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一章 クリスタ嬢との出会い
4.クリスタ嬢を引き取るために
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腕を見られてクリスタ嬢はびくびくと周囲を伺って、怯えている。
それでも、私が泣いているのを見ると、手を伸ばして私の髪を撫でてくれる。
「おねえたま、えーんえん、ちないで?」
「クリスタじょうはやさしいのですね」
「やたちいのは、おねえたまよ」
母が差し出してくれたアイロンのかかった花柄の綺麗なハンカチで涙を拭いていると、母と父は膝を床についてクリスタ嬢に目線を合わせて話しかけている。
「お屋敷ではどのように過ごしているのですか?」
「おへや、でたら、めっ! ぱちん!」
「部屋から出たら叩かれるのか?」
「えーんえんちたら、めっ! ぱちん! ごはん、ない」
「食事も満足にさせてもらっていないようですね。こんなに痩せてしまって」
「四歳だというのに喋りが拙いのも、面倒を見てもらっていないからだろうな」
クリスタ嬢から話を聞いて、父も母もこの事態を深刻に捉えたようだった。
両親が味方してくれそうな気配に私はホッとしてやっと涙が止まる。洟を啜っていると、母が洟を拭いてくれた。
「クリスタ嬢はわたくしの妹の娘。わたくしにとっても近しい存在です」
「ノメンゼン子爵家は我が一族に属する。一族の結束を高め、一族の権力をますます強くするためにも、クリスタ嬢には立派な女子爵になってもらわねばならないな。そのための教育を我が公爵家でするという名目で、引き取ってはどうだろう? テレーゼの妹の娘であるのだから、テレーゼとも繋がりは深い」
「そうですわね。クリスタ嬢がいてくれれば、エリザベートも姉としてこれまでよりも礼儀作法も勉学も頑張れるかもしれません。エリザベートがクリスタ嬢に教えれば、復習になりますからね」
父と母のおかげで、クリスタ嬢はディッペル家に引き取られる方向になりそうだ。
ほっとして私がクリスタ嬢を見ると、クリスタ嬢は床に座り込んで泣いていた。
「どうしたのですか、クリスタじょう?」
「もれたー! びええええ! ぱちん、されうー!」
よく見ればクリスタ嬢の立っている足元に水たまりができている。四歳なのだから漏らすこともあるだろうが、粗相をするとノメンゼン子爵夫人が言っていたのはこのことだったのか。
「だれもクリスタじょうをたたいたりしません。おふろにはいって、きがえをしましょうね」
「マルレーン、クリスタ嬢をお風呂に入れて着替えさせてやってください」
「はい、奥様」
マルレーンがクリスタ嬢を連れて行く。クリスタ嬢がお風呂に入れられている間に、両親はノメンゼン子爵夫人に話をしに行っていた。
「一族の結束を高めるため、クリスタ嬢が立派な女子爵になるために、我が家で教育を施そうと思っておるのだが」
「クリスタでも下働きくらいはできるかもしれません。エリザベート様の下女になれるならば、クリスタも幸せでしょう」
「下女になどするつもりはありませんわ。わたくしがしっかりとクリスタ嬢を教育して、一人前のレディにいたします」
明らかに馬鹿にした表情のノメンゼン子爵夫人は、クリスタ嬢が女子爵になれるなど思っていないようだった。クリスタ嬢を公爵家に奉公に出して厄介払いをして、自分の娘のローザに子爵家を継がせるつもりなのだろう。
薄汚い下心が見えているが、今はそれを利用するのが一番だった。
クリスタ嬢には三食食べられて、外でも遊ぶことができる四歳児に相応しい生活が必要だった。
それにしても、父も母も言っていたが、クリスタ嬢は発達が遅れているようだった。
他のものと喋ることもほとんどなかったのだろうし、お手洗いも練習していないと自分で行けるようにはならない。
喋りが拙くて、お手洗いも自分で行けないようだが、それはこれから私と一緒に過ごしている間に成長していくだろう。
「おねえたま! きれー!」
部屋に戻るとお風呂から出たクリスタ嬢が私のお譲りのドレスを着ていた。
「エリザベートお嬢様の三歳の頃のドレスがぴったりだったんですよ。とてもお可愛らしいでしょう?」
「クリスタじょう、とてもおにあいでしてよ」
「わたち、にあう?」
「えぇ、とても」
褒めるとクリスタ嬢は頬を赤くして喜んでいる。ぱさぱさだった髪もさらさらになっていて、肌の色も心なしか白くなった気がしている。
「お風呂に入れたら、湯船に垢が大量に浮いて来ました。耳の後ろも真っ黒で、耳も詰まったような状態で、どれだけお風呂に入れられていなかったのか分かりません」
マルレーンが父と母に報告している。
それを父と母は重く受け止めたようだった。
「クリスタ嬢が怖がるかもしれないから、ノメンゼン子爵夫人にはクリスタ嬢に会わせずにお帰り願おう」
「ノメンゼン子爵夫人と呼ぶのも憚られる女性ですし、クリスタ嬢に愛着もなさそうなので、あっさりと帰るでしょう」
「ノメンゼン子爵には私から手紙を書いてクリスタ嬢を預かって教育することを伝えよう」
このままクリスタ嬢がノメンゼン子爵夫人と異母妹に会わずに済むということに私は喜んでいた。
クリスタ嬢は父と母と私と一緒の食卓に着いた。体が小さいので椅子の高さが合わずに、私が小さい頃に使っていた子ども用の椅子を持って来てクリスタ嬢は座った。
「なぷちんは、おひじゃ!」
「おぼえたのですね! おとうさま、おかあさま、わたし、おひるにクリスタじょうにナプキンのつかいかたをおしえたのです。もうおぼえたのですよ」
「それはすごいな」
「偉いですね。口元が汚れたら、そのナプキンで拭くのですよ」
「わたち、えりゃい!? おくち、よごえたら、ふく!」
テーブルの上に置いてあったナプキンを手に取って、ぐしゃぐしゃにしながらも膝の上に敷いたクリスタ嬢に、私は感動を覚えてしまう。昼間まではナプキンの存在を知らなかったのに、もう使い方を覚えている。
「つぎは、ナイフとフォークのつかいかたをおぼえましょうね」
「ナイフとフォーク!」
「ナイフでひとくちだいにりょうりをきって、フォークでたべるのです」
「ちる? どうちるの?」
「ひだりてにもったフォークでりょうりをおさえて、みぎてにもったナイフできるのです」
「ひだり? みぎ?」
「えーっと、どっちがひだりでどっちがみぎとおしえればいいのかしら」
ナイフとフォークの使い方を教えたかったけれど、私の前に壁があった。それは右と左だ。
前世ならば、右利きの場合はお箸を持つ方が右手、お茶碗を持つ方が左手と教えられていたが、今世ではそれは使えない。今世で右と左をどうやって教えるのか私が悩んでいると、母が髪に結んでいたリボンを解いてクリスタ嬢の右の手首に可愛く蝶々結びにした。
「すぐに覚えられますが、今日のところはこのリボンを目印にしましょう。リボンが付いている方が右手、ついていない方が左手です」
「リボン、かーいーねー」
「綺麗なリボンでしょう? クリスタ嬢が右と左を覚えられるまで、毎日リボンを結んであげましょうね」
「あいがちょ」
艶々としたサテンのリボンをクリスタ嬢はうっとりと見つめている。
これでどちらが右でどちらが左か、クリスタ嬢にも分かるようになった。
一生懸命ナイフとフォークを使って食べていたクリスタ嬢だったが、初めて使ったのか、どうしても上手くいかない様子で、涙目になってしまう。
「でちないー! ふぇ……でちないのー!」
お魚が崩れてしまってフォークで食べれずに癇癪を起したクリスタ嬢に、私は隣りの席から手を伸ばして、クリスタ嬢のフォークの上にお魚の身を集めて乗せて、クリスタ嬢のお口に運んであげる。
食べさせてもらってクリスタ嬢は涙と洟でぐしゃぐしゃの顔のままで、にっこり笑って頬っぺたを押さえた。
「おいち!」
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の主人公、クリスタ・ノメンゼンが目の前にいる。
私の大好きだった物語だけに感慨深さもあったが、何よりも私はその物語の中でクリスタ嬢を苛める悪役で、最後は追放されて公爵位も奪われてしまうのだ。
絶対にクリスタ嬢とだけは関わらないと決めていたのに、ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢を虐待していたのが悪いのだ。
私はクリスタ嬢の虐待を見逃すことなどできなかった。
「おいちかった。ごはん、たべられるなんて、ちあわて」
食事ができたというだけでクリスタ嬢は幸福を感じている。
ノメンゼン家ではどんな扱いを受けていたのか、想像するだけで惨い。たった四歳の子どもを部屋に閉じ込めて、食事も与えず、お手洗いのトレーニングもさせていないなんて。
「やはり、クリスタ嬢は発達が若干遅れているようですね」
「ノメンゼン家で碌な扱いを受けていなかったのだろう」
「喋りかける相手がいないと、子どもは言葉が出るのが遅くなってしまう。わたくしもそう言われて、幼いエリザベートにたくさん話しかけたものです」
母は私が言葉の発達が遅くならないようにたくさん話しかけてくれていた。幼い頃から話しかければ父も母も、それだけ忙しくても私のために手を止めてくれた。
私は今更ながらに両親に愛されていることを実感していた。
もしかすると、泣いて庭に逃げてしまったのも、母ときちんと話し合えば解決したのではないだろうか。
「おかあさま、じつは、わたし、あしがいたかったのです」
「どこが痛かったのですか? 見せてみてください」
食事が終わって部屋に帰る前に、ソファでお茶を飲んでいるときに母に言えば、母はすぐに私の足元に跪いて私の足を確認した。靴下を脱いでみせると、踵と爪先が赤くなって腫れているのが分かる。
「ごめんなさい、エリザベートの靴が小さくなっていたのですね。気付いていませんでした。明日、靴を持って来させて、エリザベートに合う、一番美しい靴を買いましょう。よろしいですね、あなた?」
「もちろんだよ。エリザベート、窮屈な思いをさせてしまったようだね。靴屋に来てもらうなら、ついでにクリスタ嬢の靴も選んでもらおう。服はエリザベートのものをしばらくの間は着ていてもいいかもしれないが、靴は足の形に馴染むからお譲はできないからね」
私は新しい靴を買ってもらえることになったし、クリスタ嬢も新しい靴を買ってもらえることになりそうだった。磨かれてもいない穴が空きそうな靴をはいているクリスタ嬢は新しい靴を手に入れたらきっと喜ぶことだろう。
できるだけ柔らかな履きやすい靴を選んであげなければいけない。
私は使命感に燃えていた。
それでも、私が泣いているのを見ると、手を伸ばして私の髪を撫でてくれる。
「おねえたま、えーんえん、ちないで?」
「クリスタじょうはやさしいのですね」
「やたちいのは、おねえたまよ」
母が差し出してくれたアイロンのかかった花柄の綺麗なハンカチで涙を拭いていると、母と父は膝を床についてクリスタ嬢に目線を合わせて話しかけている。
「お屋敷ではどのように過ごしているのですか?」
「おへや、でたら、めっ! ぱちん!」
「部屋から出たら叩かれるのか?」
「えーんえんちたら、めっ! ぱちん! ごはん、ない」
「食事も満足にさせてもらっていないようですね。こんなに痩せてしまって」
「四歳だというのに喋りが拙いのも、面倒を見てもらっていないからだろうな」
クリスタ嬢から話を聞いて、父も母もこの事態を深刻に捉えたようだった。
両親が味方してくれそうな気配に私はホッとしてやっと涙が止まる。洟を啜っていると、母が洟を拭いてくれた。
「クリスタ嬢はわたくしの妹の娘。わたくしにとっても近しい存在です」
「ノメンゼン子爵家は我が一族に属する。一族の結束を高め、一族の権力をますます強くするためにも、クリスタ嬢には立派な女子爵になってもらわねばならないな。そのための教育を我が公爵家でするという名目で、引き取ってはどうだろう? テレーゼの妹の娘であるのだから、テレーゼとも繋がりは深い」
「そうですわね。クリスタ嬢がいてくれれば、エリザベートも姉としてこれまでよりも礼儀作法も勉学も頑張れるかもしれません。エリザベートがクリスタ嬢に教えれば、復習になりますからね」
父と母のおかげで、クリスタ嬢はディッペル家に引き取られる方向になりそうだ。
ほっとして私がクリスタ嬢を見ると、クリスタ嬢は床に座り込んで泣いていた。
「どうしたのですか、クリスタじょう?」
「もれたー! びええええ! ぱちん、されうー!」
よく見ればクリスタ嬢の立っている足元に水たまりができている。四歳なのだから漏らすこともあるだろうが、粗相をするとノメンゼン子爵夫人が言っていたのはこのことだったのか。
「だれもクリスタじょうをたたいたりしません。おふろにはいって、きがえをしましょうね」
「マルレーン、クリスタ嬢をお風呂に入れて着替えさせてやってください」
「はい、奥様」
マルレーンがクリスタ嬢を連れて行く。クリスタ嬢がお風呂に入れられている間に、両親はノメンゼン子爵夫人に話をしに行っていた。
「一族の結束を高めるため、クリスタ嬢が立派な女子爵になるために、我が家で教育を施そうと思っておるのだが」
「クリスタでも下働きくらいはできるかもしれません。エリザベート様の下女になれるならば、クリスタも幸せでしょう」
「下女になどするつもりはありませんわ。わたくしがしっかりとクリスタ嬢を教育して、一人前のレディにいたします」
明らかに馬鹿にした表情のノメンゼン子爵夫人は、クリスタ嬢が女子爵になれるなど思っていないようだった。クリスタ嬢を公爵家に奉公に出して厄介払いをして、自分の娘のローザに子爵家を継がせるつもりなのだろう。
薄汚い下心が見えているが、今はそれを利用するのが一番だった。
クリスタ嬢には三食食べられて、外でも遊ぶことができる四歳児に相応しい生活が必要だった。
それにしても、父も母も言っていたが、クリスタ嬢は発達が遅れているようだった。
他のものと喋ることもほとんどなかったのだろうし、お手洗いも練習していないと自分で行けるようにはならない。
喋りが拙くて、お手洗いも自分で行けないようだが、それはこれから私と一緒に過ごしている間に成長していくだろう。
「おねえたま! きれー!」
部屋に戻るとお風呂から出たクリスタ嬢が私のお譲りのドレスを着ていた。
「エリザベートお嬢様の三歳の頃のドレスがぴったりだったんですよ。とてもお可愛らしいでしょう?」
「クリスタじょう、とてもおにあいでしてよ」
「わたち、にあう?」
「えぇ、とても」
褒めるとクリスタ嬢は頬を赤くして喜んでいる。ぱさぱさだった髪もさらさらになっていて、肌の色も心なしか白くなった気がしている。
「お風呂に入れたら、湯船に垢が大量に浮いて来ました。耳の後ろも真っ黒で、耳も詰まったような状態で、どれだけお風呂に入れられていなかったのか分かりません」
マルレーンが父と母に報告している。
それを父と母は重く受け止めたようだった。
「クリスタ嬢が怖がるかもしれないから、ノメンゼン子爵夫人にはクリスタ嬢に会わせずにお帰り願おう」
「ノメンゼン子爵夫人と呼ぶのも憚られる女性ですし、クリスタ嬢に愛着もなさそうなので、あっさりと帰るでしょう」
「ノメンゼン子爵には私から手紙を書いてクリスタ嬢を預かって教育することを伝えよう」
このままクリスタ嬢がノメンゼン子爵夫人と異母妹に会わずに済むということに私は喜んでいた。
クリスタ嬢は父と母と私と一緒の食卓に着いた。体が小さいので椅子の高さが合わずに、私が小さい頃に使っていた子ども用の椅子を持って来てクリスタ嬢は座った。
「なぷちんは、おひじゃ!」
「おぼえたのですね! おとうさま、おかあさま、わたし、おひるにクリスタじょうにナプキンのつかいかたをおしえたのです。もうおぼえたのですよ」
「それはすごいな」
「偉いですね。口元が汚れたら、そのナプキンで拭くのですよ」
「わたち、えりゃい!? おくち、よごえたら、ふく!」
テーブルの上に置いてあったナプキンを手に取って、ぐしゃぐしゃにしながらも膝の上に敷いたクリスタ嬢に、私は感動を覚えてしまう。昼間まではナプキンの存在を知らなかったのに、もう使い方を覚えている。
「つぎは、ナイフとフォークのつかいかたをおぼえましょうね」
「ナイフとフォーク!」
「ナイフでひとくちだいにりょうりをきって、フォークでたべるのです」
「ちる? どうちるの?」
「ひだりてにもったフォークでりょうりをおさえて、みぎてにもったナイフできるのです」
「ひだり? みぎ?」
「えーっと、どっちがひだりでどっちがみぎとおしえればいいのかしら」
ナイフとフォークの使い方を教えたかったけれど、私の前に壁があった。それは右と左だ。
前世ならば、右利きの場合はお箸を持つ方が右手、お茶碗を持つ方が左手と教えられていたが、今世ではそれは使えない。今世で右と左をどうやって教えるのか私が悩んでいると、母が髪に結んでいたリボンを解いてクリスタ嬢の右の手首に可愛く蝶々結びにした。
「すぐに覚えられますが、今日のところはこのリボンを目印にしましょう。リボンが付いている方が右手、ついていない方が左手です」
「リボン、かーいーねー」
「綺麗なリボンでしょう? クリスタ嬢が右と左を覚えられるまで、毎日リボンを結んであげましょうね」
「あいがちょ」
艶々としたサテンのリボンをクリスタ嬢はうっとりと見つめている。
これでどちらが右でどちらが左か、クリスタ嬢にも分かるようになった。
一生懸命ナイフとフォークを使って食べていたクリスタ嬢だったが、初めて使ったのか、どうしても上手くいかない様子で、涙目になってしまう。
「でちないー! ふぇ……でちないのー!」
お魚が崩れてしまってフォークで食べれずに癇癪を起したクリスタ嬢に、私は隣りの席から手を伸ばして、クリスタ嬢のフォークの上にお魚の身を集めて乗せて、クリスタ嬢のお口に運んであげる。
食べさせてもらってクリスタ嬢は涙と洟でぐしゃぐしゃの顔のままで、にっこり笑って頬っぺたを押さえた。
「おいち!」
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の主人公、クリスタ・ノメンゼンが目の前にいる。
私の大好きだった物語だけに感慨深さもあったが、何よりも私はその物語の中でクリスタ嬢を苛める悪役で、最後は追放されて公爵位も奪われてしまうのだ。
絶対にクリスタ嬢とだけは関わらないと決めていたのに、ノメンゼン子爵夫人がクリスタ嬢を虐待していたのが悪いのだ。
私はクリスタ嬢の虐待を見逃すことなどできなかった。
「おいちかった。ごはん、たべられるなんて、ちあわて」
食事ができたというだけでクリスタ嬢は幸福を感じている。
ノメンゼン家ではどんな扱いを受けていたのか、想像するだけで惨い。たった四歳の子どもを部屋に閉じ込めて、食事も与えず、お手洗いのトレーニングもさせていないなんて。
「やはり、クリスタ嬢は発達が若干遅れているようですね」
「ノメンゼン家で碌な扱いを受けていなかったのだろう」
「喋りかける相手がいないと、子どもは言葉が出るのが遅くなってしまう。わたくしもそう言われて、幼いエリザベートにたくさん話しかけたものです」
母は私が言葉の発達が遅くならないようにたくさん話しかけてくれていた。幼い頃から話しかければ父も母も、それだけ忙しくても私のために手を止めてくれた。
私は今更ながらに両親に愛されていることを実感していた。
もしかすると、泣いて庭に逃げてしまったのも、母ときちんと話し合えば解決したのではないだろうか。
「おかあさま、じつは、わたし、あしがいたかったのです」
「どこが痛かったのですか? 見せてみてください」
食事が終わって部屋に帰る前に、ソファでお茶を飲んでいるときに母に言えば、母はすぐに私の足元に跪いて私の足を確認した。靴下を脱いでみせると、踵と爪先が赤くなって腫れているのが分かる。
「ごめんなさい、エリザベートの靴が小さくなっていたのですね。気付いていませんでした。明日、靴を持って来させて、エリザベートに合う、一番美しい靴を買いましょう。よろしいですね、あなた?」
「もちろんだよ。エリザベート、窮屈な思いをさせてしまったようだね。靴屋に来てもらうなら、ついでにクリスタ嬢の靴も選んでもらおう。服はエリザベートのものをしばらくの間は着ていてもいいかもしれないが、靴は足の形に馴染むからお譲はできないからね」
私は新しい靴を買ってもらえることになったし、クリスタ嬢も新しい靴を買ってもらえることになりそうだった。磨かれてもいない穴が空きそうな靴をはいているクリスタ嬢は新しい靴を手に入れたらきっと喜ぶことだろう。
できるだけ柔らかな履きやすい靴を選んであげなければいけない。
私は使命感に燃えていた。
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