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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

2.クリスタちゃんとレーニちゃんの寮の振り分け

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 学園の食堂に集まって、入学式が行われる。
 豪華な晩餐を食べながら、新入生がどの寮に振り分けられるのかを聞くのだ。
 わたくしとハインリヒ殿下は同じテーブルだったが、クリスタちゃんとレーニちゃんは別のテーブルだった。
 身分の順に寮は振り分けられるので王族が入学していない今年は、一番に名前を呼ばれたのはクリスタちゃんだった。

「クリスタ・ディッペル公爵令嬢、ペオーニエ寮へ」

 予想した通りの結果にわたくしは胸を撫で下ろす。
 続いて侯爵家の番になる。

「レーニ・リリエンタール侯爵令嬢、ペオーニエ寮へ」

 親がどの寮に所属していたかで大体の予測はついていたのだが、レーニちゃんもわたくしと同じペオーニエ寮でわたくしは心底安心していた。

 伯爵家はほとんどがリーリエ寮、残りの伯爵家と子爵家がローゼン寮に振り分けられたようだった。

 クリスタちゃんとレーニちゃんの寮での生活が始まる。

 クリスタちゃんはわたくしと同室になって、部屋に荷物を運び込んでいた。
 卒業したゲオルギーネ嬢がわたくしに教えてくださったように、わたくしもクリスタちゃんに寮での過ごし方を教える。

「クローゼットに服を入れて、机の上にブックエンドを置いて教科書を並べて、鏡台に化粧品を置けばいいですわ」
「髪飾りはどこに置きましょう?」
「鏡台に引き出しが付いているので、そこに入れればいいと思います」

 荷物を片付けるクリスタちゃんにわたくしは説明を続ける。

「シャワーは共同のシャワールームがあります。脱衣所に鍵がかからないので、シャワーを浴びに行くときには一緒に行きましょう」
「はい、お姉様」
「洗濯物は決められた袋に入れてドアノブにかけておけば、洗濯されて畳まれて返ってきます」
「袋はどれですか?」
「ベッドの横にかけられています。部屋の番号が入っているはずです」
「これですね」

 ベッドの横にかけられている洗濯物を入れる袋を確認して、クリスタちゃんは部屋の片づけを終えたようだった。衝立の向こうを覗けば、新品の制服がハンガーにかけられていて、ベッドも机の上も整っている。
 少し前まではゲオルギーネ嬢がいた場所に、今度はクリスタちゃんがいるのだから、一年という年月が過ぎたのだとしみじみする。
 学園に入って一年間はあっという間だった。

「食事は全員で食堂で取ります。時間には遅れないようにしてください」
「朝食は何時ですか?」
「毎朝七時ですね」
「授業は何時間ですか?」
「九十分の授業が午前中に二限、午後に二限あります。その後にお茶の時間があります。クリスタちゃんはノエル殿下のお茶会に誘われると思います」

 ノエル殿下は五年生になっているはずだが、昨年はノルベルト殿下とハインリヒ殿下とわたくしと一緒にお茶をしてくださっていた。今年もノエル殿下のお茶会にわたくしは招かれるだろうし、クリスタちゃんも当然招かれるに決まっている。

「お茶会ではノエル殿下が詩を読まれることもありますし、他の方が読まれる詩をみんなで聞くこともあります」
「わたくしもノエル殿下に詩を聞いてもらえるでしょうか?」
「きっと聞いてもらえると思いますよ」

 詩に関しては、わたくしはよく分からないので困ってしまうのだが、俳句を詠むことで何とか詩作を乗り切っていた。ハインリヒ殿下も苦しんでいた様子だが、俳句をわたくしが読むので、それを真似して俳句を読んで乗り切ることができていた。
 クリスタちゃんはノエル殿下と詩で分かり合えているので問題はないと思われる。

「ふーちゃんとまーちゃんはわたくしまで学園に入学してしまって、寂しがっていないでしょうか」

 一番の問題はそれだった。
 わたくしが学園に入学した去年は、ふーちゃんもまーちゃんも寂しがって、わたくしを探して大変だったことはクリスタちゃんからも聞いていた。
 今年からはわたくしだけでなくクリスタちゃんまで学園に入学して、寮生活を送るということで、ディッペル家にはふーちゃんとまーちゃんしか残されていないことになる。もちろん、両親はいるし、ヘルマンさんもレギーナもいるのだが、わたくしとクリスタちゃんに可愛がられていたふーちゃんとまーちゃんはさぞかし寂しがっていることだろう。

 それでも立派な淑女となるためにわたくしもクリスタちゃんも学園に通わないわけにはいかなかった。

「外泊届を出せば、週末の休みにはディッペル領に帰れますが……」
「それでは、ふーちゃんもまーちゃんも慣れませんよね」
「わたくしもそう思います」

 厳しいようだがわたくしとクリスタちゃんにも学園で勉強しなければいけないという使命があるのだ。学園生活の中で他の貴族とも交流が持てる。そうしてわたくしもクリスタちゃんも交友関係を広げていくので、休日を寮で過ごす時間も必要だった。

 心を鬼にしてわたくしとクリスタちゃんはディッペル領には帰らずに、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日までを過ごすことに決めた。

 一年生と二年生なので、わたくしとクリスタちゃんの授業は違う。
 毎朝朝食は一緒に食べるが、その後は別々の教室に向かう。午前中の授業を受けた後で、食堂で待ち合わせをしてわたくしとクリスタちゃんが昼食を食べていると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下も合流する。
 食堂のテーブルは寮ごとに分かれているが、席は決まっていないので、好きな相手と食事をしていいのだ。

「学園へようこそ、クリスタ嬢。わたくしのお茶会に来てくださいますよね?」
「お誘いありがとうございます。喜んで行かせていただきます」

 ノエル殿下からクリスタちゃんにお茶会のお誘いがあった。これでクリスタちゃんもノエル殿下のお茶会の一員になれる。
 少し離れた場所に座っているレーニちゃんにもノエル殿下は声をかけている。

「リリエンタール家のレーニ嬢ですよね」
「はい、そうです」
「ディッペル家と交友が深いと聞いています。わたくしのお茶会に参加しませんか?」
「よろしいのですか?」
「ぜひいらしてください」

 レーニちゃんもノエル殿下のお茶会に誘われて、わたくしは一安心していた。
 クリスタちゃんもレーニちゃんも、今のところペオーニエ寮で固まって行動していて、他の寮の生徒と交友はなさそうだ。
 杞憂かもしれないが、原作を知っているだけにわたくしはミリヤム嬢には警戒をしていた。

 午後の授業が終わってお茶の時間になると、ペオーニエ寮の中庭にあるサンルームにわたくしはクリスタちゃんとレーニちゃんを連れて行った。そこではノエル殿下主催のお茶会が開かれている。
 お茶会までが学園での社交の一部であり、お茶会が終わるとノエル殿下もノルベルト殿下もハインリヒ殿下も王宮に帰ってしまう。

「ノエル殿下、今年もお茶会にお招きくださりありがとうございます」
「エリザベート嬢、今年もよろしくお願いします。エリザベート嬢のハイクを聞かせていただきたいものですわ」
「俳句は精進いたします」

 わたくしがご挨拶をすると、クリスタちゃんもレーニちゃんもノエル殿下の前に出る。

「ノエル殿下、お茶会では詩を読まれると聞きました。楽しみにして参りました。よろしくお願いします」
「クリスタ嬢はわたくしの婚約者のノルベルト殿下の弟君であるハインリヒ殿下の婚約者になりました。将来は義理の妹になります。末永く仲良くしていただきたいものです」
「光栄なお言葉です」
「ノエル殿下、詩のことは分かりませんが、教えていただけると嬉しいです」
「レーニ嬢は、ディッペル家のフランツ殿と婚約するのではないかという話があるのではないですか。ディッペル家は王家とも近しい家です。わたくしとも仲良くしていただければ嬉しく思います」
「わたくしでよろしければ」

 クリスタちゃんもレーニちゃんもノエル殿下は暖かく受け入れてくれている。その様子を見てわたくしも嬉しい限りだった。

「フランツ様はとても聡明で、三歳の頃からわたくしに詩を贈ってくださるのです。最近はご自分で字を書かれるようになりました」
「フランツ殿に愛されているのですね」
「まだフランツ様はお小さいので、実感はわきませんが、いつかフランツ様が大きくなられたときにフランツ様のお気持ちが変わっていなければ……」

 そこから先は言わなくても分かる気がしていた。
 レーニちゃんはリリエンタール家の令嬢として、ディッペル家に嫁ぎたいと思っているのだ。ディッペル家とリリエンタール家で縁ができるのはとてもよいことだった。

「両親は今、新しい列車の開発に力を入れています。新しい列車ができて、線路が敷ければ、隣国への行き来も楽になります」
「わたくしの故郷に線路を繋げようとしているのですね」
「国王陛下から任された大きな事業です。両親は必ず成功させるでしょう」

 リリエンタール家が隣国に繋がる列車の線路を敷いて、新しい列車を開発するとなれば、リリエンタール家の陞爵もありえるのではないだろうか。
 この国で二つしかなかった公爵家が、バーデン家が降格になってから一つになっているというのも、国のバランスとしてはよくないことなのかもしれない。
 リリエンタール家が公爵家になれば、ますますディッペル家との繋がりを求められる。

 わたくしはレーニちゃんの言葉に胸をときめかせていた。
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