あなたへの道

秋月真鳥

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一章 勇者と聖女と妖精種

21.魔力を上げる魔法薬

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 冬が近付く前に畑の薬草は種を取らなければいけない。株を引っこ抜いていく青慈と紫音に、二人とも妙に力が強い気がするのは朱雀だけではないだろう。土の付いた根っこがごっそりと抜けるのを、青慈も紫音も誇らし気に持ち上げて朱雀と藍に見せてくる。

「おとーたん、とれたよー!」
「じぇったー!」
「紫音ったら、力が入りすぎて、おしっこまで出ちゃったんじゃない?」
「あ! じぇた!」

 力を込めて株を引き抜いた土塗れの紫音は、オムツにおしっこが出ていることに気付いて、抜けた株を杏に託して藍と手を繋いで濡れ縁から家に入っていった。紫音の着替えの間も青慈はしっかりと株を抜いて、抜けた株から乾いた種を杏と緑が細かく摘み取って収穫して、袋に分けていた。
 朱雀はマンドラゴラの種を収穫していた。種を収穫した後に、ほとんどのマンドラゴラは抜いてしまうのだが、今年は種を収穫したマンドラゴラの上に藁を被せて越冬させることを考えていた。

「越冬した二年物のマンドラゴラは薬効が強くなると文献に書いてあった」
「おねーたんがもってきたごほん?」
「白虎が持ってきてくれた、青龍に頼んだ本に書いてあったよ」

 もっと詳しいことを知るためには王都の図書館に行くのが一番なのだが、王都までは相当距離がある。馬車ではとても日数がかかりすぎて行けないので、列車を使うことになるだろうが、列車の駅まで馬車で半日はかかるのがこの山の位置だ。それから列車に乗って半日かけて王都に行って、図書館で調べ物をするとなると、何日の旅行になるか分からない。
 白虎のように転移の魔法を朱雀も気軽に使えれば良かったのだが、朱雀には生来あまり魔法の才能がない。肉体強化と簡単な魔法は使えるが、細かな難しい魔法は発動させる段階で失敗してしまうことが多かった。
 魔法具を使えばそれも補助できるのかもしれないが、王都に行くことについては朱雀には一抹の不安があった。

「おとーたん、ぜんぶぬけたよ!」

 無邪気に笑顔で足元に寄ってくる青慈を朱雀は濡れ縁に腰かけて膝の上に抱き上げる。抱き上げられて、青慈は大人しく朱雀の膝の上に座っていた。

「青慈はお祖父さんとお祖母さんが生きていて、青慈を探していたら会いたいと思う?」
「いらない」
「え?」
「せー、おとーたんと、あいたんと、あんたんと、みどりたんと、しおたんがいるもん。おじいたんとおばあたん、いらないよ」

 あっさりといらないと答える青慈に、安堵しながらも、それだけでは朱雀の不安は消えてくれない。
 国王は勇者をこの国に生まれさせる儀式を行った。その勇者が姿を消して命を奪われたと考えたので、聖女をこの国に生まれさせる儀式を行った。勇者である青慈が4歳で、聖女である紫音が2歳。魔王を倒しに行けとは言えない年齢ではあるが、国王などという偉いひとたちは朱雀のような常識をわきまえていない場合がある。
 勇者と聖女ということが分かってしまえば、青慈と紫音は魔王を倒しに行くように命じられてしまうのではないだろうか。
 王都の図書館の文献は見たいが、青慈と紫音の素性が知られてはいけない。朱雀は悩んでいた。
 冬になると藍の誕生日がやってくる。お祝いを聞いても藍は笑って答えない。

「お祝いは特にいらないよ。青慈と紫音と暮らせれば私は幸せだからね」
「藍さんは家族なのだから、何か受け取って欲しい」
「何もいらないよ」

 物欲がある方ではないし、藍が朱雀の家に来て願ったことは、「紫音をお姫様のように育てたい」ということで、紫音はドレスを着た人参を持って遊んで、可愛い服を着せられて、絵本も何冊も読んでもらって、いいお値段のするクレヨンという筆記用具も青慈と分け合わずに自分の分を持っていて、お姫様がどんなものか分からないが、大事に大事に育てられていることだけは確かだ。
 朱雀の方も青慈を天使のように思っているので、青慈には惜しみなく愛情を注いでいるし、紫音も当然可愛いと思って育てている。

「欲しいものは何もないのか」

 せっかくの誕生日なのに欲しいものがないという藍に朱雀は困ってしまった。膝の上に乗せた青慈と相談してみる。

「藍さんのお誕生日お祝いは何がいいと思う?」
「これ!」
「これ?」

 青慈が見せたのは、自分の首に下がっている青い小鳥の形のがま口だった。小さな可愛いがま口だが、中が魔法で拡張されているので、倉庫一つ分くらい物が入るようになっている。

「魔法のかかった鞄を買ってもいいな。大きな街に行くときに荷物を入れられるし、いつか王都に行くかもしれない」

 王都に行くときには数日かかるので、藍の荷物も多くなっているだろう。杏と緑のお誕生日には牛乳を潤沢に手に入れるために手配したが、個人的に物は渡していなかったので、杏と緑にも一人一つずつ魔法のかかった鞄を渡してもいいかもしれない。
 麓の街に行くときも、藍と杏と緑は自分たちの買い物は自分で持っていたが、魔法のかかった鞄があると大量に買い込んでも、重さも質量も感じずに運ぶことができる。

「いい考えかもしれない。青慈、賢いぞ」
「せー、かしこい!」

 誇らしげに胸を張った青慈のさらさらの黒髪を撫でて、朱雀は大きな街まで買い物に行くことにした。冬になって雪が降り出す前に買い物は済ませておかなければいけない。
 馬車を手配して半日かけて行った大きな街で、藍と杏と緑の鞄を買っていると、魔法具を売っている店の店主に話しかけられた。

「面白い魔法薬とその作り方が手に入ったんだけど、興味ない?」
「どんなものですか?」
「一時的に魔力を上げる魔法薬だよ」

 反動でしばらく魔法を使えなくなってしまうと教えられたが、朱雀は元々それほど日常的に魔法を使っているわけではない。注意書きにも使えなくなるのは数時間程度と書かれているので、朱雀はその魔法薬に興味を持った。作り方を読んでいると、朱雀でも調合できそうだ。

「それももらおう」

 魔法薬と作り方を書いた小冊子を買って、朱雀は腰の鞄の中に入れた。
 帰りは魔法薬を使って転移の魔法を使ってみることにした。朱雀が魔法薬を飲んで、青慈を抱っこして、紫音を抱っこした藍と、杏と緑に近くに来てもらって、転移の魔法を唱える。問題なく山の中の家に辿り着いたが、朱雀は疲労感で家に中にはいると長椅子に倒れ込んでしまった。

「朱雀さん、大丈夫?」
「おとーたん、しなないで!?」
「とーた、ちんじゃ、やーの!」

 心配そうに覗き込んでくる藍と、泣き顔で縋り付いてくる青慈と紫音に、大丈夫だと答えようとしても上手く言葉が紡げない。眠気が襲って来て、朱雀は少しの間意識を失っていたようだ。
 目を覚ましてからお茶を飲むと、朱雀の体調はすっかりよくなった。

「便利な魔法薬かと思ったが、一時的にとはいえ、意識を失うのは困るな」
「倒れたから驚いたよ」
「朱雀さんが無事でよかった」
「朱雀さん、無理に魔法を使うことはないんだからね」

 藍も杏も緑もとても心配していてくれたようだ。
 気楽に使える魔法薬ではないとは理解したが、何かあったときのために朱雀はその魔法薬を作って鞄の中に入れておくことにした。
 藍の誕生日には果物がなかったので、砂糖で煮た李を飾ったケーキを作った。誕生日お祝いに魔法のかかった小さな鞄を藍に渡して、杏と緑にも渡す。

「これ、朱雀さんと青慈と紫音と同じものじゃないの?」
「私たちにもいいの?」
「荷物がどれだけでも入る鞄よね?」

 掌の上に小さな鞄を乗せて撫でている藍と杏と緑は嬉しそうだ。欲しいものはないと言っていたが、青慈の発案で魔法のかかった鞄を買ってよかったと朱雀は思っていた。

「青慈が藍さんのお誕生日にそれがいいって言ったんだ」
「青慈が? ありがとう、青慈」
「あいたん、どういたしまして」

 抱き締めてお礼を言われて青慈が照れ臭そうに頬を染めている。青慈が抱き締められているのを見て、紫音が一生懸命両手を広げて自分も抱き締めて欲しいと自己主張していた。
 紫音も抱き締められて、藍に頬ずりする。

「あーた、だいすち」
「私も紫音が大好きよ」
「けこんちる!」
「紫音が大人になる頃には私はお婆ちゃんよ」

 結婚を本気にしない藍に紫音がぽよぽよの眉を下げる。

「紫音、不老長寿の妙薬を朱雀さんが作れるかもしれないわ」
「紫音と藍さんは二人で長いときを生きていくのね、素敵」
「杏さん、緑さん、小さい子に何を教えているの?」
「藍さんだって、青慈が朱雀さんの結婚のためなら、不老長寿の妙薬の話をするんじゃない」
「そ、それは……」

 自分は不老長寿の妙薬を飲まなくても、青慈が朱雀と結婚するためなら青慈にその情報を教えるという藍に、朱雀はさすがにそんなものを青慈に飲ませられないし、藍にも飲ませられないと思っていた。
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