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五章 妹の誕生と辺境伯領

2.お庭でのお茶会ごっこ

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 夏が近付いてふーちゃんはますます活発になっていた。
 靴を履いて歩けるようになったので、庭を元気よく歩いて回っている。帽子を被せているのだが、嫌がって投げ捨てるのを、ヘルマンさんが根気よく被せ続けていた。

 そんなふーちゃんを横目に見ながら、わたくしとクリスタちゃんはエクムント様とお茶会ごっこをしていた。
 ごっこ遊びならばエクムント様は招かれてくれると分かっていたので、わたくしがクリスタちゃんにお願いしてエクムント様を誘ってもらったのだ。わたくしは一応、クリスタちゃんが遊びたがっているから仕方なく付き合っている態にさせてもらっている。
 そうでないと九歳でごっこ遊びを強請るなど恥ずかしい気がしたのだ。

 今日は午後から夜までの仕事だったエクムント様は、仕事時間ではないのでわたくしとクリスタちゃんのお茶会ごっこに付き合ってくれていた。
 本当にミルクティーを用意して、クリスタちゃんとエクムント様とわたくしで庭のテーブルについて飲む。茶器はおままごと用の小さなものだったが、小さなポットから本当のミルクティーを注げるとあって、クリスタちゃんは大喜びだった。

 お茶会にはわたくしのお人形のジャンと、クリスタちゃんのお人形のマリーも参加している。

 椅子に座らされたジャンとマリーにクリスタちゃんがミルクティーを小さなカップに注いで差し出していた。

「本日はうちのマリーのお誕生日のお祝いに来ていただいてありがとうございます」
「お招きいただき光栄です」
「マリー嬢とはうちのジャンも仲良しですからね」
「ジャン殿がいらしてくださって、マリーも喜んでおります」

 お人形遊びとはこういうものなのだとクリスタちゃんはやったことがなくても知っていた。女の子は自然とこういうことができるのかもしれない。
 大きな手で小さなおもちゃのカップを持って、エクムント様が上品にミルクティーを飲む。わたくしもミルクティーを飲んで、ジャンにも飲ませるふりをする。

「ねぇね! ふー!」
「フランツも飲みたいのですか?」
「あい!」

 歩み寄って来たふーちゃんが椅子によじ登ろうとしているのに、ヘルマンさんが手を貸して座らせる。クリスタちゃんはふーちゃんにも小さなカップでミルクティーを入れて上げて、ふーちゃんはカップを両手で持って一生懸命飲んでいた。

「お姉様、ふーちゃんはもうカップで飲めるのね」
「カップで飲むのが上手になりましたね」
「フランツ様は食べるのと飲むのは意欲的ですからね」

 ふくふくとしているふーちゃんはまだミルクを少しだけ飲んでいるが、ほとんどの栄養を食事でとることができるようになって、スプーンで自分で食べるのも上手になってきていた。カップではもうほとんど零さずに飲むことができる。

「ちっ!」
「美味しいですか、ふーちゃん」
「ねぇね! ちっ!」
「ふーちゃんもお茶会ごっこに参加してくれるのね。今日は、わたくしの妹のマリーのお誕生日なのよ」
「う?」
「ふーちゃんにはちょっと難しかったかしら」

 ふーちゃんはほっぺたをぺちぺちとお手手で叩いて、美味しいと示してくれている。
 笑いながらもクリスタちゃんはふーちゃんを仲間に入れてお茶会をして楽しんでいた。

 午前中に外で遊べる時間は短い。
 わたくしとクリスタちゃんはリップマン先生の授業に出なければいけないのだ。
 ふーちゃんとエクムント様とお別れをして、リップマン先生の授業のために勉強室に行く。お人形のジャンとマリーと、おもちゃのお茶会セットはデボラとマルレーンが片付けてくれていた。

 勉強室に行くと、リップマン先生が待っている。
 クリスタちゃんはリップマン先生にお願いしていた。

「隣国の詩の本を読みたいのです。難しくても頑張って訳すので、お願いします」
「旦那様と奥様と相談して取り寄せてみましょうね」

 ノエル殿下も不可思議な詩を作っていたが、クリスタちゃんもこれから不可思議な詩を作るようになってしまうのだろうか。
 クリスタちゃんが詩に傾倒してしまうのがわたくしは少し怖かった。

「隣国の王女殿下は無事に我が国の学園に入学されたとのことです。エリザベートお嬢様もクリスタお嬢様も、学園に入る前にしっかりと隣国の言葉を覚えていただかねばいけません」
「ノエル殿下にお会いしたときには、ご挨拶をするので精一杯でした」
「簡単な日常会話くらいはできるようになっておきましょう。学園でも隣国の言葉は勉強します」
「わたくし、隣国の言葉でノエル殿下にお手紙を書けるようになるかしら」
「発音で躓いていらっしゃるので、読み書きはクリスタお嬢様は意外と早く習得できるかと思っております」
「ノエル殿下にお手紙を書きたいのです」

 残念ながらハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典には参加しないので、王宮で暮らしているノエル殿下にお会いすることはできないが、お手紙を書くくらいは許されるかもしれない。
 クリスタちゃんはノエル殿下のことをとても慕っているようだった。

「次にノエル殿下にお会いできるのはいつかしら」
「ノエル殿下はわたくしのお誕生日のお茶会に来て下さるかもしれません。それが無理ならば、国王陛下の生誕の式典にわたくしたちが行けるかどうかが問題ですね」
「国王陛下の生誕の式典に行けなかったら、来年のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日まで、ノエル殿下にお会いできないのかしら」

 しょんぼりとしているクリスタちゃんに、わたくしはかけてあげる言葉が見付からなかった。
 ノエル殿下は隣国の王女殿下であり、公爵家のクリスタちゃんのお誕生日のお茶会に参加してくださったのも異例のことなのだ。いくら我が国に留学しているとはいえ、わたくしのお誕生日に気軽に招待できる方ではない。

「ノエル殿下のこと、わたくし、とても尊敬しているのです。ノエル殿下の書かれる詩はとても素晴らしくてわたくしの心に響くのです」

 詩。
 ノエル殿下の詩のよさが分からないわたくしがおかしいのだろうか。
 わたくしにはノエル殿下の詩が何を言っているのかよく分からないのだ。
 理解できないからこそ芸術なのかもしれない。

「ノエル殿下にお手紙を書いてみましょう。わたくしのお誕生日にはハインリヒ殿下もノルベルト殿下もいらっしゃるから、ご一緒にノエル殿下も来て下さるかもしれません」
「そうだったらいいですわ。お姉様、お手紙を一緒に書いてくださいね」
「リップマン先生、秋までにわたくしとクリスタが隣国の言葉でお手紙を書けるように指導をよろしくお願いします」
「心得ました、エリザベートお嬢様、クリスタお嬢様」

 リップマン先生はそれから教科書を広げてわたくしとクリスタちゃんに順番に読ませて、書き取りもさせた。
 リップマン先生の授業のおかげでわたくしもクリスタちゃんも順調に隣国の言葉を覚えていた。

 初夏になって母は遂に臨月になった。
 大きなお腹を抱えて動くのも大変そうだが、できる限り食べて動くのがパウリーネ先生の指導だったから、母は食べられるときには少しでも食べて、動けるときには庭を散歩していた。

「胃も膀胱も圧迫されていますから、食事も少ししか食べられないでしょうし、お手洗いにも頻繁に行きたくなります。我慢せずに、ストレスなく過ごしてください。それがお腹の赤ちゃんのためです」
「パウリーネ先生、もうそろそろ生まれてくるのでしょうか?」
「もう少しだと思いますよ。もう三十六週になっていますからね」

 パウリーネ先生はしっかりと母の体を管理してくれていた。

 もうすぐわたくしにまた弟か妹が増える。
 弟はふーちゃんがいるし、妹はクリスタちゃんがいるので、わたくしは弟でも妹でもどちらでも構わなかった。
 母が無事で、健康に赤ちゃんが生まれてくればそれが一番だ。

「二人分だから、暑くてすぐに汗だくになってしまいます」
「水分をしっかりと摂られてください。紅茶やミルクティーではなく、ただのお水を多めに飲むように心がけてください」
「紅茶やミルクティーではいけないのですか?」
「紅茶には利尿作用があります。尿になって出て行ってしまっては意味がないので」

 パウリーネ先生の言葉に従って、母は煮沸して冷ました水をよく飲んでいた。
 お腹に赤ちゃんを抱えていると暑いということだが、それはどんな感じなのだろう。

 前世でも恋愛や出産に縁のなかったわたくしにはよく分からない感覚だった。
 今世ではまだ九歳なのでもちろんよく分からない。

 いつか分かる日が来るのだろうか。
 前世の記憶があると言っても、九歳のエリザベートの感覚が強いわたくしには、まだまだ分からないことがたくさんだった。
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