愛することはないと言われた花嫁ですが、夫の真実の愛を知りました

秋月真鳥

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5.デュラン殿下のお茶会

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 ルシアン殿下に拒まれてもわたくしはまだルシアン殿下の気持ちに縋って、王宮を去ることができずにいた。
 乳母から報告が入ったのか、両親からの手紙では、わたくしに実家に戻ってくるようにと書いてある。
 少しの間でも実家に帰って気持ちを落ち着けてはどうかと書かれている手紙に、心が揺らがなかったわけではない。結婚してからのルシアン殿下の態度はわたくしにはあまりにも不可解すぎた。ルシアン殿下の本当のお気持ちが分からなくて戸惑ってしまう。

 それでも、王宮に残ることにしたわたくしに、デュラン殿下からお茶会のお誘いが来た。行くべきか迷って、ルシアン殿下に相談しようとしたのだが、わたくしと結婚しない方がよかったと言っていたルシアン殿下の姿を思い出して、なかなか口にできないままにお茶会の日になってしまった。
 返事の手紙は出していないし、口頭でお断りして謝ってくるだけでもしようと思って、わたくしがデュラン殿下の指定するお茶会の会場に向かうと、そこは異様な雰囲気だった。
 美しく着飾ってはいるが、緊張した面持ちの少年少女が給仕をして、まだ学園に通っているような年齢の美しい少年少女だけが集められたお茶会だった。

「デュラン殿下、お返事が遅くなって申し訳ありません。わたくし、大変失礼ですが欠席をさせていただこうと思っておりまして」
「せっかくいらっしゃったのですから、お茶を一杯だけ飲んでいかれませんか?」
「いえ、失礼いたします」

 頭を下げて辞そうとすると、するりとデュラン殿下がわたくしの退路を断つように回り込む。
 デュラン殿下は栗色の髪に栗色の目で、やはりルシアン殿下の方が王家の血が濃いのだと分かる。ルシアン殿下ほどではないが長身で、すらりとした美しい方だった。その美しさが、わたくし以上に化粧をしているような気がして、男性なのに珍しいと感じてしまう。
 ルシアン殿下のような内から輝くような美しさではない。

「少しくらいいいではないですか。ルシアンのところでは不自由しているのではないですか? わたしのコレクションに加わるというのならば、援助して差し上げてもよろしいのですよ」
「コレクション……?」
「安心してください、わたしはギヨーム兄上のように悪趣味ではありません。美しいものを美しいままに愛でるだけです。その蜂蜜色の艶やかな髪、蜂蜜色の蕩けるような目、リュシア嬢は本当に美しい」

 リュシア嬢とわたくしのことを呼んだ。
 そう呼ばれるのは、未婚の令嬢だけのはずだ。わたくしはルシアン殿下と結婚しており、既に王子妃で「夫人」か、「殿下」と呼ばれるのが相応しい。デュラン殿下は王子なのでわたくしを「殿下」と呼ばないかもしれないが、「嬢」と呼ぶのは明らかにおかしい。

「わたくしはルシアン殿下の妻です」
「十六歳の子どもと結婚するなど、ただのおままごとでしょう。リュシア嬢は本当に美しくて、わたしも興味を持っていたのです。お近付きになりたいと思っていました」

 するりとデュラン殿下がわたくしの長い髪を一筋手に取る。

「蜂蜜色の髪、どれだけ甘い香りがするのでしょう。とても芳しい」

 髪を嗅がれて、わたくしは鳥肌が立つのを感じていた。
 これ以上この場にはいられない。

「失礼いたします」

 硬い声で告げて踵を返して、わたくしはルシアン殿下の離宮に戻った。
 戻ってから、髪と体を洗って、デュラン殿下の気配を消して、息をつく。
 デュラン殿下はルシアン殿下の境遇を知っているようだった。ルシアン殿下の離宮は第三王子であり、王太子になるかもしれない方の住まいとしてはあまりにも質素すぎたが、その理由があるのかもしれない。

 ギヨーム殿下とも言い争っていたし、ルシアン殿下は現在の国王陛下を傀儡にして国の中枢を担っているギヨーム殿下とデュラン殿下から冷遇されているのかもしれない。
 それを考えれば、王家のしきたりという言葉で誤魔化されていたあの違和感しかなかった結婚式も、ルシアン殿下の離宮についても理解ができる。

 ルシアン殿下の口から最初から説明されていれば、わたくしもこんな猜疑心は抱かなかった。
 ルシアン殿下は何を考えておられるのか。
 わたくしには相談するだけ無駄だと考えているのだろうか。

 わたくしの夫であるルシアン殿下が不当に扱われているのならば、王族でもあり、国の貴族の中では一番の地位と権力と財産を持つルミエール公爵家から抗議を入れてもらってもいいのだが、ルシアン殿下はそれに対してなんというだろう。

 わたくしはルシアン殿下の帰りを待っていた。

 夕食時に帰ってきたルシアン殿下に、わたくしは食べることを諦めてフォークもナイフも手に取らず、話を切り出した。

「ルシアン殿下がこのような境遇に置かれているのは、ギヨーム殿下とデュラン殿下のせいなのですか?」
「リュシア姉様、その話をどこで?」
「そうなのですね?」

 ルシアン殿下の問いかけに答えずに、問い詰めると、ルシアン殿下がナイフとフォークを置いた。

「ぼくの聞いていることに答えてください。リュシア姉様、もしかして、兄上たちと接触しましたか?」

 ルシアン殿下の声が低くなって、纏う空気が冷たくなる。わたくしの前に座っているルシアン殿下の姿が威圧的に感じてしまうのは、ルシアン殿下のお体が大きいからかもしれない。
 夫婦の間に秘密があってはいけない。ルシアン殿下はたくさんの秘密を抱えているようだが、わたくしは隠しておきたくなくて、正直に話した。

「デュラン殿下のお茶会に誘われていました。返事をどうするべきかルシアン殿下に相談しようと思っていたのですがその機会がないまま当日になってしまったので、せめて参加できない旨を伝えようと、デュラン殿下のお茶会に出向いて、お断りしてきました」
「デュラン兄上に会ったのですか? 近付かないように言ったのに!」
「挨拶だけして失礼してきました」
「何かされませんでしたか? デュラン兄上は美しい方が男女問わず好きで、コレクションなどと言って悪趣味に美しい方ばかり集めたお茶会を開いているのです」

 そうだったのか。
 コレクションとはそういう意味だったのだ。
 ぞっとしながら無意識のうちにデュラン殿下が触れた髪に触れていたわたくしに、立ち上がったルシアン殿下が近付いてくる。ルシアン殿下の手がわたくしの髪に触れた。

「リュシア姉様の美しい髪に、触れられたのですか……?」

 怒りに震えるルシアン殿下の問いかけに答えることができない。それが答えとなったようだ。

「この離宮から出ないでくださいとお伝えしたはずです! リュシア姉様、約束してください、この離宮から出ないこと、誰が来てもこの離宮には入れないことを!」
「それでは、わたくしの責務が果たせません」
「リュシア姉様は……それでいいのです。リュシア姉様にしてもらうことはありません」

 王子妃として覚悟をして嫁いできたつもりだった。
 王子妃になるための教育も決して生ぬるいものではなかった。それでも、いつか王子妃になるのだからと懸命に耐えてきた。
 それを全て否定された気がしてわたくしは呆然としていた。

 夕食をそれ以上続けず、ルシアン殿下が食堂から出ていくのを、わたくしは見送るしかなかった。

 部屋に帰ると、両親からの手紙を手に取る。

「わたくしは望まれていなかったのでしょうか。実家に帰った方がいいのでしょうか」

 小さく呟いたわたくしに、乳母が落ち着くようにお茶を入れてくれる。

「ルシアン殿下の態度は不可解なものがあります。リュシア殿下を意図的に避けているような」
「わたくしが避けられるほど嫌われているのでしょう」
「ルシアン殿下はリュシア殿下とのお茶会のときに、いつも嬉しそうだったではありませんか」
「結婚したいほどではなかったのかもしれません」

 所詮は政略結婚だった。
 そう思うと気分が沈んでくる。
 ルシアン殿下はわたくしを好きではないのかもしれない。
 わたくしもルシアン殿下の態度が怖いと思い始めている。

「わたくしは……」

 別れを切り出した方がいいのかもしれない。
 そう思い始めていた
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