エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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一章 クリスタ嬢との出会い

10.クリスタ嬢の勉強の開始

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 国王陛下の別荘からディッペル家のお屋敷に帰ると、クリスタ嬢のために仕立て屋が呼ばれた。仕立て屋が来たと知るとクリスタ嬢は私の部屋のカーテンに隠れてしまった。

「クリスタじょう、おとうさまとおかあさまがよんでいます。さいすんするのですよ」
「さいすん、やーの!」
「なにもこわいことはありません。わたしもおかあさまもいっしょです」
「わたち、おねえたまのどれつ、きるの! あたらちいどれつ、やーの!」

 涙声になってカーテンに包まれているクリスタ嬢を私は無理やりに連れ出すことなどできない。困っていると母が部屋にやって来た。

「クリスタ嬢は怖がっているのですか?」
「わたしのおゆずりのドレスがきたいみたいなのです。あたらしいドレスはいやだといっています」
「わたくしが話しかけてもよろしいかしら?」
「おかあさま、おねがいします」

 部屋に入って来て窓際に立った母は、カーテンに包まって身を隠しているクリスタ嬢に真摯に語り掛ける。

「お譲りのドレスが着たいのならば、それを着ていても構いません。ですが、クリスタ嬢のためだけに作られたドレスがあってもいいでしょう? お譲りのドレスと好きな方を着ていいですから」
「おねえたまのどれつ、きていいの?」
「いいですよ。わたくしは、ノメンゼン子爵家から何も持って来なかったクリスタ嬢に、選択肢を与えたいのです。自分のために作られたドレスが気に入ることがあるかもしれないではないですか。これから先、自分のために作られたドレスを着たいと思う日が来るかもしれないですか。その日のために、今のうちからドレスを作っておくのです」

 母の言葉は難しくてクリスタ嬢にはどこまで理解できたかは分からない。真摯に母が説明していることは理解して、クリスタ嬢はカーテンの中から出て来た。
 頬に涙の痕があるのは、どうしても自分の意見が通らなかったときのことを考えて泣いてしまったからだろう。
 素早く駆け寄って、私はクリスタ嬢の涙を拭いてあげる。洟も拭いてあげて、手を差し出すと、クリスタ嬢は嬉しそうに私と手を繋いだ。

「おねえたまも、あたらちいどれつ?」
「エリザベートも体が大きくなってきましたね。ドレスを新調しましょうか?」
「わたしのぶんもつくってくださるのですか?」
「クリスタ嬢も一緒にドレスを作ってもらったら嬉しいでしょう?」
「おねえたまとおとろい!」

 お揃いのドレスが欲しいというクリスタ嬢はとても可愛い。
 仕立て屋の前に行って、私とクリスタ嬢は下着姿になって採寸をしてもらった。クリスタ嬢の腕には扇で叩かれた痕がたくさんあったが、仕立て屋はプロなのでそのことには言及しない。
 採寸を終えた私とクリスタ嬢は服を着て、ドレスのデザインを選んでいた。

「スカートがふんわりしているのがいいです」
「おねえたまとおなじのがいいでつ」
「むねにリボンがあるの」
「わたちも、リボン!」

 注文すると仕立て屋が私とクリスタ嬢に布を見せてくれる。私の分は鮮やかな空色で、クリスタ嬢の分はオールドローズだ。

「こちらの布でお作りするのはいかがでしょう?」
「とてもすてきです。おねがいします」
「おねえたま、このいろ、わたちににあう?」
「とてもよくにあいますよ」
「わたちもこのいろにする!」

 私が空色が大好きなことと、クリスタ嬢が私のお譲りのドレスの中でオールドローズのものを選んでいたことを両親は先に仕立て屋に伝えてくれていたようだ。私もクリスタ嬢も好きな色を選べてとても満足していた。
 クリスタ嬢にはそれ以外にパジャマやワンピースなど普段着も用意された。下着もクリスタ嬢は作ってもらえるようだった。

 仕立て屋が帰ると、私とクリスタ嬢と両親は遅めの昼食を食べた。
 朝食と昼食の間に国王陛下の別荘でのお茶の時間が挟まったので、両親は昼食を遅めにしてくれたのだ。

 ナプキンを膝の上に置いて、右手の手首にリボンを結んでもらったクリスタ嬢は果敢にナイフとフォークで昼食に挑んでいく。上手に食べられると、もぐもぐと咀嚼しながら私の顔を見て来る。

「クリスタじょう、とてもじょうずですよ」
「わたち、じょーじゅ!」
「たべものがくちにはいっているときに、しゃべってはいけませんよ」
「ん!」

 急いで口を閉じるクリスタ嬢が可愛くて堪らない。父も母もクリスタ嬢に礼儀作法を教えている私を見て、満足しているようだった。
 昼食が終わるとクリスタ嬢は眠くなってしまうので、一時間ほど午睡をする。クリスタ嬢が一人で眠るのを恐れるので、私はクリスタ嬢の眠ったベッドの脇に椅子を持って来て座って、本を読んでクリスタ嬢が起きるのを待っていた。

 午睡が終わってすっきりと起きて来たクリスタ嬢はお漏らしもしていなくて、お手洗いに連れて行けばちゃんと用が足せた。最初は拭くことも知らなかったが、今ではちゃんと自分で拭くことができる。

「エリザベート、ピアノの練習をしましょう」

 母に呼ばれて私がピアノのある日当たりのいい大広間に行くと、クリスタ嬢も当然のようについて来ていた。
 今世では私は物心ついたときにはピアノのレッスンを受けていた。前世ではピアノを習った覚えはないが、今世では六歳にして楽譜は読めるし、ピアノも簡単な曲ならば弾けるので、かなり小さな頃からピアノを習っていたのだろう。

「おかあさま、わたしはなんさいからピアノをならったのですか?」
「わたくしは二歳からピアノと声楽を習いました。エリザベートにも同じように二歳からピアノと声楽を習わせていますよ」
「にさいから……」

 二歳ならば覚えていなくても仕方がない。
 ピアノの椅子に座って楽譜を譜面台に置いて弾き出すと、ピアノの先生が指導してくれる。もじもじとして私の様子を見ているクリスタ嬢のために、椅子が持って来られて、私の隣りに座らされた。

「おねえたま、じょーじゅ!」
「ありがとうございます、クリスタじょう」
「わたち、それ、ひけう?」

 ピアノに興味を持っているクリスタ嬢に母がピアノの先生と話し合ってくれる。

「クリスタ嬢は四歳です。ピアノを始めるのに遅い年齢ではありません。これからはクリスタ嬢もピアノを教えてくれますか?」
「お二人にピアノを教えればいいのですね」
「よろしくお願いします」

 クリスタ嬢はピアノを習えることになった。
 貴族の子女の嗜みとして、楽器や声楽は必要だったので、クリスタ嬢もピアノを弾けるようになるのは大事だろう。

「少しだけ鍵盤に触れてみましょうね。ピアノは鍵盤を押すと音が出る楽器なのですよ」
「けんばん、なぁに?」
「ピアノのこの白い部分と黒い部分です。最初は白鍵だけで弾いてみましょう」

 拙く指を動かしてドレミファソを指で弾くクリスタ嬢に、ピアノの先生が拍手をする。

「上手に弾けましたね。次までにこの五つの音を五つの指で弾く練習をしてきてください」
「はい! がんばりまつ!」

 初めてピアノを弾いたとは思えないしっかりとした音に、私も感心していた。
 ピアノの練習が終わると、母と本を読んで勉強をする。本が読めないクリスタ嬢は絵本の絵を眺めていた。

「クリスタ嬢はまず、文字を覚えるところからですね。すぐに読めるようになると思いますよ」
「わたち、えほん、よめう?」
「絵本だけではなくて、難しい本も読めるようになります」
「わたち、えほん、よみちゃい!」

 母は私に教えていた頃の絵が大きく書かれた文字の教本を探し出してクリスタ嬢に渡した。クリスタ嬢は水色の目を瞬かせてその絵をじっと見ている。

「これは、『あり』の『あ』ですよ」
「ありたん! ありたんのあ!」
「これは、『いす』の『い』です」
「いつ! わたち、すわってう!」

 教本の読み方を習ってクリスタ嬢は「ありたん!」と「いつ!」と繰り返していた。

「エリザベートにはそろそろ家庭教師を雇わなくてはいけない年齢になりましたね。女性の家庭教師ガヴァネスがいいですか? 男性の家庭教師チューターがいいですか?」

 こういうときに母は絶対に私の意見を聞いてくれる。家庭教師を雇うのだとすれば、私は女性の家庭教師の方がいいと思っていた。これまで母に礼儀作法も勉強も習っていたのだ。母は女性だから、当然女性がいいと思ったのだ。

 家に寄っては男性の家庭教師を好むところも多い。男性の方が女性よりも勉強ができると思われているからだ。女性は子どもを産むもので、男性が仕事を行い領地の統治を行うものだと思っている頭の固い連中がまだいるのだ。
 私はそういう連中と一緒になりたくないので、女性の家庭教師を希望したかった。

 一点だけ心配なのは、女性の家庭教師を見てクリスタ嬢がノメンゼン子爵夫人を思い出さないかだった。

「こうあつてきなかたじゃないほうがいいです。わたしもクリスタじょうも、おさえつけなくてもべんきょうができます」
「クリスタ嬢のことを心配しているのですね。大丈夫ですよ。絶対にエリザベートにもクリスタ嬢にも暴力を振るわせたりしません」

 公爵家の跡継ぎである私に暴力を振るう相手はいないのだが、クリスタ嬢は子爵家の令嬢だった。相手によっては暴力を振るわれるかもしれない。
 それだけはないように私は母にお願いした。
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