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七章 辺境伯領の特産品を

9.レーニちゃんの従兄

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 お茶のためにケーキやサンドイッチをお皿に取り分けていると、レーニちゃんが見知らぬ男の子から声をかけられていた。男の子はレーニちゃんと同じ年くらいだ。

「レーニ・リリエンタール様でしょう? 私はラルフ・ホルツマン。レーニ様の従兄です」
「わたくしの従兄? ホルツマンとは聞いたことがありませんが……」
「レーニ様は私の叔父の娘でしょう?」

 話しかけてきた時点で嫌な感じはしていた。
 レーニちゃんは気付いていないが、その男の子はレーニちゃんの元父親の血統なのではないだろうか。

「叔父とリリエンタール侯爵は残念なことになりましたが、私はそのようなことはしません。婿入り先で妾を持つような男ではありません」
「残念なことにって……あなたはもしかして、元父の?」
「元ではありませんよ。レーニ様が叔父の娘だということは一生変わらないのですからね」

 思い出したくもない元父親の話をされて、しかも一生娘だということは変わらないと言われてレーニちゃんの顔色が悪くなっている。
 わたくしとクリスタちゃんは同時に動いていた。

「レーニ嬢はもうその方とは縁が切れました。その方と二度と会うこともないでしょう」
「血の繋がりを言われているのかもしれませんが、『氏より育ち』という言葉があります。レーニ嬢は今のお父様に育てられて過去のことは忘れたのです」

 わたくしとクリスタちゃんが言うのに、その男の子は顔を歪めて笑っている。

「元ノメンゼン子爵の御令嬢の言いそうなことですね。元ノメンゼン子爵と一生血の繋がりは消えることがないのに」
「元ノメンゼン子爵? わたくし、ディッペル家の娘です」
「クリスタ様、あなたの父親は元ノメンゼン子爵なのですよ!」

 クリスタちゃんにまで失礼なことを言うその男の子に、わたくしは冷たい視線を向ける。

「ホルツマン家……伯爵家でしたね。思い出しました。わたくしの妹と親友に何の用ですか? わたくしたちはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下にお茶に誘われているのです。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下をお待たせするだけの用事があるのですか?」

 王家のハインリヒ殿下とノルベルト殿下と隣国の王家のノエル殿下の名前を出すと、男の子もぐっと言葉に詰まってしまう。

「私はレーニ様とお茶をしたかっただけです。レーニ様と私は親戚なのですから交友関係を築いてもいいはずです!」
「お断りします。ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下にお誘いいただいているのを断って、あなたとお茶をするとでも思ったのですか?」
「そ、それは……」
「二度とわたくしの元父のことを口にしないでください。不快です」

 青ざめて黙っていたレーニちゃんもわたくしとクリスタちゃんが男の子、ラルフ殿を撃退しようとする様子に勇気を得たのか、しっかりと言いかえしていた。

 ラルフ殿が退散していく様子を見ていると、リリエンタール侯爵がレーニちゃんのところに来ていた。ラルフ殿が接触してきたのでレーニちゃんを心配して来てくれたようだ。

「ホルツマン家の子息に絡まれていたようですね。恥を知らないことに、ホルツマン家はリリエンタール家との関係をよくするために、レーニと従兄のラルフ殿を婚約させろと言ってきたのです」

 今のところレーニちゃんはリリエンタール家の後継者だ。政略結婚は免れないのだが、レーニちゃんを冷遇して、外に妾を持っていたような父親の血筋と結婚したいはずがない。
 リリエンタール侯爵にとっても前の夫は忌々しい存在だろう。

「お母様、わたくし、あんな失礼な方と婚約したくありません」
「レーニをホルツマン家の関係者と婚約させることは絶対にありません。リリエンタール家に近付かないで欲しいと言っていたのに、本当に失礼だこと」

 レーニちゃんを抱き締めて守るリリエンタール侯爵にわたくしは安堵する。レーニちゃんは変な相手と婚約させられることはないだろう。

「もしも、レーニ嬢がリリエンタール家の後継をデニス殿に譲って、ディッペル家のフランツと結婚したら……もしもの話です。もしも、そうなったら、リリエンタール侯爵はどうお考えですか?」
「レーニの気持ちは考えますが、ディッペル家に嫁ぐのであれば安心ではありますね。ディッペル家のエリザベート様とクリスタ様とレーニは仲がいいですし、クリスタ様を引き取って養子として育てているディッペル家ならばレーニを大事にしてくれるでしょう」
「もしもの話です」
「えぇ、分かっております」

 もしもの話だが、わたくしが口にしてみるとリリエンタール侯爵の反応は悪くないものだった。ふーちゃんとレーニちゃんは七歳の年の差があるが、それくらいは貴族の政略結婚としてはあり得る年齢だろう。

「可愛いフランツ様とわたくしが結婚!? 想像ができませんわ」
「もしもの話ですよ」
「エリザベート様は不思議なことを仰いますね」

 レーニちゃんには笑われてしまったが、リリエンタール侯爵は真剣に考えている様子だった。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とエクムント様に合流して、わたくしたちはお茶をする。
 ハインリヒ殿下は嬉しそうにクリスタちゃんに話しかけていた。

「これまでノルベルト兄上と一緒にしか祝ってもらえなかったのですが、今回からは私の誕生日を祝ってもらえます。式典は疲れますが、大人になったようで少し嬉しいです」
「ハインリヒ殿下も来年には学園に入学されますからね」
「そうですね。その一年後にはクリスタ嬢も学園に入学するでしょう。その頃にはクリスタ嬢も婚約してもいい年齢になっているのではないでしょうか?」
「わたくしが婚約……」

 クリスタちゃんの目はハインリヒ殿下しか映していない。
 ハインリヒ殿下はクリスタちゃんを見て優しく笑っている。

「わたくし、ハインリヒ殿下をお慕いしております」
「クリスタ嬢……私もです」
「ハインリヒ殿下と婚約ができたらいいと思っております」

 クリスタちゃんの告白にハインリヒ殿下ははっきりと答えている。
 王家に嫁ぐとなると大変だが、ハインリヒ殿下がしっかりとクリスタちゃんを守ってくれるならばわたくしも二人の婚約に賛成だった。

「ハインリヒ殿下は年若いのにしっかりと未来を見据えていらっしゃる」
「エクムント殿は私の年では何を考えていましたか?」
「私は学園ではなく士官学校に進んでいたので、毎日訓練のことばかり考えていましたよ。士官学校の訓練はきつかったけれど、休みになって実家に帰ると小さなエリザベート嬢が私に懐いてくれて、休みのたびにエリザベート嬢を抱っこして庭を散歩することばかり考えていました」
「わたくしのことを考えてくださっていたのですか!?」

 エクムント様が十二歳のころには、実家に帰ってわたくしを抱っこして庭を散歩することばかり考えていたと言ってくださっている。エクムント様の中でわたくしの存在が大きかったのかと思うと嬉しさがわいてくるが、それが小さなわたくしだと思うとちょっと複雑でもある。

「士官学校は大変でしたか?」
「毎朝走ることから始まって、戦術を学んだり、実戦を学んだりして、上官の命令には絶対服従で、言われたことができなければ校庭を何週も走らされました。暑い夏も、雪の中でも容赦なく」
「エクムント殿にも容赦なかったのですか!?」
「私は侯爵家の出身ということで、特に厳しくされました。侯爵家で甘やかされた息子が弱音を吐くところが見たかったのでしょう。私は意地っ張りだったので、絶対に弱音を吐かずに全てをやり遂げました。だから、ますます目を付けられていたというのはありますがね」

 エクムント様の過去の話などこれまで聞いたことがなかった。
 聞いていると大変な経験をしたようだが、その経験があるからこそディッペル家での騎士としての五年間を涼しい顔で過ごせていたのかもしれない。
 改めてエクムント様を尊敬した瞬間だった。
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