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6.離縁の申し入れ
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翌日、わたくしは両親に手紙を書いた。
長い長い手紙だった。
わたくしがルシアン殿下と結婚して王宮の離宮に来てから約二週間。この間に起きたことを全て包み隠さず書いた。
ルシアン殿下に初夜で拒まれたこと。離宮から出ないように言われて王子妃としての責務を全く果たせていないこと。ルシアン殿下がギヨーム殿下と言い争い、令嬢を助けていたこと。その後でルシアン殿下に協力を申し出たが断られて、「結婚しなければよかった」と言われたこと。デュラン殿下のお茶会での不快な出来事。それを報告したときのルシアン殿下の怒り。
全て文章にすると、二週間の間にたくさんのことがあったのが分かる。
それを踏まえた上で、今夜、ルシアン殿下と話し合って、それでもだめならば実家に戻ることを書いた。
両親は兄に領地を任せて王都のタウンハウスで暮らしているので、手紙が両親に届くのは明日の昼頃になるだろう。
ルシアン殿下との話し合いが決裂すれば、わたくしはとりあえずは公爵家の王都のタウンハウスに戻ろうと思っていた。
夕食後に、わたくしはルシアン殿下を引き留めた。
ルシアン殿下の部屋に行くのは少し怖かったし、わたくしの部屋にルシアン殿下をお招きするのもどうかと思ったので、お茶室でルシアン殿下と話をすることになった。
「ルシアン殿下には正直に話してほしいのです。わたくしとの結婚を後悔しているのですか?」
十六歳という性人にも満たない年齢で無理やりに結婚させられて、納得しているはずはないと思っていたのだが、問いかけてみると沈黙が続いて、わたくしは落ち着かなくなる。
ティーカップを持ち上げて一口お茶を飲んで落ち着こうとするが、ルシアン殿下はなかなか口を開かなかった。
「リュシア姉様には申し訳ないことをしたと思っています」
やっと口を開いたときにルシアン殿下が言ったのが謝罪の言葉だったので、わたくしは苛立ってしまう。ルシアン殿下から謝罪されるよりも、説明が欲しかった。
「後悔しているのか、そうではないのかを聞いているのです」
「正直に言えば、後悔しています」
問い詰めれば、ルシアン殿下の口からやっと本音が出た。わたくしは望まれていなかった。
その思いに涙が滲んでくるが、わたくしはそれを堪えた。泣いている場合ではない。状況をきちんと把握しなければいけない。
「確かに早すぎる結婚だったかもしれませんが、わたくしはいずれルシアン殿下と結婚して、家庭を築くのだと思っておりました」
「ぼくも……いえ、でも、リュシア姉様と結婚してはいけなかった。リュシア姉様、ごめんなさい」
「謝ってほしいわけではありません。説明してください、ルシアン殿下」
わたくしの口調は多少厳しくなっていたかもしれない。
ルシアン殿下が顔を上げて赤みがかった紫の目でじっとわたくしを見つめている。その表情が悲しそうな気がするのは、多分気のせいではない。
「リュシア姉様に説明することは、できません」
「なぜですか? わたくしは望まないとはいえ、ルシアン殿下の妻ではないのですか?」
「リュシア姉様、許してください」
また謝罪された。
もう訳が分からない。
結婚しなかった方がいいと言うのに、ルシアン殿下はひたすら謝罪してわたくしを遠ざけようとする。それならば、わたくしにも覚悟があった。
「分かりました、離縁いたしましょう」
「リュシア姉様!?」
これだけ結婚したくなかったと言っているのに、わたくしが離縁を口にすると驚くのかと思ってしまう。わたくしは話し合いが決裂したらルシアン殿下と離縁するつもりで最初からこの場に臨んでいたのだ。
「短い間でしたが、お世話になりました。どうぞ、お幸せに」
立ち上がってお茶室を出ようとするわたくしに、ルシアン殿下がわたくしの腕を掴んでくる。ルシアン殿下の大きな手ではわたくしの腕など一掴みにできた。
「待ってください、リュシア姉様。離縁して、これからどうするおつもりなのですか?」
「ルミエール公爵家のタウンハウスに戻ります。その後、領地に戻って、次の御縁を探すでしょうが、王子妃としてやっていけなかったわたくしには、碌な縁はないでしょうね」
大きな体に威圧されないように必死に虚勢を張って皮肉っぽく言えば、ルシアン殿下がわたくしの腕から手を放した。解放してもらえたのかと思った瞬間、ルシアン殿下が床に膝をつく。
「リュシア姉様、捨てないでください」
「何を仰っているのですか? 結婚しない方がよかったと言ったのはルシアン殿下ではないですか」
両手を取られて、縋るように手の甲に額をつけられて、わたくしは戸惑ってしまう。
ルシアン殿下はわたくしの手の甲に額をつけたまま、顔を上げなかった。
「結婚しなければよかったというのは……リュシア姉様が王宮にいなければ、危険な目に遭うことはないだろうという意味で……ぼくは、リュシア姉様を愛しています」
「ルシアン殿下!?」
「初めて出会ったときから、リュシア姉様のことをお慕いしていました。父上にもどうしてもリュシア姉様と結婚したいとお願いして、婚約者にしてもらったのです」
それはわたくしも聞いていないことだった。
第三王子と王族の血を引く公爵家の娘であるわたくしは、年の差も三歳しかないし、身分も年齢もちょうどいいと思って婚約が結ばれたのだと思っていた。そこにルシアン殿下の気持ちがあったなんて、聞いていない。
「わたくしと結婚して後悔していると仰いましたよね?」
「後悔しています。もっとぼくがリュシア姉様を守れるようになってから結婚できていれば、リュシア姉様に不自由な思いをさせなかったのに。せめて成人してからならば、ギヨーム兄上とデュラン兄上を退ける方法があったかもしれない」
それに関して、わたくしはルシアン殿下に聞きたいことがあった。
もうルシアン殿下の気持ちは分かっているので涙も引っ込んだし、ルシアン殿下に拒絶されているのではないかという危惧も消えた。
「立太子、なさろうと思っているのですね?」
「はい……聡明なリュシア姉様なら分かってくださると思います。ギヨーム兄上は色狂いで国王に相応しい方ではない。デュラン兄上は宝飾品や美術品にお金をかけすぎているし、美しい少年少女をコレクションとして集めるような方。それに、奴隷取引にも関わっていると言われています」
「わたくしも、ルシアン殿下が国王陛下に相応しいと思っております」
「父上は母上が生きていたころは善政をしいていたようですが、今はギヨーム兄上とデュラン兄上の言いなりになってしまっている。父上には退位していただいて、ぼくが国王になるしかないと思っています」
王子妃としてわたくしが習ったことがあった。
――国王は国民のためにあると思え。
決して自分たちが豊かに暮らすためでも、贅沢をするためでもなく、国王は国民のために存在して、国民を豊かにすることを一番に考えなければいけない。それが国王としての在り方のはずだった。
自分の性欲を満たすことしか考えていないギヨーム殿下も、美しいものを手に入れることに執心して贅沢の極みを味わうデュラン殿下も、次期国王には相応しくない。
それは誰もが思っていることなのだろうが、王妃殿下が亡くなってから抜け殻のようになった国王陛下を傀儡としてしまって、国政を操っているギヨーム殿下とデュラン殿下に逆らうことができないのだ。
「ルシアン殿下、わたくし、父に手紙を書きます」
「ルミエール公爵に?」
「ルシアン殿下の後ろ盾として、他の貴族たちを纏めてくださるようにお願いします」
王族の血が入っている父は、国王陛下や王子殿下に次ぐ権力を持っている。国民の信頼を失っている国王陛下とギヨーム殿下とデュラン殿下に対抗できるのは、父くらいしかいないだろう。
「ぼくを見捨てないでいてくれるのですか?」
顔を上げたルシアン殿下の赤みがかった紫色の目に、涙の膜が張っていて、わたくしはルシアン殿下の額にそっと口付けを落とした。ルシアン殿下の頬が薔薇色に染まる。
「わたくしを愛しているのでしょう? その代わり、わたくしをこれからルシアン殿下に協力させてください。わたくしにもできることがあるはずです」
わたくしの申し出に、ルシアン殿下は頷き、わたくしの手を恭しく取ってその甲に口付けをした。
長い長い手紙だった。
わたくしがルシアン殿下と結婚して王宮の離宮に来てから約二週間。この間に起きたことを全て包み隠さず書いた。
ルシアン殿下に初夜で拒まれたこと。離宮から出ないように言われて王子妃としての責務を全く果たせていないこと。ルシアン殿下がギヨーム殿下と言い争い、令嬢を助けていたこと。その後でルシアン殿下に協力を申し出たが断られて、「結婚しなければよかった」と言われたこと。デュラン殿下のお茶会での不快な出来事。それを報告したときのルシアン殿下の怒り。
全て文章にすると、二週間の間にたくさんのことがあったのが分かる。
それを踏まえた上で、今夜、ルシアン殿下と話し合って、それでもだめならば実家に戻ることを書いた。
両親は兄に領地を任せて王都のタウンハウスで暮らしているので、手紙が両親に届くのは明日の昼頃になるだろう。
ルシアン殿下との話し合いが決裂すれば、わたくしはとりあえずは公爵家の王都のタウンハウスに戻ろうと思っていた。
夕食後に、わたくしはルシアン殿下を引き留めた。
ルシアン殿下の部屋に行くのは少し怖かったし、わたくしの部屋にルシアン殿下をお招きするのもどうかと思ったので、お茶室でルシアン殿下と話をすることになった。
「ルシアン殿下には正直に話してほしいのです。わたくしとの結婚を後悔しているのですか?」
十六歳という性人にも満たない年齢で無理やりに結婚させられて、納得しているはずはないと思っていたのだが、問いかけてみると沈黙が続いて、わたくしは落ち着かなくなる。
ティーカップを持ち上げて一口お茶を飲んで落ち着こうとするが、ルシアン殿下はなかなか口を開かなかった。
「リュシア姉様には申し訳ないことをしたと思っています」
やっと口を開いたときにルシアン殿下が言ったのが謝罪の言葉だったので、わたくしは苛立ってしまう。ルシアン殿下から謝罪されるよりも、説明が欲しかった。
「後悔しているのか、そうではないのかを聞いているのです」
「正直に言えば、後悔しています」
問い詰めれば、ルシアン殿下の口からやっと本音が出た。わたくしは望まれていなかった。
その思いに涙が滲んでくるが、わたくしはそれを堪えた。泣いている場合ではない。状況をきちんと把握しなければいけない。
「確かに早すぎる結婚だったかもしれませんが、わたくしはいずれルシアン殿下と結婚して、家庭を築くのだと思っておりました」
「ぼくも……いえ、でも、リュシア姉様と結婚してはいけなかった。リュシア姉様、ごめんなさい」
「謝ってほしいわけではありません。説明してください、ルシアン殿下」
わたくしの口調は多少厳しくなっていたかもしれない。
ルシアン殿下が顔を上げて赤みがかった紫の目でじっとわたくしを見つめている。その表情が悲しそうな気がするのは、多分気のせいではない。
「リュシア姉様に説明することは、できません」
「なぜですか? わたくしは望まないとはいえ、ルシアン殿下の妻ではないのですか?」
「リュシア姉様、許してください」
また謝罪された。
もう訳が分からない。
結婚しなかった方がいいと言うのに、ルシアン殿下はひたすら謝罪してわたくしを遠ざけようとする。それならば、わたくしにも覚悟があった。
「分かりました、離縁いたしましょう」
「リュシア姉様!?」
これだけ結婚したくなかったと言っているのに、わたくしが離縁を口にすると驚くのかと思ってしまう。わたくしは話し合いが決裂したらルシアン殿下と離縁するつもりで最初からこの場に臨んでいたのだ。
「短い間でしたが、お世話になりました。どうぞ、お幸せに」
立ち上がってお茶室を出ようとするわたくしに、ルシアン殿下がわたくしの腕を掴んでくる。ルシアン殿下の大きな手ではわたくしの腕など一掴みにできた。
「待ってください、リュシア姉様。離縁して、これからどうするおつもりなのですか?」
「ルミエール公爵家のタウンハウスに戻ります。その後、領地に戻って、次の御縁を探すでしょうが、王子妃としてやっていけなかったわたくしには、碌な縁はないでしょうね」
大きな体に威圧されないように必死に虚勢を張って皮肉っぽく言えば、ルシアン殿下がわたくしの腕から手を放した。解放してもらえたのかと思った瞬間、ルシアン殿下が床に膝をつく。
「リュシア姉様、捨てないでください」
「何を仰っているのですか? 結婚しない方がよかったと言ったのはルシアン殿下ではないですか」
両手を取られて、縋るように手の甲に額をつけられて、わたくしは戸惑ってしまう。
ルシアン殿下はわたくしの手の甲に額をつけたまま、顔を上げなかった。
「結婚しなければよかったというのは……リュシア姉様が王宮にいなければ、危険な目に遭うことはないだろうという意味で……ぼくは、リュシア姉様を愛しています」
「ルシアン殿下!?」
「初めて出会ったときから、リュシア姉様のことをお慕いしていました。父上にもどうしてもリュシア姉様と結婚したいとお願いして、婚約者にしてもらったのです」
それはわたくしも聞いていないことだった。
第三王子と王族の血を引く公爵家の娘であるわたくしは、年の差も三歳しかないし、身分も年齢もちょうどいいと思って婚約が結ばれたのだと思っていた。そこにルシアン殿下の気持ちがあったなんて、聞いていない。
「わたくしと結婚して後悔していると仰いましたよね?」
「後悔しています。もっとぼくがリュシア姉様を守れるようになってから結婚できていれば、リュシア姉様に不自由な思いをさせなかったのに。せめて成人してからならば、ギヨーム兄上とデュラン兄上を退ける方法があったかもしれない」
それに関して、わたくしはルシアン殿下に聞きたいことがあった。
もうルシアン殿下の気持ちは分かっているので涙も引っ込んだし、ルシアン殿下に拒絶されているのではないかという危惧も消えた。
「立太子、なさろうと思っているのですね?」
「はい……聡明なリュシア姉様なら分かってくださると思います。ギヨーム兄上は色狂いで国王に相応しい方ではない。デュラン兄上は宝飾品や美術品にお金をかけすぎているし、美しい少年少女をコレクションとして集めるような方。それに、奴隷取引にも関わっていると言われています」
「わたくしも、ルシアン殿下が国王陛下に相応しいと思っております」
「父上は母上が生きていたころは善政をしいていたようですが、今はギヨーム兄上とデュラン兄上の言いなりになってしまっている。父上には退位していただいて、ぼくが国王になるしかないと思っています」
王子妃としてわたくしが習ったことがあった。
――国王は国民のためにあると思え。
決して自分たちが豊かに暮らすためでも、贅沢をするためでもなく、国王は国民のために存在して、国民を豊かにすることを一番に考えなければいけない。それが国王としての在り方のはずだった。
自分の性欲を満たすことしか考えていないギヨーム殿下も、美しいものを手に入れることに執心して贅沢の極みを味わうデュラン殿下も、次期国王には相応しくない。
それは誰もが思っていることなのだろうが、王妃殿下が亡くなってから抜け殻のようになった国王陛下を傀儡としてしまって、国政を操っているギヨーム殿下とデュラン殿下に逆らうことができないのだ。
「ルシアン殿下、わたくし、父に手紙を書きます」
「ルミエール公爵に?」
「ルシアン殿下の後ろ盾として、他の貴族たちを纏めてくださるようにお願いします」
王族の血が入っている父は、国王陛下や王子殿下に次ぐ権力を持っている。国民の信頼を失っている国王陛下とギヨーム殿下とデュラン殿下に対抗できるのは、父くらいしかいないだろう。
「ぼくを見捨てないでいてくれるのですか?」
顔を上げたルシアン殿下の赤みがかった紫色の目に、涙の膜が張っていて、わたくしはルシアン殿下の額にそっと口付けを落とした。ルシアン殿下の頬が薔薇色に染まる。
「わたくしを愛しているのでしょう? その代わり、わたくしをこれからルシアン殿下に協力させてください。わたくしにもできることがあるはずです」
わたくしの申し出に、ルシアン殿下は頷き、わたくしの手を恭しく取ってその甲に口付けをした。
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