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七章 辺境伯領の特産品を
17.ポーチを渡す
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ケーキやサンドイッチを取り分けている間も、エクムント様には他の貴族からお声がかかる。手を止めてそのたびにエクムント様は対応しなければいけなかった。
わたくしは自分のお誕生日のお茶会でもハインリヒ殿下やノルベルト殿下やレーニちゃんやクリスタちゃんとゆっくりとお茶をしていたが、それは子どもだから許されていることで、本来ならば挨拶をされれば手を止めなければいけなくて、主催者にゆっくりする時間などないのだと思い知らされる。
「エクムント辺境伯の婚約者は来年やっと学園に入学するのですか? お可愛らしいこと」
話題がわたくしのことになっている。これはわたくしの年が若すぎるのを揶揄っている嫌味なのだと分かる。
「カサンドラ様がどうしてもと望まれて私の婚約者になって下さったのです。若いですがとても聡明で性格も素晴らしい女性です」
負けじとエクムント様も言い返している。性格がいいとわざわざ口に出しているのは、そういうことを追及して揶揄する相手の性格が悪いと暗に述べているのだ。
「エクムント辺境伯は花街に興味がありませんか? 女性たちに癒されますよ」
「私はそのような場所には行きません」
「大人の女性と話をしたい、親密になりたいときもあるのではないですか?」
更に下卑たことを言って来る相手に、エクムント様の声の温度が下がった気がした。暑さの残る秋の始めなのに、エクムント様の周囲だけ温度が二、三度下がっている気がする。
「私が婚約者と一緒にいるときにそのようなことを口にするなど、余程いい教育を受けて来たのでしょうね」
さすがはエクムント様、暗に相手の教育が行き届いていないことを指摘している。
「失礼。あなたと話していると品性を疑われそうです」
あっさりと相手を追いやったエクムント様にわたくしは拍手を送りたいくらいだった。
「辺境伯のお誕生日だというのに、国王陛下も王妃殿下も、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もいらっしゃらないなんて。辺境伯は軽く見られているのではないですか?」
「辺境伯領がそれだけ安全な場所ではないと認識されているのだと思います。これから信用を取り戻していかなければなりません」
嫌味を言って来る新しい貴族にもエクムント様ははっきりと答えている。
周囲の貴族がエクムント様に話しかけようとするのを、カサンドラ様が遮った。
「話しは私が聞こう。エクムントは婚約者殿とゆっくりお茶をしてくるといい」
「ありがとうございます、カサンドラ様」
貴族の相手を引き受けてくれたカサンドラ様にお礼を言ってエクムント様がわたくしとクリスタちゃんとガブリエラちゃんとお茶をする。ガブリエラちゃんが立ってお茶ができないので、会場の端のテーブルに着くことになった。
椅子に座るとガブリエラちゃんは持っていたお皿をテーブルの上に置く。
ケーキやフルーツサンド、サンドイッチがたくさん乗っていた。
「ガブリエラはミントティーとフルーツティーのどちらがいいかな?」
「フルーツティーでおねがいします」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢はどうしますか?」
「わたくしはフルーツティーで」
「わたくしも」
飲みたいものを聞いてくれてエクムント様が給仕に持ってこさせる。甘い香りの冷たいフルーツティーを飲んでケーキやサンドイッチを食べると、少しお腹が落ち着いてくる。昼食会でほとんど食べられなかったのでわたくしは空腹だったのだ。
一心に食べてしまって恥ずかしく顔を上げると、ガブリエラちゃんと目が合った。ガブリエラちゃんも一心に食べていたようだ。
「にかいめのおちゃかいが、エクムントおじさまのおちゃかいで、きんちょうしてあさからあまりたべられませんでしたの」
「ガブリエラ嬢は二回目のお茶会なのですね」
「はい。わたくしのおたんじょうびがいっかいめで、エクムントおじさまのおたんじょうびがにかいめです」
まだ二回しかお茶会に参加したことのないガブリエラちゃんは緊張もしてしまうだろう。
「へんきょうはくりょうにきたのも、はじめてです」
「これから治安を安定させていくから、ガブリエラも頻繁に遊びに来るといいよ」
「はい。わたくし、へんきょうはくりょうのいろんなばしょにいきたいのです」
「わたくしは市に行ったことがありますわ。とても賑わっていて、商品も多かったです」
「エリザベートさまはいちにいかれたのですね」
「他の貴族のお屋敷にも行きました。その貴族は飼ってはいけない鳥を飼っていて、その鳥は今、わたくしたちディッペル家のお屋敷で保護されています」
「めずらしいとりなのですか?」
「ハシビロコウという鳥です」
「ハシビロコウ……きいたことがないですね」
わたくしとクリスタちゃんでこれまでのことを話すと、ガブリエラちゃんは興味津々で身を乗り出していた。
ナプキンで口を拭いて、わたくしは上品にフルーツティーを飲む。一心にケーキやサンドイッチを食べてしまうなど、恥ずかしいことをしてしまったが、それをエクムント様は咎めたりしなかった。
エクムント様も昼食はほとんど食べられていないはずなのに、ゆっくりとケーキやサンドイッチを召し上がっている。普段は白い手袋を付けているが、今は素手なので筋張った大きな手が見えていた。
この大きな手に手を引かれて何度もエスコートされた。
思い出すだけでうっとりとしてしまう。
真面目で誠実なエクムント様は花街に誘われようとも行くことはないだろう。
それだけの信頼感がエクムント様にはあった。
「エリザベート嬢は背が伸びたように感じますね。女性は今の時期に一番伸びると言われていますからね」
「わたくし、背が伸びてもエクムント様の肩にも届いていませんよ」
「それは、私が背が高すぎるのです」
エクムント様はとても背が高い。エクムント様のご兄弟の中でも一番背が高いだろう。父も背は高い方なのだが、エクムント様の方が頭半分大きかった。
「エクムントおじさまはおとうさまとクレーメンスおじさまと、さんきょうだいのなかでもいちばんせがたかいのです。エクムントおじさまよりもせがたかいかたを、わたくしはみたことがありません」
「わたくしもエクムント様より背が高い方を見たことはないかもしれません」
大きな手足にひょろりと高い背。エクムント様は均整の取れた体付きをしているが、手足が長く、普通に歩いているだけで歩幅でわたくしを置いて行くことも可能だろう。
そんなことを全くせずに歩幅を合わせてくれているのもエクムント様の優しさなのだと実感するとわたくしは胸が暖かくなる。
「エクムントおじさまは、おおきいけれどやさしいのですよ」
「ガブリエラ、身内のことをそんな風に褒めるのは淑女としてどうかと思うよ。謙遜の心を学びなさい」
「でも、わたくし、エクムントおじさまのいいところをエリザベートさまにつたえておかないと、エクムントおじさまがエリザベートさまにこころがわりされたらどうしようかと」
「ガブリエラ、そういうことはないからね」
六歳の姪に心配されて苦笑しているエクムント様はいつもの格好いいイメージよりも可愛らしいイメージが勝ってしまった。
「わたくしがエクムント様から心変わりすることはありません。何より、わたくしとエクムント様の婚約は公爵家と辺境伯家で結ばれた国の一大事業。決して壊れることはありません」
わたくしが言えばガブリエラちゃんは黒い目を見開いて驚いている。
「けっこんとは、すきなひととすきなひとがするものではないのですか!?」
「わたくしはエクムント様をお慕いしております。ですが、それとは別に公爵家と辺境伯家の間には国の事業としての婚約が成立しているのです」
まだ幼いガブリエラちゃんには分からないかもしれない。
けれどわたくしは自分で言っていて虚しくなってくる。わたくしはエクムント様のことが好きでもエクムント様はどうかは分からない。
「エクムントおじさまはどうなのですか?」
「エリザベート嬢は素晴らしい女性だと思っています。成人した暁には、きっと私もエリザベート嬢の気持ちに応えられる男になりたいと思っています」
エクムント様の言葉に沈み込みそうだったわたくしの気持ちが浮かび上がってくる。
わたくしは顔をあげてエクムント様を見た。
「エクムント様、これを受け取ってください」
勇気を出してパーティーバッグから差し出したのは刺繍をしたポーチだ。今ならば渡せそうな気がしたのだ。
「ブルーサルビアですね。とても綺麗です。ありがとうございます。大事に使います」
刺繍面を撫でてエクムント様は微笑んでポーチを受け取ってくれた。
わたくしは自分のお誕生日のお茶会でもハインリヒ殿下やノルベルト殿下やレーニちゃんやクリスタちゃんとゆっくりとお茶をしていたが、それは子どもだから許されていることで、本来ならば挨拶をされれば手を止めなければいけなくて、主催者にゆっくりする時間などないのだと思い知らされる。
「エクムント辺境伯の婚約者は来年やっと学園に入学するのですか? お可愛らしいこと」
話題がわたくしのことになっている。これはわたくしの年が若すぎるのを揶揄っている嫌味なのだと分かる。
「カサンドラ様がどうしてもと望まれて私の婚約者になって下さったのです。若いですがとても聡明で性格も素晴らしい女性です」
負けじとエクムント様も言い返している。性格がいいとわざわざ口に出しているのは、そういうことを追及して揶揄する相手の性格が悪いと暗に述べているのだ。
「エクムント辺境伯は花街に興味がありませんか? 女性たちに癒されますよ」
「私はそのような場所には行きません」
「大人の女性と話をしたい、親密になりたいときもあるのではないですか?」
更に下卑たことを言って来る相手に、エクムント様の声の温度が下がった気がした。暑さの残る秋の始めなのに、エクムント様の周囲だけ温度が二、三度下がっている気がする。
「私が婚約者と一緒にいるときにそのようなことを口にするなど、余程いい教育を受けて来たのでしょうね」
さすがはエクムント様、暗に相手の教育が行き届いていないことを指摘している。
「失礼。あなたと話していると品性を疑われそうです」
あっさりと相手を追いやったエクムント様にわたくしは拍手を送りたいくらいだった。
「辺境伯のお誕生日だというのに、国王陛下も王妃殿下も、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もいらっしゃらないなんて。辺境伯は軽く見られているのではないですか?」
「辺境伯領がそれだけ安全な場所ではないと認識されているのだと思います。これから信用を取り戻していかなければなりません」
嫌味を言って来る新しい貴族にもエクムント様ははっきりと答えている。
周囲の貴族がエクムント様に話しかけようとするのを、カサンドラ様が遮った。
「話しは私が聞こう。エクムントは婚約者殿とゆっくりお茶をしてくるといい」
「ありがとうございます、カサンドラ様」
貴族の相手を引き受けてくれたカサンドラ様にお礼を言ってエクムント様がわたくしとクリスタちゃんとガブリエラちゃんとお茶をする。ガブリエラちゃんが立ってお茶ができないので、会場の端のテーブルに着くことになった。
椅子に座るとガブリエラちゃんは持っていたお皿をテーブルの上に置く。
ケーキやフルーツサンド、サンドイッチがたくさん乗っていた。
「ガブリエラはミントティーとフルーツティーのどちらがいいかな?」
「フルーツティーでおねがいします」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢はどうしますか?」
「わたくしはフルーツティーで」
「わたくしも」
飲みたいものを聞いてくれてエクムント様が給仕に持ってこさせる。甘い香りの冷たいフルーツティーを飲んでケーキやサンドイッチを食べると、少しお腹が落ち着いてくる。昼食会でほとんど食べられなかったのでわたくしは空腹だったのだ。
一心に食べてしまって恥ずかしく顔を上げると、ガブリエラちゃんと目が合った。ガブリエラちゃんも一心に食べていたようだ。
「にかいめのおちゃかいが、エクムントおじさまのおちゃかいで、きんちょうしてあさからあまりたべられませんでしたの」
「ガブリエラ嬢は二回目のお茶会なのですね」
「はい。わたくしのおたんじょうびがいっかいめで、エクムントおじさまのおたんじょうびがにかいめです」
まだ二回しかお茶会に参加したことのないガブリエラちゃんは緊張もしてしまうだろう。
「へんきょうはくりょうにきたのも、はじめてです」
「これから治安を安定させていくから、ガブリエラも頻繁に遊びに来るといいよ」
「はい。わたくし、へんきょうはくりょうのいろんなばしょにいきたいのです」
「わたくしは市に行ったことがありますわ。とても賑わっていて、商品も多かったです」
「エリザベートさまはいちにいかれたのですね」
「他の貴族のお屋敷にも行きました。その貴族は飼ってはいけない鳥を飼っていて、その鳥は今、わたくしたちディッペル家のお屋敷で保護されています」
「めずらしいとりなのですか?」
「ハシビロコウという鳥です」
「ハシビロコウ……きいたことがないですね」
わたくしとクリスタちゃんでこれまでのことを話すと、ガブリエラちゃんは興味津々で身を乗り出していた。
ナプキンで口を拭いて、わたくしは上品にフルーツティーを飲む。一心にケーキやサンドイッチを食べてしまうなど、恥ずかしいことをしてしまったが、それをエクムント様は咎めたりしなかった。
エクムント様も昼食はほとんど食べられていないはずなのに、ゆっくりとケーキやサンドイッチを召し上がっている。普段は白い手袋を付けているが、今は素手なので筋張った大きな手が見えていた。
この大きな手に手を引かれて何度もエスコートされた。
思い出すだけでうっとりとしてしまう。
真面目で誠実なエクムント様は花街に誘われようとも行くことはないだろう。
それだけの信頼感がエクムント様にはあった。
「エリザベート嬢は背が伸びたように感じますね。女性は今の時期に一番伸びると言われていますからね」
「わたくし、背が伸びてもエクムント様の肩にも届いていませんよ」
「それは、私が背が高すぎるのです」
エクムント様はとても背が高い。エクムント様のご兄弟の中でも一番背が高いだろう。父も背は高い方なのだが、エクムント様の方が頭半分大きかった。
「エクムントおじさまはおとうさまとクレーメンスおじさまと、さんきょうだいのなかでもいちばんせがたかいのです。エクムントおじさまよりもせがたかいかたを、わたくしはみたことがありません」
「わたくしもエクムント様より背が高い方を見たことはないかもしれません」
大きな手足にひょろりと高い背。エクムント様は均整の取れた体付きをしているが、手足が長く、普通に歩いているだけで歩幅でわたくしを置いて行くことも可能だろう。
そんなことを全くせずに歩幅を合わせてくれているのもエクムント様の優しさなのだと実感するとわたくしは胸が暖かくなる。
「エクムントおじさまは、おおきいけれどやさしいのですよ」
「ガブリエラ、身内のことをそんな風に褒めるのは淑女としてどうかと思うよ。謙遜の心を学びなさい」
「でも、わたくし、エクムントおじさまのいいところをエリザベートさまにつたえておかないと、エクムントおじさまがエリザベートさまにこころがわりされたらどうしようかと」
「ガブリエラ、そういうことはないからね」
六歳の姪に心配されて苦笑しているエクムント様はいつもの格好いいイメージよりも可愛らしいイメージが勝ってしまった。
「わたくしがエクムント様から心変わりすることはありません。何より、わたくしとエクムント様の婚約は公爵家と辺境伯家で結ばれた国の一大事業。決して壊れることはありません」
わたくしが言えばガブリエラちゃんは黒い目を見開いて驚いている。
「けっこんとは、すきなひととすきなひとがするものではないのですか!?」
「わたくしはエクムント様をお慕いしております。ですが、それとは別に公爵家と辺境伯家の間には国の事業としての婚約が成立しているのです」
まだ幼いガブリエラちゃんには分からないかもしれない。
けれどわたくしは自分で言っていて虚しくなってくる。わたくしはエクムント様のことが好きでもエクムント様はどうかは分からない。
「エクムントおじさまはどうなのですか?」
「エリザベート嬢は素晴らしい女性だと思っています。成人した暁には、きっと私もエリザベート嬢の気持ちに応えられる男になりたいと思っています」
エクムント様の言葉に沈み込みそうだったわたくしの気持ちが浮かび上がってくる。
わたくしは顔をあげてエクムント様を見た。
「エクムント様、これを受け取ってください」
勇気を出してパーティーバッグから差し出したのは刺繍をしたポーチだ。今ならば渡せそうな気がしたのだ。
「ブルーサルビアですね。とても綺麗です。ありがとうございます。大事に使います」
刺繍面を撫でてエクムント様は微笑んでポーチを受け取ってくれた。
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