泣かないで愛しいひと

秋月真鳥

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泣かないで愛しいひと 6

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 この六年近く、「抱かれたい」が口癖だった。
 しかし、以前のように「誰でもいいから」ではなかった。寂しさを埋めるために一晩だけとか、ほんの一回だけとか、よろめいた日は、正直両手の指の数では到底足りないくらいあった。でも、最終的に、和成が「抱かれたい」のはたった一人、陽太だけだった。
 百六十センチに満たない華奢な体に、まだ丸みの残る幼い顔立ち。その漆黒の瞳は凛々しくても、やはりどこか未成熟な甘さを残している。

「和成さんを、ちょうだい」

 抱き締められた手の熱さに、眩暈がした。心臓が早鐘のように鳴っていて、自分でもうるさいくらいなのに、陽太も緊張しているのか顔を赤くして、僅かに息を荒くしている。
 同じ男性だから分かる。陽太は確かに今、男として和成を欲している。

「いいの? 俺は男だけど、後悔しない?」
「後悔やらせんよ。最初っから、そういうのは分かっとう」

 言い切った眼差しが真剣で、和成はどうしようかと迷った。多分、初心者でまだ十五歳の陽太に、最初から最後まで預けてしまうというのは、ハードルが高い。かといって、男同士だからある程度の下準備がないとできないのは確かで。

「陽太くん、先にシャワー浴びてくれる? 俺、時間かかると思うから」
「分かった」

 細い首の僅かに尖った喉仏が動いて、陽太が唾を飲み込んだのが分かる。今すぐにでもその体を押し倒して、できることならば彼の思うようにさせてやりたかった。いや、むしろ和成の思うようにしたかった。
 そんなことをして、陽太に拒まれてしまえば、立ち直れない気がして、盛りの付いた獣のように荒れ狂いそうな身体を必死で抱きしめて留める。その間に陽太はバスルームへと消えた。
 慌てて洗面所に入って、買い置きのローションのボトルを出して、ゴムの箱を見つめる。
 ゴムの使用期限など考える間もなく使いきっていたが、よく考えればゴム製品なのだから劣化するに決まっている。携帯電話で震える手で使用期限を調べてみると、五年と考えたらよいと書いてあって、和成は慌てた。
 最後にゴムを使ったのは覚えていないが、六年は前だろう。とすれば、このゴムは使用期限を過ぎている。恐らくはローションも期限切れだろう。
 和成だけがリスクを負うのならば構わないが、相手は陽太である。男性同士で使う場所は、どれだけ準備しても衛生的とは言えない。ゴムの箱とローションのボトルをゴミ箱に放り込む。
 まだコートも脱いだばかりだったのが幸いした。簡単に書置きをして、コンビニまで走ると、ゴムとローションを買ってくる。
 帰ってくると、陽太はチェックのパジャマ姿で、ソファに緊張した面持ちで座っていた。

「ごめん、急だったから、俺、ゴムもローションも切らしてて」

 スマートに大人として初めてを演出したいのに、情けないと頬が熱くなるのに、陽太も真っ赤になっている。ふわりとお日様のような笑顔が見えた。

「ゴミ箱、見てしまったん……本当に、俺を待っとってくれたっちゃね」

 見られていたと耳まで赤くなるのに、陽太は嬉しいと笑ってくれる。どちらが大人でどちらが子どもなのか分からなくなる。
 バスルームに飛び込んで身体を流して、後ろに指を這わせて、シャワーを当てて念入りに洗う。その時点で、陽太の温度を想像して息が上がるのだが、それだけでは和成は陽太を受け入れることができない。
 シャワーを止めて、ローションを手に垂らすと、後ろに指を滑らす。無心に開くことだけ考えて、指を動かしているはずなのに、ぐちぐちと響く水音に、陽太の紅潮した顔、僅かに荒い息を思い出して、悦い場所は避けているのに前まで反応してしまう。

「陽太くん……んんっ……」

 熱い吐息が漏れて、たまらなく熱くなった前を慰めたくて仕方がないが、リビングでは陽太本人が待っている。ローションが脚を伝うのすら感じてしまって、膝が砕けそうだったが、それを叱咤して、下着に脚を通して、手触りのいいシルクのパジャマを着てリビングに出た。
 髪は濡らしていないので、それほど時間はかからなかったと思うのだが、そわそわとリビングを歩きまわって待っていた陽太が和成の胸に飛び込んでくる。抱きしめると、同じボディソープの香りなのに、妙に甘く感じて、それすらぞくぞくと下腹部が疼いた。

「ベッドに行こう」

 華奢な体を抱き締めたままで、和成は寝室に向かった。
 何度も小さな陽太と眠ったことのある寝室のダブルベッド。

「電気、どうする?」
「つけとって」

 明るい場所でも、暗い場所でも、和成はどっちでも構わなかった。陽太が和成の身体や性器を見て萎えるというのであれば、真っ暗な中で、身体には触れさせずに、全部しても良かったのだが、陽太は明るい方を選んだ。
 枕元にローションのボトルとゴムの箱を置いて、二人でベッドに上がるというのは、いかにも、今からします、という風情で緊張感を煽る。ふと、陽太が和成の脇に手を突っ込んだ。

「ひな、た、くん? ちょっ、ひゃっ!?」

 擽られて、ベッドの上に陽太を押し倒すような形になってしまう。

「笑って? 和成さん、怖い顔しとる」
「怖い? 俺、怖い?」
「そうやなくて……イイコト、するんやろ? 俺と二人でするんやけ、自分の責任とか、アホなこと、考えよらんよね? 恋愛は二人でするもんやし、セックスもそうやろ?」

 連帯責任だと力強く告げる陽太は十歳から知っているから、もちろん、こういう場面は初めてのはずなのに、あまりの頼りになる言葉に、胸が苦しくなる。三十六歳が、十五歳に、気負わなくていいと言われるなんて。

「キスしよ?」
「ん……」

 ベッドの真ん中で二人、向かい合って座って、唇を重ねた。
 最初は触れるだけ。徐々に唇を開いて、舌を絡めていく。ちゅるりと陽太の舌を吸うと、びっくりしたのか陽太が目を見開くが、すぐに目を伏せて、小さな舌で和成の舌を追ってくる。甘く舌を噛まれて、鼻に抜ける高い声が上がった。

「陽太くん、脱がせて欲しい? 自分で脱ぐ?」
「和成さんを脱がせる!」

 誘惑するように笑うと、にっと笑った陽太が華奢な指先で和成のパジャマのボタンを外していく。それにくすくすと笑って、和成も陽太のネルのパジャマに指をかけた。ボタンを外して、脱がせてしまうと、次は下半身で、キスをしながら和成は慣れと体格差からあっさりと陽太のパジャマのズボンと下着を脚から抜いてしまえたが、陽太の方は結構に苦戦している。
 尻を上げて、脚を上げて、協力するとお互いに裸になった。
 とろりと奥からローションを垂らして、前も立ち上がって雫を零しているのが恥ずかしいが、キスと脱がせ合うだけの前戯で興奮したのか、陽太のものも立ち上がっていて、和成はほっとする。
 陽太の身体をベッドの上にそっと倒して、跨るようにして頬に額に唇にキスを降らせた。おずおずと伸びてきた陽太の手が、和成の腰骨に触れて、その熱さにきゅっと奥が締まって、太ももが震える。

「陽太くんの触りたいとこ、どこでも、触って?」
「うん……ここ、自分でしたと?」

 するりと尻の谷間に華奢な手が入って、指先が濡れた奥を突くのに、和成は背骨を走る快楽にぐっと耐えた。余裕ぶってみせたいのに、そんなことをされたら、我慢ができなくなる。そもそも、我慢のきかない身体なのに。
「最初は、その……陽太くんを信用してないとかじゃなくて、手間取るから」
 その間に飽きてしまったり、萎えてしまったりしたら立ち直れないと、蚊の泣くような声で白状すると、つぷりと指先が奥に入ってくる。

「ひぁっ……あぁっ、ひなたくん?」
「中、熱いね。動いとる……」
「ま、って……動かしちゃ、だめ」

 中を確かめるように好奇心旺盛に滑り込んできた二本目の指が、ぐりっと悦い場所を掠めて、声もなく和成は悶絶した。このままでは、もたない。ただでさえ、我慢のきかない身体を和成は六年も禁欲させていたのだ。

「うぁっ、かずなりさん!?」
「陽太くん、これ、欲しいの。お願い」

 立ち上がっている陽太のものに手を這わせると、和成は先端から零れる雫を塗り込めるように幹を握って手を上下させて硬度を確かめる。しっかりと硬く立ち上がったそれは、和成の中に入れそうだった。
 枕元からゴムのパッケージを一つ取って破って、陽太のものに被せると、切っ先を奥に宛がって、ゆっくりと腰を落としていく。ずっと使っていなかったので不安だったが、吸い付くように陽太のものは和成の中に飲み込まれていく。

「すごい……かたい。あぁ、んん……ひなたくん、いいよ」
「か、ずなりさん、そんな、しめんで、ひぅっ」

 きゅうと無意識に奥が陽太を締めると、身体の下で陽太が可愛らしく声を上げる。それが愛しくてたまらなくて、和成は陽太の赤い頬に、首筋に、鎖骨に、キスを降らせる。

「ひなたくん、きもちいい? 俺は、すごく、いいよ……」

 繋がった部分からじわりと伝わるのは体温だけでなく、快感だけでなく、幸福感で、和成は泣きそうになる。

「泣かんでって、いっつも、言いよろう?」
「ふぁっ!? あぁっ! ひなた、くっ!」

 ぐっと陽太の身体が起きた反動で、視界が反転した。体格でも経験でも勝っているから、リードするのはもちろん和成の役目だし、陽太の初体験を気持ちいいものにしなければと思っていたのに。

「あぁ、ひなたくっ……ひぁっ!?」

 上に乗ってゆっくり動いて、絶頂に導こうとしていた相手に、逆に倒されて、追い上げられる。ぐちゅぐちゅとローションが卑猥な水音を立てて、陽太のものが和成の中を奥まで突いては浅い場所に引いて、がくがくと揺さぶられて翻弄される。

「かずなりさん、きもちい?」
「い、いいっ! あぁ、もっと、おねがい、やめないで」

 快楽に弱い体は簡単に篭絡して、和成は脚を折り曲げて、奥の奥まで陽太を強請っていた。


 ゴムを取り替えて数回。最後には悦すぎて泣いてしまったので、正確な回数が分からないが、終わってから一緒にシャワーを浴びて、清潔なシーツの上に、和成と陽太は気怠い体を横たえていた。
 陽太の暖かな足が、ときどきすりっと和成の脹脛を撫でる。

「和成さん、可愛かったよ」
「……ごめん、ドン引きされるかもしれないけど、ものすごく嬉しい」
「ドン引きやら、せんよ。もう、和成さん、おかしいね」

 くすくすと笑われながら戯れるような額へのキスすら、余韻の残る体には心地よい。

「和成さん、好き」
「俺も」

 身も心も満たされるというのはこういうことなのかと、実感しながら和成は陽太の細い体を抱きしめる。
 確かに今までの相手は身体は満たしてくれたけれど、心をこんなに満たされたことはなかった気がした。

「あんね、和成さん、高校出たら一緒に暮らそう?」

 それはプロポーズの言葉のようで、存外真剣な瞳をした陽太に、和成は胸の高鳴りを隠せないままに頷いた。

「はい……」

 陽太が高校を出るまで後三年。
 今まで待った六年を思えば、それは不可能ではないように思えた。
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