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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
17.銃弾の行方
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辺境伯領に持ってくるドレスを薄紫で仕立てたのは、わたくしの紫色の光沢のある黒髪がよく目立つためだった。わたくしの髪の色と目の色はこの国の初代国王陛下と同じということで、わたくしに王族の血が入っていることを示す。
辺境伯となられるエクムント様の隣りに立つわたくしは、王族の血を引くと周囲に周知されなければいけなかった。
辺境の地にあってもこの国の初代国王陛下の御姿は有名に決まっている。
その初代国王陛下と同じ髪色と目の色のわたくしが辺境伯の婚約者となることは、辺境伯家の今後を示唆していた。
エクムント様の隣りに立つのだから横の髪を結って、後ろの髪はシニヨンに纏めてもらって、わたくしはエクムント様のお誕生日のパーティー会場に出向いた。
クリスタちゃんも両親も一緒だ。
部屋から出るときにふーちゃんとまーちゃんが名残惜しそうにくっ付いて来たが、ヘルマンさんとレギーナに引き剥がされて泣いていた。
ふーちゃんとまーちゃんには悪いが、わたくしはこれから大事な役目があるのだ。
大広間の一段高い壇上に立って、カサンドラ様がエクムント様とわたくしを呼ぶ。
わたくしは振り向いてちらりとクリスタちゃんを見た。
「お姉様ならきっと大丈夫です」
「ありがとうございます、クリスタ」
応援されて、わたくしはエクムント様の元に行く。エクムント様はわたくしの手を引いて壇上に連れて行った。
もうすぐ十一歳になるが、わたくしはまだ幼い。エクムント様は特に背が高くて、わたくしとの差がありすぎる。
それでも恭しくお姫様のようにわたくしを扱うエクムント様に、わたくしは決意を一層固めていた。
「エクムント・ヒンケルは我がヒンケル家の養子となって、二十二歳の誕生日を迎えた。私、カサンドラ・ヒンケルは、息子、エクムント・ヒンケルにヒンケル家の当主を譲り、エクムントは今後、辺境伯となる」
「謹んでお受けいたします」
「エクムントはディッペル公爵家のエリザベート嬢と婚約をしている。エリザベート嬢は成人したら辺境伯領に嫁いできてもらう」
「成人の暁には必ず辺境伯領に参ります」
「私は今後、エクムントの補佐としてこの屋敷に残り、エクムントを立派な辺境伯に育てる。意義のあるものはいないな」
カサンドラ様が宣言した瞬間、一人の若い男性が壇上に走り寄った。
その手には小銃が持たれている。
「警備兵、取り押さえよ!」
「辺境伯領は独立するのです! 圧政を強いるヒンケル家は滅びよ!」
「警備兵!」
銃声が響いたとき、エクムント様がわたくしをしっかりと抱き締めて庇ってくれていた。
エクムント様に覆い被さられて何が起きたか分からないわたくしが真っ青になっていると、エクムント様がわたくしの上から退いて、手を差し伸べてわたくしを立たせてくれる。
若い男性だけではなくて他にも数名の男性が警備の兵士に取り押さえられていた。
「エクムントと私の暗殺を謀ったらしいな」
「ご無事ですか、カサンドラ様?」
「私は平気だ。エクムントとエリザベート嬢に怪我はないか?」
「私も平気です。エリザベート嬢、平気ですか?」
「わたくしはエクムント様が庇ってくださったので平気です」
話していると、血の匂いがする。
エクムント様を見ていると、左の二の腕から赤い血が伝っていた。
「エクムント様、血が!」
「これくらいは平気です。掠っただけです」
「カサンドラ様、エクムント様をすぐに治療してくださいませ」
「分かった。エクムント、治療して着替えて戻ってくるといい」
「分かりました」
カサンドラ様に命じられてエクムント様はハンカチで傷口を押さえて一度控室に向かっていた。
会場は大騒ぎになっていたが、カサンドラ様は冷静に対処していく。
「新しい辺境伯を暗殺しようとするとは、命が惜しくないようだな」
「我らは辺境伯領の独立のためならば、命など惜しくはない」
「辺境伯領が独立したらどうなるとお思いですか?」
「辺境伯領は新しい国として、オルヒデー帝国の支配を受けずに領民も生きていけるのだ!」
「独立した辺境伯領をオルヒデー帝国は許さないでしょうね。国王陛下は軍を辺境伯領に送って来るでしょう。その隙に隣国も辺境伯領の土地を狙って来ます。辺境伯領が独立したのであれば、隣国とオルヒデー帝国との間で締結している和平条約は役に立ちませんからね」
「オルヒデー帝国や隣国に攻められたとしても、辺境伯領はそれに打ち勝つだけの軍力がある!」
「軍はカサンドラ様の辺境伯家の支配下にあります。辺境伯家が独立に反対したまま無理矢理に独立を掲げても、軍は従わないでしょう」
軍の助けもなく、新しい辺境伯を暗殺して無理矢理辺境伯領を独立に導いたとしても、待っているのはオルヒデー帝国と隣国に攻め入られて、領土を削られて、最終的には辺境伯領が消滅するだけのことだった。
それをはっきりと知らしめると、威勢のよかった反乱者の男性たちは黙ってしまう。
わたくしは自分がものすごく怒っていることに気付いていた。
浅慮な考えで反乱者の男性たちはエクムント様を暗殺し、辺境伯領を独立させようとした。
エクムント様が避けたが、銃弾がエクムント様とわたくしを狙っていたのは間違いない。
エクムント様が掠っただけといっていたが怪我をしたのは確かだったし、エクムント様が避けられなくて命を落としていたらと思うと、ぞっとしてしまう。
反乱者の男性たちは十一歳のわたくしでも分かるようなことを全く分かっていなかった。
呆れつつカサンドラ様を見れば、カサンドラ様はわたくしに向かって微笑みかけていた。
「エクムントの婚約者がエリザベート嬢でよかった。心強い」
「エクムント様が心配です」
「エリザベート嬢も命を狙われていたのだよ。大丈夫かな?」
「わたくしはエクムント様が守ってくださいました。その代わりエクムント様が怪我をしてしまって……」
泣きそうになっているわたくしに、カサンドラ様は両親を呼んで、わたくしを両親の元に戻してくれた。
「その者たちは牢獄に入れよ。後で取り調べをする。このパーティーもお開きとする。エクムントに辺境伯を譲る儀式は皆に見てもらった。これからはエクムントをよろしく頼む」
まだ残党が残っているかもしれないということでパーティーは早めにお開きになった。
反乱者の男性たちは捕らえられて牢獄に連れて行かれて、カサンドラ様のお屋敷にはわたくしたちディッペル家のものとカサンドラ様とエクムント様が残る。
怪我の治療をして着替えて来たエクムント様は顔色も悪くなく、元気そうだった。
「エリザベート嬢には怖い思いをさせましたね」
「エクムント様、お怪我の具合はどうですか?」
「掠っただけで大したことはありませんよ。エリザベート嬢が無事でよかったです」
小銃は複数人から一度に撃たれたようで、銃弾が狙っていたのはエクムント様だけではなかったようだ。
わたくしも銃弾の的になっていた。
エクムント様が守って下さらなければわたくしの命もなかったかもしれないと思うと悪寒が背中を走る。
「エクムント様……」
エクムント様が死ななくてよかったと思うと涙が溢れて来るわたくしをエクムント様はハンカチを取り出して涙を拭いてくれた。そのハンカチにはわたくしが施した刺繍で飾られていた。
「エリザベート嬢、辺境伯領に嫁いでくるということはこういうことなのですよ」
「わたくし、覚悟はできています。ですが、エクムント様が怪我をされたことと、死んでしまわなくてよかったと思うと、涙が……」
「私を心配してくださっていたのですか?」
「わたくしはエクムント様の婚約者です。エクムント様のことが好きなのです。心配もいたします」
泣きながらわたくしが言えば、エクムント様は困ったような顔になっている。
「私は大丈夫です。もう泣かないでください」
「エクムント様、ご無事で……いいえ、怪我をされているのでしたわ」
「かすり傷です。無事ですよ」
「ご無事でよかったです」
流れる涙は安堵したから出たものであって、恐怖からのものではなかった。
泣くわたくしをエクムント様は困った顔でずっと見下ろしていた。
辺境伯となられるエクムント様の隣りに立つわたくしは、王族の血を引くと周囲に周知されなければいけなかった。
辺境の地にあってもこの国の初代国王陛下の御姿は有名に決まっている。
その初代国王陛下と同じ髪色と目の色のわたくしが辺境伯の婚約者となることは、辺境伯家の今後を示唆していた。
エクムント様の隣りに立つのだから横の髪を結って、後ろの髪はシニヨンに纏めてもらって、わたくしはエクムント様のお誕生日のパーティー会場に出向いた。
クリスタちゃんも両親も一緒だ。
部屋から出るときにふーちゃんとまーちゃんが名残惜しそうにくっ付いて来たが、ヘルマンさんとレギーナに引き剥がされて泣いていた。
ふーちゃんとまーちゃんには悪いが、わたくしはこれから大事な役目があるのだ。
大広間の一段高い壇上に立って、カサンドラ様がエクムント様とわたくしを呼ぶ。
わたくしは振り向いてちらりとクリスタちゃんを見た。
「お姉様ならきっと大丈夫です」
「ありがとうございます、クリスタ」
応援されて、わたくしはエクムント様の元に行く。エクムント様はわたくしの手を引いて壇上に連れて行った。
もうすぐ十一歳になるが、わたくしはまだ幼い。エクムント様は特に背が高くて、わたくしとの差がありすぎる。
それでも恭しくお姫様のようにわたくしを扱うエクムント様に、わたくしは決意を一層固めていた。
「エクムント・ヒンケルは我がヒンケル家の養子となって、二十二歳の誕生日を迎えた。私、カサンドラ・ヒンケルは、息子、エクムント・ヒンケルにヒンケル家の当主を譲り、エクムントは今後、辺境伯となる」
「謹んでお受けいたします」
「エクムントはディッペル公爵家のエリザベート嬢と婚約をしている。エリザベート嬢は成人したら辺境伯領に嫁いできてもらう」
「成人の暁には必ず辺境伯領に参ります」
「私は今後、エクムントの補佐としてこの屋敷に残り、エクムントを立派な辺境伯に育てる。意義のあるものはいないな」
カサンドラ様が宣言した瞬間、一人の若い男性が壇上に走り寄った。
その手には小銃が持たれている。
「警備兵、取り押さえよ!」
「辺境伯領は独立するのです! 圧政を強いるヒンケル家は滅びよ!」
「警備兵!」
銃声が響いたとき、エクムント様がわたくしをしっかりと抱き締めて庇ってくれていた。
エクムント様に覆い被さられて何が起きたか分からないわたくしが真っ青になっていると、エクムント様がわたくしの上から退いて、手を差し伸べてわたくしを立たせてくれる。
若い男性だけではなくて他にも数名の男性が警備の兵士に取り押さえられていた。
「エクムントと私の暗殺を謀ったらしいな」
「ご無事ですか、カサンドラ様?」
「私は平気だ。エクムントとエリザベート嬢に怪我はないか?」
「私も平気です。エリザベート嬢、平気ですか?」
「わたくしはエクムント様が庇ってくださったので平気です」
話していると、血の匂いがする。
エクムント様を見ていると、左の二の腕から赤い血が伝っていた。
「エクムント様、血が!」
「これくらいは平気です。掠っただけです」
「カサンドラ様、エクムント様をすぐに治療してくださいませ」
「分かった。エクムント、治療して着替えて戻ってくるといい」
「分かりました」
カサンドラ様に命じられてエクムント様はハンカチで傷口を押さえて一度控室に向かっていた。
会場は大騒ぎになっていたが、カサンドラ様は冷静に対処していく。
「新しい辺境伯を暗殺しようとするとは、命が惜しくないようだな」
「我らは辺境伯領の独立のためならば、命など惜しくはない」
「辺境伯領が独立したらどうなるとお思いですか?」
「辺境伯領は新しい国として、オルヒデー帝国の支配を受けずに領民も生きていけるのだ!」
「独立した辺境伯領をオルヒデー帝国は許さないでしょうね。国王陛下は軍を辺境伯領に送って来るでしょう。その隙に隣国も辺境伯領の土地を狙って来ます。辺境伯領が独立したのであれば、隣国とオルヒデー帝国との間で締結している和平条約は役に立ちませんからね」
「オルヒデー帝国や隣国に攻められたとしても、辺境伯領はそれに打ち勝つだけの軍力がある!」
「軍はカサンドラ様の辺境伯家の支配下にあります。辺境伯家が独立に反対したまま無理矢理に独立を掲げても、軍は従わないでしょう」
軍の助けもなく、新しい辺境伯を暗殺して無理矢理辺境伯領を独立に導いたとしても、待っているのはオルヒデー帝国と隣国に攻め入られて、領土を削られて、最終的には辺境伯領が消滅するだけのことだった。
それをはっきりと知らしめると、威勢のよかった反乱者の男性たちは黙ってしまう。
わたくしは自分がものすごく怒っていることに気付いていた。
浅慮な考えで反乱者の男性たちはエクムント様を暗殺し、辺境伯領を独立させようとした。
エクムント様が避けたが、銃弾がエクムント様とわたくしを狙っていたのは間違いない。
エクムント様が掠っただけといっていたが怪我をしたのは確かだったし、エクムント様が避けられなくて命を落としていたらと思うと、ぞっとしてしまう。
反乱者の男性たちは十一歳のわたくしでも分かるようなことを全く分かっていなかった。
呆れつつカサンドラ様を見れば、カサンドラ様はわたくしに向かって微笑みかけていた。
「エクムントの婚約者がエリザベート嬢でよかった。心強い」
「エクムント様が心配です」
「エリザベート嬢も命を狙われていたのだよ。大丈夫かな?」
「わたくしはエクムント様が守ってくださいました。その代わりエクムント様が怪我をしてしまって……」
泣きそうになっているわたくしに、カサンドラ様は両親を呼んで、わたくしを両親の元に戻してくれた。
「その者たちは牢獄に入れよ。後で取り調べをする。このパーティーもお開きとする。エクムントに辺境伯を譲る儀式は皆に見てもらった。これからはエクムントをよろしく頼む」
まだ残党が残っているかもしれないということでパーティーは早めにお開きになった。
反乱者の男性たちは捕らえられて牢獄に連れて行かれて、カサンドラ様のお屋敷にはわたくしたちディッペル家のものとカサンドラ様とエクムント様が残る。
怪我の治療をして着替えて来たエクムント様は顔色も悪くなく、元気そうだった。
「エリザベート嬢には怖い思いをさせましたね」
「エクムント様、お怪我の具合はどうですか?」
「掠っただけで大したことはありませんよ。エリザベート嬢が無事でよかったです」
小銃は複数人から一度に撃たれたようで、銃弾が狙っていたのはエクムント様だけではなかったようだ。
わたくしも銃弾の的になっていた。
エクムント様が守って下さらなければわたくしの命もなかったかもしれないと思うと悪寒が背中を走る。
「エクムント様……」
エクムント様が死ななくてよかったと思うと涙が溢れて来るわたくしをエクムント様はハンカチを取り出して涙を拭いてくれた。そのハンカチにはわたくしが施した刺繍で飾られていた。
「エリザベート嬢、辺境伯領に嫁いでくるということはこういうことなのですよ」
「わたくし、覚悟はできています。ですが、エクムント様が怪我をされたことと、死んでしまわなくてよかったと思うと、涙が……」
「私を心配してくださっていたのですか?」
「わたくしはエクムント様の婚約者です。エクムント様のことが好きなのです。心配もいたします」
泣きながらわたくしが言えば、エクムント様は困ったような顔になっている。
「私は大丈夫です。もう泣かないでください」
「エクムント様、ご無事で……いいえ、怪我をされているのでしたわ」
「かすり傷です。無事ですよ」
「ご無事でよかったです」
流れる涙は安堵したから出たものであって、恐怖からのものではなかった。
泣くわたくしをエクムント様は困った顔でずっと見下ろしていた。
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