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二章 ノメンゼン子爵の断罪
16.肖像画の完成
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肖像画が出来上がるまでに一か月ほど、わたくしとクリスタ嬢は毎日のようにドレスに着替えて広間でポーズを取っていた。
出来上がった肖像画は写真のように細かく美しく描かれている。
ポーズを取る間、クリスタ嬢は我慢できずに何度も休憩を入れていたが、わたくしは両親と話をしながらじっと立っていることができた。
黒髪で長身の若い格好いい父と、金髪に水色の目の若く美しい母、それに紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目のわたくしと、金髪に水色の目の可愛いクリスタ嬢。
どう考えてもわたくしたちは家族に見えた。
「お母様の妹君はお母様にそっくりだったのですか?」
「髪の色と目の色は同じでしたね。わたくしは少し吊り目ですが、あの子は垂れ目でしたわ」
「クリスタ嬢と同じですね」
「わたくしのおかあさま、わたくしとおなじ?」
「えぇ、クリスタ嬢にそっくりでしたよ」
クリスタ嬢は母の妹に似たようだった。わたくしは色彩は父の血統だとすぐに分かるのだが、顔立ちは母に似ている。ちょっと吊り上がった目や小ぶりのつんとした鼻、口紅を塗ってもらった小さな赤い唇は、この国一番のフェアレディと言われた母に似ていて、誇らしくなる。
クリスタ嬢は肖像画を描いてもらうたびに、母が薄っすらと塗ってくれる口紅がお気に入りだった。
「わたくし、おけしょうをしているのよ。わたくし、かわいい?」
「クリスタ嬢はとても可愛いですよ」
「エリザベートもクリスタ嬢もとても可愛いよ」
「二人はわたくしの大事な娘たちですね」
母にしてみればクリスタ嬢は可愛がっていた妹が産んだ娘なので、自分の娘のように可愛いのだろう。母が言う言葉を父は否定したりしなかった。
出来上がった肖像画は額に入れられて大広間の壁に飾られた。
紫の光沢のある黒髪に銀色の光沢のある黒い目のわたくし、エリザベート・ディッペルは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の挿絵と似て来ている気がしていた。
季節は冬に移り変わり、庭には雪が降り積もるようになってきた。
わたくしとクリスタ嬢は両親のお誕生日のために薔薇の折り紙の花束を作っていた。
父と母のお誕生日は冬でも一か月ほど離れているのだが、その中間で一緒にパーティーを開くことにしている。公爵家が裕福だとはいえ、二月の間に二度もパーティーを開くのは負担になるし、両親は二人のお誕生日の真ん中で結婚式を挙げたので、結婚記念日にもなっているので、その日をパーティーの日と定めていた。
晩餐会にはわたくしとクリスタ嬢は出られないが、お茶の時間には出られる。
両親のお誕生日兼結婚記念日のパーティーは、領民にも食べ物が振舞われて、盛大に祝われるようだった。
前世を思い出す前の去年の両親のお誕生日のパーティーをわたくしは朧気にしか覚えていないが、町の方では両親からの振る舞いとして炊き出しが行われて、とても賑わったのだという。
両親のお誕生日のお茶会のためにわたくしとクリスタ嬢はドレスを新しく誂えてもらった。
わたくしもクリスタ嬢も成長期なので、冬用のドレスをどれだけ着られるか分からないが、公爵家の娘と公爵家に引き取られた娘として、粗末な格好はできなかったし、夏用のドレスではあまりにも寒すぎた。
大広間はストーブが入って、暖炉もあって暖められるのだが、それでもひんやりと冷たい風が吹くのは耐えられなかった。
美しさのためなら、寒さや痛みに耐えるのも淑女の嗜みとして教えられていないわけではないが、母はそんなことを嫌う傾向にあった。
淑女は小鳥のように小食でなければいけないと、人前では食事を控える傾向にあるのだが、それも母は反対のようだった。
「寒さに無駄に耐えたり、足が痛いのに綺麗な靴を無理に履いたり、お腹が空いているのに出された食事をわざと残すようなことが本当の淑女とは言えません。寒ければ暖かいドレスを纏えばいいのですし、足が痛ければ違う靴を履けばいい。出された食事は残さず食べる方が淑女として正しいと思うのです」
母の意見にわたくしも賛成だった。
こんな母がフェアレディとしてこの国で認められているのだから、女性に我慢を強いらせるような状況は正しくないと他のひとたちも認めているのだろう。
両親のお誕生日のお茶会までに仕上がってくる新しいドレスをわたくしもクリスタ嬢も楽しみにしていた。
「お父様とお母様のお誕生日のパーティーには国王陛下もいらっしゃるって本当ですか?」
去年の記憶を辿ろうとしても朧気で、わたくしは国王陛下がいらっしゃっていたか分からない。わたくしの問いかけに両親は答えてくれた。
「私は国王陛下と同じ年で学友だから、毎年国王陛下は私とテレーゼの誕生日に来てくれるんだ」
「国王陛下のお誕生日にもわたくしたちは参りますしね」
そうだった。
両親のお誕生日の半月後には国王陛下のお誕生日もあるのだ。
去年はわたくしは小さかったので留守番をしていたが、今年は連れて行ってもらえるかもしれない。
「国王陛下のお誕生日にわたくしは招かれますか?」
「わたくしは?」
クリスタ嬢と一緒に聞いてみると、両親は顔を見合わせている。
「国王陛下のお誕生日は国で祝うから参加する貴族の数がとても多いんだ」
「子どもは参加できないでしょうね。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は参加しますが、それ以外の子どもは招待されないと思いますよ」
今年も国王陛下のお誕生日はわたくしはお留守番のようだった。
去年はクリスタ嬢が来る前で、一人でつまらなかったのをぼんやりと覚えているが、今年はクリスタ嬢がいる。クリスタ嬢と一緒にリップマン先生と勉強したり、エクムント様を観察しに行ったり、ピアノの先生のレッスンを受けていたりしたら、自然と両親が帰ってくるまで過ごせるだろう。
「わたくし、クリスタ嬢とお留守番できますわ」
「おねえさまはいかないのね? それなら、わたくしもいきません」
「クリスタ嬢、招待されないというのを聞いていましたか?」
「あれ? わたくし、しょうたいされなかった」
クリスタ嬢は自分は行く気だったが、わたくしが行かないとなると留守番を選んでいた。最初から招待されていないということはクリスタ嬢にはまだ難しくてよく分からなかったようだ。
「おばうえ、わたくし、おねがいがあるの」
「なんですか、クリスタ嬢?」
「おばうえとおじうえのおたんじょうびには、ハインリヒでんかもくるでしょう? わたくしにくちべにをつけてください」
肖像画を描くときに、口紅を特別に付けてもらっていたのが、クリスタ嬢は余程気に入ったようだ。こういうのを見るとクリスタ嬢は小さいけれどレディなのだと思う。
わたくしは七歳で口紅を付けるだなんて、似合わないだろうしおかしいと思っていたので、特に強請るつもりはなかったが、クリスタ嬢は一生懸命お願いしている。
「クリスタ嬢、子どもはそのままの姿が一番可愛いのですよ?」
「おねがいします。くちべにをつけてください」
「そこまで言われたら、口紅を貸さないわけにはいきませんね。薄く付けるだけですよ?」
「おばうえ、ありがとうございます!」
何度もお願いをするクリスタ嬢に母は折れて口紅を付けることを許可した。許されてクリスタ嬢は飛び跳ねて喜んでいる。
「エリザベートもお願いはないのかな?」
父に促されてわたくしは恐る恐る口にした。
「パーティーの前の日、お母様のシャンプーを貸していただけませんか?」
母のシャンプーを使った艶々の髪でパーティーに出たいというわたくしの願いに、母が微笑んで答える。
「いいですよ。クリスタ嬢にも貸しましょうね」
「やったー! わたくし、かみもいいかおりで、くちべにもつけるのよ」
五歳のクリスタ嬢らしい大きな声で喜んでいる様子も、両親は咎めることなく大らかに見守っていてくれた。
ドレスが出来上がって、わたくしとクリスタ嬢は両親のお誕生日パーティーに出席する。
出来上がった肖像画は写真のように細かく美しく描かれている。
ポーズを取る間、クリスタ嬢は我慢できずに何度も休憩を入れていたが、わたくしは両親と話をしながらじっと立っていることができた。
黒髪で長身の若い格好いい父と、金髪に水色の目の若く美しい母、それに紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目のわたくしと、金髪に水色の目の可愛いクリスタ嬢。
どう考えてもわたくしたちは家族に見えた。
「お母様の妹君はお母様にそっくりだったのですか?」
「髪の色と目の色は同じでしたね。わたくしは少し吊り目ですが、あの子は垂れ目でしたわ」
「クリスタ嬢と同じですね」
「わたくしのおかあさま、わたくしとおなじ?」
「えぇ、クリスタ嬢にそっくりでしたよ」
クリスタ嬢は母の妹に似たようだった。わたくしは色彩は父の血統だとすぐに分かるのだが、顔立ちは母に似ている。ちょっと吊り上がった目や小ぶりのつんとした鼻、口紅を塗ってもらった小さな赤い唇は、この国一番のフェアレディと言われた母に似ていて、誇らしくなる。
クリスタ嬢は肖像画を描いてもらうたびに、母が薄っすらと塗ってくれる口紅がお気に入りだった。
「わたくし、おけしょうをしているのよ。わたくし、かわいい?」
「クリスタ嬢はとても可愛いですよ」
「エリザベートもクリスタ嬢もとても可愛いよ」
「二人はわたくしの大事な娘たちですね」
母にしてみればクリスタ嬢は可愛がっていた妹が産んだ娘なので、自分の娘のように可愛いのだろう。母が言う言葉を父は否定したりしなかった。
出来上がった肖像画は額に入れられて大広間の壁に飾られた。
紫の光沢のある黒髪に銀色の光沢のある黒い目のわたくし、エリザベート・ディッペルは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の挿絵と似て来ている気がしていた。
季節は冬に移り変わり、庭には雪が降り積もるようになってきた。
わたくしとクリスタ嬢は両親のお誕生日のために薔薇の折り紙の花束を作っていた。
父と母のお誕生日は冬でも一か月ほど離れているのだが、その中間で一緒にパーティーを開くことにしている。公爵家が裕福だとはいえ、二月の間に二度もパーティーを開くのは負担になるし、両親は二人のお誕生日の真ん中で結婚式を挙げたので、結婚記念日にもなっているので、その日をパーティーの日と定めていた。
晩餐会にはわたくしとクリスタ嬢は出られないが、お茶の時間には出られる。
両親のお誕生日兼結婚記念日のパーティーは、領民にも食べ物が振舞われて、盛大に祝われるようだった。
前世を思い出す前の去年の両親のお誕生日のパーティーをわたくしは朧気にしか覚えていないが、町の方では両親からの振る舞いとして炊き出しが行われて、とても賑わったのだという。
両親のお誕生日のお茶会のためにわたくしとクリスタ嬢はドレスを新しく誂えてもらった。
わたくしもクリスタ嬢も成長期なので、冬用のドレスをどれだけ着られるか分からないが、公爵家の娘と公爵家に引き取られた娘として、粗末な格好はできなかったし、夏用のドレスではあまりにも寒すぎた。
大広間はストーブが入って、暖炉もあって暖められるのだが、それでもひんやりと冷たい風が吹くのは耐えられなかった。
美しさのためなら、寒さや痛みに耐えるのも淑女の嗜みとして教えられていないわけではないが、母はそんなことを嫌う傾向にあった。
淑女は小鳥のように小食でなければいけないと、人前では食事を控える傾向にあるのだが、それも母は反対のようだった。
「寒さに無駄に耐えたり、足が痛いのに綺麗な靴を無理に履いたり、お腹が空いているのに出された食事をわざと残すようなことが本当の淑女とは言えません。寒ければ暖かいドレスを纏えばいいのですし、足が痛ければ違う靴を履けばいい。出された食事は残さず食べる方が淑女として正しいと思うのです」
母の意見にわたくしも賛成だった。
こんな母がフェアレディとしてこの国で認められているのだから、女性に我慢を強いらせるような状況は正しくないと他のひとたちも認めているのだろう。
両親のお誕生日のお茶会までに仕上がってくる新しいドレスをわたくしもクリスタ嬢も楽しみにしていた。
「お父様とお母様のお誕生日のパーティーには国王陛下もいらっしゃるって本当ですか?」
去年の記憶を辿ろうとしても朧気で、わたくしは国王陛下がいらっしゃっていたか分からない。わたくしの問いかけに両親は答えてくれた。
「私は国王陛下と同じ年で学友だから、毎年国王陛下は私とテレーゼの誕生日に来てくれるんだ」
「国王陛下のお誕生日にもわたくしたちは参りますしね」
そうだった。
両親のお誕生日の半月後には国王陛下のお誕生日もあるのだ。
去年はわたくしは小さかったので留守番をしていたが、今年は連れて行ってもらえるかもしれない。
「国王陛下のお誕生日にわたくしは招かれますか?」
「わたくしは?」
クリスタ嬢と一緒に聞いてみると、両親は顔を見合わせている。
「国王陛下のお誕生日は国で祝うから参加する貴族の数がとても多いんだ」
「子どもは参加できないでしょうね。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は参加しますが、それ以外の子どもは招待されないと思いますよ」
今年も国王陛下のお誕生日はわたくしはお留守番のようだった。
去年はクリスタ嬢が来る前で、一人でつまらなかったのをぼんやりと覚えているが、今年はクリスタ嬢がいる。クリスタ嬢と一緒にリップマン先生と勉強したり、エクムント様を観察しに行ったり、ピアノの先生のレッスンを受けていたりしたら、自然と両親が帰ってくるまで過ごせるだろう。
「わたくし、クリスタ嬢とお留守番できますわ」
「おねえさまはいかないのね? それなら、わたくしもいきません」
「クリスタ嬢、招待されないというのを聞いていましたか?」
「あれ? わたくし、しょうたいされなかった」
クリスタ嬢は自分は行く気だったが、わたくしが行かないとなると留守番を選んでいた。最初から招待されていないということはクリスタ嬢にはまだ難しくてよく分からなかったようだ。
「おばうえ、わたくし、おねがいがあるの」
「なんですか、クリスタ嬢?」
「おばうえとおじうえのおたんじょうびには、ハインリヒでんかもくるでしょう? わたくしにくちべにをつけてください」
肖像画を描くときに、口紅を特別に付けてもらっていたのが、クリスタ嬢は余程気に入ったようだ。こういうのを見るとクリスタ嬢は小さいけれどレディなのだと思う。
わたくしは七歳で口紅を付けるだなんて、似合わないだろうしおかしいと思っていたので、特に強請るつもりはなかったが、クリスタ嬢は一生懸命お願いしている。
「クリスタ嬢、子どもはそのままの姿が一番可愛いのですよ?」
「おねがいします。くちべにをつけてください」
「そこまで言われたら、口紅を貸さないわけにはいきませんね。薄く付けるだけですよ?」
「おばうえ、ありがとうございます!」
何度もお願いをするクリスタ嬢に母は折れて口紅を付けることを許可した。許されてクリスタ嬢は飛び跳ねて喜んでいる。
「エリザベートもお願いはないのかな?」
父に促されてわたくしは恐る恐る口にした。
「パーティーの前の日、お母様のシャンプーを貸していただけませんか?」
母のシャンプーを使った艶々の髪でパーティーに出たいというわたくしの願いに、母が微笑んで答える。
「いいですよ。クリスタ嬢にも貸しましょうね」
「やったー! わたくし、かみもいいかおりで、くちべにもつけるのよ」
五歳のクリスタ嬢らしい大きな声で喜んでいる様子も、両親は咎めることなく大らかに見守っていてくれた。
ドレスが出来上がって、わたくしとクリスタ嬢は両親のお誕生日パーティーに出席する。
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