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四章 婚約式
13.エクムント様のお誕生日とフルーツサンド
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わたくしとエクムント様の婚約式が開かれた翌日は、エクムント様のお誕生日だった。お誕生日プレゼントは先に渡していたので安心だったが、エクムント様の婚約者としてわたくしも訪問者を歓迎する立場になったのではないかと、緊張していた。
お茶会が始まるとクリスタちゃんは食べ物の置いてあるテーブルに吸い寄せられる。フルーツサンドが食べたいのだろう。わたくしもそちらが気になっていたが、挨拶をするエクムント様の隣りに立っていた。
「本日は私の誕生日のためにお集まりくださりありがとうございます。これで私が辺境伯を継ぐまで残り二年となりました。ディッペル家でしっかりと学んでから辺境伯領に帰って来ようと思っています」
もうエクムント様の帰る場所はキルヒマン侯爵家ではなく、辺境伯のヒンケル家になっている。それを実感していると、キルヒマン侯爵夫妻が辺境伯家に来ていた。
「エクムント、立派になって」
「辺境伯家の後継者として、しっかりと努力するのですよ」
「ありがとうございます、父上、母上」
「まだ私たちを父母と呼んでくれるのですね」
「父上と母上はずっと変わりなく父上と母上です」
「カサンドラ様をお母様と呼ばなくていいのですか?」
「カサンドラ様はそのようなことは望んでいません。カサンドラ様のままでいいと仰ってます」
エクムント様の両親はあくまでもキルヒマン侯爵夫妻で、カサンドラ様は養母になったとしても、自分を母と呼ぶ必要はないのだと仰ったようだ。カサンドラ様らしい振る舞いだと思う。
キルヒマン侯爵夫妻はわたくしの手を握り締めて涙ぐんでいる。
「エクムントがエリザベート様と婚約できるだなんて素晴らしいことです」
「ディッペル家の名を背負い、初代国王陛下の色彩を持ったエリザベート様が辺境伯家に嫁ぐことにはとても大きな意味があります」
「どうかエクムントをよろしくお願いいたします」
「わたくしにできることでしたら、何でも致します」
そうは答えたものの、基本的にわたくしはディッペル家の娘で、王家の血を引いているという明らかな容姿をしているという、血統だけでエクムント様の婚約者に選ばれたことには変わりない。
カサンドラ様はわたくしが壊血病の予防法を見出したことを重く見てくれているが、それも前世の記憶があってのことだ。わたくしの実力ではない。
今後辺境伯領にどれだけ利益をもたらせるかと言えば、中央と辺境を繋ぐ架け橋となるくらいのことだ。
それだけでも大きな意義があると言えばあるのだが、わたくしは血統で選ばれた婚約者という認識を持っていた。
「エリザベート嬢、クリスタお嬢様がお待ちですよ」
「ですが、エクムント様をお一人にさせるわけにはいきません。わたくしは婚約者なのですから」
お皿を持ったクリスタちゃんが涎を垂らしそうになりながらわたくしを見詰めて立っている。お皿の上にはこんもりとフルーツサンドが乗っていて、クリスタちゃんはそれを食べたいのを必死に我慢しているのだ。
「心強いお言葉ですが、大事な妹君を思う気持ちも持っていてください」
「お姉様……」
「ほら、クリスタお嬢様がお待ちですよ」
背中を軽く押されてクリスタちゃんの方に押し出されると、クリスタちゃんが顔を赤らめる。
「ごめんなさい、お邪魔をしてはいけないと思っていたのだけれど、わたくし、誰と一緒にお茶をすればいいのか分からなかったのです。お父様もお母様も他の貴族たちと挨拶をしてお忙しそうだし……」
何より、すぐにでもお皿の上に山積みにされたフルーツサンドを食べたかった。クリスタちゃんの目がそう語っている。
「待たせてごめんなさい。クリスタはわたくしの大事な妹ですものね」
「お姉様、大好き! ありがとう」
クリスタちゃんと一緒に端に準備してあるテーブルに着くと、クリスタちゃんが取り皿をわたくしとクリスタちゃんの間に置いた。
首を傾げて見ていると、クリスタちゃんが誇らしげな顔になる。
「お姉様は取り分けている暇はないかもしれないから、わたくしがお姉様の分も取って来ましたわ」
「まぁ! これはわたくしの分も入っていたのですか?」
「お姉様、遠慮なさらずに食べてくださいね。同じ種類のものを二個ずつ取って来ましたからね」
お皿の上に山盛りになっていてお行儀が悪いと少し思ったのだが、それはクリスタちゃんのわたくしに対する優しさでもあった。お行儀が悪いだなんて思ってしまってわたくしは深く反省した。
「クリスタ、ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
「飲み物はフルーツティーにしましょう。フルーツにきっとよく合うわ」
「はい、そうしましょうね」
給仕にフルーツティーを頼んで、冷やされたフルーツティーと山盛りのフルーツサンドをいただく。フルーツティーはフルーツの甘みが出ていてとても美味しい。
「お姉様、このフルーツサンド、桃が挟まってます」
「こっちはオレンジですわ」
「キウイもあります」
様々なフルーツが挟まれた甘酸っぱいフルーツサンドをわたくしとクリスタちゃんは心ゆくまで楽しんだ。クリーム自体には甘みはあまりつけられていなくて、フルーツの甘さが際立つように作られていたので、どれだけ食べてもさっぱりとして飽きない味だった。
食べ終わるとわたくしはエクムント様の元に戻ろうとする。クリスタちゃんもそれについてきた。
エクムント様は挨拶を終えて飲み物をもらって、立ったまま飲んでいた。
「エクムント様、失礼しました」
「何も失礼ではありませんよ。姉妹の仲がいいことは素晴らしいことです」
「エクムント様……」
わたくしがエクムント様の優しさに感動していると、エクムント様は少し声を潜めてわたくしだけに聞こえるように伝えて来た。
「今はクリスタお嬢様は小さいので婚約の話は出ていませんが、学園に入学するころになればクリスタお嬢様にも婚約の話が出て来るでしょう。相手は、恐らく、私が考えている人物で間違いないと思います」
「わたくしもそうなればいいと思っています」
「そのときにエリザベート嬢とクリスタお嬢様が仲がいいこと、それは辺境伯家と王家を更に強く結びつけます」
わたくしはクリスタちゃんが元ノメンゼン子爵の妾に虐待されていたことが許せなくてクリスタちゃんをディッペル家に引き取ってもらった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、クリスタちゃんは子爵家の令嬢のままで皇太子殿下のハインリヒ殿下と婚約をする。子爵家の令嬢が皇太子殿下と婚約できるはずがないので、物語に矛盾があると気付いて、わたくしはクリスタちゃんのためにもディッペル公爵家に養子になるように願っていた。
もちろん、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんを大事にしないのであれば、婚約などさせるわけがない。クリスタちゃんはわたくしの可愛い妹なのだから。
それでも、クリスタちゃんとハインリヒ殿下の関係は良好で、クリスタちゃんはハインリヒ殿下を慕っているし、ハインリヒ殿下もクリスタちゃんを好きになっている。
これならばハインリヒ殿下にクリスタちゃんを任せても大丈夫なのではないかという気持ちにはなってきている。
エクムント様の言う通り、クリスタちゃんがハインリヒ殿下の婚約者となれば、ディッペル家は王家と辺境伯家に娘を嫁がせたとして格が上がるだろうし、わたくしとクリスタちゃんはディッペル家を介して王家と辺境伯家により強い繋がりをもたらす存在になるのだ。
辺境伯家の後継者であるエクムント様は辺境伯領の利益を一番に考えているが、わたくしとクリスタちゃんの仲のよさを今の時期から辺境伯領の貴族や有力者に見せておくことは決して無駄ではないのだと思えた。
「エクムント様、わたくしはクリスタが可愛いのです」
「お二人の仲のよさはよく分かっています」
「例え、エクムント様が想像する方でも、クリスタを不幸にするのであれば、クリスタを渡したくないと思うくらいにクリスタが大事です」
「心強い姉を持って、クリスタお嬢様も安心ですね」
王家に背くような発言をしているのに、エクムント様は微笑ましくわたくしを見守っていた。
「そういえば、エリザベート嬢がくれた花冠は、ドライフラワーにして部屋に飾っています。リースのようで部屋を華やかにしてくれています」
「わたくしも、エクムント様にいただいた指輪を、ドライフラワーにしたのです」
「それでは同じですね」
柔和に微笑むエクムント様に、わたくしは熱い頬を押さえていた。
お茶会が始まるとクリスタちゃんは食べ物の置いてあるテーブルに吸い寄せられる。フルーツサンドが食べたいのだろう。わたくしもそちらが気になっていたが、挨拶をするエクムント様の隣りに立っていた。
「本日は私の誕生日のためにお集まりくださりありがとうございます。これで私が辺境伯を継ぐまで残り二年となりました。ディッペル家でしっかりと学んでから辺境伯領に帰って来ようと思っています」
もうエクムント様の帰る場所はキルヒマン侯爵家ではなく、辺境伯のヒンケル家になっている。それを実感していると、キルヒマン侯爵夫妻が辺境伯家に来ていた。
「エクムント、立派になって」
「辺境伯家の後継者として、しっかりと努力するのですよ」
「ありがとうございます、父上、母上」
「まだ私たちを父母と呼んでくれるのですね」
「父上と母上はずっと変わりなく父上と母上です」
「カサンドラ様をお母様と呼ばなくていいのですか?」
「カサンドラ様はそのようなことは望んでいません。カサンドラ様のままでいいと仰ってます」
エクムント様の両親はあくまでもキルヒマン侯爵夫妻で、カサンドラ様は養母になったとしても、自分を母と呼ぶ必要はないのだと仰ったようだ。カサンドラ様らしい振る舞いだと思う。
キルヒマン侯爵夫妻はわたくしの手を握り締めて涙ぐんでいる。
「エクムントがエリザベート様と婚約できるだなんて素晴らしいことです」
「ディッペル家の名を背負い、初代国王陛下の色彩を持ったエリザベート様が辺境伯家に嫁ぐことにはとても大きな意味があります」
「どうかエクムントをよろしくお願いいたします」
「わたくしにできることでしたら、何でも致します」
そうは答えたものの、基本的にわたくしはディッペル家の娘で、王家の血を引いているという明らかな容姿をしているという、血統だけでエクムント様の婚約者に選ばれたことには変わりない。
カサンドラ様はわたくしが壊血病の予防法を見出したことを重く見てくれているが、それも前世の記憶があってのことだ。わたくしの実力ではない。
今後辺境伯領にどれだけ利益をもたらせるかと言えば、中央と辺境を繋ぐ架け橋となるくらいのことだ。
それだけでも大きな意義があると言えばあるのだが、わたくしは血統で選ばれた婚約者という認識を持っていた。
「エリザベート嬢、クリスタお嬢様がお待ちですよ」
「ですが、エクムント様をお一人にさせるわけにはいきません。わたくしは婚約者なのですから」
お皿を持ったクリスタちゃんが涎を垂らしそうになりながらわたくしを見詰めて立っている。お皿の上にはこんもりとフルーツサンドが乗っていて、クリスタちゃんはそれを食べたいのを必死に我慢しているのだ。
「心強いお言葉ですが、大事な妹君を思う気持ちも持っていてください」
「お姉様……」
「ほら、クリスタお嬢様がお待ちですよ」
背中を軽く押されてクリスタちゃんの方に押し出されると、クリスタちゃんが顔を赤らめる。
「ごめんなさい、お邪魔をしてはいけないと思っていたのだけれど、わたくし、誰と一緒にお茶をすればいいのか分からなかったのです。お父様もお母様も他の貴族たちと挨拶をしてお忙しそうだし……」
何より、すぐにでもお皿の上に山積みにされたフルーツサンドを食べたかった。クリスタちゃんの目がそう語っている。
「待たせてごめんなさい。クリスタはわたくしの大事な妹ですものね」
「お姉様、大好き! ありがとう」
クリスタちゃんと一緒に端に準備してあるテーブルに着くと、クリスタちゃんが取り皿をわたくしとクリスタちゃんの間に置いた。
首を傾げて見ていると、クリスタちゃんが誇らしげな顔になる。
「お姉様は取り分けている暇はないかもしれないから、わたくしがお姉様の分も取って来ましたわ」
「まぁ! これはわたくしの分も入っていたのですか?」
「お姉様、遠慮なさらずに食べてくださいね。同じ種類のものを二個ずつ取って来ましたからね」
お皿の上に山盛りになっていてお行儀が悪いと少し思ったのだが、それはクリスタちゃんのわたくしに対する優しさでもあった。お行儀が悪いだなんて思ってしまってわたくしは深く反省した。
「クリスタ、ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」
「飲み物はフルーツティーにしましょう。フルーツにきっとよく合うわ」
「はい、そうしましょうね」
給仕にフルーツティーを頼んで、冷やされたフルーツティーと山盛りのフルーツサンドをいただく。フルーツティーはフルーツの甘みが出ていてとても美味しい。
「お姉様、このフルーツサンド、桃が挟まってます」
「こっちはオレンジですわ」
「キウイもあります」
様々なフルーツが挟まれた甘酸っぱいフルーツサンドをわたくしとクリスタちゃんは心ゆくまで楽しんだ。クリーム自体には甘みはあまりつけられていなくて、フルーツの甘さが際立つように作られていたので、どれだけ食べてもさっぱりとして飽きない味だった。
食べ終わるとわたくしはエクムント様の元に戻ろうとする。クリスタちゃんもそれについてきた。
エクムント様は挨拶を終えて飲み物をもらって、立ったまま飲んでいた。
「エクムント様、失礼しました」
「何も失礼ではありませんよ。姉妹の仲がいいことは素晴らしいことです」
「エクムント様……」
わたくしがエクムント様の優しさに感動していると、エクムント様は少し声を潜めてわたくしだけに聞こえるように伝えて来た。
「今はクリスタお嬢様は小さいので婚約の話は出ていませんが、学園に入学するころになればクリスタお嬢様にも婚約の話が出て来るでしょう。相手は、恐らく、私が考えている人物で間違いないと思います」
「わたくしもそうなればいいと思っています」
「そのときにエリザベート嬢とクリスタお嬢様が仲がいいこと、それは辺境伯家と王家を更に強く結びつけます」
わたくしはクリスタちゃんが元ノメンゼン子爵の妾に虐待されていたことが許せなくてクリスタちゃんをディッペル家に引き取ってもらった。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、クリスタちゃんは子爵家の令嬢のままで皇太子殿下のハインリヒ殿下と婚約をする。子爵家の令嬢が皇太子殿下と婚約できるはずがないので、物語に矛盾があると気付いて、わたくしはクリスタちゃんのためにもディッペル公爵家に養子になるように願っていた。
もちろん、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんを大事にしないのであれば、婚約などさせるわけがない。クリスタちゃんはわたくしの可愛い妹なのだから。
それでも、クリスタちゃんとハインリヒ殿下の関係は良好で、クリスタちゃんはハインリヒ殿下を慕っているし、ハインリヒ殿下もクリスタちゃんを好きになっている。
これならばハインリヒ殿下にクリスタちゃんを任せても大丈夫なのではないかという気持ちにはなってきている。
エクムント様の言う通り、クリスタちゃんがハインリヒ殿下の婚約者となれば、ディッペル家は王家と辺境伯家に娘を嫁がせたとして格が上がるだろうし、わたくしとクリスタちゃんはディッペル家を介して王家と辺境伯家により強い繋がりをもたらす存在になるのだ。
辺境伯家の後継者であるエクムント様は辺境伯領の利益を一番に考えているが、わたくしとクリスタちゃんの仲のよさを今の時期から辺境伯領の貴族や有力者に見せておくことは決して無駄ではないのだと思えた。
「エクムント様、わたくしはクリスタが可愛いのです」
「お二人の仲のよさはよく分かっています」
「例え、エクムント様が想像する方でも、クリスタを不幸にするのであれば、クリスタを渡したくないと思うくらいにクリスタが大事です」
「心強い姉を持って、クリスタお嬢様も安心ですね」
王家に背くような発言をしているのに、エクムント様は微笑ましくわたくしを見守っていた。
「そういえば、エリザベート嬢がくれた花冠は、ドライフラワーにして部屋に飾っています。リースのようで部屋を華やかにしてくれています」
「わたくしも、エクムント様にいただいた指輪を、ドライフラワーにしたのです」
「それでは同じですね」
柔和に微笑むエクムント様に、わたくしは熱い頬を押さえていた。
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