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五章 妹の誕生と辺境伯領
10.今年も辺境伯領へ
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暑い夏が過ぎて、初秋に入って、エクムント様のお誕生日が近付いてきた。
エクムント様のお誕生日は辺境伯領で祝われて、そこに婚約者であるわたくしとその家族であるクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親も招かれている。
まーちゃんはまだ月齢が低いので連れて行くか両親は悩んだようだが、一人だけでディッペル公爵家に置いておくのは危険だと判断して連れて行くことになった。
初めて列車に乗ったときには、わたくしとクリスタちゃんと両親とエクムント様だけだった。
それが今はわたくしとクリスタちゃんと両親とふーちゃんとまーちゃんとデボラとマルレーンとヘルマンさんとレギーナとエクムント様に増えている。六人掛けの個室席は二つ用意されていたが、一つはディッペル家のメンバーで、もう一つは乳母やメイドたちで埋まってしまった。
エクムント様は護衛と一緒に廊下に立っている。
乳母やメイドたちと同席するわけにも行かないし、ディッペル家の席に入るわけにも行かないのだろう。
「エクムント様が座れないでしょうか」
「本来ならばエクムント殿一人だけに個室席をとってもよかったのだが、断られてしまったのだよ」
父が言うには、エクムント様はあくまでも護衛の騎士という立場を崩したくない様子だった。
本来ならばエクムント様は辺境伯家の跡継ぎなのだから、個室席に一人で座ってもおかしくはない。それなのに謙虚なエクムント様にわたくしは胸がどきどきとする。
士官学校を卒業しているエクムント様は、騎士としての誇りがあるのだろう。
列車の中でふーちゃんはご機嫌で外を見ていたが、まーちゃんは不安なのか弱弱しい声で泣いていた。記憶の中にあるふーちゃんはあまり泣く赤ちゃんではなかった。乗り物は大好きだし、移動中も泣く方ではない。
まーちゃんはふーちゃんと違って、移動中に不安を感じているようで泣いていたが、泣き疲れて眠ってしまった。
「マリアはフランツとは全然違いますね。フランツはご機嫌のいい赤ちゃんだったのですね」
「マリアはフランツよりも小さく生まれていますし、もう少しお腹の中にいたかったのかもしれません」
「マリアはお腹の外に出たのに気付いてショックを受けているのかもしれないわ」
「そうかもしれませんね。赤ちゃんにとってはお腹は安心できる場所だったでしょうからね」
クリスタちゃんと母が話しているのを聞きながら、わたくしは母に抱かれているまーちゃんを見詰めていた。小さくてまだ顔には赤みが残っていて、泣いてばかりいるまーちゃん。
まーちゃんが好きなものがないか、わたくしは真剣に考えていた。
「絵本はまだ早いですよね……お歌はどうでしょう?」
「マリアに歌を歌ってあげますか?」
「お姉様、いいかもしれないわ。一緒に歌いましょう」
クリスタちゃんと簡単な童謡を歌うと、まーちゃんは耳を澄まして聞いているようだった。その間は泣いていないのでわたくしはホッとする。まーちゃんはこんなに小さいのだ。泣き続けていたらエネルギーを使い過ぎて痩せて死んでしまうのではないかと怖くなるのだ。
歌を歌っている間まーちゃんは大人しかった。
歌が途切れるとまた泣きそうになるので、わたくしとクリスタちゃんは覚えている限りの歌を歌い尽くした。
歌を聞いてまーちゃんはまた眠ってしまった。
「ねぇね、ちて!」
「ふーちゃんもお歌が気に入ったのですか?」
「ねぇね!」
歌っているうちにふーちゃんも楽しくなってきていたようだ。父の膝に抱かれてふーちゃんは「もう一回」と言うように指を一本立てていた。
ふーちゃんのリクエストもあって、わたくしとクリスタちゃんは列車に乗っている間中歌い続けた。
辺境伯領のカサンドラ様のお屋敷に着くころにはわたくしもクリスタちゃんも喉がからからになっていた。
カサンドラ様のお屋敷で昼食をご馳走になるが、まずわたくしとクリスタちゃんはフルーツティーを一杯、一気に飲んでしまった。
お行儀が悪いと分かっているが喉が渇いて仕方がなかったのだ。
フルーツティーを飲んでから昼食を食べる。昼食はアクアパッツァとその汁で作ったパスタだった。
パスタには魚介類の出汁がしっかりと沁み込んでとても美味しい。
初めて食べるふーちゃんも、ヘルマンさんに食べさせてもらって大きなお口を開けて一人分をぺろりと食べてしまった。
辺境伯領のカサンドラ様のお屋敷でいいことは、エクムント様も同じ食卓に着くことだ。エクムント様は口数は多くないが、穏やかに微笑んで食事をされている。
「今年も辺境伯領においでいただいてとても嬉しいです。今年は市で買い物をされると聞いています」
「はい、エリザベートとクリスタがお小遣いを貯めていて、自分で買い物をしてみたいと言っているのです」
「お金の使い方を学ぶのもよいことですね」
「何を買うのかわたくしたちも楽しみですわ」
両親とカサンドラ様が談笑しているのを聞きながら、わたくしはフルーツティーのお代わりをもらって飲んでいた。
お腹がいっぱいになったふーちゃんは眠くなってしまって、先に退室して客間に連れて行かれていた。まーちゃんはレギーナと一緒に客間でミルクを飲ませてもらっているはずだ。
「エリザベート嬢は何を買うか決めているのかな?」
「わたくし、ペットが欲しいのです。できれば長生きするペットが」
「お姉様は優しいから、すぐに死んでしまうと悲しいって言っていました」
「クリスタ嬢は何を買うのかな?」
「わたくし、模様のついた紙が欲しいのです。折り紙にぴったりではないですか?」
「そういう紙を売っている露店もあるだろうね。よいものが買えるといいね」
カサンドラ様に言ってもらえて、わたくしはますます市に行くのが楽しみになっていた。
「エクムント様は市で買い物をしたことがありますか?」
「母が里帰りしたときに私も辺境伯領に連れてきてもらって、市に行ったことがあります。その頃は自分のお金を持っていなかったので、買い物は母に頼んでしていました」
「何を買われましたか?」
「ペンを入れる革のケースを買ったのを覚えています。ペンを持ち歩くためにケースが欲しかったのです」
エクムント様も市に行ったことがあって、そこで買い物をしていた。
「そのケースは今でも使っていますよ。革が馴染んでいい色になっています」
「今回の旅行にも持って来られましたか?」
「今回の旅行には持って来ていません」
「それなら、帰ったら見せていただけますか?」
大胆だったかもしれないけれど、お願いするとエクムント様は「いいですよ」と答えてくれた。
エクムント様と昼食の席で会話ができてわたくしはとても満足していた。
ちゅるんとパスタを口に吸い込んだクリスタちゃんがわたくしを見ている。
「お姉様、幸せそう」
「辺境伯領に来たのが嬉しいのですよ」
「わたくしも嬉しいわ。お姉様、一緒にお買い物しましょうね」
食べ終えてナプキンで口を拭きながらクリスタちゃんが言うのに、わたくしは笑顔で頷いた。
客間に行くとふーちゃんが子ども用のベッドで眠っていた。
ふーちゃんを起こさないようにわたくしとクリスタちゃんは静かに遊ぶことにする。辺境伯領は初秋とはいえまだ暑いので、外に出る気はあまりしなかった。
庭を散歩するのならば、早朝が涼しくていいだろう。
「明日は市へ行こうね」
「エクムント殿のお誕生日お祝いも買いたいのではなくて?」
母に心を読まれていたようで、エクムント様のお誕生日の前に市に行けるように両親は日程を組んでいてくれたようだ。
ペットを買うだけでお金が尽きてしまわないように、わたくしは自分の持っているお金を計算してみなければいけなかったが、この金額で何が買えるのか、物価がよく分かっていないわたくしには難しかった。
エクムント様のお誕生日は辺境伯領で祝われて、そこに婚約者であるわたくしとその家族であるクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親も招かれている。
まーちゃんはまだ月齢が低いので連れて行くか両親は悩んだようだが、一人だけでディッペル公爵家に置いておくのは危険だと判断して連れて行くことになった。
初めて列車に乗ったときには、わたくしとクリスタちゃんと両親とエクムント様だけだった。
それが今はわたくしとクリスタちゃんと両親とふーちゃんとまーちゃんとデボラとマルレーンとヘルマンさんとレギーナとエクムント様に増えている。六人掛けの個室席は二つ用意されていたが、一つはディッペル家のメンバーで、もう一つは乳母やメイドたちで埋まってしまった。
エクムント様は護衛と一緒に廊下に立っている。
乳母やメイドたちと同席するわけにも行かないし、ディッペル家の席に入るわけにも行かないのだろう。
「エクムント様が座れないでしょうか」
「本来ならばエクムント殿一人だけに個室席をとってもよかったのだが、断られてしまったのだよ」
父が言うには、エクムント様はあくまでも護衛の騎士という立場を崩したくない様子だった。
本来ならばエクムント様は辺境伯家の跡継ぎなのだから、個室席に一人で座ってもおかしくはない。それなのに謙虚なエクムント様にわたくしは胸がどきどきとする。
士官学校を卒業しているエクムント様は、騎士としての誇りがあるのだろう。
列車の中でふーちゃんはご機嫌で外を見ていたが、まーちゃんは不安なのか弱弱しい声で泣いていた。記憶の中にあるふーちゃんはあまり泣く赤ちゃんではなかった。乗り物は大好きだし、移動中も泣く方ではない。
まーちゃんはふーちゃんと違って、移動中に不安を感じているようで泣いていたが、泣き疲れて眠ってしまった。
「マリアはフランツとは全然違いますね。フランツはご機嫌のいい赤ちゃんだったのですね」
「マリアはフランツよりも小さく生まれていますし、もう少しお腹の中にいたかったのかもしれません」
「マリアはお腹の外に出たのに気付いてショックを受けているのかもしれないわ」
「そうかもしれませんね。赤ちゃんにとってはお腹は安心できる場所だったでしょうからね」
クリスタちゃんと母が話しているのを聞きながら、わたくしは母に抱かれているまーちゃんを見詰めていた。小さくてまだ顔には赤みが残っていて、泣いてばかりいるまーちゃん。
まーちゃんが好きなものがないか、わたくしは真剣に考えていた。
「絵本はまだ早いですよね……お歌はどうでしょう?」
「マリアに歌を歌ってあげますか?」
「お姉様、いいかもしれないわ。一緒に歌いましょう」
クリスタちゃんと簡単な童謡を歌うと、まーちゃんは耳を澄まして聞いているようだった。その間は泣いていないのでわたくしはホッとする。まーちゃんはこんなに小さいのだ。泣き続けていたらエネルギーを使い過ぎて痩せて死んでしまうのではないかと怖くなるのだ。
歌を歌っている間まーちゃんは大人しかった。
歌が途切れるとまた泣きそうになるので、わたくしとクリスタちゃんは覚えている限りの歌を歌い尽くした。
歌を聞いてまーちゃんはまた眠ってしまった。
「ねぇね、ちて!」
「ふーちゃんもお歌が気に入ったのですか?」
「ねぇね!」
歌っているうちにふーちゃんも楽しくなってきていたようだ。父の膝に抱かれてふーちゃんは「もう一回」と言うように指を一本立てていた。
ふーちゃんのリクエストもあって、わたくしとクリスタちゃんは列車に乗っている間中歌い続けた。
辺境伯領のカサンドラ様のお屋敷に着くころにはわたくしもクリスタちゃんも喉がからからになっていた。
カサンドラ様のお屋敷で昼食をご馳走になるが、まずわたくしとクリスタちゃんはフルーツティーを一杯、一気に飲んでしまった。
お行儀が悪いと分かっているが喉が渇いて仕方がなかったのだ。
フルーツティーを飲んでから昼食を食べる。昼食はアクアパッツァとその汁で作ったパスタだった。
パスタには魚介類の出汁がしっかりと沁み込んでとても美味しい。
初めて食べるふーちゃんも、ヘルマンさんに食べさせてもらって大きなお口を開けて一人分をぺろりと食べてしまった。
辺境伯領のカサンドラ様のお屋敷でいいことは、エクムント様も同じ食卓に着くことだ。エクムント様は口数は多くないが、穏やかに微笑んで食事をされている。
「今年も辺境伯領においでいただいてとても嬉しいです。今年は市で買い物をされると聞いています」
「はい、エリザベートとクリスタがお小遣いを貯めていて、自分で買い物をしてみたいと言っているのです」
「お金の使い方を学ぶのもよいことですね」
「何を買うのかわたくしたちも楽しみですわ」
両親とカサンドラ様が談笑しているのを聞きながら、わたくしはフルーツティーのお代わりをもらって飲んでいた。
お腹がいっぱいになったふーちゃんは眠くなってしまって、先に退室して客間に連れて行かれていた。まーちゃんはレギーナと一緒に客間でミルクを飲ませてもらっているはずだ。
「エリザベート嬢は何を買うか決めているのかな?」
「わたくし、ペットが欲しいのです。できれば長生きするペットが」
「お姉様は優しいから、すぐに死んでしまうと悲しいって言っていました」
「クリスタ嬢は何を買うのかな?」
「わたくし、模様のついた紙が欲しいのです。折り紙にぴったりではないですか?」
「そういう紙を売っている露店もあるだろうね。よいものが買えるといいね」
カサンドラ様に言ってもらえて、わたくしはますます市に行くのが楽しみになっていた。
「エクムント様は市で買い物をしたことがありますか?」
「母が里帰りしたときに私も辺境伯領に連れてきてもらって、市に行ったことがあります。その頃は自分のお金を持っていなかったので、買い物は母に頼んでしていました」
「何を買われましたか?」
「ペンを入れる革のケースを買ったのを覚えています。ペンを持ち歩くためにケースが欲しかったのです」
エクムント様も市に行ったことがあって、そこで買い物をしていた。
「そのケースは今でも使っていますよ。革が馴染んでいい色になっています」
「今回の旅行にも持って来られましたか?」
「今回の旅行には持って来ていません」
「それなら、帰ったら見せていただけますか?」
大胆だったかもしれないけれど、お願いするとエクムント様は「いいですよ」と答えてくれた。
エクムント様と昼食の席で会話ができてわたくしはとても満足していた。
ちゅるんとパスタを口に吸い込んだクリスタちゃんがわたくしを見ている。
「お姉様、幸せそう」
「辺境伯領に来たのが嬉しいのですよ」
「わたくしも嬉しいわ。お姉様、一緒にお買い物しましょうね」
食べ終えてナプキンで口を拭きながらクリスタちゃんが言うのに、わたくしは笑顔で頷いた。
客間に行くとふーちゃんが子ども用のベッドで眠っていた。
ふーちゃんを起こさないようにわたくしとクリスタちゃんは静かに遊ぶことにする。辺境伯領は初秋とはいえまだ暑いので、外に出る気はあまりしなかった。
庭を散歩するのならば、早朝が涼しくていいだろう。
「明日は市へ行こうね」
「エクムント殿のお誕生日お祝いも買いたいのではなくて?」
母に心を読まれていたようで、エクムント様のお誕生日の前に市に行けるように両親は日程を組んでいてくれたようだ。
ペットを買うだけでお金が尽きてしまわないように、わたくしは自分の持っているお金を計算してみなければいけなかったが、この金額で何が買えるのか、物価がよく分かっていないわたくしには難しかった。
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