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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
6.『め!』に込められた感情
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お茶を飲み終えて解散する前に、ノエル殿下がわたくしに小さな声で言ってきた。
「カサンドラ様って素敵ですね。あんな方が義理のお母様になるのなら、エリザベート嬢も安心ですわね」
「とてもお優しい方なのです。よくしていただいてあり難く思っています」
「この国の王妃殿下も素敵な方なのです。わたくし、お茶に誘っていただいたことがありますのよ」
「王妃殿下は王族の鑑のような方ですよね」
国王陛下が学生時代に平民の女性との間に作ったノルベルト殿下を、引き取って我が子のようにハインリヒ殿下と分け隔てなく育てているのも王妃殿下の美徳であるし、王妃殿下は公にはできないがノルベルト殿下のお母君をノルベルト殿下の乳母にするというようなこともしている。
王族として愛のない政略結婚で隣国から嫁いできた王妃殿下だが、国王陛下と和解をして二人目のユリアーナ殿下も出産された。
こんなことができるなんて王妃殿下は並々ならぬ淑女であるということは間違いなかった。
「わたくしも将来王妃殿下のようになりたいと思っています」
「ノエル殿下ならば素晴らしいレディになられると思います」
「ありがとうございます」
ノエル殿下と二人だけの話をしてその場を離れると、わたくしは両親のところに戻って行った。
クリスタちゃんはハインリヒ殿下と話をしていたようである。
嬉しそうな顔をしているので、何かいいお話でもしたのだろうか。
「わたくしがユリアーナ殿下にお会いしたいとハインリヒ殿下に話してみたら、ハインリヒ殿下は夏の間に国王陛下の別荘にわたくしを招待できないか王妃殿下と国王陛下にお話ししてくださるそうです」
「国王陛下の別荘ならば、ユリアーナ殿下にお会いできるかもしれませんね」
「お返事が来るのがとても楽しみです」
クリスタちゃんから話を聞いて、わたくしはわたくしでできることをしておくことにする。
両親にこのことを伝えておくのだ。
「お父様、お母様、クリスタがハインリヒ殿下から、夏の間に国王陛下の別荘にご招待いただくかもしれないのです」
「国王陛下と王妃殿下はそのことはもう知っているのかな?」
「まだこれからだと思います」
「それでしたら、ご招待されたら、準備をしましょうね」
クリスタちゃんが招待されたとしても、クリスタちゃんはまだ九歳で幼い。両親やわたくしがついて行くのは当然だった。
国王陛下の別荘ならば王都の外れでディッペル公爵領から馬車で行ける。それほど長旅にもならないし、ふーちゃんやまーちゃんを連れていけるかもしれなかった。
ふーちゃんやまーちゃんとはハインリヒ殿下もノルベルト殿下も両親のお誕生日で会っているが、そのときには遊べるほどの余裕も時間もなかった。ふーちゃんやまーちゃんの可愛さをハインリヒ殿下とノルベルト殿下に感じてもらうには、一緒に遊んでもらうのが一番な気がしていた。
「ディッペル公爵家に帰ったら、マリアの誕生日を祝わないといけないからね」
「ご招待が来たら日程を打ち合わせしなければいけませんね」
まーちゃんのお誕生日もあるのでわたくしたちはこれから忙しくなりそうだった。
お茶会を終えて客間に戻ると、ものすごい泣き声が聞こえていた。まーちゃんが火がついたように泣いている。
怪我でもしたのかと心配して足早に部屋に駆けこむと、まーちゃんはレギーナに抱っこされて、海老ぞりになって泣いていた。
「マリアになにかあったのですか?」
両手を広げてまーちゃんを抱き留める母に、ヘルマンさんとレギーナが申し訳なさそうに話す。
「フランツ様とマリア様が機嫌よく遊んでいたので、わたくしとレギーナは様子を見ながら休憩を取っていたのです」
「マリア様がフランツ様のお気に入りの列車のおもちゃを掴んで、齧り付いたようなのです。列車のおもちゃは木でできているので、傷も付かなかったのですが……」
「フランツ様がものすごく怒って、マリア様に『め!』と仰って、その後マリア様はずっと泣いて、泣き止まないのです」
「歌を歌っても、大好きなおもちゃを握らせても無理でした」
「申し訳ありません」
泣き続けているまーちゃんは引き付けでも起こしそうになっている。
わたくしはなんとかまーちゃんを泣き止ませなければいけないと思っていた。
ふーちゃんの方に行くと、列車のおもちゃを全部抱き締めて部屋の隅でじっとしている。ふーちゃんはふーちゃんで、大好きな列車のおもちゃを齧られたのがショックだったのだろう。
「フランツ、マリアが大事な列車を齧ってしまって嫌でしたね」
「まーたん、めっ! わたち、まーたん、あとばない!」
「フランツが怒るのも分かります。でも、このままではマリアは泣き過ぎて引き付けを起こしてしまいます。フランツ、マリアはまだ分からないことが多いので、マリアの代わりにわたくしが謝ります。マリアがフランツの大事な列車を齧ってしまってごめんなさい。マリアを許してあげてくれませんか?」
丁寧に説明すると、ふーちゃんはしばらく考えていたが、列車のおもちゃを大事にトランクに片付けてから、まーちゃんを抱っこしている母の元に歩いてやって来た。
「まーたん、いーよ」
「ふぇ……」
「まーたん、よちよち」
ふーちゃんに撫でられると、まーちゃんはやっとしゃくり上げながら泣き止んでいる。まーちゃんなりにふーちゃんにものすごく怒られたと理解はしているようだった。
「マリアももうフランツの大事な列車を齧りませんね?」
「……あい」
「フランツ、マリアを許してあげてくれてありがとうございました」
お礼を言えばふーちゃんは恥ずかしそうに部屋の隅に行ってしまった。怒りすぎたと自分でも自覚があったのだろう。
それにしても、ふーちゃんの『め!』一言でまーちゃんが号泣するなんて、幼児の世界は不思議すぎる。
「ずっと泣いていたので、マリア様もフランツ様もお茶をしていないのですよ」
「王宮のシェフがマリア様のためにケーキを用意してくれたのです」
そう言えば今日はまーちゃんのお誕生日である。
去年、お誕生日の式典の途中で父が帰って来たので王宮のシェフもそれを覚えていてくれたのだろう。
小さな一人用の丸い桃のタルトがまーちゃんの分とふーちゃんの分、ソファのローテーブルに用意されている。
「とても美味しそうだわ。マリア、フランツ、いただいたら?」
「お腹が空いているでしょう?」
わたくしとクリスタちゃんが促すと、まーちゃんはクリスタちゃんの手を引いて、ふーちゃんはわたくしの手を引いてソファに連れて行った。
わたくしがソファに座ると、ふーちゃんはわたくしのお膝に座る。クリスタちゃんがソファに座ると、まーちゃんはクリスタちゃんのお膝に座る。
わたくしのお膝に座ってふーちゃんはケーキを食べてミルクティーを飲み、クリスタちゃんのお膝に座ってまーちゃんはケーキを食べてミルクティーを飲んでいた。
食べ終わると泣き疲れたのかまーちゃんは眠ってしまう。
食べた分と泣いていた間に汚れた分の着替えをして、レギーナがまーちゃんをベビーベッドに寝かせた。
ふーちゃんも欠伸をしている。
「ふーちゃんもお昼寝をしなかったのですか?」
「マリア様がずっと泣いておりましたから」
「そんなに長く泣いていたのですか!?」
ふーちゃんのお昼寝の時間は昼食の後からお茶の時間までだから、大広間でのお茶会が終わってからも眠っていなかったとなると、まーちゃんがどれだけ長時間泣き続けたかがよく分かる。
「フランツ様はエリザベートお嬢様とクリスタお嬢様がいないと元々寝たがらないですし」
「マリア様もです。眠らないで遊んでいて、事件が起きてしまったのです」
まーちゃんがふーちゃんのおもちゃの列車を齧ったのは、眠らないで起きて遊んでいた最中のことだったようだ。
「無理に寝かせようとしても寝ないので、諦めて遊んでいていただいたのが悪かったのかもしれません」
「本当に申し訳ありませんでした」
謝るヘルマンさんとレギーナに両親は笑ってそれを許していた。
「子どもとはそういうものです」
「気にしていないよ。ヘルマンさんとレギーナも大変だったね」
それにしても、『め!』の一言に込められた感情の大きさと、それを理解できたまーちゃんに、わたくしは驚きを隠せなかった。
「カサンドラ様って素敵ですね。あんな方が義理のお母様になるのなら、エリザベート嬢も安心ですわね」
「とてもお優しい方なのです。よくしていただいてあり難く思っています」
「この国の王妃殿下も素敵な方なのです。わたくし、お茶に誘っていただいたことがありますのよ」
「王妃殿下は王族の鑑のような方ですよね」
国王陛下が学生時代に平民の女性との間に作ったノルベルト殿下を、引き取って我が子のようにハインリヒ殿下と分け隔てなく育てているのも王妃殿下の美徳であるし、王妃殿下は公にはできないがノルベルト殿下のお母君をノルベルト殿下の乳母にするというようなこともしている。
王族として愛のない政略結婚で隣国から嫁いできた王妃殿下だが、国王陛下と和解をして二人目のユリアーナ殿下も出産された。
こんなことができるなんて王妃殿下は並々ならぬ淑女であるということは間違いなかった。
「わたくしも将来王妃殿下のようになりたいと思っています」
「ノエル殿下ならば素晴らしいレディになられると思います」
「ありがとうございます」
ノエル殿下と二人だけの話をしてその場を離れると、わたくしは両親のところに戻って行った。
クリスタちゃんはハインリヒ殿下と話をしていたようである。
嬉しそうな顔をしているので、何かいいお話でもしたのだろうか。
「わたくしがユリアーナ殿下にお会いしたいとハインリヒ殿下に話してみたら、ハインリヒ殿下は夏の間に国王陛下の別荘にわたくしを招待できないか王妃殿下と国王陛下にお話ししてくださるそうです」
「国王陛下の別荘ならば、ユリアーナ殿下にお会いできるかもしれませんね」
「お返事が来るのがとても楽しみです」
クリスタちゃんから話を聞いて、わたくしはわたくしでできることをしておくことにする。
両親にこのことを伝えておくのだ。
「お父様、お母様、クリスタがハインリヒ殿下から、夏の間に国王陛下の別荘にご招待いただくかもしれないのです」
「国王陛下と王妃殿下はそのことはもう知っているのかな?」
「まだこれからだと思います」
「それでしたら、ご招待されたら、準備をしましょうね」
クリスタちゃんが招待されたとしても、クリスタちゃんはまだ九歳で幼い。両親やわたくしがついて行くのは当然だった。
国王陛下の別荘ならば王都の外れでディッペル公爵領から馬車で行ける。それほど長旅にもならないし、ふーちゃんやまーちゃんを連れていけるかもしれなかった。
ふーちゃんやまーちゃんとはハインリヒ殿下もノルベルト殿下も両親のお誕生日で会っているが、そのときには遊べるほどの余裕も時間もなかった。ふーちゃんやまーちゃんの可愛さをハインリヒ殿下とノルベルト殿下に感じてもらうには、一緒に遊んでもらうのが一番な気がしていた。
「ディッペル公爵家に帰ったら、マリアの誕生日を祝わないといけないからね」
「ご招待が来たら日程を打ち合わせしなければいけませんね」
まーちゃんのお誕生日もあるのでわたくしたちはこれから忙しくなりそうだった。
お茶会を終えて客間に戻ると、ものすごい泣き声が聞こえていた。まーちゃんが火がついたように泣いている。
怪我でもしたのかと心配して足早に部屋に駆けこむと、まーちゃんはレギーナに抱っこされて、海老ぞりになって泣いていた。
「マリアになにかあったのですか?」
両手を広げてまーちゃんを抱き留める母に、ヘルマンさんとレギーナが申し訳なさそうに話す。
「フランツ様とマリア様が機嫌よく遊んでいたので、わたくしとレギーナは様子を見ながら休憩を取っていたのです」
「マリア様がフランツ様のお気に入りの列車のおもちゃを掴んで、齧り付いたようなのです。列車のおもちゃは木でできているので、傷も付かなかったのですが……」
「フランツ様がものすごく怒って、マリア様に『め!』と仰って、その後マリア様はずっと泣いて、泣き止まないのです」
「歌を歌っても、大好きなおもちゃを握らせても無理でした」
「申し訳ありません」
泣き続けているまーちゃんは引き付けでも起こしそうになっている。
わたくしはなんとかまーちゃんを泣き止ませなければいけないと思っていた。
ふーちゃんの方に行くと、列車のおもちゃを全部抱き締めて部屋の隅でじっとしている。ふーちゃんはふーちゃんで、大好きな列車のおもちゃを齧られたのがショックだったのだろう。
「フランツ、マリアが大事な列車を齧ってしまって嫌でしたね」
「まーたん、めっ! わたち、まーたん、あとばない!」
「フランツが怒るのも分かります。でも、このままではマリアは泣き過ぎて引き付けを起こしてしまいます。フランツ、マリアはまだ分からないことが多いので、マリアの代わりにわたくしが謝ります。マリアがフランツの大事な列車を齧ってしまってごめんなさい。マリアを許してあげてくれませんか?」
丁寧に説明すると、ふーちゃんはしばらく考えていたが、列車のおもちゃを大事にトランクに片付けてから、まーちゃんを抱っこしている母の元に歩いてやって来た。
「まーたん、いーよ」
「ふぇ……」
「まーたん、よちよち」
ふーちゃんに撫でられると、まーちゃんはやっとしゃくり上げながら泣き止んでいる。まーちゃんなりにふーちゃんにものすごく怒られたと理解はしているようだった。
「マリアももうフランツの大事な列車を齧りませんね?」
「……あい」
「フランツ、マリアを許してあげてくれてありがとうございました」
お礼を言えばふーちゃんは恥ずかしそうに部屋の隅に行ってしまった。怒りすぎたと自分でも自覚があったのだろう。
それにしても、ふーちゃんの『め!』一言でまーちゃんが号泣するなんて、幼児の世界は不思議すぎる。
「ずっと泣いていたので、マリア様もフランツ様もお茶をしていないのですよ」
「王宮のシェフがマリア様のためにケーキを用意してくれたのです」
そう言えば今日はまーちゃんのお誕生日である。
去年、お誕生日の式典の途中で父が帰って来たので王宮のシェフもそれを覚えていてくれたのだろう。
小さな一人用の丸い桃のタルトがまーちゃんの分とふーちゃんの分、ソファのローテーブルに用意されている。
「とても美味しそうだわ。マリア、フランツ、いただいたら?」
「お腹が空いているでしょう?」
わたくしとクリスタちゃんが促すと、まーちゃんはクリスタちゃんの手を引いて、ふーちゃんはわたくしの手を引いてソファに連れて行った。
わたくしがソファに座ると、ふーちゃんはわたくしのお膝に座る。クリスタちゃんがソファに座ると、まーちゃんはクリスタちゃんのお膝に座る。
わたくしのお膝に座ってふーちゃんはケーキを食べてミルクティーを飲み、クリスタちゃんのお膝に座ってまーちゃんはケーキを食べてミルクティーを飲んでいた。
食べ終わると泣き疲れたのかまーちゃんは眠ってしまう。
食べた分と泣いていた間に汚れた分の着替えをして、レギーナがまーちゃんをベビーベッドに寝かせた。
ふーちゃんも欠伸をしている。
「ふーちゃんもお昼寝をしなかったのですか?」
「マリア様がずっと泣いておりましたから」
「そんなに長く泣いていたのですか!?」
ふーちゃんのお昼寝の時間は昼食の後からお茶の時間までだから、大広間でのお茶会が終わってからも眠っていなかったとなると、まーちゃんがどれだけ長時間泣き続けたかがよく分かる。
「フランツ様はエリザベートお嬢様とクリスタお嬢様がいないと元々寝たがらないですし」
「マリア様もです。眠らないで遊んでいて、事件が起きてしまったのです」
まーちゃんがふーちゃんのおもちゃの列車を齧ったのは、眠らないで起きて遊んでいた最中のことだったようだ。
「無理に寝かせようとしても寝ないので、諦めて遊んでいていただいたのが悪かったのかもしれません」
「本当に申し訳ありませんでした」
謝るヘルマンさんとレギーナに両親は笑ってそれを許していた。
「子どもとはそういうものです」
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