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後日談 (受け視点)

1.予測のできない状況で

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 母のルイーゼの残した手記も、語った英雄譚も、魔王の依り代となるミヒャエルを殺してアルトゥロは国の英雄として認められて、未来の国王であるディーデリヒの配偶者として将来は国の政治に深く関わっていく、というところで終わっていて、そこから先は語られてもいないし、手記に残されてもいない。19歳で死ぬ息子のための手記だからそこから先をルイーゼは重視しなかったのだろう。
 憑依魔法にかからずに生き延びてしまったミヒャエルは呆然自失のままでアルトゥロに連れられて帰ることになった。残りのことはディーデリヒがしてくれるといっている。

「私は隣国との交渉を夫と共に行う。アルトゥロはお兄さんを家に連れ帰って落ち着かせてるといい」
「ありがとう、ディーデリヒ」

 逃げないようになのか、抱き締められて車に乗せられたミヒャエルだが、抵抗する気はなかった。アルトゥロの間抜けぶりに怒りすらわいて来ている。

「ずっとどこにいたんだ、ミヒャエル。俺はあなたを探し続けていたのに」
「君は本当に英雄なのか?」
「どういう意味だ? 俺は英雄じゃなくても構わない」

 この国の英雄になれるはずだったのにそれを放棄してしまったアルトゥロ。ディーデリヒの配偶者でもないから、政治的な重要人物になれるかも分からない。どうして運命が狂ってしまったのかミヒャエルには分からない。
 分かっていることはミヒャエルがアルトゥロに黙っていることがあるということだった。

「英雄がこんなに間抜けだなんて誰も思わないよな」
「俺が間抜け? どういうことだ?」

 間抜けという言葉にアルトゥロは反応しているが、英雄譚で聞いていたアルトゥロと目の前にいるアルトゥロとの差にミヒャエルは呆れつつあった。アルトゥロは離れの屋敷に住んでいたはずで、ミヒャエルとは同じ敷地内にいたのに、母屋を探すこともしなかった。
 それだけミヒャエルに興味がなかったということだろうか。
 敷地内に入った車をアルトゥロは離れの屋敷の前で停めさせようとするが、ミヒャエルは母屋の前まで移動させた。

「母屋には俺は入れない。母上が入って欲しくないと言っている」
「その年で母親の言いなりなんだな」
「そういう言い方をするか? 母上は俺に興味がないんだ。俺も母上とは距離を置きたいと思っている」

 母屋に行こうとすればアルトゥロは母のフリーダが言ったから中に入れないと言っている。

「いいから来い」

 引きずるようにして母屋に連れて帰ると、ミヒャエルを見たフリーダが笑顔でミヒャエルを迎えてくれた。その後にアルトゥロに気付いて表情を歪ませたような気がするが気のせいだろう。

「ミヒャエル様がお許しになったのですか?」
「そうです。叔母上には本当にお世話になっています。僕はアルトゥロに本当のことを言うべきときが来たのです」

 子どもが生まれたことだけは伝えておかなければいけない。
 どれだけアルトゥロがミヒャエルに興味がなかろうとも、子どもの父親はアルトゥロなのだ。告げてミヒャエルがアルトゥロを二階の部屋に連れて行くと、フリーダもついてきてくれる。
 フリーダはこの一年、本当にミヒャエルによくしてくれた。ミヒャエルはフリーダのことを心から信頼している。
 部屋のドアを開けるとベビーベッドで娘のルイーゼが眠っている。それを見てアルトゥロの紫色の目が輝いた。

「俺の子どもだな? ミヒャエルを抱いたときに子どもができればいいとずっと思っていた」
「子どもができればいい? 学生の分際で、何を言っているんだ。そもそも君はディーデリヒ王太子殿下と結ばれるはずだった」
「その予言は覆されただろう。俺があなたを殺す予言も覆された」

 ディーデリヒと結婚できなかった件でミヒャエルを恨んでいても仕方がないし、娘のルイーゼのことを認められなくても仕方がない。そう思っていたミヒャエルの認識は完全に覆された。アルトゥロはミヒャエルの前で飛び上がらんばかりに喜んでいる。これが英雄の姿なのかとミヒャエルはアルトゥロをじっと見つめてしまった。

「何の話か分かりませんが、アルトゥロ、あなたは自分が子どもなのに子どもを作るなど早すぎますよ。生まれて来たルイーゼは可愛いので大事に育てますが」
「母上は、何も分かっていないのです。俺はミヒャエルが死なないように、この世に執着するように子どもを作ったつもりです」
「ミヒャエル様はずっとこの母屋にいました。あなたはわたくしを疑いもせず、母屋に近付きもしなかった。愚かな子だと思っていましたが、ここまでだったとは」

 アルトゥロの母であるフリーダが、アルトゥロが父親になるのは早すぎると心配するのは当然のことだろう。愚かな子と言っているが、それもまた言葉の綾でフリーダはアルトゥロを愛しているからこそ出た言葉なのだろうとミヒャエルは判断する。

「そ、それでも、ディーデリヒは俺と同じ年で結婚しています。俺がしていけない理由はないでしょう?」

 フリーダとアルトゥロの母子の会話を聞いていると、急に話が飛んだ気がして、ミヒャエルは顔を歪めてしまった。
 結婚などという言葉がアルトゥロから出ていいはずがない。

「結婚!? なんで、僕と君が!?」
「アルトゥロ、あなたはミヒャエル様にプロポーズもしないで結婚の話をしているのですか? その服だって、わたくしが選んで買って来たものではないですか。服も買って来られないようなあなたを、一人前の大人と認めるわけにはいきません」

 いつもお洒落な格好をしていると言われているアルトゥロが自分で服を選んでいなかったことを、ミヒャエルはここで初めて聞いた。英雄だということでミヒャエルはアルトゥロを神聖視しすぎていたのかもしれないが、アルトゥロはただの18歳の青年だった。
 それを見せつけられると、ミヒャエルはアルトゥロの印象が変わりそうだった。
 これまでは自分などが近付いては行けない英雄様だったのに、今目の前にいるのは母親に叱られている18歳の青年である。

「母屋に来るなというわたくしの言葉にも、あなたは逆らいもしませんでしたね。わたくしが母屋にミヒャエル様を匿っていると考えなかったのですか?」
「少しも考えなかった……」
「そういうところですよ、アルトゥロ。あなたにはまだ、ミヒャエル様にプロポーズする資格はありません!」

 アルトゥロとフリーダの話は続いていて、それを聞いていたミヒャエルだが、やはり子どもができたことに責任を感じてアルトゥロはミヒャエルと結婚するなどという世迷言を口にしているのかもしれない。それに関してはきっちりと断っておかなければいけない。

「子どもができたからって、責任を取って結婚するなんて言わなくていいんだ。僕はルイーゼを一人で育てる」
「いいえ、わたくしがおります」
「叔母上……ありがとうございます。一緒にルイーゼを育てていきましょう」

 フリーダと共に娘のルイーゼを育てて行こうと心を決めるミヒャエルに、アルトゥロはまだ食い下がって来る。

「責任を取ってという発想にどうしてなるんだ?」
「君は僕に恋愛感情はないはずだ。ディーデリヒ皇太子殿下との結婚を阻んでしまった僕を腹いせに抱いただけだろう」
「それは違う!」

 英雄は声もいいが、声が大きい。声だけでなく色々なものが大きいのだが、その辺は今のところは忘れておく。
 大きな声に泣き出してしまった娘のルイーゼに駆け寄って抱き上げてあやすと、アルトゥロが興味深そうにルイーゼを覗き込んでくる。小さな拳を握り締めて、ルイーゼは泣いている。揺らして小声で歌を歌っていると、少しずつ落ち着いて来て、腕の中で眠り始めた。オムツも濡れている様子はないし、お腹が空いている様子もない。
 眠ったところでルイーゼをベビーベッドに寝かせると、その間にアルトゥロとフリーダは席を外していた。
 これからどういう風にアルトゥロとフリーダに自分のことを話せばいいだろう。

「手記を見せるときが来たのか」

 ミヒャエルはベッドサイドのテーブルの引き出しに入っている手記に視線を向けた。
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