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四章 婚約式
2.エクムント様の気持ち
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エクムント様と話がしたかった。
エクムント様は以前好きな女性に関して、結婚する相手を好きになるのだと言っていた。
それがわたくしになるのだ。
わたくしのことをどう思ってくださるのだろう。
我慢できずに翌日の朝、わたくしはエクムント様が警護についている門のところに駆けて行った。エクムント様は門の前で真っすぐにその長身を立たせている。
辺境伯領の方々は背が高いのだが、特にエクムント様は背が高い。この国では男性の平均以上はあるわたくしの父よりも頭半分背が高かった。
エクムント様の前に出るとわたくしは何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
「え、エクムント様……」
「エリザベートお嬢様、どうされましたか?」
エクムント様から「エリザベート嬢」と呼ばれるのを期待していただけにわたくしはがっかりしてしまった。エクムント様にはまだカサンドラ様の話が行っていないのだろうか。
「婚約の話は聞きましたか?」
「エリザベートお嬢様は聞かれたのですね? 私はカサンドラ様から手紙をいただきました」
「わたくし、エクムント様との婚約の約束をお受けするつもりなのです。エクムント様、わたくしは幼い頃からエクムント様に大事にしていただいて、エクムント様のことが大事な存在になりました」
「エリザベートお嬢様はお嫌ではないのですか? こんな年上の私と婚約など」
「嫌ではないです。嬉しいです」
必死に言うと、エクムント様が困惑している表情になる。
「エリザベートお嬢様は、国のために仕方なく婚約の約束をするのだと思っていました」
「お嬢様ではなく、エリザベート嬢と呼んではいただけませんか?」
希うわたくしの声は震えていたかもしれない。
「エリザベート嬢、私でいいのですか?」
「エクムント様はどうなのですか? わたくしのことをどう思っておいでですか?」
はっきりと聞いてしまうのははしたないかと思われたが、どうしても止まらなかった。わたくしはこんなにもエクムント様をお慕いしているのだ。エクムント様の気持ちが知りたかった。
「エリザベート嬢のことは、赤ん坊のときから知っています。小さくてとても可愛かった。私が抱っこすると笑ってくれて、少し大きくなると抱っこを強請って来て」
「わたくしはその頃のままですか?」
「エリザベート嬢はまだ八歳です。そのような対象としては見られません。ただ、ずっとエリザベート嬢を妹のように可愛く思っている感情は変わりがありません」
妹ではなく、恋愛対象になりたいのだが、それはまだ無理なようだ。
わたくしは自分が幼いことを悔しく思う。
けれど、この年の差でなければエクムント様との関係はあり得なかったのだから、仕方がないだろう。
「わたくしが成人した暁には、エクムント様に妹ではなく妻と思っていただけるように頑張ります」
「その頃には私はおじさんでエリザベート嬢に相応しくないかもしれませんよ」
「エクムント様はいつまでも格好いいです」
断言するとエクムント様に笑われてしまう。
八歳の子どもが十九歳のエクムント様を好きで好きで堪らないのは、どうしても伝わらないのかもしれない。
「婚約式ではどのような衣装を纏われるのですか?」
「私はカサンドラ様を見習って軍服のままでしょうね」
「わたくし、白い衣装と花冠を注文しております。エクムント様に美しいと思っていただけるとは思いませんが、せめて、可愛いと思っていただきたいのです」
「エリザベート嬢はいつも可愛いですよ」
「エクムント様……」
これでわたくしのことを妹のようにしか思っていないというのだから、エクムント様は罪な方である。
ため息をついて近くのベンチに移動すると、エクムント様はその場を動けないので視線だけこちらに向けていてくれた。
優しく微笑まれているようで、期待してしまう気持ちがどうしても起こってしまう。
「お姉様、『エリザベート嬢』って呼ばれていましたね!」
「クリスタちゃん、聞いていたのですか」
「もうすぐリップマン先生の授業ですから、お姉様を追い駆けて来ました」
わたくし以上にわたくしとエクムント様の会話をしっかり聞いていた様子のクリスタちゃんに苦笑しながら、わたくしはリップマン先生の授業に向かった。
リップマン先生はわたくしの婚約のことはまだ内密だったので知らなかったが、辺境伯領の壊血病のことは知っていた。
「エリザベートお嬢様の助言で辺境伯領の海軍や漁師や商業船たちの壊血病が予防されたと聞きました。どのような助言をされていたのですか?」
「辺境伯領の漁師さんから話を聞いて、寄港するたびに船を抜け出して野菜を食べていた方が壊血病にかからなかったというので、野菜が鍵なのではないかと思ったのです」
「見事な洞察力ですね」
「海の上で新鮮な野菜を手に入れるのは難しいから、ザワークラウトを食べるのはどうかと提案してみたのです。ザワークラウトなら日持ちがします。そうしたら、カサンドラ様がザワークラウトを食べる船と、食べない船で実験してくれて、その実験が成功したと知らせが入りました」
「壊血病には野菜が関わっていたのですね」
興味深そうに聞いていたリップマン先生が頷いている。わたくしは本当は前世の記憶を使ったのだが、それをうまく漁師さんの話と繋げられて、不自然ではないように進められたことに安心していた。
「辺境伯領以外でも商業船を出して交易をしている領地があります。その領地のために、今回の実験結果を纏めて国中に広めてくださるように辺境伯にお願いできないものでしょうか」
「今度のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日には辺境伯領もいらっしゃると聞いています。そのお話をしてみますね」
壊血病の治療法を伝えられたのも、カサンドラ様がわたくしを子どもだと馬鹿にせずに話を真剣に聞いてくれたからだった。そういう意味でカサンドラ様はわたくしを買ってくれているのだろう。
カサンドラ様はいつ頃からわたくしとエクムント様の婚約の約束を考え始めたのだろう。
エクムント様が残り三年で辺境伯領に行ってしまうので、遠距離恋愛になるのだが、婚約の約束をしていれば頻繁に会いに行くことも可能だろう。
三年後にはわたくしも学園に入学する準備を始めている頃である。学園の長期休みのときには辺境伯領に行くのもいいだろう。
今年もエクムント様と辺境伯領に行けないだろうか。
エクムント様は辺境伯領の後継なのだし、わたくしはその婚約者となるべく約束をする身。
辺境伯領に一年に一度行ってもおかしくはないだろう。
エクムント様の養母となるカサンドラ様ともこれまで以上に親しくしたいという思いがあった。
勉強が終わると昼食の時間になる。
わたくしは昼食を食べながら両親に聞いてみた。
「今年も辺境伯領に行くことはできませんか?」
「カサンドラ様にお聞きしてみようか」
「エリザベートも辺境伯領に嫁ぐのであれば辺境伯領に慣れた方がいいですからね」
両親は既にわたくしが嫁ぐ日のことを考えているようだ。
それもそうだろう。ディッペル公爵家の娘と辺境伯家の後継の結婚など国にとっても非常に重要な一大事業になる。
一度お受けしてしまえば、甘い考えで破棄などできるはずのない婚約になるのだ。
それでもわたくしはエクムント様と結ばれたかった。
こうなるためにカサンドラ様に必死にアピールして、壊血病の治療法も伝えたのだ。
この婚約はカサンドラ様にとっても利益があると判断されてのことだろう。
辺境伯領は独立するのではないかと国王陛下から危ぶまれている。王家の血を引いて、初代国王陛下の色彩を持つわたくしが辺境伯領に嫁いでいくことによって、その懸念も晴らせるに違いない。
わたくしの肩にのしかかるものは重い。
わたくしの責任は重大なのだ。
それが分かっているからこそ、両親はわたくしの婚約の約束を躊躇ったのだと思う。
初恋のエクムント様と結ばれたいと思っていたわたくしにとっては、願ったりかなったりなのだが。
「エリザベート、しっかりとわたくしが教育して差し上げます。あなたを辺境伯の妻に相応しいフェアレディにしてみせます」
心を決めた母の言葉は心強かった。
エクムント様は以前好きな女性に関して、結婚する相手を好きになるのだと言っていた。
それがわたくしになるのだ。
わたくしのことをどう思ってくださるのだろう。
我慢できずに翌日の朝、わたくしはエクムント様が警護についている門のところに駆けて行った。エクムント様は門の前で真っすぐにその長身を立たせている。
辺境伯領の方々は背が高いのだが、特にエクムント様は背が高い。この国では男性の平均以上はあるわたくしの父よりも頭半分背が高かった。
エクムント様の前に出るとわたくしは何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
「え、エクムント様……」
「エリザベートお嬢様、どうされましたか?」
エクムント様から「エリザベート嬢」と呼ばれるのを期待していただけにわたくしはがっかりしてしまった。エクムント様にはまだカサンドラ様の話が行っていないのだろうか。
「婚約の話は聞きましたか?」
「エリザベートお嬢様は聞かれたのですね? 私はカサンドラ様から手紙をいただきました」
「わたくし、エクムント様との婚約の約束をお受けするつもりなのです。エクムント様、わたくしは幼い頃からエクムント様に大事にしていただいて、エクムント様のことが大事な存在になりました」
「エリザベートお嬢様はお嫌ではないのですか? こんな年上の私と婚約など」
「嫌ではないです。嬉しいです」
必死に言うと、エクムント様が困惑している表情になる。
「エリザベートお嬢様は、国のために仕方なく婚約の約束をするのだと思っていました」
「お嬢様ではなく、エリザベート嬢と呼んではいただけませんか?」
希うわたくしの声は震えていたかもしれない。
「エリザベート嬢、私でいいのですか?」
「エクムント様はどうなのですか? わたくしのことをどう思っておいでですか?」
はっきりと聞いてしまうのははしたないかと思われたが、どうしても止まらなかった。わたくしはこんなにもエクムント様をお慕いしているのだ。エクムント様の気持ちが知りたかった。
「エリザベート嬢のことは、赤ん坊のときから知っています。小さくてとても可愛かった。私が抱っこすると笑ってくれて、少し大きくなると抱っこを強請って来て」
「わたくしはその頃のままですか?」
「エリザベート嬢はまだ八歳です。そのような対象としては見られません。ただ、ずっとエリザベート嬢を妹のように可愛く思っている感情は変わりがありません」
妹ではなく、恋愛対象になりたいのだが、それはまだ無理なようだ。
わたくしは自分が幼いことを悔しく思う。
けれど、この年の差でなければエクムント様との関係はあり得なかったのだから、仕方がないだろう。
「わたくしが成人した暁には、エクムント様に妹ではなく妻と思っていただけるように頑張ります」
「その頃には私はおじさんでエリザベート嬢に相応しくないかもしれませんよ」
「エクムント様はいつまでも格好いいです」
断言するとエクムント様に笑われてしまう。
八歳の子どもが十九歳のエクムント様を好きで好きで堪らないのは、どうしても伝わらないのかもしれない。
「婚約式ではどのような衣装を纏われるのですか?」
「私はカサンドラ様を見習って軍服のままでしょうね」
「わたくし、白い衣装と花冠を注文しております。エクムント様に美しいと思っていただけるとは思いませんが、せめて、可愛いと思っていただきたいのです」
「エリザベート嬢はいつも可愛いですよ」
「エクムント様……」
これでわたくしのことを妹のようにしか思っていないというのだから、エクムント様は罪な方である。
ため息をついて近くのベンチに移動すると、エクムント様はその場を動けないので視線だけこちらに向けていてくれた。
優しく微笑まれているようで、期待してしまう気持ちがどうしても起こってしまう。
「お姉様、『エリザベート嬢』って呼ばれていましたね!」
「クリスタちゃん、聞いていたのですか」
「もうすぐリップマン先生の授業ですから、お姉様を追い駆けて来ました」
わたくし以上にわたくしとエクムント様の会話をしっかり聞いていた様子のクリスタちゃんに苦笑しながら、わたくしはリップマン先生の授業に向かった。
リップマン先生はわたくしの婚約のことはまだ内密だったので知らなかったが、辺境伯領の壊血病のことは知っていた。
「エリザベートお嬢様の助言で辺境伯領の海軍や漁師や商業船たちの壊血病が予防されたと聞きました。どのような助言をされていたのですか?」
「辺境伯領の漁師さんから話を聞いて、寄港するたびに船を抜け出して野菜を食べていた方が壊血病にかからなかったというので、野菜が鍵なのではないかと思ったのです」
「見事な洞察力ですね」
「海の上で新鮮な野菜を手に入れるのは難しいから、ザワークラウトを食べるのはどうかと提案してみたのです。ザワークラウトなら日持ちがします。そうしたら、カサンドラ様がザワークラウトを食べる船と、食べない船で実験してくれて、その実験が成功したと知らせが入りました」
「壊血病には野菜が関わっていたのですね」
興味深そうに聞いていたリップマン先生が頷いている。わたくしは本当は前世の記憶を使ったのだが、それをうまく漁師さんの話と繋げられて、不自然ではないように進められたことに安心していた。
「辺境伯領以外でも商業船を出して交易をしている領地があります。その領地のために、今回の実験結果を纏めて国中に広めてくださるように辺境伯にお願いできないものでしょうか」
「今度のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日には辺境伯領もいらっしゃると聞いています。そのお話をしてみますね」
壊血病の治療法を伝えられたのも、カサンドラ様がわたくしを子どもだと馬鹿にせずに話を真剣に聞いてくれたからだった。そういう意味でカサンドラ様はわたくしを買ってくれているのだろう。
カサンドラ様はいつ頃からわたくしとエクムント様の婚約の約束を考え始めたのだろう。
エクムント様が残り三年で辺境伯領に行ってしまうので、遠距離恋愛になるのだが、婚約の約束をしていれば頻繁に会いに行くことも可能だろう。
三年後にはわたくしも学園に入学する準備を始めている頃である。学園の長期休みのときには辺境伯領に行くのもいいだろう。
今年もエクムント様と辺境伯領に行けないだろうか。
エクムント様は辺境伯領の後継なのだし、わたくしはその婚約者となるべく約束をする身。
辺境伯領に一年に一度行ってもおかしくはないだろう。
エクムント様の養母となるカサンドラ様ともこれまで以上に親しくしたいという思いがあった。
勉強が終わると昼食の時間になる。
わたくしは昼食を食べながら両親に聞いてみた。
「今年も辺境伯領に行くことはできませんか?」
「カサンドラ様にお聞きしてみようか」
「エリザベートも辺境伯領に嫁ぐのであれば辺境伯領に慣れた方がいいですからね」
両親は既にわたくしが嫁ぐ日のことを考えているようだ。
それもそうだろう。ディッペル公爵家の娘と辺境伯家の後継の結婚など国にとっても非常に重要な一大事業になる。
一度お受けしてしまえば、甘い考えで破棄などできるはずのない婚約になるのだ。
それでもわたくしはエクムント様と結ばれたかった。
こうなるためにカサンドラ様に必死にアピールして、壊血病の治療法も伝えたのだ。
この婚約はカサンドラ様にとっても利益があると判断されてのことだろう。
辺境伯領は独立するのではないかと国王陛下から危ぶまれている。王家の血を引いて、初代国王陛下の色彩を持つわたくしが辺境伯領に嫁いでいくことによって、その懸念も晴らせるに違いない。
わたくしの肩にのしかかるものは重い。
わたくしの責任は重大なのだ。
それが分かっているからこそ、両親はわたくしの婚約の約束を躊躇ったのだと思う。
初恋のエクムント様と結ばれたいと思っていたわたくしにとっては、願ったりかなったりなのだが。
「エリザベート、しっかりとわたくしが教育して差し上げます。あなたを辺境伯の妻に相応しいフェアレディにしてみせます」
心を決めた母の言葉は心強かった。
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