エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

4.列車に乗るまーちゃん

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 列車に乗ると泣いていたイメージしかなかったまーちゃんが、母に抱っこされて、父に抱っこされているふーちゃんとお話ししている。

「にぃ。ぽっ?」
「こえ、ちゅっぽ。わたち、だいすち!」
「ぽっ! ぽっ!」

 列車の絵本を見せられて、列車のおもちゃも見せられて、予習していたおかげでまーちゃんは興味津々で個室席を見回して、泣かずに済んでいるようだ。
 これはふーちゃんの功績と言わなければいけないだろう。
 ふーちゃんは可愛い妹のまーちゃんが列車の中で泣かないように先に説明していた。

 辺境伯領に行ったときの列車では、まーちゃんは何も分からずに、歌を歌っていないと泣いてしまっていたが、今はそんなことはない。母の膝の上から窓に手を突いて窓の外を眺めたり、ふーちゃんとお話をしたりして楽しく過ごせていた。

「フランツはいいお兄様ですね」
「わたち、にぃに」
「フランツ、お兄様、と言うのですよ」
「おにいたま」
「お母様のことはママではなくお母様と、お父様のことはパパではなくお父様と呼びます」
「おかあたま、おとうたま」
「わたくしとお姉様のことは、お姉様と呼ぶのですよ」
「おねえたま」

 熱心に教えているクリスタちゃんに、ふーちゃんは復唱して一生懸命覚えている。
 父が少し残念そうな顔をしている。

「パパと呼ばれるのも可愛くて好きだったんだけどな」
「あなた、そんなことを言ってはいられませんよ。フランツはディッペル家の後継者になるのです。紳士になるための教育を施さなければいけません」
「マリアもフランツの年になったら、私をお父様と呼ぶのか……少し寂しいな」

 父は「パパ」と呼ばれることに未練があるようだが、母はふーちゃんの教育のために早く言い方を改めるように考えているようだ。

 そういえば、わたくしもクリスタちゃんも父のことは「パパ」と呼んでいないし、母のことは「ママ」と呼んでいない。ふーちゃんは誰に聞いてそれを覚えたのだろう。
 さすがにヘルマンさんは貴族なのでそんな教育はしないだろう。

「フランツはどうしてお父様を『パパ』、お母様を『ママ』と呼んでいたのでしょうか? 周囲にそんな風に呼ぶものはいなかったのに」

 わたくしが呟くと、母が苦笑している。

「お父様がそう呼ばれたくて教えていたのですよ」
「お父様が!?」
「小さな頃から正しい呼び方を覚えさせなければいけないとわたくしは言ったのですが、小さいうちくらいはいいだろうと仰って」
「テレーゼ、エリザベートにばらさないでくれ。恥ずかしい」

 顔を手で覆って恥ずかしがっている父は、それだけふーちゃんが可愛かったのだろう。父はふーちゃんとまーちゃんが両親のお誕生日に参加するように手配しているし、率先してふーちゃんやまーちゃんを抱っこするので、本当にふーちゃんとまーちゃんを可愛がっているのがよく分かる。
 もちろん、父がわたくしやクリスタちゃんのことも可愛がっていることはわたくしにはしっかりと伝わっていた。

 王都に着くと広い客間に案内される。
 わたくしとクリスタちゃんにはもう大人用のベッドが用意されていて、両親のベッドと合わせると、ベッドが四つある上に、ふーちゃんの子ども用のベッドとまーちゃんのベビーベッドも用意されている。
 その上、お茶や食事をするソファセットのある部屋もあるのだから、客間は一番広いものが用意されたのかもしれない。

 ディッペル家は、この国の唯一の公爵家なので、王家に次ぐ存在で、客間が豪華になるのも当然だった。
 客間の隣りの部屋にはヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラが休む部屋もある。

 これから行われる晩餐会にはわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんは参加しないが、両親は参加するので着替えて準備をしていた。

「ヘルマンさん、子どもたちを頼んだよ」
「エリザベート、クリスタ、フランツ、マリア、夕食を食べて先に休んでいていいですからね」
「明日のために早く寝ておくんだよ」

 コルセットはつけなくなったが相変わらず体が細いので細身のドレスを身に着けて、ネックレスもイヤリングもつけた母と、スーツ姿の父がわたくしたちに声をかける。
 ふーちゃんとまーちゃんはヘルマンさんとレギーナの腕を抜けて、両親に取り縋ろうとしていた。

「おとうたま、おかあたま!」
「まっ! ぱっ!」
「行ってきますね、フランツ、マリア」
「いい子にしているのだよ」

 抱き上げてふーちゃんのおでこに父が、まーちゃんのおでこに母がキスをしてヘルマンさんとレギーナに返す。ヘルマンさんとレギーナに抱っこされてふーちゃんとまーちゃんは泣きそうな顔になっていた。

「フランツ、列車で遊びましょうか?」
「マリア、お歌を歌いましょうか?」
「ちゅっぽ! ぽっぽ! ぽっぽ!」
「うー! うー!」

 列車のおもちゃを持ってふーちゃんを誘うと泣き顔が笑顔に変わる。まーちゃんもクリスタちゃんに抱っこされてお歌を歌ってもらって笑顔になっていた。
 その晩は部屋でクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと食事をして、お風呂に順番に入って、早く寝た。

 翌朝には両親は戻って来ていて、一緒に朝食を食べることができた。
 子ども用の椅子がなくてソファなので、ふーちゃんはヘルマンさんのお膝の上で、まーちゃんはレギーナのお膝の上で朝食をとっている。一生懸命噛んでもりもりと食べている様子を見ると、ふーちゃんもまーちゃんも逞しくて安心する。

 昼食までに時間があったので、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんは、ヘルマンさんとレギーナと両親と一緒に庭を歩いた。噴水の前に行くと、飛び込もうとするふーちゃんとまーちゃんをヘルマンさんとレギーナが寸でのところで止めていた。
 ふーちゃんは噴水に手を付けて水で遊んでいるが、まーちゃんは噴水に顔を付けて水を飲もうとしているので、レギーナがまーちゃんを噴水から引き離す。

「みー! みー!」
「お水ですが、あれは飲むお水ではありません」
「びえええええええ!」

 癇癪を起して泣き出してしまったまーちゃんにふーちゃんが歩み寄った。

「まー、めっ!」
「めっ?」
「おみじゅ、のめにゃい」
「めっ……」

 ふーちゃんに諭されてまーちゃんは少し考えていたようだが、泣き止んで大人しくなった。レギーナが下に降ろすと、もう噴水の水を飲もうとはしなかった。

「フランツ様に言っていただくとマリア様はよく聞くのですね」
「フランツは頼りになりますね」

 感謝するレギーナと、褒める母に、ふーちゃんは誇らし気な顔になっていた。

 お茶会の時間が近付いて、わたくしとクリスタちゃんが着替えて準備を始めると、ふーちゃんとまーちゃんが足にしがみ付いてくる。

「おねえたま、やーの!」
「ねぇ! ねぇ!」
「フランツ、わたくしは行かねばなりません」
「マリア、いい子で留守番をしていてください」
「やあああああ! うぇええええ!」
「びえええええ!」

 ひっくり返って泣き出したふーちゃんをヘルマンさんが、まーちゃんをレギーナが抱っこしてあやすがとても泣き止みそうにない。

「エリザベートお嬢様、クリスタお嬢様、行ってらっしゃいませ」

 ヘルマンさんに促されて、ふーちゃんとまーちゃんは心配だったが、わたくしとクリスタちゃんは両親と一緒にお茶会の開かれている大広間に向かった。
 大広間に入ると、入口でハインリヒ殿下とノルベルト殿下が来ているお客様に挨拶をしている。
 ノルベルト殿下にはノエル殿下が寄り添っていた。

「ようこそいらっしゃいました、ディッペル公爵夫妻、エリザベート嬢、クリスタ嬢」
「僕たちのお誕生日に来て下さってありがとうございます」
「エリザベート嬢、クリスタ嬢、お会いできて嬉しいです」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下に挨拶をいただいて、わたくしとクリスタちゃんはお辞儀をする。

「お招きいただきありがとうございます。ノエル殿下、わたくしもお会いできて嬉しいです」
「お誕生日おめでとうございます、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下。ノエル殿下にお会いするのを楽しみにしてきました」

 まだまだハインリヒ殿下とノルベルト殿下は来ているお客様に挨拶をしなければいけないので、お茶をするのはもう少し後になりそうだ。
 クリスタちゃんがきょろきょろと周囲を見回しているので、わたくしは声をかける。

「クリスタ、どうしたのですか?」
「やはり、ユリアーナ殿下は参加されていないのですね」
「ユリアーナ殿下はまだお小さいですし、赤ちゃんが大人の中に混ざると病気をもらいやすいとパウリーネ先生も言っていました」
「ユリアーナ殿下にお会いしたかったです」

 クリスタちゃんは王妃殿下がユリアーナ殿下と一緒に参加するかもしれないと思っていたようだ。ユリアーナ殿下はまだお小さいのでお茶会には参加できないだろう。
 王族はお披露目が比較的早い方だが、それでも三歳くらいになるまではユリアーナ殿下は公式の場には出られないだろう。

「フランツやマリアがお茶会に出られないのと同じです。ゆっくりと待ちましょう」
「残念ですが、そうするしかないのですね」

 気落ちしているクリスタちゃんの肩をわたくしは叩いて元気付けた。
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