エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流

16.深い黄色のバングル

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「エリザベート、エクムント殿の誕生日には、カサンドラ様から辺境伯を譲られるとのことです。エリザベートはエクムント殿の婚約者ですから、新しいドレスを注文しましょう」
「エリザベートが会場で一番美しく見えるようにしないといけないね」

 カサンドラ様はエクムント様が辺境伯に移られるのと同時に辺境伯の座も譲られるおつもりなのだ。それならば婚約者であるわたくしも同席することになるかもしれない。
 準備に追われる時間は、エクムント様と過ごせる残り少ない時間だったのでもったいない気もしたが、エクムント様の婚約者としてエクムント様に恥をかかせるわけにはいかない。

 靴も少し踵の高いものを選んで、ドレスはモダンスタイルのスカートが長すぎない最先端の流行のものにして、ネックレスもエクムント様からいただいたものを用意して、わたくしは旅の準備を始めた。
 クリスタちゃんもわたくしと一緒にドレスを誂えてもらっていた。

 わたくしのドレスは薄紫で、クリスタちゃんのドレスはローズピーチという少し黄みがかったピンク色だった。

 出来上がったドレスを畳んで、ストッキングと下着と一緒に荷物に入れて、パジャマも入れて、エクムント様に差し上げるバングルとわたくしのネックレスの箱も入れて、普段着のサマードレスも入れると、トランクはいっぱいになってしまった。
 小さな頃はクリスタちゃんと二人で一つのトランクに荷物を詰めていたのに、今では一人一人がトランクに荷物を詰めている。
 わたくしも成長したものだとしみじみとしてしまった。

「お姉様、きっと誰もがお姉様の美しさに振り向きますわ。お姉様自信を持って」
「エクムント様の婚約者として堂々としていないといけませんね」
「お姉様素敵です」

 クリスタちゃんが褒めてくれるのでわたくしは気持ちを大きく持つことができていた。

 小さな頃からわたくしは恵まれていて、両親はわたくしのことを可愛がってくれて、よく褒めてくれた覚えしかない。母の教えは厳しいときはあったけれど、それもわたくしのためだった。
 おかげでわたくしは十歳にして社交界に出ても恥ずかしくない淑女に育っているという自信がある。

 クリスタちゃんも四歳までは元ノメンゼン子爵の妾に虐待されていて、人間としての尊厳をボロボロにされていたけれど、ディッペル家にやって来てから愛情深い両親と、クリスタちゃんが可愛くてならないわたくしに囲まれて、やがてクリスタちゃん大好きなふーちゃんやまーちゃんも生まれて来たので、クリスタちゃんが自信と尊厳を取り戻したのは間違いない。
 自分に自信がなければ他人のことになど構っていられないものなのだ。クリスタちゃんはわたくしのことを思いやってくれる優しい子に育った。

 辺境伯領に行く日、馬車に乗る前に、馬に乗ろうとしているエクムント様を引き留めてわたくしはバングルの入った箱を取り出した。

「エクムント様、少し早いのですが、これはお誕生日プレゼントです。身に着けて下さったら嬉しいです」
「これを私にくださるのですか?」
「もらってください」

 箱を渡すとエクムント様が箱を開けてバングルを見ている。

「大事に付けさせていただきますね」
「辺境伯領で暮らすことになっても、わたくしのこと、忘れないでくださいね」
「忘れるわけがないではないですか。エリザベート嬢は私の婚約者で、生まれたときから知っている大事な存在です」

 涙目になってしまったけれど、まだまだ本番はこれからだ。泣いている場合ではない。
 辺境伯領に行く列車の中でふーちゃんとまーちゃんはご機嫌だった。

「ちゅっぽちゅっぽ! おねえたま、わたち、これといっと!」
「この列車に乗っていますね」
「ぽっぽ! ぽっぽ! ねぇね、にぃに、いっと!」
「はい、一緒にいますよ」

 ふーちゃんの言葉にわたくしが答えて、まーちゃんの言葉にクリスタちゃんが答える。
 窓が開けられないので列車の中は暑くて快適とは言えなかったが、それでもふーちゃんもまーちゃんもぐずったりせずに、大人しく乗っていた。

 辺境伯家に着くと庭の木々を通る風が涼しい。庭には水を撒いてあるのでそのせいでもあるのだろう。
 客間は窓があけ放されていて、涼しい風が入ってきていた。
 列車で汗をかいていたわたくしたちは、順番にシャワーを浴びて服を着替えてカサンドラ様に会いに行った。

「カサンドラ様、この度は辺境伯を譲るというお話、お聞きしました」
「エクムントも成人して四年も経つのだから、辺境伯領を譲ってもいいと思っているのです。私はエクムントが一人前になるまで、補佐として務めますがね」
「エクムント殿が辺境伯になるということ、お喜び申し上げます」

 両親がカサンドラ様に挨拶をしている。
 わたくしも頭を下げていると、一緒に来ていたふーちゃんとまーちゃんがわたくしのスカートを引っ張っている。

「おなか、ちいたー」
「まんま! まんま!」

 そういえばまだ昼食を取っていない。遅くなってしまったのでふーちゃんとまーちゃんはお腹がぺこぺこのようだ。

「食事の用意をさせよう。食堂へどうぞ」
「ありがとうございます、カサンドラ様」

 ふーちゃんとまーちゃんの声を聞いて食事の用意をさせてくれるというカサンドラ様にお礼を言って、わたくしはふーちゃんとまーちゃんの手を引き、クリスタちゃんと両親と一緒に食堂へ行った。
 食堂には料理が用意されている。
 トマトとバジルの冷製パスタに、冷たいスープとサラダの昼食は、暑くてもたっぷりと食べられた。
 ふーちゃんはフォークを上手に使ってパスタを口に運んでいて、まーちゃんは手掴みで顔ごとパスタに突っ込んでいる。
 マナーなどと言われても一歳のまーちゃんにはどうしようもないので、レギーナが食べ終わった後にまーちゃんにシャワーを浴びさせるくらいしか解決策はないだろう。

 昼食の席に出て来たエクムント様の左手の手首にバングルがはめられている。深い黄色のバングルはエクムント様の目の色によく似合っていた。

「エクムント、アクセサリーなど珍しいな」
「エリザベート嬢から誕生日にいただきました。革は使い込むほど色が馴染んでくるので好きなのです。大事に使わせていただきます」

 革製品が好きだというエクムント様のお眼鏡にかなったようでわたくしは安堵する。すぐにエクムント様が身に着けているバングルに気付くカサンドラ様も実はとてもお洒落なのではないかとわたくしは考えていた。

「辺境伯を譲ることになるということは、軍服を脱ぐということになるのです。これまでずっと軍服だったのに、今更ドレスは慣れませんね」
「カサンドラ様もドレスをお召しになるのですか?」
「スーツにしようか迷いましたが、エクムントに辺境伯を譲るときにはさすがにドレスを着ておこうと決めましたよ」

 スーツもお似合いになるだろうから着ていても構わないのにと思うのは、わたくしが子どもだからだろうか。女性は公の場ではドレスを着ておくものというのが決まりのようだ。

「エクムントは荷物は全部自分の部屋に運び込めたかな?」
「はい。元々多い荷物ではありませんでしたから」
「これからは、辺境伯、エクムント・ヒンケルとして、公の場にも出てもらわなければいけない」
「覚悟はできています」
「エリザベート嬢もエクムントが辺境伯を譲られるときには同席してくださいますか?」

 来た。
 わたくしがエクムント様の婚約者としての役目を果たすときが遂に来たのだ。

「喜んで務めさせていただきます」
「ありがとうございます。エクムントの婚約者はディッペル家のエリザベート嬢だということをしっかりと周知していかなければいけないのです」

 辺境伯領の中にはまだまだ独立派の貴族もいる。
 カサンドラ様が独立を拒んで、中央の貴族で王家とも繋がりが深いディッペル家と縁を結ぶと決めたのだから、それを周知していかなければいけないのは当然のことだった。
 この国唯一の公爵家の娘として、わたくしはエクムント様に貢献できることがあるならばなんでもしたい。

 それがわたくし自身を身の危険にさらすことになるとしても、わたくしはエクムント様と結ばれるために覚悟はしていた。
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