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五章 妹の誕生と辺境伯領
1.エラの息子の名前はヤン
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久しぶりに行った牧場で、エラはお腹が大きくなっていた。
いつ生まれてもおかしくはないと牧場のひとは言っている。
エクムント様はわたくしとクリスタちゃんに丁寧に説明をした。
「これから毎日、私の部下の兵士を一人牧場に泊まり込みさせます。エラが産気づいたらすぐにエリザベート嬢とクリスタお嬢様にお伝えして、牧場に来ていただくことになります。例えそれが深夜であろうとも」
「深夜でもわたくし起きてエラの出産に立ち会います」
「エラが頑張っているのですもの。わたくしも頑張れるわ」
わたくしとクリスタちゃんが伝えるとエクムント様は深く頷く。
「奥様と旦那様にもそれで許可をいただいております。牧場に行くときには私と他にも護衛がついて行きますのでご安心ください」
「エクムント様がご一緒ならば安心です」
「エクムント様、よろしくお願いします」
深夜でもエクムント様に守られての移動ならば少しも怖くはない。エクムント様と護衛の騎士がいて、ディッペル公爵家から牧場までは徒歩十分ほどなので不安はなかった。
エラのお腹も大きくなっているが、母のお腹も大きくなっている。
まだ生まれる時期ではないが両親はわたくしとクリスタちゃんに言い聞かせていた。
「産み月が近いので、今年はハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典を欠席させてもらうことにしたんだ」
「わたくしに構わず行って来て下さったらよかったのに」
「いや、テレーゼの安全が一番だ。お産は何が起きるか分からない。テレーゼのそばにいたいのだよ。エリザベートもクリスタもフランツも、みんなで揃ってテレーゼのお産を見守りたい」
「そうですわ、お母様のことが心配で王都に行ってはいられません」
「国王陛下もお許しになったのでしょう? ハインリヒ殿下のお誕生日をお祝いできないのは残念ですが、お母様と生まれて来る赤ちゃんのことが一番ですわ」
父の言葉に母は行ってきてもいいのだと言うが、わたくしもクリスタちゃんも母がいつ産気づくか分からない状況で王都に行くのは不安だった。特にわたくしは両親の死を警戒している。母に何かあれば父もものすごくショックを受けるであろうことは間違いない。
そのまま母と父を失ってしまうなんて嫌だった。
「私だけが式典に参加してきて、素早くテレーゼの元に帰ってくるからね」
「あなた、急ぎ過ぎないでくださいね」
父はどうしても式典に参加しなければいけないが、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんと母はお屋敷でお留守番ができるようだった。
母はパウリーネ先生の指導の下、安全にお産を終えて、父は母のそばにいて安心していて欲しい。
それがわたくしの願いだった。
今年のハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典にはディッペル家からは父しか参加しない。それで国王陛下も納得してくださっているし、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も了承してくださっているということなので、安心してわたくしは母と過ごすことができた。
エラが産気づいたのは春の終わりの頃だった。
夜中に起こされてわたくしとクリスタちゃんは素早く用意してあった汚れてもいい服に着替えて、馬車に乗った。
馬車に乗るとほんの数分で牧場まで着く。
厩舎ではエラが苦しそうにしていた。
牧場主がエラの足の間に腕を突っ込んで、縄で何かを縛っている。
縄を引っ張るとエラの足の間から足が突き出して来た。
そのまま引っ張っているとずるりとポニーの赤ちゃんが出て来る。小さなポニーの赤ちゃんは、すぐに足から縄を外されて、よろよろと自分の足で立ち始めた。
最初は立てずに転んでしまうが、五分もしないうちに自分の足で立てるようになっていた。
一部始終を見ていたわたくしとクリスタちゃんは呆然と立ち尽くしていた。
「ポニーの赤ちゃんの足に縄をかけたのですか?」
「へぇ、そうです。馬や牛の出産のときには、足に縄をかけて引きずり出して手伝ってやるんです」
「もう立って歩いているわ」
「野生では馬や牛は生まれてすぐに立って歩かないと、親について行けなくて生きていけないんですよ。この子はいいポニーに育ちますよ」
エラが血と羊水に濡れた赤ちゃんポニーの体を舐めて綺麗にしてあげている。後産で出て来た血の塊もエラは全部食べてしまった。
「あのレバーみたいなのをエラが食べたわよ?」
「出産のときには一時的に馬も牛も鹿も、血から栄養を吸収できるようになるんです。後産の胎盤は全部食べさせた方が回復が早いんですよ」
「あとざんのたいばん?」
「あの血の塊に赤ん坊のポニーの臍の緒がくっ付いていたんですよ」
牧場主が説明するがクリスタちゃんはよく分かっていなかったようだが、わたくしには何となく理解ができた。
エラのお腹の下に入ってお乳を飲んでいる赤ちゃんポニーをクリスタちゃんは凝視し続けている。
「可愛いわ。お姉様、名前を付けて上げなければ」
「このポニーは男の子ですか、女の子ですか?」
「雄ですね」
「男の子のお名前を考えないといけませんね」
名前を考えるのは宿題にして、わたくしは眠かったし、クリスタちゃんも大きな欠伸をしていた。
「今日は出産を見せていただきありがとうございました」
「すごく勉強になりました」
牧場主にお礼を言ってわたくしとクリスタちゃんはエクムント様と護衛に連れられてお屋敷に帰った。
お屋敷に帰ると疲れ切って着替えたらすぐに眠ってしまう。
翌朝の朝食には起きれなくて遅れそうになってしまった。
「昨夜はエラの出産に立ち会ったのでしょう? どうでしたか?」
「牧場主さんが赤ちゃんの足に縄をかけて引きずり出していたの。エラはあとざんのたいばん? だったかしら? レバーみたいな真っ赤な血の塊を食べていたわ」
「そこまで見せてくれたのですね」
「お母様も後産の胎盤が出るのですか?」
「わたくしも同じ哺乳類ですから後産で胎盤が剥がれて出てきますよ」
クリスタちゃんがよく分かっていなかった部分を、母に聞いてみると、母も胎盤が出てくるのだとはっきりと答えてくれる。
「お母様もエラと同じなのね」
「エラもわたくしも同じ哺乳類ですからね。胎盤で赤ちゃんの臍の緒が母体と繋がっているのです」
「胎盤ってすごい! わたくし、エラの出産を見学してよかったわ」
母の説明を受けてクリスタちゃんはやっと理解できたようだった。
本題はこれからである。
エラの赤ちゃんの名前を決めなければいけない。
「エラの赤ちゃんは雄でした。名前を決めたいのですが」
「エラの赤ちゃんだから、エラジュニア?」
「クリスタ、エラは雌で、赤ちゃんは雄なのですよ」
「そうだったわ。何にしましょうか」
クリスタちゃんはすぐにはエラの赤ちゃんの名前が決まらないようだった。わたくしもすぐには浮かんでこない。
「エラが短い名前だから短い名前がいいかもしれません」
「エラ……エラ……お姉様、ヤンは?」
「ヤン! 短くて呼びやすい名前ですね」
「お姉様のお人形のお名前がジャンでしょう。ジャンは隣国のお名前で、この国ではヤンだったと思ったの」
「わたくしのお人形と同じ名前!」
わたくしのお人形と同じ名前を付けたいというクリスタちゃんに、わたくしは賛成する。
「ヤンか。いい名前だね」
「大人になったらフランツを乗せてくれそうですね」
両親もヤンの名前に賛成してくれた。
ポニーの赤ちゃんの名前はヤンになった。
「エラも赤ちゃんを産んだのでまた乗馬の訓練ができますよ」
「エリザベートもクリスタも乗馬を覚えているかな?」
エラが妊娠してからお休みしていた乗馬の練習も、再開される。エクムント様に教えてもらって乗馬の練習ができるのも後二年しかない。
この二年をしっかりと大事に過ごしたいとわたくしは思っていた。
「二年後には誰がわたくしたちの乗馬の先生になって下さるんですか?」
「そのときには騎士の一人に乗馬を教えるように命じよう」
「エクムント様がずーっとディッペル家にいて下さったらいいのに」
クリスタちゃんはエクムント様がいてくださることを願っているけれど、わたくしはエクムント様が辺境伯を継がなければ辺境伯領には嫁いで行けないのでエクムント様が行ってしまうのは寂しかったけれど、仕方のないことだと割り切っている。
「エクムント様がいらっしゃる二年間を大事に過ごしましょう」
「はい、お姉様」
わたくしが言えば、クリスタちゃんは素直に頷いた。
いつ生まれてもおかしくはないと牧場のひとは言っている。
エクムント様はわたくしとクリスタちゃんに丁寧に説明をした。
「これから毎日、私の部下の兵士を一人牧場に泊まり込みさせます。エラが産気づいたらすぐにエリザベート嬢とクリスタお嬢様にお伝えして、牧場に来ていただくことになります。例えそれが深夜であろうとも」
「深夜でもわたくし起きてエラの出産に立ち会います」
「エラが頑張っているのですもの。わたくしも頑張れるわ」
わたくしとクリスタちゃんが伝えるとエクムント様は深く頷く。
「奥様と旦那様にもそれで許可をいただいております。牧場に行くときには私と他にも護衛がついて行きますのでご安心ください」
「エクムント様がご一緒ならば安心です」
「エクムント様、よろしくお願いします」
深夜でもエクムント様に守られての移動ならば少しも怖くはない。エクムント様と護衛の騎士がいて、ディッペル公爵家から牧場までは徒歩十分ほどなので不安はなかった。
エラのお腹も大きくなっているが、母のお腹も大きくなっている。
まだ生まれる時期ではないが両親はわたくしとクリスタちゃんに言い聞かせていた。
「産み月が近いので、今年はハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典を欠席させてもらうことにしたんだ」
「わたくしに構わず行って来て下さったらよかったのに」
「いや、テレーゼの安全が一番だ。お産は何が起きるか分からない。テレーゼのそばにいたいのだよ。エリザベートもクリスタもフランツも、みんなで揃ってテレーゼのお産を見守りたい」
「そうですわ、お母様のことが心配で王都に行ってはいられません」
「国王陛下もお許しになったのでしょう? ハインリヒ殿下のお誕生日をお祝いできないのは残念ですが、お母様と生まれて来る赤ちゃんのことが一番ですわ」
父の言葉に母は行ってきてもいいのだと言うが、わたくしもクリスタちゃんも母がいつ産気づくか分からない状況で王都に行くのは不安だった。特にわたくしは両親の死を警戒している。母に何かあれば父もものすごくショックを受けるであろうことは間違いない。
そのまま母と父を失ってしまうなんて嫌だった。
「私だけが式典に参加してきて、素早くテレーゼの元に帰ってくるからね」
「あなた、急ぎ過ぎないでくださいね」
父はどうしても式典に参加しなければいけないが、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんと母はお屋敷でお留守番ができるようだった。
母はパウリーネ先生の指導の下、安全にお産を終えて、父は母のそばにいて安心していて欲しい。
それがわたくしの願いだった。
今年のハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典にはディッペル家からは父しか参加しない。それで国王陛下も納得してくださっているし、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も了承してくださっているということなので、安心してわたくしは母と過ごすことができた。
エラが産気づいたのは春の終わりの頃だった。
夜中に起こされてわたくしとクリスタちゃんは素早く用意してあった汚れてもいい服に着替えて、馬車に乗った。
馬車に乗るとほんの数分で牧場まで着く。
厩舎ではエラが苦しそうにしていた。
牧場主がエラの足の間に腕を突っ込んで、縄で何かを縛っている。
縄を引っ張るとエラの足の間から足が突き出して来た。
そのまま引っ張っているとずるりとポニーの赤ちゃんが出て来る。小さなポニーの赤ちゃんは、すぐに足から縄を外されて、よろよろと自分の足で立ち始めた。
最初は立てずに転んでしまうが、五分もしないうちに自分の足で立てるようになっていた。
一部始終を見ていたわたくしとクリスタちゃんは呆然と立ち尽くしていた。
「ポニーの赤ちゃんの足に縄をかけたのですか?」
「へぇ、そうです。馬や牛の出産のときには、足に縄をかけて引きずり出して手伝ってやるんです」
「もう立って歩いているわ」
「野生では馬や牛は生まれてすぐに立って歩かないと、親について行けなくて生きていけないんですよ。この子はいいポニーに育ちますよ」
エラが血と羊水に濡れた赤ちゃんポニーの体を舐めて綺麗にしてあげている。後産で出て来た血の塊もエラは全部食べてしまった。
「あのレバーみたいなのをエラが食べたわよ?」
「出産のときには一時的に馬も牛も鹿も、血から栄養を吸収できるようになるんです。後産の胎盤は全部食べさせた方が回復が早いんですよ」
「あとざんのたいばん?」
「あの血の塊に赤ん坊のポニーの臍の緒がくっ付いていたんですよ」
牧場主が説明するがクリスタちゃんはよく分かっていなかったようだが、わたくしには何となく理解ができた。
エラのお腹の下に入ってお乳を飲んでいる赤ちゃんポニーをクリスタちゃんは凝視し続けている。
「可愛いわ。お姉様、名前を付けて上げなければ」
「このポニーは男の子ですか、女の子ですか?」
「雄ですね」
「男の子のお名前を考えないといけませんね」
名前を考えるのは宿題にして、わたくしは眠かったし、クリスタちゃんも大きな欠伸をしていた。
「今日は出産を見せていただきありがとうございました」
「すごく勉強になりました」
牧場主にお礼を言ってわたくしとクリスタちゃんはエクムント様と護衛に連れられてお屋敷に帰った。
お屋敷に帰ると疲れ切って着替えたらすぐに眠ってしまう。
翌朝の朝食には起きれなくて遅れそうになってしまった。
「昨夜はエラの出産に立ち会ったのでしょう? どうでしたか?」
「牧場主さんが赤ちゃんの足に縄をかけて引きずり出していたの。エラはあとざんのたいばん? だったかしら? レバーみたいな真っ赤な血の塊を食べていたわ」
「そこまで見せてくれたのですね」
「お母様も後産の胎盤が出るのですか?」
「わたくしも同じ哺乳類ですから後産で胎盤が剥がれて出てきますよ」
クリスタちゃんがよく分かっていなかった部分を、母に聞いてみると、母も胎盤が出てくるのだとはっきりと答えてくれる。
「お母様もエラと同じなのね」
「エラもわたくしも同じ哺乳類ですからね。胎盤で赤ちゃんの臍の緒が母体と繋がっているのです」
「胎盤ってすごい! わたくし、エラの出産を見学してよかったわ」
母の説明を受けてクリスタちゃんはやっと理解できたようだった。
本題はこれからである。
エラの赤ちゃんの名前を決めなければいけない。
「エラの赤ちゃんは雄でした。名前を決めたいのですが」
「エラの赤ちゃんだから、エラジュニア?」
「クリスタ、エラは雌で、赤ちゃんは雄なのですよ」
「そうだったわ。何にしましょうか」
クリスタちゃんはすぐにはエラの赤ちゃんの名前が決まらないようだった。わたくしもすぐには浮かんでこない。
「エラが短い名前だから短い名前がいいかもしれません」
「エラ……エラ……お姉様、ヤンは?」
「ヤン! 短くて呼びやすい名前ですね」
「お姉様のお人形のお名前がジャンでしょう。ジャンは隣国のお名前で、この国ではヤンだったと思ったの」
「わたくしのお人形と同じ名前!」
わたくしのお人形と同じ名前を付けたいというクリスタちゃんに、わたくしは賛成する。
「ヤンか。いい名前だね」
「大人になったらフランツを乗せてくれそうですね」
両親もヤンの名前に賛成してくれた。
ポニーの赤ちゃんの名前はヤンになった。
「エラも赤ちゃんを産んだのでまた乗馬の訓練ができますよ」
「エリザベートもクリスタも乗馬を覚えているかな?」
エラが妊娠してからお休みしていた乗馬の練習も、再開される。エクムント様に教えてもらって乗馬の練習ができるのも後二年しかない。
この二年をしっかりと大事に過ごしたいとわたくしは思っていた。
「二年後には誰がわたくしたちの乗馬の先生になって下さるんですか?」
「そのときには騎士の一人に乗馬を教えるように命じよう」
「エクムント様がずーっとディッペル家にいて下さったらいいのに」
クリスタちゃんはエクムント様がいてくださることを願っているけれど、わたくしはエクムント様が辺境伯を継がなければ辺境伯領には嫁いで行けないのでエクムント様が行ってしまうのは寂しかったけれど、仕方のないことだと割り切っている。
「エクムント様がいらっしゃる二年間を大事に過ごしましょう」
「はい、お姉様」
わたくしが言えば、クリスタちゃんは素直に頷いた。
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