エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
102 / 528
四章 婚約式

12.辺境伯領での婚約式

しおりを挟む
 辺境伯領への旅も、ふーちゃんが一緒だった。
 気付いたことだが、ふーちゃんは乗り物が好きだった。
 乗り物に乗っているときは、縦抱っこされていると泣くことがない。一生懸命周囲を見回して、馬車の外や列車の外を見ている。

 前世でも男の子というのは乗り物が好きなイメージがあったが、ふーちゃんもこの月齢で既にその兆しが見え始めていた。
 馬車に乗っている間も、列車に乗っている間も、お腹が空いたときとオムツが汚れたときしか泣かないふーちゃんにわたくしもクリスタちゃんも感心していた。

「フランツは本当にいい子ですね」
「乗り物が大好きなのですね。お父様、フランツに外が見えるようにわたくし、席を変わりますわ」

 両親はわたくしとクリスタちゃんを窓際の席にさせてくれていたが、わたくしは席を変わってふーちゃんが外が見やすいようにした。水色のお目目をキラキラとさせて、ふーちゃんは声を出して外を見ている。

「うおー! あっ! うあ!」
「フランツが楽しそうでよかったですわ」
「エリザベート、席を譲ってくれてありがとう」

 両親にお礼を言われてわたくしは照れながら「どういたしまして」と言った。

 辺境伯領に着くと、辺境伯家のお屋敷に馬車で行く。秋口に入っているのに日差しは強く、馬車の中は蒸し暑かった。
 辺境伯家のお屋敷では庭の草木に水が撒かれて、吹く風も涼しくなっている。
 客間に通されて、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんと両親はそこで荷物を解いた。
 マルレーンとデボラとヘルマンさんも身支度を手伝うために部屋に来ている。

 これから開かれる晩餐会のために、刺繍の入った白いドレスを着て、白い造花の花冠を頭に付けて、マルレーンに髪を纏めてもらう。横は三つ編みの編み込みで、後ろはシニヨンに纏めると、マルレーンがベールをかけてくれた。
 本当の結婚式ではないので後ろはトレーンになっていない床ギリギリの長さのスカートで、ベールも短いものだが、それでも婚約式に臨むとなると胸が高鳴ってくる。
 クリスタちゃんがデボラに髪を編んでもらいながら「お姉様、素敵」と呟いているのが聞こえてわたくしはいい気分になっていた。

 部屋を出ると廊下でエクムント様が待っていてくれて、わたくしに手を差し伸べてエスコートしてくださる。階段を降りるときにもスカートの裾を踏まないように手で持ち上げて、エクムント様に手を引かれて降りていく。

 大広間に行くと、歓声が上がった。

「あれが辺境伯家に嫁いでくるディッペル家の御令嬢」
「初代国王陛下と同じ、紫の光沢のある黒髪に銀色の光沢のある目だ」
「王家の血を引く尊い方が辺境伯領に嫁いできてくださる」

 婚約の話を受けた日から、破棄するなどと言うことは全く考えたことはなかったが、本当に国の一大事業としてわたくしとエクムント様の婚約は扱われていて、もう後には引けないのだと実感させられる。
 後には引けなくても問題はない。
 わたくしはエクムント様との婚約を望んでいたのだから。

 軍服を着こなしたエクムント様がカサンドラ様の前に歩み出る。カサンドラ様がわたくしとエクムント様を集まった貴族や土地の有力者の方に向かせた。

「私の養子、エクムントはこの度、ディッペル公爵家の御令嬢、エリザベート嬢と婚約をした。これは国王陛下の御前で、国王陛下もお認めになった婚約だ」

 堂々と張りのある声で告げると、周囲から「おめでとうございます!」と声が上がる。

「エリザベート嬢は鋭い観察眼により、辺境伯領が長く苦しんで来た壊血病の予防法を見つけ出してくれた。その功績を讃え、私はエリザベート嬢をエクムントの婚約者に望んだのだ」
「壊血病の予防法を!?」
「不治の病だと言われていた壊血病が予防できるのですか?」
「壊血病の予防には野菜が有効なのだそうだ。船上で保管できるものとして、エリザベート嬢はザワークラウトを提案した。辺境伯領で半年、ザワークラウトを食べた船と、食べていない船で比べたのだが、ザワークラウトを食べた船では壊血病の発症者はいなかった」
「おぉ! なんと素晴らしい!」

 前世に読んでいた航海時代の本が役に立っただけで、わたくしの功績とも言えないのだが、それを口にするわけにはいかない。わたくしは黙ったまま恥ずかしく称賛を受けていた。

「我が養子、エクムントとエリザベート嬢は、エリザベート嬢が結婚できる年になるまでまだ十年あるが、それまでは婚約者として辺境伯領に訪ねて来て欲しいし、成人した暁には辺境伯領に嫁いできて欲しい。どうか、エリザベート嬢、よろしく頼む」
「はい、カサンドラ様。こちらこそよろしくお願いいたします」

 カサンドラ様に言われてわたくしは優雅に一礼した。
 エクムント様もわたくしの手を取ったまま頭を下げている。

「こんなに小さな婚約者様では、誓いのキスはできませんな」

 揶揄うような声が聞こえて、わたくしが俯くと、エクムント様がわたくしの手を取った。白い手袋の上からわたくしの手の甲に触れるか触れないかくらいのキスをしてくださる。

 会場がどっと沸いた。

「小さな婚約者様と辺境伯家の後継者様は仲睦まじいようですね」
「これで王家から独立を疑われることもなくなります」
「婚約者様、万歳!」

 歓迎されているように見えるが、この中に辺境伯領を独立させたい輩が混ざっているかもしれないのだ。そういう輩にしっかりと見せつけるためにも、カサンドラ様は辺境伯領で婚約式を開いたのだ。

「手袋越しとはいえ、失礼を致しました」
「いいえ、失礼などではありませんでした。嬉しかったです」

 白い手袋を付けたわたくしの手にエクムント様がキスをしてくれた。この手袋は洗わずに取っておきたい気分だった。

 晩餐会なので席に着くと料理が運ばれて来る。相変わらず魚介類中心の料理だったが、多少野菜も入っていることに気付いてわたくしはカサンドラ様を見た。

「壊血病の予防には普段から野菜を食べておくことも大事かもしれないと思ってな。辺境伯領中で食事改革をしているところなのだ」
「お野菜もバランスよく食べているのですね」
「エリザベート嬢のザワークラウトの提案が正しかったことが分かったから、野菜を食べるのも正しいかもしれないと思ってね」

 カサンドラ様はわたくしのような小さな子どもの話でもしっかりと聞いてくださる大きな心をお持ちだった。

「カサンドラ様、わたくしのお誕生日にディッペル公爵家に来てくださいますか?」
「辺境伯家の後継者の婚約者のお誕生日だ。何かお祝いを持って行こう」
「嬉しいです。ありがとうございます」

 お誕生日にお誘いするとカサンドラ様は快く返事をしてくれた。
 エクムント様の隣りの席で食べる料理は、ドキドキして味もよく分からなかったけれど、晩餐会が終わるころにはわたくしは眠くて眠くて仕方がなくなっていた。
 エクムント様は部屋まで送って下さったが、そうでなかったら階段を転げ落ちていたかもしれない。

「お休みなさいませ、エクムント様」
「お休みなさい、エリザベート嬢。いい夢を」
「はい、エクムント様も」

 名残惜しかったが眠気が勝ってわたくしは部屋に戻った。部屋に戻るとクリスタちゃんがドレス姿のままベッドに崩れ落ちそうになっていた。デボラが一生懸命クリスタちゃんを起こして、ドレスを脱がせて、髪を解いて、お風呂に入れている。
 わたくしもドレスを脱いで、髪を解いて、クリスタちゃんの次にお風呂に入った。
 ふーちゃんは留守番だったが既にぐっすりとベビーベッドで眠っていた。

 お風呂に入り終わると、髪を乾かすのもじれったく、早々とわたくしは眠ってしまった。クリスタちゃんはわたくしがお風呂から出たときには眠っていた。

 翌朝は寝不足だったが何とか起きて、カサンドラ様と朝食を共にした。
 エクムント様も同じテーブルにいて、静かに食事をしている姿を見ると胸が高鳴る。
 エクムント様との婚約を辺境伯領の方にも認められたのだと思うと胸がいっぱいになる思いだった。

「辺境伯領を独立させようという輩を昨日の婚約式で多少は黙らせられたでしょう。ですが、まだ彼らは諦めていないはず。何か起きなければいいのですが」
「何か起きれば、ディッペル公爵領から辺境伯領に助けを送りましょう」
「ありがとうございます、ディッペル公爵」
「国王陛下からも兵を出していただけると思いますよ」

 わたくしが国王陛下の御前で婚約式をしたということは、はっきりとカサンドラ様がオルヒデー帝国に辺境伯領を従わせ、独立の意思がないと示したことになるのだ。独立の意思がないのならば、辺境伯領の中で内乱が起きれば、オルヒデー帝国の王家もディッペル公爵家も介入することができる。
 そのためにわたくしとエクムント様の婚約を急がれたのだと理解すると、わたくしがこの年で婚約をしたのも頷ける。

「ところで、エリザベート嬢、クリスタ嬢、フルーツサンドはお好きかな?」
「フルーツサンド? わたくし、フルーツサンドを食べたことがありませんわ」
「柔らかな白パンに生クリームとフルーツを挟むサンドイッチなのだ。今日のお茶の時間に出そうか?」

 興味津々のクリスタちゃんに、カサンドラ様がにっこりと微笑む。
 今日のお茶の時間はフルーツサンドが出てくるようだ。
 不穏な空気も吹き飛ばすようなカサンドラ様の笑顔に、わたくしは少しだけ胸のもやもやが晴れた気分だった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

処理中です...