エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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四章 婚約式

29.クリスタちゃんは早生まれ?

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 春の風が心地よい。
 お屋敷ではもうストーブも暖炉も使わなくなっていた。
 暖かくなった春の日にクリスタちゃんのお誕生日は来る。

「春から学園の学年が始まるということは、クリスタは学年で一番お誕生日が早いのですか?」

 疑問に思っていたことをわたくしは朝食の席で両親に聞いてみる。
 握ったスプーンでテーブルを叩いているふーちゃんをヘルマンさんが優しくたしなめていた。クリスタちゃんは自分の話題になっていることに気付かずに、スープをふうふうと吹いて冷ましている。

 欧米では秋に学年が始まるというイメージがあったのだが、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の作者は日本人だ。春に学年が始まるように書かれていてもおかしくはない。

「逆ですよ、エリザベート。クリスタは学年の一番最後の生まれなのです」
「次の学年になる直前の生まれだと言えるね」

 そう言われてわたくしは気付いた。
 クリスタちゃんはわたくしと一年半生まれが離れているのに学年は一年しか離れていない。それはつまりクリスタちゃんが前世で言う早生まれだからではないのだろうか。

 気付いてわたくしは愕然とする。

 早生まれで学年で遅い方の生まれのクリスタちゃんが学園に入学するときに多少できないことがあってもおかしくはなかった。それを考えると原作のクリスタちゃんの礼儀作法がなっていないことをあげつらうわたくしは、悪役だと言えるだろう。

 わたくしの働きと両親の手助けで物語は変わっており、クリスタちゃんは八歳の誕生日を目前としているとは思えないくらいに頭もいいし、刺繍もできて手先も器用なのだが、わたくしはクリスタちゃんをこれまで以上に守りたい気持ちが強くなっていた。
 生まれが遅いことで学園で困らないようにクリスタちゃんにしっかりと教育を施したい。それはわたくしの両親も同じ考えだったようだ。

「生まれが遅くてもクリスタはとても賢いですからね」
「生まれの遅さなど十二歳にもなれば差がなくなっているだろう」

 わたくしの前世では生後一か月くらいから保育園に行ったり、三歳から幼稚園に行ったり、六歳から小学校に行ったりして、幼いときから一学年で平等に競わされる。
 早生まれの子どもたちが苦労していたのをわたくしは見ているので、クリスタちゃんが前世のような競争社会に生まれなくてよかったと心から思っていた。

「わたくし、何かしましたか? お口にスープがついている?」

 注目されて視線に気づいたクリスタちゃんがナプキンで口元を拭いて確かめているのを見て、わたくしも両親もそうではないと伝える。

「クリスタが学年で誕生日がとても遅い方だとわたくし、今気付いたのです」
「クリスタには不利にならないようにエリザベートと同じ教育を施しています」
「クリスタは心配しなくていいよ」

 わたくしと両親に言われてクリスタちゃんはにこっと微笑む。

「お姉様が学園で待っていてくれるのでしょう? わたくし、一年間は寂しいかもしれないけれど、その次の年にはわたくしもお姉様のいる学園に入学できるから我慢できます」

 まだ学園に入学するのは先なのだが、クリスタちゃんはわたくしがいるから大丈夫だと思っているようだった。

「それに、ノエル殿下も学園にはいらっしゃるのでしょう?」

 クリスタちゃんの水色のお目目がきらりと光る。
 クリスタちゃんとノエル殿下は詩で分かり合えているようだ。わたくしには全然分からないので、ノエル殿下の詩もクリスタちゃんがその詩のどこに感銘を受けたかも理解できていない。

「ノエル殿下とクリスタは仲良くなったようですね」
「クリスタが学園に入学するころには婚約の話も来るだろう。楽しみにしておいで」

 ディッペル家の後継者は長子のわたくしだったが、わたくしは国王陛下に許しを得て後継者を弟のふーちゃんに譲った。クリスタちゃんでなかったのは、クリスタちゃんが将来皇太子のハインリヒ殿下と婚約する可能性を考えてのことだったのだ。
 この国の唯一の公爵家で、ハインリヒ殿下もクリスタちゃんを気に入っているとなれば、当然そうなるだろうと両親も考えていたのだろう。両親も最初からクリスタちゃんにディッペル家の後継者を譲ることは考えていなかった。

「お姉様みたいに白いドレスを着て、白薔薇の花冠を被って、わたくしも婚約式ができるでしょうか」
「きっとできますよ」
「そのときのクリスタは美しいでしょうね。マリアにも見せてあげたかった」
「彼女の分もクリスタは私たちがしっかりと育てよう」

 目頭を押さえる母に、父はその肩を抱いて慰めている。

「わたくし、お腹の子が女の子だったら、マリアと名前を付けたいのです」
「そうだね。いいと思うよ」
「男の子だったらあなたが付けてくださいませ」
「分かった。考えておこう」

 母のお腹の赤ちゃんは女の子だったらマリアという名前になるようだった。
 朝食を終えると着替えをしてふーちゃんは朝のお散歩に出る。もう乳母車はいらなくて、よちよちと歩いて、時々ヘルマンさんに掴まって、ふーちゃんはしっかりとお庭をお散歩する。

「えー! えー!」
「はい、エクムントですよ。フランツ様」
「うー! うー!」

 エクムント様を見付けると歩み寄って抱っこを求めるふーちゃん。脚元に立って必死に両腕を広げて抱っこを求めるふーちゃんに仕事中なのにエクムント様は抱っこしてくださる。

「エリザベート嬢が小さかった頃を思い出します」
「わたくしはこんなに可愛かったですか?」
「エリザベート嬢を始めて見たときに、初代国王陛下と同じ髪色と目の色だと驚きました。今も変わらぬ美しい髪と目の色をなさっている」

 誉め言葉に頬が熱くなってくる。美しいのはあくまでも初代国王陛下と同じ髪色と目の色なのだが、それでも大好きな方に「美しい」などと言われると嬉しくて舞い上がってしまう。

「牧場のものがエラの出産が近いと言って来ています。出産に立ち会えるように日程を調整しましょうね」

 日程を調整すると言っても、出産はいつ起きるか分からないのだから、数日牧場に泊まり込みになるかもしれないが構わないかと聞かれて、わたくしとクリスタちゃんは顔を見合わせる。

「もちろん、いいですわ!」
「エラの赤ちゃんを見たいです!」

 声を揃えて言えばエクムント様は深く頷く。

「それでは旦那様と奥様にもお伝えして、日にちを調整しますね」

 クリスタちゃんのお誕生日にかからなければ、エラのお産も見ることができるだろう。

「動物は天敵に襲われないために、本能的に夜に出産を行います。夜に起こして厩舎にお連れするようなことになると思いますがよろしいですか?」
「わたくし、頑張って起きます」
「わたくしも、エラの出産を見るためなら頑張れます」

 わたくしとクリスタちゃんで答えるとエクムント様は両親と話し合って牧場に泊まり込みをする日程を決めてくれるようだった。

 クリスタちゃんのお誕生日も間近に迫っている。
 クリスタちゃんはお誕生日にノエル殿下もお招きしていた。隣国は女王陛下が治めている国なので、ノエル殿下は「お母様にお願いしておきます」と言っていた。
 この国は国王陛下が治めているが隣国は女王陛下が治めている。男性と女性で違いがあるのかは分からないが、それもわたくしの興味を引く題材にはなっていた。

 隣国は議会制と王制が両立しているという。
 その話は一度リップマン先生にしてもらったがもう一度しっかりと勉強し直したい。
 ノエル殿下と会うために隣国の言葉を勉強し始めてから、隣国がより身近になったような気がしていた。

 クリスタちゃんのお誕生日に、エラの出産、リップマン先生の授業と、これからも忙しくなりそうだった。
 初夏には、母の出産もある。
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