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二章 ノメンゼン子爵の断罪
10.国王陛下の独り言
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国王陛下の別荘に着くと、お茶の席に招待された。わたくしはとても何も喉を通りそうになかったので、席に座ったが何も取り分けなかった。
クリスタ嬢が豪華なお茶菓子を見て目を輝かせてお皿に取り分けている。
紅茶を一口飲んで、緊張でからからになった喉を潤していると、国王陛下が穏やかに聞いてくる。
黒髪に黒い目の国王陛下はハインリヒ殿下とよく似ている。年はわたくしの父と同じで、今年で二十七歳になるはずだ。ノルベルト殿下が平民の恋人のお腹に宿ったのは国王陛下がまだ学生の頃で、学園を卒業したら国王陛下は隣国の王女と結婚が決まっていた。
ノルベルト殿下は国王陛下にあまり似ていなくて、銀色の髪に菫色の目をしている。ノルベルト殿下を産むまでは恋人は国に守られていたが、産んだ後はノルベルト殿下を取り上げられて、手切れ金を渡されて別れさせられたのだという。
その後、結婚した隣国の王女との間に生まれたのがハインリヒ殿下だ。
そういう複雑な事情があるため、この国は必ず長子が家を継ぐ定めがあるのだが、ノルベルト殿下は皇太子になれずに、ハインリヒ殿下も皇太子として指名されておらず、まだこの国の皇太子は決まっていない。
長子のノルベルト殿下が平民の妾腹の生まれで、次子のハインリヒ殿下が国王陛下が正式に結婚された隣国の王女との子どもなのだ。
この話は『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でも揉める原因になっている。皇太子に選ばれたハインリヒ殿下が、ノルベルト殿下に皇太子を譲るためにわざと素行を悪くして廃嫡にされようとして、ノルベルト殿下の勢力と揉めるのだ。
二人の間の誤解を解いて、ノルベルト殿下がハインリヒ殿下のために国を支えたいという思いがあると伝えて、二人の仲直りを促すのが、成長したクリスタ嬢で、その功績を讃えられてハインリヒ殿下に惚れられて婚約者となるというのがメインストーリーだった気がする。
それが何か違う方向に向かっているような気がしてならないのだ。
「エリザベート嬢、よく来てくれた。ハインリヒとノルベルトの誕生日ではノルベルトが選んだ造花の髪飾りを着けてくれていたようだね」
「わたくし、ノルベルト殿下が選んでくださったとは知りませんでした。光栄なことですわ」
国王陛下がわたくしに話しかけている間、クリスタ嬢は隣りの席で取り分けたケーキをフォークで切り分けてもりもりと食べていた。クリスタ嬢は何が起きているのか全く分かっていないのだろう。
両親は紅茶に口を付けながらわたくしと国王陛下との話を静かに聞いている。
「ノルベルトのことをどう思うかな?」
この場にノルベルト殿下もハインリヒ殿下も呼ばれていないということは、本当に国王陛下だけの内密な話があるのだろう。その内容がノルベルト殿下のことになると、わたくしは慎重に返事をしなければいけない。
「ノルベルト殿下は優しくて優秀な方だと思います」
できるだけそつのないように答えつつ、わたくしはそれ以上ノルベルト殿下に興味がないことを伝えなければいけない。
前世に読んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、ノルベルト殿下とわたくしとの間に繋がりはなかったはずなのだ。
「あくまでも私の独り言として聞いて欲しい。ノルベルトがエリザベート嬢との婚約を望んでいるようなのだ。私はエリザベート嬢に無理強いをするつもりはないし、これは王命でもなんでもない。ただの独り言だ」
王命ではないと言っている。
これは免れる方法があるのではないだろうか。
ノルベルト殿下がわたくしに自分の色の牡丹の髪飾りをくださったのも、ペチュニアの花をくださろうとしたのも、わたくしに好意があったからだった。
皇太子のハインリヒ殿下の兄であるノルベルト殿下が、悪役のエリザベート・ディッペルに好意を持っていたなんて言う描写は前世で読んだ本編では全くなかった。
これはできてはいけない道なのではないだろうか。
何より、わたくしにはエクムント様がいる。
前世の記憶が蘇る前から好きな初恋のエクムント様ならばともかく、前世の記憶が蘇ってから、八歳のノルベルト殿下と婚約をするのは、現代の倫理観的に非常に受け入れがたい。
前世ではわたくしは三十歳になる直前だったのだ。八歳の子どもと婚約だなんてできるわけがない。
エクムント様は前世の記憶が戻る前から好きだったし、何よりもうすぐ十八歳になるのだ。恋愛をして悪い年齢ではないはずだ。
「恐れながら、国王陛下、エリザベートはまだ六歳です。婚約の判断をさせるのは早すぎるかと思います」
「だからそなたたちを共に呼んでいるのだ。エリザベート嬢の気持ちを確認すると共に、両親の話を聞きたいと思ってな」
父が助けに入ってくれるが国王陛下がわたくしの意思を聞きたいというのは間違いなさそうだった。
どうすれば角が立たずにお断りできるかをわたくしは必死に考える。
これが上手くいかなければエクムント様と結婚どころではない。
「わたくしは公爵家の後継者です。皇太子がノルベルト殿下かハインリヒ殿下か決まっていないのに、王家に嫁ぐようなことはできません」
「そうですわ。エリザベートは公爵家の唯一の子どもです。王家に嫁がせるわけにはいきません」
必死に考えてわたくしが言えば、母も味方に付いてくれる。
しかし、国王陛下の返事は意外なものだった。
「ノルベルトは私が平民の恋人との間に作った息子だ。今後、皇太子を決めるときには問題になって来るであろう。そのためにも、優しいノルベルトは臣籍降下を考えているのだ」
ノルベルト殿下は臣籍降下してまでわたくしと婚約したいと考えている。
これはノルベルト殿下の恋心だけの問題ではないのではないだろうか。ノルベルト殿下はハインリヒ殿下が心置きなく皇太子として立てるように公爵家に臣籍降下することを考えたのではないか。
わたくしもノルベルト殿下も貴族と王族で、政略結婚は免れないものだと理解している。結婚というものは甘い夢物語ではなくて、家と家とを強固につなぐものだと理解しているのだ。
それを考えた上でわたくしはエクムント様が侯爵家の三男であるという事実を元に結婚できると踏んでいるのだが、ノルベルト殿下と婚約してしまったら、エクムント様との結婚の道は閉ざされてしまう。
わたくしは父と母の顔を見た。
「ノルベルト殿下はそのおつもりかもしれませんが、ハインリヒ殿下は納得なさるでしょうか」
「ハインリヒ殿下はバーデン家のブリギッテ嬢がクリスタ嬢を連れて行こうとしたときに、自分はまだ皇太子に決まっていないと仰ったのではないですか?」
そうだった。
ハインリヒ殿下は元から自分が皇太子になることをよしとしていない性格なのだ。ノルベルト殿下が臣籍降下すると決まれば抵抗するだろう。
「ハインリヒはもう少し大人になったら、分かってくれると思っている。皇太子にはハインリヒを推すものが多いのだ。私もハインリヒが相応しいのではないかと思っている」
国王陛下も臣籍降下に賛成ならばどうすればいいのだろう。
わたくしは紅茶を一口飲んで考えを巡らす。
公爵家には数代前に王家から臣籍降下してきた人物がいるはずだ。その人物の血が混じっているのでわたくしは初代国王陛下と同じ、紫の光沢をもつ黒髪に銀色の光沢をもつ黒い目を持って生まれている。
近親婚が悪いとか言う時代ではないが、このことは断る口実になるのではないだろうか。
「公爵家には何代か前に臣籍降下された王族がいたはずです」
「ディッペル公爵家には過去にも王家の方が臣籍降下しています。これでノルベルト殿下も臣籍降下してくるとなると、権力のバランスが取れなくなるのではないでしょうか?」
「夫の言う通りですわ。このお話は国王陛下の独り言の範囲でおさめてもらえませんでしょうか?」
両親もわたくしに味方してくれて、わたくしの言葉に言葉を添えてくれる。
「分かった。確かにディッペル公爵家とバーデン公爵家、二つの公爵家のバランスが取れなくなっているのは間違いない。この話は聞かなかったことにして欲しい」
「わたくしの心の中だけに留めておきます」
「ノルベルト殿下にも、この話はエリザベートは聞かなかったとお伝えください」
「せっかくノルベルト殿下との友情が生まれたのに、エリザベートがノルベルト殿下に避けられてしまうのは可哀想です」
「分かった。この話は私が最初からなかったことにした。エリザベート嬢も、そなたたちもこの話は聞いていない。これでいいな」
国王陛下の言葉に胸を撫で下ろし、わたくしと両親は深く頭を下げたのだった。
クリスタ嬢が豪華なお茶菓子を見て目を輝かせてお皿に取り分けている。
紅茶を一口飲んで、緊張でからからになった喉を潤していると、国王陛下が穏やかに聞いてくる。
黒髪に黒い目の国王陛下はハインリヒ殿下とよく似ている。年はわたくしの父と同じで、今年で二十七歳になるはずだ。ノルベルト殿下が平民の恋人のお腹に宿ったのは国王陛下がまだ学生の頃で、学園を卒業したら国王陛下は隣国の王女と結婚が決まっていた。
ノルベルト殿下は国王陛下にあまり似ていなくて、銀色の髪に菫色の目をしている。ノルベルト殿下を産むまでは恋人は国に守られていたが、産んだ後はノルベルト殿下を取り上げられて、手切れ金を渡されて別れさせられたのだという。
その後、結婚した隣国の王女との間に生まれたのがハインリヒ殿下だ。
そういう複雑な事情があるため、この国は必ず長子が家を継ぐ定めがあるのだが、ノルベルト殿下は皇太子になれずに、ハインリヒ殿下も皇太子として指名されておらず、まだこの国の皇太子は決まっていない。
長子のノルベルト殿下が平民の妾腹の生まれで、次子のハインリヒ殿下が国王陛下が正式に結婚された隣国の王女との子どもなのだ。
この話は『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でも揉める原因になっている。皇太子に選ばれたハインリヒ殿下が、ノルベルト殿下に皇太子を譲るためにわざと素行を悪くして廃嫡にされようとして、ノルベルト殿下の勢力と揉めるのだ。
二人の間の誤解を解いて、ノルベルト殿下がハインリヒ殿下のために国を支えたいという思いがあると伝えて、二人の仲直りを促すのが、成長したクリスタ嬢で、その功績を讃えられてハインリヒ殿下に惚れられて婚約者となるというのがメインストーリーだった気がする。
それが何か違う方向に向かっているような気がしてならないのだ。
「エリザベート嬢、よく来てくれた。ハインリヒとノルベルトの誕生日ではノルベルトが選んだ造花の髪飾りを着けてくれていたようだね」
「わたくし、ノルベルト殿下が選んでくださったとは知りませんでした。光栄なことですわ」
国王陛下がわたくしに話しかけている間、クリスタ嬢は隣りの席で取り分けたケーキをフォークで切り分けてもりもりと食べていた。クリスタ嬢は何が起きているのか全く分かっていないのだろう。
両親は紅茶に口を付けながらわたくしと国王陛下との話を静かに聞いている。
「ノルベルトのことをどう思うかな?」
この場にノルベルト殿下もハインリヒ殿下も呼ばれていないということは、本当に国王陛下だけの内密な話があるのだろう。その内容がノルベルト殿下のことになると、わたくしは慎重に返事をしなければいけない。
「ノルベルト殿下は優しくて優秀な方だと思います」
できるだけそつのないように答えつつ、わたくしはそれ以上ノルベルト殿下に興味がないことを伝えなければいけない。
前世に読んだ『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、ノルベルト殿下とわたくしとの間に繋がりはなかったはずなのだ。
「あくまでも私の独り言として聞いて欲しい。ノルベルトがエリザベート嬢との婚約を望んでいるようなのだ。私はエリザベート嬢に無理強いをするつもりはないし、これは王命でもなんでもない。ただの独り言だ」
王命ではないと言っている。
これは免れる方法があるのではないだろうか。
ノルベルト殿下がわたくしに自分の色の牡丹の髪飾りをくださったのも、ペチュニアの花をくださろうとしたのも、わたくしに好意があったからだった。
皇太子のハインリヒ殿下の兄であるノルベルト殿下が、悪役のエリザベート・ディッペルに好意を持っていたなんて言う描写は前世で読んだ本編では全くなかった。
これはできてはいけない道なのではないだろうか。
何より、わたくしにはエクムント様がいる。
前世の記憶が蘇る前から好きな初恋のエクムント様ならばともかく、前世の記憶が蘇ってから、八歳のノルベルト殿下と婚約をするのは、現代の倫理観的に非常に受け入れがたい。
前世ではわたくしは三十歳になる直前だったのだ。八歳の子どもと婚約だなんてできるわけがない。
エクムント様は前世の記憶が戻る前から好きだったし、何よりもうすぐ十八歳になるのだ。恋愛をして悪い年齢ではないはずだ。
「恐れながら、国王陛下、エリザベートはまだ六歳です。婚約の判断をさせるのは早すぎるかと思います」
「だからそなたたちを共に呼んでいるのだ。エリザベート嬢の気持ちを確認すると共に、両親の話を聞きたいと思ってな」
父が助けに入ってくれるが国王陛下がわたくしの意思を聞きたいというのは間違いなさそうだった。
どうすれば角が立たずにお断りできるかをわたくしは必死に考える。
これが上手くいかなければエクムント様と結婚どころではない。
「わたくしは公爵家の後継者です。皇太子がノルベルト殿下かハインリヒ殿下か決まっていないのに、王家に嫁ぐようなことはできません」
「そうですわ。エリザベートは公爵家の唯一の子どもです。王家に嫁がせるわけにはいきません」
必死に考えてわたくしが言えば、母も味方に付いてくれる。
しかし、国王陛下の返事は意外なものだった。
「ノルベルトは私が平民の恋人との間に作った息子だ。今後、皇太子を決めるときには問題になって来るであろう。そのためにも、優しいノルベルトは臣籍降下を考えているのだ」
ノルベルト殿下は臣籍降下してまでわたくしと婚約したいと考えている。
これはノルベルト殿下の恋心だけの問題ではないのではないだろうか。ノルベルト殿下はハインリヒ殿下が心置きなく皇太子として立てるように公爵家に臣籍降下することを考えたのではないか。
わたくしもノルベルト殿下も貴族と王族で、政略結婚は免れないものだと理解している。結婚というものは甘い夢物語ではなくて、家と家とを強固につなぐものだと理解しているのだ。
それを考えた上でわたくしはエクムント様が侯爵家の三男であるという事実を元に結婚できると踏んでいるのだが、ノルベルト殿下と婚約してしまったら、エクムント様との結婚の道は閉ざされてしまう。
わたくしは父と母の顔を見た。
「ノルベルト殿下はそのおつもりかもしれませんが、ハインリヒ殿下は納得なさるでしょうか」
「ハインリヒ殿下はバーデン家のブリギッテ嬢がクリスタ嬢を連れて行こうとしたときに、自分はまだ皇太子に決まっていないと仰ったのではないですか?」
そうだった。
ハインリヒ殿下は元から自分が皇太子になることをよしとしていない性格なのだ。ノルベルト殿下が臣籍降下すると決まれば抵抗するだろう。
「ハインリヒはもう少し大人になったら、分かってくれると思っている。皇太子にはハインリヒを推すものが多いのだ。私もハインリヒが相応しいのではないかと思っている」
国王陛下も臣籍降下に賛成ならばどうすればいいのだろう。
わたくしは紅茶を一口飲んで考えを巡らす。
公爵家には数代前に王家から臣籍降下してきた人物がいるはずだ。その人物の血が混じっているのでわたくしは初代国王陛下と同じ、紫の光沢をもつ黒髪に銀色の光沢をもつ黒い目を持って生まれている。
近親婚が悪いとか言う時代ではないが、このことは断る口実になるのではないだろうか。
「公爵家には何代か前に臣籍降下された王族がいたはずです」
「ディッペル公爵家には過去にも王家の方が臣籍降下しています。これでノルベルト殿下も臣籍降下してくるとなると、権力のバランスが取れなくなるのではないでしょうか?」
「夫の言う通りですわ。このお話は国王陛下の独り言の範囲でおさめてもらえませんでしょうか?」
両親もわたくしに味方してくれて、わたくしの言葉に言葉を添えてくれる。
「分かった。確かにディッペル公爵家とバーデン公爵家、二つの公爵家のバランスが取れなくなっているのは間違いない。この話は聞かなかったことにして欲しい」
「わたくしの心の中だけに留めておきます」
「ノルベルト殿下にも、この話はエリザベートは聞かなかったとお伝えください」
「せっかくノルベルト殿下との友情が生まれたのに、エリザベートがノルベルト殿下に避けられてしまうのは可哀想です」
「分かった。この話は私が最初からなかったことにした。エリザベート嬢も、そなたたちもこの話は聞いていない。これでいいな」
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