君は僕の運命、僕を殺す定め

秋月真鳥

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後編 (受け視点)

1.運命の子ども

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 息子のミヒャエルから見ても、母のルイーゼは美しく、儚く、そして不思議な存在だった。物心つく頃にはミヒャエルはルイーゼに言い聞かされていた。

「離れの屋敷にわたくしの妹のフリーダが住んでいます。フリーダの息子のアルトゥロは将来英雄となるお方です」

 アルトゥロの英雄譚をミヒャエルはルイーゼからずっと聞かされて育った。何度も何度も聞いた英雄譚の結末は、ミヒャエルの死だった。

「隣国の大魔術師が憑依魔法を完成させます。そのときにあなたは19歳。あなたは大魔法使いが魔王となるときの依り代と選ばれて、この国の侵略のために利用されるのです」
「ぼくは、まおうにからだをのっとられて、このくにをめつぼうさせるのですか?」
「いいえ、あなたを救ってくれる英雄がアルトゥロなのです。死という形であなたを開放してくれます」

 魔王に身体を乗っ取られて魂は失われてしまうミヒャエルを、死という形で介抱してくれる。それがアルトゥロだとルイーゼはミヒャエルに話した。最初は自分が19歳で死んでしまうという事実に耐え切れずに話の途中で泣いてしまったり、話を遮って別の部屋に逃げてしまったりした。
 母のルイーゼは妹のフリーダが夫のゲオルクを寝取ったときも、動揺していなかった。

「わたくしが産んだ子どもをハーマン家の嫡子に、フリーダの産んだ子どもはゲオルク殿の実家、フィルツ家の嫡子にしてフィルツ家を継がせましょう」

 そう告げたルイーゼにとってはそのことはもう決められていることで、誰にも変えることができないのだという思いがあったのだ。
 この国は第一子が性別を問わず嫡子となる。完全なる血統主義のこの国では、男性であろうとも貴族の嫡子は子どもを産む。そのために男性の嫡子が生まれた場合には疑似子宮の種を体に植え付けて、それを育てて結婚する年には子どもが産めるようにするのだ。
 ルイーゼは女性の第一子だったので、問題なく嫡子としてハーマン家を継ぐ存在に育っていた。遠縁からもらった婿養子のゲオルグは気の弱い男性で、フリーダの誘いに乗ってしまっただけでなく、フリーダがゲオルグ以外の男性とも関係を持つのを止められなかった。
 生まれてきたフリーダの息子が褐色の肌に紫色の瞳の明らかにゲオルクの血を引いていない子どもであっても、ルイーゼは全く動揺することがなかったという。ルイーゼにはフリーダがどんな子どもを産むかがあらかじめ分かっていたのだ。

「愛しい妹のフリーダの子どもです。この子もハーマン家の血を継いでいることには変わりありません。フリーダのために離れの屋敷を立てさせましょう。フリーダと子どもが心安く過ごせるように」

 フリーダを責めて両親が追い出そうとしたときにも、ルイーゼはフリーダを庇ったという。それはフリーダの息子のアルトゥロが将来英雄になることがルイーゼには分かっていたからだ。

「わたくしは生まれる前の記憶があるのです。この世界で起きることは生まれる前の別の世界に生きていたわたくしが夢中になって読んだ英雄譚そのもの。わたくしにはこの国が隣国に狙われていて、ミヒャエルが大魔法使いが魔王となるための依り代となることが決まっていて、それをアルトゥロが死という形で開放してくれることが分かっているのです」

 幼い頃にはルイーゼの言うことがどういう意味か分からず、死というものがひたすらに怖くて泣いていたミヒャエルだが、一つ一つ、ルイーゼの言うことが当たって行くたびに、自分は運命から逃れられないのだという思いを強くしていった。

「フリーダは母が愛人との間に作った娘で、わたくしとは異父姉妹になります。母と父……ミヒャエル、あなたの祖父母の愛情は冷めきっていて、もうすぐこのお屋敷を出て静かに隠居したいと言い出すでしょう」
「おじいさまと、おばあさまは、いっしょにくらすの?」
「いいえ、自分の愛人と別々の場所で暮らしますよ」

 ミヒャエルが5歳のときに、ルイーゼの予言通りに両親は別々にハーマン家の屋敷を出て行って、田舎で愛人と共に静かに暮らしだした。電話も繋がらないようにして、極力連絡をするなという祖父母を、ルイーゼは穏やかに見送っていた。
 祖父母が出て行ったことでハーマン家の当主はルイーゼになったのだが、ルイーゼは出産以来体調を崩して寝込むことが多かった。

「昔からわたくしは体が弱かったのです。ミヒャエル、その小さな皿のおかずには手をつけないように」
「これ、ぼくのすきなおかずなんですが」
「毒が入っています」

 毒という響きにミヒャエルはびくりと身体を震わせる。
 この国では貴族や王族は毒殺の危険を避けるために、幼少期から毒性のあるものを少しずつ口にして、長じるにつれてその量を増やして、毒で即死することのないような体質を作り上げておく風習があった。微量とはいえ毒物が入っているので、それを食べるとミヒャエルは体調を崩す。熱を出したり、お腹を下したり、吐き戻してしまったりすることがあるのに、厨房の料理人はいつもどれかの皿に毒物を混ぜるのだ。
 大好物であろうとも、毒物が混じっているものを食べると後で体調を崩してつらい思いをするのは分かっているので、ミヒャエルはルイーゼの示した皿のものは食べなかった。
 その頃から、ミヒャエルは食べることが嫌いになって来ていた。ルイーゼも幼かった頃のことを話してくれる。 

「わたくしも毒物がどうしても体質に合わずに苦しみました。今も食事をするのがあまり好きではありません」
「ははうえも、そうだったのですね」
「あなたは私と体質が似てしまったようですね。19歳までの命なのだから好きなものをたくさん食べさせてあげたいのに、それだけの力のないわたくしを許してください」

 ハーマン家の当主になったとはいえ、ルイーゼは体が弱く床についてばかりだったので、ハーマン家の切り盛りをしているのは実質離れの屋敷に住んでいる妹のフリーダだった。フリーダはルイーゼのことを慕っていて、ゲオルグがフリーダと関係を持って屋敷を追い出された後に、離れの屋敷に住むはずだったが、絶対に中に入れずに息子と使用人たちだけで暮らしている。

「フリーダは優しいところがあるのですが、毒物がどうしても弱い体質の人間もいることを理解できていないのです」
「おばうえは、くすりもすぎればどく、どくもわずかならばくすり、といっているそうですね」
「ミヒャエル、聞いていたのですね……」

 ルイーゼがフリーダに直接頼みに行ったときに、ミヒャエルも部屋の端で小さくなって聞いていた。ルイーゼのことは心酔するほどに愛しているフリーダでも、貴族としての教育で曲げられないことはあるようだ。

「ミヒャエル、フリーダを憎まないでくださいね。あの子は何も分かっていないのです」
「はい。ぼくは、わかっているから」
「そうです、あなたは未来がどうなるか分かっている」

 19歳で自分の人生が終わることをその頃にはミヒャエルは受け入れていた。ルイーゼの言ったことが外れたことはないのだ。
 7歳の冬にミヒャエルはアルトゥロと初めて出会う。庭で迷子になったアルトゥロが蛇に咬まれて三日三晩熱を出して苦しむことを、ルイーゼは話していた、その日になったのだ。
 屋敷から出ると、裏庭で褐色の肌に黒髪に紫色の目の綺麗な顔立ちの男の子が途方に暮れて立ち竦んでいた。前髪は長く伸ばして色違いの目を隠しているが、後ろは短いミヒャエルとは逆で、前髪は整えられていたが、緩やかに波打つ黒髪が長めに残されていた。

「そっちへ行っちゃダメだよ」
「え? ど、どうして?」

 声をかけるとその男の子、アルトゥロは戸惑った様子で立ち止まる。どこか通路がないかと茂みに近付こうとするアルトゥロをミヒャエルは茂みから遠ざけて屋敷が見えるところまで誘導する。

「そっちへ行くと、君は蛇に咬まれてしまう。命は取り留めるけれど、三日三晩熱が出て苦しむことになる」
「おれが、蛇に?」

 驚きながらも迷子になった心細さで紫色の目に涙を溜めているアルトゥロのために、ミヒャエルはポケットから洗濯された清潔なハンカチを取り出した。手渡すと、アルトゥロは涙と洟を拭いている。

「離れのお屋敷から来たんだね。途中まで送ってあげる」
「おれはアルトゥロ。あなたは?」
「僕の名前は知る必要はないよ」

 礼儀正しく自己紹介されてしまったが、ミヒャエルはアルトゥロに名前を教える必要性を感じていなかった。将来自分が殺す相手の名前を覚えておくなんて、アルトゥロも気分がよくないだろう。

「名前、教えてくれないのか?」
「君は僕のことを知らなくていい。君は将来、僕を殺すんだから」
「え!?」

 ルイーゼが語り聞かせてくれる英雄譚の最後を語っただけなのに、アルトゥロは紫色の目に涙を溜めている。泣かせてしまうようなことを話してしまったかと、ミヒャエルは内心首を傾げていた。
 幼い頃にはミヒャエルは母の語る英雄譚が怖かったけれど、今は平気になっている。自分が死ぬ場面まで来ると泣いて逃げていた頃と違って、最後まで逃げずに聞けるようになった。

「おれは誰かを殺したりしない」
「大丈夫だよ。僕を殺しても、君が咎められることはない。絶対に」

 どうすればアルトゥロが泣き止んで、ミヒャエルの言葉に納得するのか、ミヒャエルは考えながら話していた。
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