エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
243 / 528
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

3.ミリヤム嬢との接触

しおりを挟む
 学園での生活は平和だった。
 朝はクリスタちゃんと食堂に行き、レーニちゃんも合流して朝食を食べる。午前中の授業が終わると、お昼の休憩時間にクリスタちゃんとレーニちゃんと合流して食堂で昼食を食べる。午後の授業が終わったら、ペオーニエ寮の中庭のサンルームに行ってノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下と他の生徒とも一緒にお茶をする。
 お茶をした後には寮の部屋に帰って宿題をする。クリスタちゃんもリップマン先生から教えられているので、勉強には困っていないようだった。
 部屋には時々レーニちゃんが遊びに来て、一緒に時間を過ごして、夕食のために食堂に行くこともある。レーニちゃんは別々で食堂で合流することもある。

 毎日がクリスタちゃんとレーニちゃんと一緒で、ノエル殿下ともノルベルト殿下ともハインリヒ殿下ともお会いできて、わたくしは楽しかった。
 エクムント様は士官学校に通われたので、このような経験はされていない。士官学校の生活は軍人になるので厳しかったようだが、学園生活はわたくしもクリスタちゃんも淑女としても学生としても教育されていたので何も困ることはなかった。

 平穏な学生生活に変化があったのは春の中頃だった。
 わたくしとハインリヒ殿下とは性別が違う。男子生徒はある程度の剣術も覚えなければいけないと剣術の練習があって、その間女子生徒は座り方や歩き方のマナーの授業がある。
 国一番のフェアレディと呼ばれていた母に育てられたわたくしは、小さい頃からマナーに関しては厳しく躾けられていた。
 姿勢を崩さないように頭に本を乗せて、教室の床に引かれた線を両脚で挟み込むようにして歩いていくわたくしを見て周囲の女子生徒がため息を零す。

「エリザベート様の歩き方の美しいこと」
「さすがはディッペル家の御令嬢だわ」
「完璧な淑女のお姿だわ」

 そこまではよかったのだ。

「それに比べて、ミリヤム嬢の歩き方。エリザベート様はあんなに美しいのに」
「また本を落としましたわ。エリザベート様とは大違い」
「先生は背中に定規でも入れたらいいのではないでしょうか」

 わたくしの後にミリヤム嬢が歩いているのだが、その歩き方が美しくないと言われている。
 わたくしは褒められることは嫌ではなかったが、わたくしを褒めるために他人を貶めるのは我慢ができなかった。

「今、発言した方、前に出て来てください」
「エリザベート様!?」
「どうしてエリザベート様がお怒りになられるの!?」
「わたくしを褒めるために、ミリヤム嬢を貶めた方がいますね。そんなことをするのは、わたくしに対しても侮辱にあたります」
「ミリヤム嬢とエリザベート様を比べたのがいけなかったのですか?」
「比べられる価値もないですものね」

 全然分かっていない。
 わたくしのお腹の底からふつふつと怒りがわいてくる。
 ミリヤム嬢には警戒しなければいけないと分かっていても、わたくしはこんな陰湿な苛めは見ていられなかった。

 前世でも女子生徒が女子生徒を苛めることがあった。ニュースでは毎月のように苛めでの自殺者が出たと報道されていた。

 涙を堪えているミリヤム嬢は黒髪に黒い目で、この国では一番多い色彩の持ち主だった。長い睫毛に縁どられた大きな目が潤んでいる。

「ミリヤム嬢、もっと胸を張るのです」
「エリザベート様?」
「胸を張って、頭の位置は動かないようにして、足は爪先から静かに踵まで降ろすのです。ゆっくりでいいのでやってみてください」
「は、はい」

 潤んだ目を拭ってミリヤム嬢がわたくしの言った通りに歩き出す。まだ安定してはいないが、ミリヤム嬢は本を落とすことなく線の端から端まで歩くことができた。

「できたではないですか。これまでは陰口を叩かれて、委縮していたのかもしれませんが、これからは胸を張って堂々と歩くのです」
「エリザベート様、ありがとうございます」

 深く頭を下げるミリヤム嬢を見ながら、わたくしはやってしまったと思っていた。
 クリスタちゃんと出会ったときもなのだが、わたくしはクリスタちゃんにできる限り関わらないようにしようと決めていた。それなのにクリスタちゃんは妾に虐待されていて、助けずにはいられなかった。

 学園でクリスタちゃんと出会っていれば、わたくしはクリスタちゃんが陰口を叩かれていたらこうやって手を出さずにはいられなかっただろう。こういう指導が『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではクリスタちゃんを公の場で恥をかかせたと受け取られたのかもしれない。

「わたくし、自分が子爵家の娘なのに場違いに学園に入学してしまったことは気付いていました。わたくしの教育のために両親は学園に入学させてくれたのに、周囲の方々が怖くて、冷たくて、わたくし、心が折れそうになっていましたの」
「苛めは絶対に見逃せません! ミリヤム嬢、あなたは身分は低いかもしれませんが、学園に入学することを認められた身。学園でこれから礼儀作法を身に着けることを期待されているのです。誰でも最初はできないことがあってもおかしくありません」
「わたくし、乗馬の練習をしたことがなくて、馬が怖くて仕方がないのです。去年の運動会でエリザベート様が馬を乗りこなしているところを見て、本当に憧れました。こんな素晴らしい方に助けていただけたなんて、わたくしは本当に幸運です」

 あれ?
 何か警戒していたのと別方向に運命が動いている気がする。
 ミリヤム嬢はクリスタちゃんと一緒になってわたくしを憎むキャラクターだったはずなのだが、心から感謝して、ミリヤム嬢はわたくしに憧れていたとまで言っている。

「わたくしのような身分の者が言っていいのか分かりませんが、エリザベート様さえよければこれからも色々と教えていただけませんか?」

 しかもわたくしはミリヤム嬢に頼られている。
 どういうことなのだろう。
 混乱しつつも頼られているなら応えねばならないと思っていると、教室を出た廊下をクリスタちゃんがわたくしを見付けて小走りに駆けて来る。

「お姉様、授業が今終わったのですか? わたくしも今終わったのですよ。お昼ご飯を食べに行きましょう」
「そ、そうでした。ミリヤム嬢、わたくしでよければいつでも相談に乗ります」
「わたくし、学園の授業にも全然ついていけていなくて。わたくしと同室の上級生も、わたくしと一切口を聞いて下さらないのです」
「寮では上級生が下級生の指導をするはずなのに!? 一年生のときからそうだったのですか?」
「はい……。同室の六年生は、わたくしに何も教えてくださらなくて、わたくしはどうやって寮で生活したらいいのかも分からないままでした」

 身分の近いものが揃っているローゼン寮内でもミリヤム嬢は苛められていた。
 そういえば、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではミリヤム嬢とクリスタちゃんは同じ寮で、同じ部屋にされて、何も分からぬまま奮闘するストーリーだった気がする。成績もよくなくて、舞踏会に着ていくドレスも用意できなくて、つらく苦しい日々を送りながらも、ハインリヒ殿下との交流をしていくストーリーだった。

「ミリヤム嬢、一緒に食堂に行きましょう。クリスタも一緒でいいですね?」
「お姉様の同級生なのですね。わたくしはクリスタ・ディッペルです。困っていることがあるのならば、お姉様に話せば助けてくれます」
「ありがとうございます、エリザベート様、クリスタ様」

 涙ぐんで食堂についてくるミリヤム嬢を、わたくしはペオーニエ寮のテーブルに招いた。
 寮が違っていても、その寮の生徒から招かれた場合には、その寮のテーブルを使っていいし、お茶会にも参加していいという決まりがあるのだ。
 ペオーニエ寮の生徒はミリヤム嬢がテーブルに着いているのに驚いているようだが、行儀作法をしっかりと教え込まれた者たちなので、何も文句は言って来なかった。

「寮での暮らしがよく分からないとなると、洗濯物やシャワーはどうしていたのですか?」
「他の方がしているのを真似していましたが、シャワールームは脱衣所に鍵がかからないので、着替えに悪戯されることも多くて、シャワールームの中にまで持ち込んで、濡れた着替えを着て過ごしていました」
「酷いですわ! お姉様、わたくし、苛めなんて許せない」
「わたくしもそう思います。ミリヤム嬢、わたくしと友達になりましょう」
「え!?」
「エリザベート・ディッペルの友人ということになれば、ミリヤム嬢に悪さをできるひとはいなくなります」
「ノエル殿下にお願いして、ミリヤム嬢をお茶に招いていただきましょうよ、お姉様。ミリヤム嬢はお茶の時間はどうしていたのですか?」
「わたくしは、どこにも入れてもらえなくて食堂で過ごしていました」
「そんなのいけないわ。他の寮でもノエル殿下が招待したとなれば一緒にお茶ができます」

 関わらないようにしようと決めていたのに、わたくしはクリスタちゃんにミリヤム嬢を紹介してしまったし、わたくしもクリスタちゃんもミリヤム嬢と関わってしまっていた。

 けれど、行われている苛めを見て見ぬふりをするなんてことは、わたくしには絶対にできなかった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...