エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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一章 クリスタ嬢との出会い

21.クリスタ嬢をフェアレディにするために

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 翌日の朝食は父と母とクリスタ嬢と、少し急いで食べた。帰路に就く貴族たちのお見送りをしなければいけなかったのだ。朝食を食べ終わるとわたくしとクリスタ嬢は部屋着の中でも特に綺麗なワンピースに着替える。父はスーツを身に纏って、母はドレスを着ていた。
 髪は薔薇の造花の髪飾りで飾っている。

 朝食が終わるとディッペル公爵家に宿泊していた貴族たちは次々と帰って行く。キルヒマン侯爵夫妻がエクムント様に声をかけているのをわたくしは柱の影からそっと見守る。

「エクムント、しっかりとお仕えできているようで安心しました」
「休日には時々キルヒマン家にも顔を出しなさい」
「はい、父上、母上」
「またわたくしたちも参ります」
「元気でいるのだよ」
「ありがとうございます」

 褐色の肌のキルヒマン侯爵夫人は他の女性よりも背が高いのだが、更に背が高いエクムント様の頬を撫でて名残惜しそうにしていた。わたくしの前では大人のような顔をしているエクムント様もご両親の前では十七歳の青年だった。

「ディッペル公爵、公爵夫人、この度は楽しい時間をありがとうございました」
「キルヒマン侯爵、侯爵夫人、気を付けてお帰り下さい」
「エリザベート様とクリスタ嬢の仲のいいこと。とても可愛らしかったですわ」
「公爵夫人の歌も見事でした。エクムントのことよろしくお願いします」
「エクムントにはエリザベートやクリスタ嬢にも気を配ってもらって助かっております」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 両親がキルヒマン侯爵夫妻と話をして送り出している。わたくしもクリスタ嬢も深く頭を下げてキルヒマン侯爵夫妻を見送った。
 他の貴族たちも全員馬車に乗って帰ってしまうと、わたくしとクリスタ嬢は薔薇の造花の髪飾りを外してリップマン先生の授業を受けに行った。

 今回の宿泊式のパーティーでクリスタ嬢は完璧なマナーを見せたのだが、それに関してわたくしは思うところがあった。

 物語の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、クリスタ嬢はあまりにも奔放すぎた。礼儀作法がなっていなかったのだ。物語ではクリスタ嬢の愛嬌としてその部分は書かれているが、実際に物語の中に入って、母の教育を受けた身で考えると物語の中のクリスタ嬢の振る舞いは貴族としてとても許されるものではなかった。
 物語だからそれで許されて皇太子のハインリヒ殿下と婚約もできるのだが、そもそも子爵令嬢が皇太子とは婚約はできない。それを『真実の愛』とやらで乗り越えてしまう物語の展開にはかなりの無理があった。

 正しく物語を進めるためには、クリスタ嬢にはしっかりと礼儀作法と経営学と政治学の勉強をしてもらって、子爵家よりも位の上のどこかの家に養子に行ってから皇太子の婚約者になってもらわなければならない。
 そうなると、クリスタ嬢が養子に行ったノメンゼン子爵家では異母妹のローザ嬢が後継者となってしまう。

 ローザ嬢がノメンゼン子爵家の後継者となることに関しては、わたくしはあまり歓迎できなかった。

 まだ三歳くらいのローザ嬢だが、クリスタ嬢が叩かれているのを見てあざ笑うようにしていたのをわたくしは見ている。ノメンゼン子爵夫人の娘なのだから、蛙の子は蛙で、性格が悪い可能性が高い。
 ローザ嬢がノメンゼン家の後継者とならなくて、クリスタ嬢が伯爵家以上の家の養子になれる方法をわたくしは考えなければいけなかった。

「おねえさま、わたくし、ぜんぶのもじがよめるようになったの」
「すばらしいですわ、クリスタじょう」

 今のところクリスタ嬢の教育は成功していると言える。これから十二歳までにしっかりと公爵家で礼儀作法と勉強を叩き込めば、クリスタ嬢は皇太子の婚約者になってもおかしくはないフェアレディになれているだろう。

「クリスタじょう、わたくしがクリスタじょうを、りっぱなフェアレディにしてさしあげますからね」
「フェアレディになったら、おねえさまみたいになれる?」
「なれますよ。わたくしよりももっとすてきになれるとおもいます」
「わたくし、おねえさまみたいになりたいの。がんばるわ」

 しっかりとクリスタ嬢の手を握ってわたくしは宣言していた。
 これからクリスタ嬢は教育を受けて、立派なフェアレディになるのだ。そうすればわたくしと学園で揉めることもないし、わたくしは悪役として辺境に追放されたり、公爵位を奪われることもない。

 そうだ!
 クリスタ嬢は公爵家の養子になればいいのではないだろうか。
 わたくしは公爵家の跡継ぎなので王家に嫁ぐことはできないし、クリスタ嬢が養子になって王家に嫁げば公爵家の力がますます強くなる。

 いい考えが浮かんでわたくしは浮かれていた。

 リップマン先生に教えてもらってわたくしは少しずつ難しい単語も読み書きができるようになっていた。政治学の難しい勉強をリップマン先生は偉人伝を使って教えてくれていた。
 偉人伝は物語になっているので、朗読するとクリスタ嬢も聞いて楽しめる。偉人伝をわたくしはクリスタ嬢に読んで聞かせるのが日課になっていた。

「リップマン先生、この本、借りて行ってもいいですか?」
「お部屋で勉強するのですね。借りて行って構いませんよ」
「おねえさま、わたくし、つづきがきになるわ」
「わたくしも続きが気になるのです。今日の夜に続きを読みましょうね」

 わたくしはもう流暢に大人のように話すことができる。これは前世の記憶があるからでもあったのだが、リップマン先生が授業でしっかりと指導してくれたおかげでもあった。
 クリスタ嬢と約束をしてわたくしはリップマン先生から偉人伝を借りて部屋に持って行った。
 その夜は偉人伝をクリスタ嬢に読んで聞かせて、わたくしは夜更かしをしてしまった。

 次の日の朝は眠くて眠くて、わたくしはなかなか起きられなかった。クリスタ嬢も同じだったようだ。
 少し遅く朝食の席に行くと、両親がわたくしとクリスタ嬢を待っていてくれた。

「今日はお寝坊さんだったようですね」
「エリザベートとクリスタ嬢が寝坊するなんて珍しい」
「リップマン先生から借りた偉人伝がとても面白くて、夜遅くまで二人で読んでしまったのです」
「つづきがきになって、わたくしがおねえさまに、もうすこしよんでっておねがいしたの。おねえさまはわるくないのよ」

 わたくしを庇ってくれるクリスタ嬢に「わたくしも続きが気になっていたのですよ」と伝えた。

「それだけ面白い物語だったのですね」
「誰の偉人伝を読んでいるのかな? 勉強室には他の偉人伝も置いてあると思うから、自由に読んで構わないよ」
「そんなことを言ったら、エリザベートとクリスタ嬢が毎日寝不足になってしまいますわ」
「読む時間は夜の九時までと決めておこうね」

 夜の九時には眠るように言われて、わたくしは壁の掛け時計を見た。クリスタ嬢も時計を見ているが、クリスタ嬢はまだ時計の読み方が分からない。
 わたくしも六歳なので時計の読み方は分からなかったが、前世の記憶が蘇ってからは時計の読み方や喋り方もかなり思い出してきていた。

「約束します。九時には寝ます」
「わたくしも、おやくそくします」

 クリスタ嬢と一緒に約束して、わたくしは勉強室から偉人伝を借りていいという許可を得た。

「クリスタ嬢にはお誕生日に本を買ってあげましょう」
「わたくし、もうおたんじょうびプレゼントはもらったわ」
「四歳になるまでにクリスタ嬢はプレゼントも碌にもらっていなかったんじゃないかと思ってね。クリスタ嬢の部屋の本棚は空っぽだろう? クリスタ嬢が読める本をプレゼントしようとテレーゼと話していたんだ」
「わたくしのほん?」
「そうですよ。いつもエリザベートの部屋に借りに行っているそうではないですか。自分でも本が読めるようになったのですから、クリスタ嬢の本があってもいいでしょう」

 母と父はクリスタ嬢のために絵本も揃えてくれるようだ。本を読むのが大好きで、わたくしに毎晩読んでもらっているクリスタ嬢は本をもらえるという話に嬉しそうにしていた。

 明後日にはクリスタ嬢のお誕生日が来る。
 苺のタルトとお誕生日プレゼントを楽しみにしているのは、クリスタ嬢だけではなかった。
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