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六章 ハインリヒ殿下たちとの交流
20.避難訓練
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辺境伯領から帰る日になって、わたくしは馬車まで見送りに来てくださったエクムント様を見上げて涙が出そうだった。
もうエクムント様はディッペル家には帰らない。エクムント様は新しい辺境伯として辺境伯領のお屋敷で暮らすのだ。
「手紙を書きます。わたくしのお誕生日にも、両親のお誕生日にも来てくださいませ」
「もちろん参ります。エリザベート嬢は私の婚約者。婚約者の誕生日と、婚約者の両親の誕生日に行かないほど薄情ではありません。何よりも、ディッペル家は私が五年間もお世話になった場所。お招きされればいつでも参ります」
「辺境伯としての勉強もしっかりするんだよ」
「カサンドラ様、それは分かっております」
「いい跡継ぎができて私も安心だ。跡継ぎの婚約者はこの国で唯一の公爵家の令嬢で、王家の血も引いているし、とても聡明で物分かりがいい」
カサンドラ様の過分な誉め言葉にわたくしは照れてしまう。
お別れにエクムント様の手を握ると、エクムント様も握り返してくれた。
「エリザベート嬢、すぐに会えます。何かあればいつでも手紙をください。返事も書きます」
「はい、エクムント様。お怪我、お大事になさってください」
馬車に乗り込んだ後でわたくしは堪えていた涙がほろりと一粒零れてしまった。
小さな頃から知っていて、六歳になる直前からディッペル家のお屋敷で暮らしていたエクムント様がいなくなってしまうのは悲しい。
辺境伯となられたのだから、喜ばなければいけないと分かっているのだが、どうしても寂しさが先に出てしまう。
「お姉様、涙を拭いて。洟をかんでも構いませんわ」
「ありがとうございます」
ハンカチを差し出してくれるクリスタちゃんにお礼を言って、わたくしは涙を拭かせてもらった。
帰りの列車は蒸し暑かったけれど、ふーちゃんもまーちゃんも泣いてはいなかった。ふーちゃんはご機嫌で窓の外を見ていたし、まーちゃんもクリスタちゃんがお歌を歌うと、ご機嫌で一緒に歌っていた。
駅から馬車に乗ってディッペル家に帰ると、辺境伯領よりもかなり涼しくなっていた。
楽な格好に着替えて子ども部屋に行こうとすると、母に呼ばれる。
母はわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんを前に、さっそく訓練を始めるつもりだった。大広間にわたくしたちは集められた。
父が襲撃者役になってくれる。
父が懐に手を入れて指を銃の形にして出すと、素早くわたくしとクリスタちゃんは伏せた。ふーちゃんとまーちゃんはそれを見て目を丸くしている。
「おねえたま?」
「ねぇね?」
「もう一回やりましょう。あなた、お願いします」
「分かったよ」
繰り返してやることで動きを体に叩き込んでしまおうというのだ。
母に促されて父がもう一度同じ動きをする。
わたくしとクリスタちゃんは素早く伏せた。それを見てふーちゃんとまーちゃんが伏せてじっとしている。
「警備兵が来ました。さぁ、逃げますよ」
「はい、お母様」
「フランツ、マリア、お手手を繋いで!」
母の号令でわたくしはふーちゃんを立たせて手を引いて、クリスタちゃんはまーちゃんを立たせて手を引いて、警備兵役の母と一緒に大広間のドアまで走って行った。
ドアを出ると、ほっと息を吐く。
「避難の流れはこのような感じです。分かりましたか?」
「はい、分かりました。フランツも上手にできましたね」
「マリアもとても上手でした」
「わたち、じょーじゅ?」
「まー、いこ?」
褒められてふーちゃんとまーちゃんが誇らしげな顔になっている。
もう一度大広間の中に戻って、父が銃を取り出す仕草をすると、すぐに伏せて、警備兵が来たところで逃げ出すという動作を繰り返した。
「今日の訓練はこれくらいにしましょう。この訓練を定期的に行いましょう。体が完全に覚えてしまうまで繰り返すのです」
「はい、お母様」
「わたくし、何回でも頑張ります」
「わたち、でちる!」
「まー、やう!」
訓練に関してはふーちゃんもまーちゃんもやる気だった。上手にできると褒めてもらえるので楽しくなったのだろう。
それにしても、二歳と一歳で、しっかりと伏せられて、逃げられるのはすごいと思う。ふーちゃんもまーちゃんも避難訓練をしっかりとできていた。この行為が何なのか理解できていないにせよ、避難できるように訓練されていることは何より安心だった。
避難訓練が終わって子ども部屋に戻った後も、ふーちゃんとまーちゃんは視線を合わせて、伏せて、走って逃げることを繰り返していた。
「ふーちゃん、まーちゃん、最高に上手ですわ! いい子ですね」
「くーねぇね、わたち、じょーじゅ!」
「ねぇね、まー、いこ!」
誇らしげな顔をしているふーちゃんとまーちゃんの髪を撫でているクリスタちゃんがちらちらとわたくしの方を見ている気がする。
これはもしかして要求されているのではないだろうか。
「クリスタちゃんもとても上手でしたよ」
「お姉様、嬉しい! わたくし、絶対に怪我をしないようにします。お姉様を心配させたくないですからね」
やはりクリスタちゃんも褒めて欲しかったようだ。クリスタちゃんもまだ九歳なので誉め言葉が欲しいのはよく分かる。わたくしもまだまだ十歳で、褒められるとやる気が出るので気持ちは理解できた。
「次の訓練にはヘルマンさんとレギーナも参加してもらいましょう」
「そうですね。お父様とお母様のお誕生日には、ヘルマンさんとレギーナもふーちゃんとまーちゃんと一緒に参加するし、ふーちゃんとまーちゃんを守るためにはヘルマンさんとレギーナにも訓練が必要ですね」
わたくしとクリスタちゃんが話していると、ヘルマンさんとレギーナが聞いてくる。
「何の訓練ですか?」
「フランツ様とマリア様を身を以て守る訓練ですか?」
クリスタちゃんも言っていたが、身を以て守られても困るので、わたくしは否定しておく。
「身を以て守らないでください。あなたたちが怪我をすればまーちゃんとふーちゃんも悲しみます」
「銃を見たらすぐに伏せて、警備兵が来るまで物陰に隠れて、警備兵が来たら一緒に逃げる訓練ですよ」
「避難訓練ですね」
「エリザベートお嬢様は辺境伯領で銃撃事件に遭われたのですものね。訓練にわたくしたちも参加します」
説明するとヘルマンさんもレギーナも理解してくれた。
乗馬の練習の日が来ても、エクムント様はもういない。
乗馬の練習は他の騎士が請け負ってくれるようになっていた。
牧場までの道をふーちゃんとまーちゃんとクリスタちゃんとヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラと護衛の兵士と一緒に歩きながら、わたくしはエクムント様のことを考えていた。
乗馬の練習はとても楽しいのだが、エクムント様がいないと胸にぽっかりと穴が空いたような気分になってしまう。
エクムント様にお会いしたい。
エクムント様に書いたお手紙の返事はすぐに来ていたが、それでもわたくしはエクムント様が恋しかった。
ずっとそばにいるのが普通だったエクムント様が、遂に辺境伯になって辺境伯領に住むようになってしまった。
赤ん坊のころから抱っこしてお庭を散歩してくれて、士官学校の長期休みの旅にキルヒマン家でわたくしと会ってくださって、妹のように可愛がってくださっていたエクムント様。
わたくしはエクムント様が大好きで、恋をしてしまったのだが、エクムント様がわたくしをどう思っているのかよく分からない。
わたくしはまだ十歳の子どもで、エクムント様は二十二歳の成人男性だ。
エクムント様にはわたくしは妹のようにしか思われていないのかもしれないが、エクムント様からもらった優しさは今もわたくしの胸の中にある。
「お姉様、エラとジルとヤンに人参をあげましょう」
「わたくしの人参は、マリアに上げさせてください」
「いいのですか、お姉様?」
「いいのです。マリア、噛まれないように気を付けるのですよ」
「ねぇね、ねぇね!」
人参を持たせてもらったまーちゃんは嬉しそうにエラに人参をあげている。クリスタちゃんがジルに、ふーちゃんはヤンに人参をあげている。
「かーいーねー」
「いこいこ」
人参を食べているヤンの顔をふーちゃんが撫でて、エラの顔をまーちゃんが撫でてにこにこ顔になっていた。
もうエクムント様はディッペル家には帰らない。エクムント様は新しい辺境伯として辺境伯領のお屋敷で暮らすのだ。
「手紙を書きます。わたくしのお誕生日にも、両親のお誕生日にも来てくださいませ」
「もちろん参ります。エリザベート嬢は私の婚約者。婚約者の誕生日と、婚約者の両親の誕生日に行かないほど薄情ではありません。何よりも、ディッペル家は私が五年間もお世話になった場所。お招きされればいつでも参ります」
「辺境伯としての勉強もしっかりするんだよ」
「カサンドラ様、それは分かっております」
「いい跡継ぎができて私も安心だ。跡継ぎの婚約者はこの国で唯一の公爵家の令嬢で、王家の血も引いているし、とても聡明で物分かりがいい」
カサンドラ様の過分な誉め言葉にわたくしは照れてしまう。
お別れにエクムント様の手を握ると、エクムント様も握り返してくれた。
「エリザベート嬢、すぐに会えます。何かあればいつでも手紙をください。返事も書きます」
「はい、エクムント様。お怪我、お大事になさってください」
馬車に乗り込んだ後でわたくしは堪えていた涙がほろりと一粒零れてしまった。
小さな頃から知っていて、六歳になる直前からディッペル家のお屋敷で暮らしていたエクムント様がいなくなってしまうのは悲しい。
辺境伯となられたのだから、喜ばなければいけないと分かっているのだが、どうしても寂しさが先に出てしまう。
「お姉様、涙を拭いて。洟をかんでも構いませんわ」
「ありがとうございます」
ハンカチを差し出してくれるクリスタちゃんにお礼を言って、わたくしは涙を拭かせてもらった。
帰りの列車は蒸し暑かったけれど、ふーちゃんもまーちゃんも泣いてはいなかった。ふーちゃんはご機嫌で窓の外を見ていたし、まーちゃんもクリスタちゃんがお歌を歌うと、ご機嫌で一緒に歌っていた。
駅から馬車に乗ってディッペル家に帰ると、辺境伯領よりもかなり涼しくなっていた。
楽な格好に着替えて子ども部屋に行こうとすると、母に呼ばれる。
母はわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんを前に、さっそく訓練を始めるつもりだった。大広間にわたくしたちは集められた。
父が襲撃者役になってくれる。
父が懐に手を入れて指を銃の形にして出すと、素早くわたくしとクリスタちゃんは伏せた。ふーちゃんとまーちゃんはそれを見て目を丸くしている。
「おねえたま?」
「ねぇね?」
「もう一回やりましょう。あなた、お願いします」
「分かったよ」
繰り返してやることで動きを体に叩き込んでしまおうというのだ。
母に促されて父がもう一度同じ動きをする。
わたくしとクリスタちゃんは素早く伏せた。それを見てふーちゃんとまーちゃんが伏せてじっとしている。
「警備兵が来ました。さぁ、逃げますよ」
「はい、お母様」
「フランツ、マリア、お手手を繋いで!」
母の号令でわたくしはふーちゃんを立たせて手を引いて、クリスタちゃんはまーちゃんを立たせて手を引いて、警備兵役の母と一緒に大広間のドアまで走って行った。
ドアを出ると、ほっと息を吐く。
「避難の流れはこのような感じです。分かりましたか?」
「はい、分かりました。フランツも上手にできましたね」
「マリアもとても上手でした」
「わたち、じょーじゅ?」
「まー、いこ?」
褒められてふーちゃんとまーちゃんが誇らしげな顔になっている。
もう一度大広間の中に戻って、父が銃を取り出す仕草をすると、すぐに伏せて、警備兵が来たところで逃げ出すという動作を繰り返した。
「今日の訓練はこれくらいにしましょう。この訓練を定期的に行いましょう。体が完全に覚えてしまうまで繰り返すのです」
「はい、お母様」
「わたくし、何回でも頑張ります」
「わたち、でちる!」
「まー、やう!」
訓練に関してはふーちゃんもまーちゃんもやる気だった。上手にできると褒めてもらえるので楽しくなったのだろう。
それにしても、二歳と一歳で、しっかりと伏せられて、逃げられるのはすごいと思う。ふーちゃんもまーちゃんも避難訓練をしっかりとできていた。この行為が何なのか理解できていないにせよ、避難できるように訓練されていることは何より安心だった。
避難訓練が終わって子ども部屋に戻った後も、ふーちゃんとまーちゃんは視線を合わせて、伏せて、走って逃げることを繰り返していた。
「ふーちゃん、まーちゃん、最高に上手ですわ! いい子ですね」
「くーねぇね、わたち、じょーじゅ!」
「ねぇね、まー、いこ!」
誇らしげな顔をしているふーちゃんとまーちゃんの髪を撫でているクリスタちゃんがちらちらとわたくしの方を見ている気がする。
これはもしかして要求されているのではないだろうか。
「クリスタちゃんもとても上手でしたよ」
「お姉様、嬉しい! わたくし、絶対に怪我をしないようにします。お姉様を心配させたくないですからね」
やはりクリスタちゃんも褒めて欲しかったようだ。クリスタちゃんもまだ九歳なので誉め言葉が欲しいのはよく分かる。わたくしもまだまだ十歳で、褒められるとやる気が出るので気持ちは理解できた。
「次の訓練にはヘルマンさんとレギーナも参加してもらいましょう」
「そうですね。お父様とお母様のお誕生日には、ヘルマンさんとレギーナもふーちゃんとまーちゃんと一緒に参加するし、ふーちゃんとまーちゃんを守るためにはヘルマンさんとレギーナにも訓練が必要ですね」
わたくしとクリスタちゃんが話していると、ヘルマンさんとレギーナが聞いてくる。
「何の訓練ですか?」
「フランツ様とマリア様を身を以て守る訓練ですか?」
クリスタちゃんも言っていたが、身を以て守られても困るので、わたくしは否定しておく。
「身を以て守らないでください。あなたたちが怪我をすればまーちゃんとふーちゃんも悲しみます」
「銃を見たらすぐに伏せて、警備兵が来るまで物陰に隠れて、警備兵が来たら一緒に逃げる訓練ですよ」
「避難訓練ですね」
「エリザベートお嬢様は辺境伯領で銃撃事件に遭われたのですものね。訓練にわたくしたちも参加します」
説明するとヘルマンさんもレギーナも理解してくれた。
乗馬の練習の日が来ても、エクムント様はもういない。
乗馬の練習は他の騎士が請け負ってくれるようになっていた。
牧場までの道をふーちゃんとまーちゃんとクリスタちゃんとヘルマンさんとレギーナとマルレーンとデボラと護衛の兵士と一緒に歩きながら、わたくしはエクムント様のことを考えていた。
乗馬の練習はとても楽しいのだが、エクムント様がいないと胸にぽっかりと穴が空いたような気分になってしまう。
エクムント様にお会いしたい。
エクムント様に書いたお手紙の返事はすぐに来ていたが、それでもわたくしはエクムント様が恋しかった。
ずっとそばにいるのが普通だったエクムント様が、遂に辺境伯になって辺境伯領に住むようになってしまった。
赤ん坊のころから抱っこしてお庭を散歩してくれて、士官学校の長期休みの旅にキルヒマン家でわたくしと会ってくださって、妹のように可愛がってくださっていたエクムント様。
わたくしはエクムント様が大好きで、恋をしてしまったのだが、エクムント様がわたくしをどう思っているのかよく分からない。
わたくしはまだ十歳の子どもで、エクムント様は二十二歳の成人男性だ。
エクムント様にはわたくしは妹のようにしか思われていないのかもしれないが、エクムント様からもらった優しさは今もわたくしの胸の中にある。
「お姉様、エラとジルとヤンに人参をあげましょう」
「わたくしの人参は、マリアに上げさせてください」
「いいのですか、お姉様?」
「いいのです。マリア、噛まれないように気を付けるのですよ」
「ねぇね、ねぇね!」
人参を持たせてもらったまーちゃんは嬉しそうにエラに人参をあげている。クリスタちゃんがジルに、ふーちゃんはヤンに人参をあげている。
「かーいーねー」
「いこいこ」
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