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一章 クリスタ嬢との出会い
28.キルヒマン侯爵家のお茶会
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キルヒマン侯爵家のお茶会にはわたくしたちだけでなく、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も参加するようだった。ハインリヒ殿下はクリスタ嬢のお誕生日に謝ることができなかったので、クリスタ嬢が出席するお茶会に参加したいと国王陛下にお願いしたのかもしれない。
キルヒマン侯爵家のお茶会にはエクムント様も一緒に行くことになっていた。公爵家の護衛という名目で、実家のキルヒマン侯爵家に連れて行ってあげようという父の粋な計らいだった。
馬車に乗るときにはわたくしはしっかりと椅子の手すりを持っておかなければ椅子から転げ落ちそうになってしまうことがある。わたくしよりも小さいクリスタ嬢は更に転げ落ちやすいので、母が膝の上に抱っこしてあげていた。
馬車が揺れるのはディッペル公爵領から出て隣りのキルヒマン侯爵領に入るまでの道が舗装されていなくて、土を踏み固めただけで、道の両側には林が広がっているような場所だからだ。
母の両親が崖から馬車ごと転落して行方不明になったというのを聞いてから、わたくしは少し馬車が怖くなっていた。
わたくしの両親も移動中に何かあるのではないかと考えてしまう。
物語の中ではわたくしは公爵令嬢として描かれていたが、クリスタ嬢が十六歳になって皇太子と婚約する頃にはいつの間にか記述が公爵に変わっていた気がする。
物語の中ではわたくしは悪役の脇役だったので、詳細に描かれておらず、その時期に両親に何が起きるのか分からないが、両親を失うようなことはあってはならない。
わたくしは両親の安全に十分気を付けなければいけないと改めて思っていた。
馬車の窓からは初夏の涼しい風が入って来る。
季節は春から初夏に移り変わりかけていた。
窓の外を見ると、エクムント様が馬に乗って馬車に並走して護衛しているのが分かる。自分で馬に乗ってみて分かったのだが、あんな風に軽々と馬に乗れるだなんてエクムント様はすごい。
自分の身長よりも高いポニーの背中に乗っただけで、高さに怯えてしまったわたくしとは全く違う。
「おねえさま、バラのかみかざり、とってもかわいいわ。きょうのかみがたもすてき」
「クリスタ嬢もとても可愛いですよ。キルヒマン侯爵家では、敬語で話さなければいけませんよ」
「あ、はい。そうでした」
五歳のクリスタ嬢にはずっと敬語で喋るのは難しいが、リップマン先生と母の教育でクリスタ嬢は公の場では敬語で話せるようになってきている。最初こそ発達が遅れていて体も小さかったが、公爵家で過ごすうちにクリスタ嬢はしっかりと学習して、体も五歳児としては若干小さいくらいにまで成長した。
「おねえさま、ピアノとおうた、がんばりましょうね」
「失敗しても平気ですよ。わたくしがフォローします」
「おねえさまがしっぱいしたら、わたくしがフォローするわ」
健気なことを言ってくれるクリスタ嬢がわたくしは可愛くて堪らない。
皇太子であろうとも、クリスタ嬢を大事にしないのであればわたくしは悪役になってクリスタ嬢とハインリヒ殿下を引き離してもいいくらいのことは考えていた。
むしろ、わたくしが悪役にならなければクリスタ嬢とハインリヒ殿下は結ばれないのではないだろうか。
クリスタ嬢はわたくしにべったりとくっ付いていて、髪飾りを取る意地悪をしたハインリヒ殿下を嫌っている。わたくしはクリスタ嬢を突き放さなければいけないのかもしれないが、それはどうしてもできなかった。
わたくしを慕ってくれるクリスタ嬢がわたくしは可愛いのだ。
キルヒマン侯爵家のお屋敷に行くとお茶会が始まっていた。
迎えてくれるキルヒマン侯爵夫妻にわたくしとクリスタ嬢は挨拶をする。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」
「わたくし、いっしょうけんめいうたいます。きょうはよろしくおねがいします」
スカートを摘まんでお辞儀をしたわたくしとクリスタ嬢にキルヒマン侯爵夫妻が目尻を下げている。
「エリザベート様とクリスタ嬢の可愛いこと。本日はお越しいただきありがとうございます」
「うちは男の子ばかりだから、女の子を見ると特に可愛く思えますね」
「ピアノの準備をしています。今日は歌とピアノをよろしくお願いします」
キルヒマン侯爵夫人に促されて、わたくしとクリスタ嬢は大広間の奥にあるピアノのところまで歩いていく。ピアノの椅子の高さをわたくしが合わせている間に、クリスタ嬢はお客様たちを見て深呼吸していた。
「皆様、今日はディッペル公爵家の令嬢エリザベート様と、ノメンゼン子爵家の令嬢クリスタ嬢が我が家で演奏してくれます」
「とても可愛い二人の演奏をお聞きください」
キルヒマン侯爵夫妻の言葉にお客様たちから拍手が上がる。
ピアノの椅子を調整し終わったわたくしはクリスタ嬢の隣りに立って、クリスタ嬢と視線を交わし、一緒に頭を下げる。
「ピアノを弾きます、エリザベート・ディッペルです」
「うたをうたいます、クリスタ・ノメンゼンです」
「よろしくお願いします」
二人で挨拶をして、わたくしがピアノの椅子に座ると、クリスタ嬢がわたくしの方を見て来る。小さく頷いて、わたくしはピアノを弾き始めた。
宿泊式のパーティーではクリスタ嬢は歌い出すことができなかったけれど、今回はそんなことはなかった。
伴奏をよく聞いてクリスタ嬢は歌い出しを間違えることもなく歌う。
短い簡単な童謡だったが、歌い終わって、ピアノの伴奏も終わると、会場は拍手に包まれた。
わたくしはピアノの椅子から立ち上がって、クリスタ嬢の隣りに立って深々とお辞儀をする。クリスタ嬢もお辞儀をしていた。
「素晴らしい演奏をしてくださった二人に拍手をお願いします」
「とても可愛らしい演奏をありがとうございました」
拍手の中でわたくしとクリスタ嬢が両親の元に戻ると、キルヒマン侯爵夫妻が両親に話しかけていた。
「とても可愛かったですわ。無理を言ってお願いしてよかったです」
「わたくしを養子に迎えてくださったから、エリザベートはお二人の孫ということになります。いつでもお声掛けください。エリザベートも皆様の前でピアノを披露できていい経験になりました。クリスタ嬢も楽しそうに歌っていました」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「エリザベート様が孫というのはなんだか不思議な気がしますがね」
公爵家に嫁ぐために形式上キルヒマン家の養子となった母は、キルヒマン侯爵夫妻を「お義母様」、「お義父様」と呼ぶことは強制されていなかった。公爵夫人となって母の方が身分が上になったので、それもあるのだろう。
「わたくしはお祖父様とお祖母様を知らないので、キルヒマン侯爵夫妻をそう思わせて下さったら嬉しいです」
エクムント様を落とすには、まずは馬から!
なんて思っていないわけではないが、キルヒマン侯爵夫妻を祖父母のように思えるのであれば、わたくしは嬉しかった。
「そう言っていただけるとわたくしたちも嬉しいですわ」
「孫娘ができたような気分になりますね」
キルヒマン侯爵夫妻はわたくしのお願いを微笑んで聞いてくれていた。
「おねえさま、わたくし、のどがかわきました」
一生懸命歌ったクリスタ嬢は喉が渇いてもおかしくはない。
クリスタ嬢に言われてわたくしは両親の顔を見る。
「給仕から飲み物をもらっておいで」
「食べ物もいただいて、自由にしてきていいですよ」
「はい、お父様、お母様」
「いってきます、おじうえ、おばうえ」
クリスタ嬢は立ったまま食事ができないので座れる場所を探さなければいけなかった。会場の端にソファが置いてあって、そこならば座れそうだ。
「クリスタ嬢、何か食べますか?」
「まず、なにかのみたいです」
「それでは、ミルクティーを持って来させましょうね」
給仕にミルクティーをお願いしてわたくしとクリスタ嬢は会場の真ん中にいる両親ともキルヒマン侯爵夫妻とも離れた壁際のソファに腰かけた。そこで一息つこうとしていると、金切り声が聞こえた。
「こんなところに出て来て、下手な演奏を聞かせて、なんてみっともない子なの!」
ノメンゼン子爵夫人だ。
この前の宿泊式パーティーでクリスタ嬢を虐待していたことが周囲に知れたのに、キルヒマン侯爵家のお茶会に出られるなんて、なんて面の皮が厚いのだろう。
平民だから貴族の社交界の空気など読めないのだろう。
誰もがノメンゼン子爵夫人を遠巻きにして声をかけないことに気付いていない。
「あなた、あの子を捕まえて!」
ヒステリックにノメンゼン子爵夫人がノメンゼン子爵に言うのに、わたくしはクリスタ嬢の手を引っ張ってソファから飛び降りていた。
キルヒマン侯爵家のお茶会にはエクムント様も一緒に行くことになっていた。公爵家の護衛という名目で、実家のキルヒマン侯爵家に連れて行ってあげようという父の粋な計らいだった。
馬車に乗るときにはわたくしはしっかりと椅子の手すりを持っておかなければ椅子から転げ落ちそうになってしまうことがある。わたくしよりも小さいクリスタ嬢は更に転げ落ちやすいので、母が膝の上に抱っこしてあげていた。
馬車が揺れるのはディッペル公爵領から出て隣りのキルヒマン侯爵領に入るまでの道が舗装されていなくて、土を踏み固めただけで、道の両側には林が広がっているような場所だからだ。
母の両親が崖から馬車ごと転落して行方不明になったというのを聞いてから、わたくしは少し馬車が怖くなっていた。
わたくしの両親も移動中に何かあるのではないかと考えてしまう。
物語の中ではわたくしは公爵令嬢として描かれていたが、クリスタ嬢が十六歳になって皇太子と婚約する頃にはいつの間にか記述が公爵に変わっていた気がする。
物語の中ではわたくしは悪役の脇役だったので、詳細に描かれておらず、その時期に両親に何が起きるのか分からないが、両親を失うようなことはあってはならない。
わたくしは両親の安全に十分気を付けなければいけないと改めて思っていた。
馬車の窓からは初夏の涼しい風が入って来る。
季節は春から初夏に移り変わりかけていた。
窓の外を見ると、エクムント様が馬に乗って馬車に並走して護衛しているのが分かる。自分で馬に乗ってみて分かったのだが、あんな風に軽々と馬に乗れるだなんてエクムント様はすごい。
自分の身長よりも高いポニーの背中に乗っただけで、高さに怯えてしまったわたくしとは全く違う。
「おねえさま、バラのかみかざり、とってもかわいいわ。きょうのかみがたもすてき」
「クリスタ嬢もとても可愛いですよ。キルヒマン侯爵家では、敬語で話さなければいけませんよ」
「あ、はい。そうでした」
五歳のクリスタ嬢にはずっと敬語で喋るのは難しいが、リップマン先生と母の教育でクリスタ嬢は公の場では敬語で話せるようになってきている。最初こそ発達が遅れていて体も小さかったが、公爵家で過ごすうちにクリスタ嬢はしっかりと学習して、体も五歳児としては若干小さいくらいにまで成長した。
「おねえさま、ピアノとおうた、がんばりましょうね」
「失敗しても平気ですよ。わたくしがフォローします」
「おねえさまがしっぱいしたら、わたくしがフォローするわ」
健気なことを言ってくれるクリスタ嬢がわたくしは可愛くて堪らない。
皇太子であろうとも、クリスタ嬢を大事にしないのであればわたくしは悪役になってクリスタ嬢とハインリヒ殿下を引き離してもいいくらいのことは考えていた。
むしろ、わたくしが悪役にならなければクリスタ嬢とハインリヒ殿下は結ばれないのではないだろうか。
クリスタ嬢はわたくしにべったりとくっ付いていて、髪飾りを取る意地悪をしたハインリヒ殿下を嫌っている。わたくしはクリスタ嬢を突き放さなければいけないのかもしれないが、それはどうしてもできなかった。
わたくしを慕ってくれるクリスタ嬢がわたくしは可愛いのだ。
キルヒマン侯爵家のお屋敷に行くとお茶会が始まっていた。
迎えてくれるキルヒマン侯爵夫妻にわたくしとクリスタ嬢は挨拶をする。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」
「わたくし、いっしょうけんめいうたいます。きょうはよろしくおねがいします」
スカートを摘まんでお辞儀をしたわたくしとクリスタ嬢にキルヒマン侯爵夫妻が目尻を下げている。
「エリザベート様とクリスタ嬢の可愛いこと。本日はお越しいただきありがとうございます」
「うちは男の子ばかりだから、女の子を見ると特に可愛く思えますね」
「ピアノの準備をしています。今日は歌とピアノをよろしくお願いします」
キルヒマン侯爵夫人に促されて、わたくしとクリスタ嬢は大広間の奥にあるピアノのところまで歩いていく。ピアノの椅子の高さをわたくしが合わせている間に、クリスタ嬢はお客様たちを見て深呼吸していた。
「皆様、今日はディッペル公爵家の令嬢エリザベート様と、ノメンゼン子爵家の令嬢クリスタ嬢が我が家で演奏してくれます」
「とても可愛い二人の演奏をお聞きください」
キルヒマン侯爵夫妻の言葉にお客様たちから拍手が上がる。
ピアノの椅子を調整し終わったわたくしはクリスタ嬢の隣りに立って、クリスタ嬢と視線を交わし、一緒に頭を下げる。
「ピアノを弾きます、エリザベート・ディッペルです」
「うたをうたいます、クリスタ・ノメンゼンです」
「よろしくお願いします」
二人で挨拶をして、わたくしがピアノの椅子に座ると、クリスタ嬢がわたくしの方を見て来る。小さく頷いて、わたくしはピアノを弾き始めた。
宿泊式のパーティーではクリスタ嬢は歌い出すことができなかったけれど、今回はそんなことはなかった。
伴奏をよく聞いてクリスタ嬢は歌い出しを間違えることもなく歌う。
短い簡単な童謡だったが、歌い終わって、ピアノの伴奏も終わると、会場は拍手に包まれた。
わたくしはピアノの椅子から立ち上がって、クリスタ嬢の隣りに立って深々とお辞儀をする。クリスタ嬢もお辞儀をしていた。
「素晴らしい演奏をしてくださった二人に拍手をお願いします」
「とても可愛らしい演奏をありがとうございました」
拍手の中でわたくしとクリスタ嬢が両親の元に戻ると、キルヒマン侯爵夫妻が両親に話しかけていた。
「とても可愛かったですわ。無理を言ってお願いしてよかったです」
「わたくしを養子に迎えてくださったから、エリザベートはお二人の孫ということになります。いつでもお声掛けください。エリザベートも皆様の前でピアノを披露できていい経験になりました。クリスタ嬢も楽しそうに歌っていました」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「エリザベート様が孫というのはなんだか不思議な気がしますがね」
公爵家に嫁ぐために形式上キルヒマン家の養子となった母は、キルヒマン侯爵夫妻を「お義母様」、「お義父様」と呼ぶことは強制されていなかった。公爵夫人となって母の方が身分が上になったので、それもあるのだろう。
「わたくしはお祖父様とお祖母様を知らないので、キルヒマン侯爵夫妻をそう思わせて下さったら嬉しいです」
エクムント様を落とすには、まずは馬から!
なんて思っていないわけではないが、キルヒマン侯爵夫妻を祖父母のように思えるのであれば、わたくしは嬉しかった。
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「孫娘ができたような気分になりますね」
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「給仕から飲み物をもらっておいで」
「食べ物もいただいて、自由にしてきていいですよ」
「はい、お父様、お母様」
「いってきます、おじうえ、おばうえ」
クリスタ嬢は立ったまま食事ができないので座れる場所を探さなければいけなかった。会場の端にソファが置いてあって、そこならば座れそうだ。
「クリスタ嬢、何か食べますか?」
「まず、なにかのみたいです」
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ノメンゼン子爵夫人だ。
この前の宿泊式パーティーでクリスタ嬢を虐待していたことが周囲に知れたのに、キルヒマン侯爵家のお茶会に出られるなんて、なんて面の皮が厚いのだろう。
平民だから貴族の社交界の空気など読めないのだろう。
誰もがノメンゼン子爵夫人を遠巻きにして声をかけないことに気付いていない。
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