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八章 エリザベートの学園入学
30.物語の始まりの予感
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クリスタちゃんが十二歳になる。
これは国中から注目されていることだった。
十二歳といえば王都の学園に入学できる年齢である。
王都の学園に入学する年にクリスタちゃんはハインリヒ殿下と婚約をする。
婚約式は誕生日の数日後になるが、その準備もクリスタちゃんはしておかなければいけなかった。
去年のハインリヒ殿下のお誕生日に婚約をすることが発表されてから数か月、クリスタちゃんは婚約式のための準備を整えて来た。
白いドレスに短いヴェールを身に着けたクリスタちゃんは大人っぽくてとても美しかった。
衣装の最終打ち合わせでドレスとヴェールを身に着けた姿を見たわたくしとレーニちゃんはクリスタちゃんの美しさに感嘆のため息を禁じえなかった。髪も結い上げて、前髪は編み込んでいるクリスタちゃんは大人っぽい。
「お姉様、レーニ嬢、どうでしたか?」
衣装合わせが終わって、着替えてからわたくしとレーニちゃんのところに小走りで駆けて来たクリスタちゃんにわたくしとレーニちゃんは絶賛の言葉を惜しまなかった。
「とても美しかったです。髪型もすごく大人っぽくてお似合いでした」
「素敵でした。ドレスもヴェールもとても似合っていました」
「ありがとうございます。わたくし、幸せです」
まだ結婚するわけではないが、王家とこの国唯一の公爵家の婚約となれば、破棄されることは絶対にない。婚約自体が国の重大な事業になっているからだ。
婚約が成立すれば、クリスタちゃんは成人した暁にはハインリヒ殿下の元に嫁ぐことになる。
ハインリヒ殿下は皇太子なので、将来はクリスタちゃんが王妃殿下になって、国母となるかもしれないのだ。
ハインリヒ殿下の婚約というのは国を動かす大きな行事だ。その相手がクリスタちゃんであるということはディッペル家にとっても名誉なことであるし、わたくしにとっても誇らしいことだった。
ノメンゼン子爵家に生まれたクリスタちゃんは、四歳まで父親である元ノメンゼン子爵に放置されて、妾に虐待されていた。クリスタちゃんがお手洗いで叩かれているのを見たときには、わたくしも幼かったし、暴力というものを始めて目にしたので恐ろしくて泣いてしまった。
泣いた後でわたくしはクリスタちゃんを絶対に助けなければいけないと決意した。
前世の記憶が戻った後で、この世界が『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』というロマンス小説の物語の中だと知って、クリスタちゃんが主人公で、わたくしがクリスタちゃんを苛める悪役だということはよく分かっていた。それだけにクリスタちゃんとは関わり合いにならないようにしようと心に決めていたのに、クリスタちゃんが虐待されていたと知ったら、助けるしかわたくしには選択肢はなかった。
わたくしに助けられて、クリスタちゃんはディッペル家に引き取られた。ディッペル家で過ごすうちにクリスタちゃんを両親も可愛がるようになって、クリスタちゃんはディッペル家の養子になった。
あれからもう何年のときが経つのだろう。
クリスタちゃんは初めて会ったときには四歳で、発達も遅れていたのに、今は勉強も年上のわたくしと同じくらいよくできて、遂に十二歳のお誕生日を迎える。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、クリスタちゃんが十二歳で学園に入学するところから物語が始まっていた。
物語の中では皇太子のハインリヒ殿下は、兄のノルベルト殿下こそが皇太子に相応しいと思い込んでいて、廃嫡になろうと荒れた生活を送っていた。そこにクリスタちゃんが現れて、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の蟠りを解いて、ハインリヒ殿下の婚約者になる流れだったと思う。
物語とは違って、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はとても仲がいいし、クリスタちゃんは学園に入学と同時にハインリヒ殿下と婚約することも決まっている。
わたくしもクリスタちゃんの礼儀のなってなさを公衆の面前で指摘して恥をかかせるようなことはないし、クリスタちゃんはノメンゼン家の令嬢ではなくディッペル家の娘になっている。
物語は完全に変わっているので安心してはいるが、わたくしは気にかかっていることもあった。
物語の終盤でわたくしがいつの間にか詳しい描写がないままに公爵家の娘ではなく、公爵になっていて、最終的にクリスタちゃんに公爵位を奪われて辺境に追放されるのだ。
当然クリスタちゃんはわたくしを辺境に追放するわけがないし、逆にわたくしは辺境と中央を結ぶ誉を背負って辺境伯家に嫁ぐわけだが、それにしても描写がないままにわたくしが公爵になっているということが気になって仕方がない。
わたくしは公爵家の後継をふーちゃんに譲ったのでふーちゃんが公爵になるはずだが、それにしても、両親に何か起こるのではないかと怖いのだ。
物語は変わっているのでそこも変えられたらと思うのだが、どうすればいいのか分からない。
クリスタちゃんとのいざこざはなくなっているが、わたくしはこれからも物語を変えるべく警戒して生活を送らなければいけなかった。
クリスタちゃんのお誕生日にはハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下もいらっしゃった。それだけではなく、国王陛下と王妃殿下もいらっしゃったのだ。
「婚約の日が近付いている。クリスタがハインリヒと婚約する日を楽しみにしているよ」
「ディッペル家の令嬢ならば、将来ハインリヒの妻となり、王妃となっても安心だと思っています。婚約後、学園でよく学んでくださいね」
国王陛下と王妃殿下に声をかけられて、クリスタちゃんは深く頭を下げて「学園でよく学び、ハインリヒ殿下に相応しい人物となれるように努力します」と答えていた。
「婚約式にはディッペル家の家族全員で出席して欲しい」
「フランツとマリアもですか?」
「わたくしたちの家族となるのですからね」
国王陛下と王妃殿下の言葉に両親は驚いていたが、ふーちゃんとまーちゃんが婚約式に出席するのは決まったようなものだった。
国王陛下と王妃殿下は両親とお茶をして、わたくしはクリスタちゃんとレーニちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエクムント様とガブリエラ嬢とお茶をした。
「辺境伯家とも王家とも繋がりができて、ディッペル家はますます隆盛を極めますね」
「まだ婚約段階で、結婚までは時間がかかりますけれど」
「それでも、ディッペル家がこの国に置いて重大な家だということには変わりありません」
エクムント様に言われてわたくしはそのディッペル家を支える柱になれるのだと実感していた。
エクムント様とわたくしが結婚するまではまだ五年の年月がある。ハインリヒ殿下とクリスタちゃんが結婚するまでには六年の年月がある。
六年後、わたくしとクリスタちゃんがどのように成長しているのか、わたくしにも想像がつかない。
でも、クリスタちゃんと仲がいい姉妹でいるだろうことは分かっている。
「そう考えると、わたくしはすごい方々の中に混ざっていますね」
レーニちゃんがしみじみと呟くのに、クリスタちゃんがレーニちゃんの肩を指で突く。
「レーニ嬢はフランツと結婚してディッペル公爵夫人になるのですよ」
「そうなれればいいのですが」
「お父様とお母様も、早くレーニ嬢とフランツを婚約させてあげればいいのですわ」
「フランツ様はまだ五歳でしょう? 早すぎますわ」
そうは言いながらも、まんざらでもない顔をしているのは、結婚というのは家同士をつなぐもので、多少の年齢差があってもディッペル家とリリエンタール家の間を繋げるのであればレーニちゃんもふーちゃんと結婚することが嫌ではないのだろう。
リリエンタール侯爵もレーニちゃんのお父様との年齢差が七歳あるようだから、レーニちゃんとふーちゃんの年齢差が七歳あったとしても気にしないに決まっている。
この日、クリスタちゃんは十二歳になった。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の本編が、始まる。
これは国中から注目されていることだった。
十二歳といえば王都の学園に入学できる年齢である。
王都の学園に入学する年にクリスタちゃんはハインリヒ殿下と婚約をする。
婚約式は誕生日の数日後になるが、その準備もクリスタちゃんはしておかなければいけなかった。
去年のハインリヒ殿下のお誕生日に婚約をすることが発表されてから数か月、クリスタちゃんは婚約式のための準備を整えて来た。
白いドレスに短いヴェールを身に着けたクリスタちゃんは大人っぽくてとても美しかった。
衣装の最終打ち合わせでドレスとヴェールを身に着けた姿を見たわたくしとレーニちゃんはクリスタちゃんの美しさに感嘆のため息を禁じえなかった。髪も結い上げて、前髪は編み込んでいるクリスタちゃんは大人っぽい。
「お姉様、レーニ嬢、どうでしたか?」
衣装合わせが終わって、着替えてからわたくしとレーニちゃんのところに小走りで駆けて来たクリスタちゃんにわたくしとレーニちゃんは絶賛の言葉を惜しまなかった。
「とても美しかったです。髪型もすごく大人っぽくてお似合いでした」
「素敵でした。ドレスもヴェールもとても似合っていました」
「ありがとうございます。わたくし、幸せです」
まだ結婚するわけではないが、王家とこの国唯一の公爵家の婚約となれば、破棄されることは絶対にない。婚約自体が国の重大な事業になっているからだ。
婚約が成立すれば、クリスタちゃんは成人した暁にはハインリヒ殿下の元に嫁ぐことになる。
ハインリヒ殿下は皇太子なので、将来はクリスタちゃんが王妃殿下になって、国母となるかもしれないのだ。
ハインリヒ殿下の婚約というのは国を動かす大きな行事だ。その相手がクリスタちゃんであるということはディッペル家にとっても名誉なことであるし、わたくしにとっても誇らしいことだった。
ノメンゼン子爵家に生まれたクリスタちゃんは、四歳まで父親である元ノメンゼン子爵に放置されて、妾に虐待されていた。クリスタちゃんがお手洗いで叩かれているのを見たときには、わたくしも幼かったし、暴力というものを始めて目にしたので恐ろしくて泣いてしまった。
泣いた後でわたくしはクリスタちゃんを絶対に助けなければいけないと決意した。
前世の記憶が戻った後で、この世界が『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』というロマンス小説の物語の中だと知って、クリスタちゃんが主人公で、わたくしがクリスタちゃんを苛める悪役だということはよく分かっていた。それだけにクリスタちゃんとは関わり合いにならないようにしようと心に決めていたのに、クリスタちゃんが虐待されていたと知ったら、助けるしかわたくしには選択肢はなかった。
わたくしに助けられて、クリスタちゃんはディッペル家に引き取られた。ディッペル家で過ごすうちにクリスタちゃんを両親も可愛がるようになって、クリスタちゃんはディッペル家の養子になった。
あれからもう何年のときが経つのだろう。
クリスタちゃんは初めて会ったときには四歳で、発達も遅れていたのに、今は勉強も年上のわたくしと同じくらいよくできて、遂に十二歳のお誕生日を迎える。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、クリスタちゃんが十二歳で学園に入学するところから物語が始まっていた。
物語の中では皇太子のハインリヒ殿下は、兄のノルベルト殿下こそが皇太子に相応しいと思い込んでいて、廃嫡になろうと荒れた生活を送っていた。そこにクリスタちゃんが現れて、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の蟠りを解いて、ハインリヒ殿下の婚約者になる流れだったと思う。
物語とは違って、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はとても仲がいいし、クリスタちゃんは学園に入学と同時にハインリヒ殿下と婚約することも決まっている。
わたくしもクリスタちゃんの礼儀のなってなさを公衆の面前で指摘して恥をかかせるようなことはないし、クリスタちゃんはノメンゼン家の令嬢ではなくディッペル家の娘になっている。
物語は完全に変わっているので安心してはいるが、わたくしは気にかかっていることもあった。
物語の終盤でわたくしがいつの間にか詳しい描写がないままに公爵家の娘ではなく、公爵になっていて、最終的にクリスタちゃんに公爵位を奪われて辺境に追放されるのだ。
当然クリスタちゃんはわたくしを辺境に追放するわけがないし、逆にわたくしは辺境と中央を結ぶ誉を背負って辺境伯家に嫁ぐわけだが、それにしても描写がないままにわたくしが公爵になっているということが気になって仕方がない。
わたくしは公爵家の後継をふーちゃんに譲ったのでふーちゃんが公爵になるはずだが、それにしても、両親に何か起こるのではないかと怖いのだ。
物語は変わっているのでそこも変えられたらと思うのだが、どうすればいいのか分からない。
クリスタちゃんとのいざこざはなくなっているが、わたくしはこれからも物語を変えるべく警戒して生活を送らなければいけなかった。
クリスタちゃんのお誕生日にはハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下もいらっしゃった。それだけではなく、国王陛下と王妃殿下もいらっしゃったのだ。
「婚約の日が近付いている。クリスタがハインリヒと婚約する日を楽しみにしているよ」
「ディッペル家の令嬢ならば、将来ハインリヒの妻となり、王妃となっても安心だと思っています。婚約後、学園でよく学んでくださいね」
国王陛下と王妃殿下に声をかけられて、クリスタちゃんは深く頭を下げて「学園でよく学び、ハインリヒ殿下に相応しい人物となれるように努力します」と答えていた。
「婚約式にはディッペル家の家族全員で出席して欲しい」
「フランツとマリアもですか?」
「わたくしたちの家族となるのですからね」
国王陛下と王妃殿下の言葉に両親は驚いていたが、ふーちゃんとまーちゃんが婚約式に出席するのは決まったようなものだった。
国王陛下と王妃殿下は両親とお茶をして、わたくしはクリスタちゃんとレーニちゃんとハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエクムント様とガブリエラ嬢とお茶をした。
「辺境伯家とも王家とも繋がりができて、ディッペル家はますます隆盛を極めますね」
「まだ婚約段階で、結婚までは時間がかかりますけれど」
「それでも、ディッペル家がこの国に置いて重大な家だということには変わりありません」
エクムント様に言われてわたくしはそのディッペル家を支える柱になれるのだと実感していた。
エクムント様とわたくしが結婚するまではまだ五年の年月がある。ハインリヒ殿下とクリスタちゃんが結婚するまでには六年の年月がある。
六年後、わたくしとクリスタちゃんがどのように成長しているのか、わたくしにも想像がつかない。
でも、クリスタちゃんと仲がいい姉妹でいるだろうことは分かっている。
「そう考えると、わたくしはすごい方々の中に混ざっていますね」
レーニちゃんがしみじみと呟くのに、クリスタちゃんがレーニちゃんの肩を指で突く。
「レーニ嬢はフランツと結婚してディッペル公爵夫人になるのですよ」
「そうなれればいいのですが」
「お父様とお母様も、早くレーニ嬢とフランツを婚約させてあげればいいのですわ」
「フランツ様はまだ五歳でしょう? 早すぎますわ」
そうは言いながらも、まんざらでもない顔をしているのは、結婚というのは家同士をつなぐもので、多少の年齢差があってもディッペル家とリリエンタール家の間を繋げるのであればレーニちゃんもふーちゃんと結婚することが嫌ではないのだろう。
リリエンタール侯爵もレーニちゃんのお父様との年齢差が七歳あるようだから、レーニちゃんとふーちゃんの年齢差が七歳あったとしても気にしないに決まっている。
この日、クリスタちゃんは十二歳になった。
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