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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

34.エクムント様にハンカチを渡す

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 エクムント様が二十五歳になる。
 わたくしの父は学園を卒業して、一年後、母が学園を卒業してから結婚をして、公爵位を譲られたので、十九歳からディッペル公爵になっていることになる。
 その翌年にわたくしが生まれていて、わたくしが十三歳なので、父は三十三歳、母は三十二歳だ。
 これで立派な中堅クラスの公爵なのだから、エクムント様の二十五歳という年齢がこの世界においてはどれだけ大人なのかを感じさせる。
 この年で結婚していないなんて貴族としては少数派なのだが、エクムント様にはわたくしと婚約しているという理由があった。十一歳年下のわたくしと婚約しているから、エクムント様は未だ独身を貫かれているのだ。

 婚約は結婚の約束で、前世では何の拘束もなかった覚えがあるが、今世の貴族同士の婚約となるとものすごい拘束力がある。特にこの国唯一の公爵家であるディッペル家と、公爵家に並ぶとも劣らない辺境伯家との婚約となると、国の一大事業であるから、破棄することなど絶対にあり得ないのだ。

 わたくしは学園を卒業して十八歳になれば辺境伯領に嫁いでいく。これは決定事項である。
 同じく、クリスタちゃんは学園を卒業して十八歳になれば王家に嫁いでいく。

 わたくしは中央と辺境域を繋ぐ存在となり、クリスタちゃんは王家で王太子妃となるのだ。

 ディッペル家から辺境伯家に嫁ぐ娘と、王家に嫁ぐ娘が出ることは、ディッペル家がこの国唯一の公爵家であるから当然ともいえるし、ディッペル家と王家との繋がりが深いことを示している。

 王家との繋がりが深いからこそカサンドラ様はまだ八歳だったわたくしに頼んでまでエクムント様と婚約をさせたのだ。

 夏休みの終わり、エクムント様のお誕生日で辺境伯領に行けば、わたくしもクリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも両親も歓迎された。
 エクムント様のお誕生日には去年からハインリヒ殿下とノルベルト殿下も参加されている。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も王都から到着して、食堂で揃って昼食を食べた。

「辺境伯領から日帰りはつらいと父上に言ったら、泊ってきていいと言われました」
「母上も、辺境伯と交流を持つことはよいことだと仰っていました」

 ノルベルト殿下もハインリヒ殿下も辺境伯領に一泊して帰るようだ。

「ノルベルト殿下もハインリヒ殿下も社交界デビューは終えているので、明日の昼食会からご一緒できますね」

 エクムント様の言葉にわたくしとクリスタちゃんはそうだったと顔を見合わせた。
 ノルベルト殿下とハインリヒ殿下は幼い頃から王家の式典で昼食会から晩餐会まで参加しているのだ。これは実質社交界にデビューしているも同然だった。

「ノルベルトでんか、ノエルでんかはこられないのですか?」
「ノエル殿下はこの時期はご兄弟のお誕生日があるので隣国に帰られているのです」
「わたし、ノエルでんかにおあいしたかったです。ノエルでんかのよむしは、すてきなのです」
「フランツ殿もノエル殿下の詩のよさが分かりますか。さすがですね」

 ふーちゃんはノエル殿下が来られないことにがっかりしていたが、目を輝かせているノルベルト殿下に身を乗り出して言う。

「ノエルでんかのしは、すばらしいです。わたしは、いつもかんどうしてしまいます」

 手を組んで祈るような形にしているふーちゃんに、まーちゃんが首を傾げている。

「わたくし、ちいさいからなのかしら。ノエルでんかのしがよくわかりません。げいじゅつがむずかしいのでしょうか」
「マリア嬢は小さいですからね。フランツ殿のように三歳から詩を読むような天才は滅多にいないのですよ」
「わたくし、よんさいなのですが……」
「劣等感を覚えることはないと思います。詩のよさが分かる日が来ます」

 ノルベルト殿下は力説しているが、わたくしはまーちゃんにはそのままでいてほしいと願っていた。まーちゃんまで妙な詩を読み始めたら、わたくしはディッペル家で居場所がなくなってしまう。

「わたくしも芸術がよく分かりません。マリアはわたくしに似たのかもしれません」
「エリザベートおねえさまも!? それなら、わたくしはあんしんしました」

 お互いに一人ではないことを確かめ合って、わたくしとまーちゃんは安心していた。

 エクムント様のお誕生日の前日から辺境伯領に入っていたが、わたくしは先にエクムント様にプレゼントを渡しておくことにした。
 お誕生日の席ではパーティーバッグにハンカチの入った箱が入らないのだ。

「エクムント様、レーニ嬢のお誕生日会でハンカチをお借りしました。あのときにわたくしの刺繍をしたハンカチを使っていてくださってとても嬉しかったのです。あのハンカチも古くなってきたと思います。新しいハンカチに刺繡をしました」

 箱を手渡すとエクムント様が箱を開けて白いハンカチに施された刺繍を一つ一つ指先で確かめる。

「ダリアに、四葉のクローバーに、ブルーサルビアに、これはアラマンダですか?」
「辺境伯家の庭にアラマンダが咲いているのを見てとても美しかったので、刺繍してみました」
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

 その言葉がお世辞ではなくて、本当であることをわたくしは確信していた。エクムント様はレーニちゃんのお誕生日のお茶会で、わたくしがミルクポッドを落として牛乳を被ってしまったときに、ハンカチを貸してくださった。そのハンカチはわたくしが刺繍したものだったのだ。
 ハンカチは使われていたので若干色が変わって来ていたが、それでもエクムント様はそれを大事にしていてくださった。それが嬉しくてわたくしはもう一度エクムント様にハンカチを刺繍しようと思ったのだ。

「わたくしは幸せ者です」
「エリザベート嬢?」
「今度の刺繍は前よりも上手にできていると思います。糸の処理も上手になったので、長く使えると思います」
「出かけるときに使わせていただきますよ。エリザベート嬢のお誕生日にも持って行きましょう」
「わたくしのお誕生日……そうでした、もうすぐですね」

 わたくしのお誕生日とエクムント様のお誕生日はかなり近い。
 両親が同じ冬生まれでお誕生日を一緒に祝っているのだが、エクムント様と結婚した暁にはわたくしもそのようにしたいと思い始めていた。

「わたくしの両親のように、エクムント様と結婚したら、わたくしとエクムント様のお誕生日は一緒に祝いませんか?」

 かなり気が早いお願いになってしまったが、わたくしが言えば、エクムント様が目を丸くしている。

「私のお誕生日はどうでもいいのですが、エリザベート嬢のお誕生日を別に祝わなくていいのですか?」
「一緒に祝うのが理想なのです。わたくしの両親もそうやって祝っていますから」
「ディッペル公爵夫妻は仲がいいですからね」
「わたくしも両親のような仲のいい夫婦になりたいのです」

 未来の話をするとまだまだ遠いと感じてしまうが、それでもわたくしはエクムント様にわたくしの希望を聞いて欲しかった。

「エリザベート嬢がそう願うのならば、そうしましょう。まだ五年も先の話ですが」
「わたくし、気が早かったですわ」
「エリザベート嬢が十八歳になるというのは、今はまだ想像もできませんね」

 十三歳のわたくしは背も伸びていて母と変わらなくなってきているのだが、それでも十八歳というのは想像もできない年齢のようだ。
 後五年。五年でエクムント様の心を掴むことができるのだろうか。

 せめて妹は卒業したいと願うわたくしだった。

「エリザベート嬢、部屋までお送りします」

 手を取られてわたくしはエクムント様と一緒に歩いていく。
 その後ろを、物陰からわたくしとエクムント様のやり取りを一部始終見ていたクリスタちゃんが密やかについて来ているのに、わたくしは気付いていた。
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