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七章 辺境伯領の特産品を

16.婚約者としての役割

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 辺境伯領に行くときには、馬車で列車の駅まで行って列車に乗り換える。
 王都とは逆方向の列車に乗るのだ。

 荷物の入ったトランクは護衛の騎士に預けて、わたくしとくりすたちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親で六人掛けの一つの個室席に座る。三人ずつ座れる座席が向かい合わせになっているのだ。
 ヘルマンさんとレギーナとデボラとマルレーンは隣りの個室席に控えていた。

 早い時間に朝食を食べてからディッペル家のお屋敷を出ているので、辺境伯家のお屋敷に着くころにはわたくしもクリスタちゃんも空腹になっていた。小さなふーちゃんとまーちゃんはお腹が空き過ぎてご機嫌が悪くなっていた。

 辺境伯家ではエクムント様とカサンドラ様がわたくしたちを迎えてくださる。

「遠路はるばるようこそ。昼食の用意をしてありますよ」
「今日の昼食はパエリアと子羊の香草焼きです」

 エクムント様の言うメニューにわたくしはお腹が鳴りそうになるのを必死に堪えていた。ふーちゃんとまーちゃんは涎が口の端から垂れている。
 食堂に連れて行ってもらって、エクムント様とカサンドラ様と昼食をご一緒した。
 ふーちゃんとまーちゃんはムール貝を殻から外してもらって、海老の殻も剥いてもらって、お腹いっぱい食べる。わたくしもクリスタちゃんも遠慮せずにしっかりと食べてしまった。

 小鳥のように小食であるのが淑女として正しいのだというひともいるが、国一番のフェアレディと呼ばれた母が、「出されたものを美味しくいただかないのは失礼にあたります」と教えてくれていたので、わたくしとクリスタちゃんは無理に食事を我慢するようなことはなかった。

 食べ終わると客間に案内されて、家族だけで寛ぐ。ふーちゃんとまーちゃんはお腹がいっぱいになって眠ってしまっていた。

「ユリアーナ殿下は何歳くらいからお誕生日の式典が開かれるのでしょう?」

 クリスタちゃんの問いかけに両親が答えている。

「大抵の子どもは六歳くらいからお誕生日のお茶会を開くようになるよ」
「ユリアーナ殿下も六歳くらいからお誕生日の式典が開かれるのではないですかね」

 ユリアーナ殿下は秋の終わりに二歳になる。
 まだまだお誕生日の式典が開かれるのは先だった。

「ユリアーナ殿下が六歳のころには、わたくしは十四歳かしら。お姉様が十五歳ですわよね?」
「わたくしはお誕生日が来ているので十六歳ではないでしょうか」
「そうでした。お姉様はユリアーナ殿下の六歳のお誕生日より先にお誕生日が来るのでしたね」

 十六歳になっていれば、わたくしはお誕生日の式典の前日の晩餐会から、当日の昼食会、お茶会、晩餐会まで出席することとなる。クリスタちゃんはそのときには十四歳なのでお茶会にだけ呼ばれるはずだったが、ハインリヒ殿下と婚約していれば、前日の晩餐会から、当日の昼食会、お茶会、晩餐会まで出席することとなるだろう。

「クリスタがハインリヒ殿下と結婚すれば、ユリアーナ殿下は義理の妹君になりますね」
「ノルベルト殿下が義理のお兄様で、ユリアーナ殿下が義理の妹君で、ノエル殿下も義理のお姉様で、国王陛下は義理のお父様、王妃殿下は義理のお母様になるのですね」

 王族になるということはそういうことなのだが、あまりにも壮大でわたくしは眩暈がしそうになる。クリスタちゃんが王族の中で上手くやっていけるかはわたくしと母の教育にかかっていると言っても過言ではない。

「クリスタ、しっかりとマナーを身に着けましょうね」
「はい、お姉様!」

 思わずクリスタちゃんの肩を抱いてわたくしはクリスタちゃんを励ましていた。

「エリザベート、明日は昼食会から参加するようにお願いされているのだが」
「晩餐会まで出なければいけませんが、平気そうですか?」

 両親に問いかけられてわたくしはエクムント様の婚約者として求められているのだと理解した。

「参加させていただきます」
「お姉様、わたくしも参加したい!」
「クリスタはフランツとマリアとお留守番をしていてください。お茶会で会いましょう」

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下と婚約したらハインリヒ殿下のお誕生日の式典には全て参加しなければいけないということばかり考えていたが、わたくしはエクムント様の婚約者として辺境伯のお誕生日の式典に全て参加しなければいけなかった。

 もしかすると、わたくしの方がクリスタちゃんよりも年下のときから参加しなければいけないので大変なのではないだろうか。
 気付いてしまったことに目を瞑って、わたくしは明日に向けて気合を入れていた。

 翌日は朝食を食べてからわたくしは昼食会に出る準備をした。ミントグリーンのドレスを着て、ダリアのネックレスを付けて、ダリアのイヤリングを付ける。
 髪はマルレーンにハーフアップにしてもらってリボンで纏めた。

「お姉様、とても素敵です。会場の皆様がお姉様の虜になると思います」
「そうでしょうか……」

 鏡に映っているのは十一歳の女の子だ。何度見直しても吊り目の気の強そうな女の子が映っているだけである。
 エクムント様と並んで見劣りしてしまうのは分かっていた。どうしてもわたくしが子どもだということは変えられなかった。

「えーおねえたま、きれー。しゅてき」
「ねぇね、かーいー」

 ふーちゃんもまーちゃんも褒めてくれるので落ち込んでいるのも失礼かとわたくしは顔をあげた。

 昼食会ではわたくしはエクムント様の隣りの席だった。
 広いテーブルが並ぶ食堂の前に置かれたテーブルにエクムント様とカサンドラ様と並んで座る。
 両親は一番前の席からわたくしを見ていた。

「我が息子にして辺境伯のエクムント・ヒンケルの誕生日に来てくれてありがとうございます」
「今日は私の誕生日に来ていただいてありがとうございます。ゆっくりと昼食をお楽しみください」

 運ばれて来る料理の味がよく分からない。
 エクムント様に挨拶に貴族が来るたびに、立ち上がってわたくしも挨拶をしなければいけなかった。

「エクムント様、お誕生日おめでとうございます。婚約者様もご一緒で仲睦まじいことですね」
「エリザベート様はこの年でもしっかりとしているので」
「エクムント様のお誕生日にお越しいただきありがとうございます」
「エリザベート様はお可愛らしいこと」

 可愛らしいと言われて普通に喜ぶことはできなかった。これは皮肉の場合もあるのだ。
 目の前の貴族がどのつもりで言っているのかを見極めなければいけない。

「お褒めに預かり光栄です」

 とりあえずお礼は言っておくが素直に誉め言葉が受け取れないわたくしだった。

 昼食会で挨拶ばかりしていたので、わたくしはほとんど食べることができなかった。エクムント様も同じだった。料理が残ったままのお皿が下げられるのを、わたくしは悲しく見送ったのだった。

 昼食会からお茶会になると、クリスタちゃんが参加してくる。
 キルヒマン家のガブリエラちゃんも辺境伯領に来ているようだ。

「エクムントおじさま、おたんじょうびおめでとうございます」
「ありがとう、ガブリエラ」
「エクムントおじさまはなんさいになられたのですか?」
「二十三歳だよ」
「エリザベートさまはなんさいでしたかしら?」
「十一歳です」

 無邪気に聞かれて答えてしまったが、ちょっと恥ずかしい気がしてくる。
 わたくしは次のお誕生日で十二歳になって、来年から学園に入学するのだが、エクムント様との年齢差が縮まるわけではなかった。

「エリザベートさまはおとなっぽいですね」
「そうですか?」
「年の割りには落ち着いていらっしゃるといつも思っていますよ」

 エクムント様にも言われてわたくしは少しだけホッとする。それでも、エクムント様に刺繍をしたポーチを渡せる自信がなかった。

「お姉様、エクムント様、お茶をご一緒致しませんか?」

 クリスタちゃんに声をかけられてわたくしはエクムント様の顔を見る。エクムント様はガブリエラちゃんの顔を見ていた。

「ガブリエラも一緒でいいですか?」
「はい。ご一緒できれば嬉しいです」
「エリザベートさまとクリスタさまとおちゃをごいっしょできるなんて! とてもうれしいです」

 喜んで飛び跳ねているガブリエラちゃんの髪を撫でて、エクムント様はわたくしとクリスタちゃんとガブリエラちゃんと、ケーキやサンドイッチを取り分けに行った。
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