタな話よね」

 きゃらきゃらと都が笑う。
 良くない男に左右されなくなった分、確かに和成の演技も仕事も充実していた。以前は、男に呼び出されて稽古を放り出して消えていくようなこともしたし、悪い噂が絶えないので舞台以外の露出も極力控えられていた。陽太と付き合ってもうすぐ六年。その期間にすっかり落ち着いた和成を、大人になったと団長は言ってくれたが、大人になど少しも成れていない。

「あー……抱かれたい……」
「欲望が口から出てますよ、和さん」
「だって、抱かれたくて仕方ないんだもん」

 下半身の緩い自分が、まだ清く、触れるだけの口付けで我慢できていることが、和成には奇跡のように思えていた。


 中学に上がってから、陽太は変わらず泊まりに来てくれたが、一緒のベッドで眠ることがなくなった。和成の部屋のソファはベッドにもできるもので、千夏が昔泊まり込んで二人で台本を詰めていた時代に買ったもので、小柄な陽太はゆっくり眠れるサイズなのだが、陽太が同じベッドにいないだけで、部屋の温度が下がるような気がした。
 実際に、陽太がいないときには部屋が寒くてかなわない。人一人が放つ熱量というものもあるのだろうが、お日様のようににこにこきらきらしている陽太の存在がなければ、和成は妙に寒くて、寂しくて、無性に誰かの腕に抱かれたくなった。
 約束をしているので、陽太以外を求めるつもりはないのだが、肝心の陽太はまだ中学生で。
 下腹はじくじくと埋めるものを欲するし、心は陽太の姿だけ求めるし、気が狂いそうだった。

「和成さん、もうすぐ受験やけ、あんまし来られんごとなるんよ」

 その上に言い渡された言葉に、和成は妙に不安になった。今年、陽太が受験生だというのは知っていたが、まだ少年らしい華奢な雰囲気を残しながらも、陽太は少し大人びたし、高い声はかすれて僅かに低くなった。
 中学を卒業するように、和成に憧れる時期を卒業するのではないかと、不安で、それを口にできなくて、にっこり笑うと頬に手を添えられる。

「泣きそうな顔せんで? 絶対、受かってくるけん」
「泣きそうな顔なんてしてないよ」
「しとるよ。和成さんは、役者さんなのに演技が下手やね」

 今までの相手は誤魔化されてくれたのに、陽太は和成の演技に誤魔化されない。抱きしめると骨ばった華奢な体は、お日様の匂いがして尚更欲を掻き立てた。
 陽太が受験生になってからほぼ一年、泊まりに来る回数が減って、会う回数も減って、絶対に耐えられないと携帯電話で適当な相手を探そうとしたときもあったけれど、それをしたら陽太は確実に離れて行くだろう。ただでさえ陽太の心が離れないか気が気ではないのに。


 12月の和成の誕生日には、陽太がケーキを買ってきてくれて、誕生日を祝ってくれた。

「おめでとう、和成さん。俺もいい男になるけん、待っとってね」
「……俺はどんどん老けていくだけだけどね」

 笑うと陽太がむっとしたように表情を陰らせた。怒らせたのかと顔を覗き込むと、シャツの胸を掴まれて、引き寄せられるように口付けられる。ぬるりと拙く唇を舐めた陽太の舌を口の中に招いて、吸って、軽く甘噛みをした。
 このまま、陽太をベッドに連れ込んで、全部欲しい。抱かせてしまえば、和成は陽太を溺れさせる自信があった。

「……和成さんが、いくつになっても、俺は好きやけん」

 唇を放して、真っ赤な顔でぽつりと呟く陽太に、理性が切れそうになったけれど、まだ早いと和成は必死に我慢する。下半身が疼くのは止められないが、抱きしめてくれる陽太の腕に、涙が出そうになった。
 陽太は自分を捨てない。別れるとしても、中途半端なことはせずに、男らしく告げてくれるだろう。それまでは陽太を信じてもいい。
 それだけが、和成の支えだった。
 春公演の開演も近くなった頃に、知らない番号から電話があった。仕事から帰った暖房がまだいきわたっていない部屋で、なんとなく予感はしていて、それに出ると、明るい陽太の声が響いた。

『高校、受かった! 携帯買ってもらったと!』
「おめでとう、陽太くん。良かったね」
『マンションの下におるけん、今から上がってくるね』

 ぷつりと切れた通話に、和成は慌てる。帰ったばかりでコートもそのままだし、荷物だって片付けていない。
 構うことなく玄関のインターフォンが鳴って、慌てて鍵を開けに行くと、陽太が和成の腕の中に飛び込んで来た。まだ冷たさの残る外気に晒されていた耳と鼻の先が赤くて、とても可愛い。

「いらっしゃい、陽太くん」
「あんね……か、和成さん、お祝いが欲しいっちゃけど」

 今までの相手と違って最初から和成の経済力はあてにしていない雰囲気の陽太からのおねだりに、和成は少しばかり驚いた。けれど、高校入学のお祝いを和成に欲しがってくれるのならば、なんでもあげたい。
 何を言われても「いいよ」と答える気でいた和成に、顔を真っ赤にして陽太は抱き付く腕に力を込めた。

「和成さんを、ちょうだい」

 ほとりと落ちた雫に、和成自身が驚いた。和成の顔を見上げて、陽太も目をまん丸くして驚いている。
 ずっと求めていたし、求められたいと思っていた。
 しかし、どこかで陽太は和成に憧れているだけで、そのうちに卒業してしまうのではないかと思っていた部分があって。
 背中に回った手の熱さに、和成の三十六年が崩れていく気がする。
 溺れる予感しかしなかった。
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