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十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

10.ふーちゃんの喜びの詩

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 お茶を飲んでいると、まーちゃんのためのケーキが運ばれて来た。
 大量の桃が乗ったショートケーキである。切られているが、取り分ける前の丸い状態でテーブルの上に置かれたショートケーキにまーちゃんが興奮しているのが分かる。

「わたくしのおたんじょうびのケーキです。こんなにいっぱいモモがのっています!」
「新鮮な桃が手に入ったので、マリアのお誕生日にケーキを作らせたのだよ」
「桃はお好きですか?」
「わたくし、くだものがだいすきです! ありがとうございます!」

 元気よくお礼を言っているまーちゃんのお皿からケーキが乗せられていく。全員のお皿にケーキが配られると、まーちゃんもふーちゃんも夢中になって食べていた。わたくしも食べたが、瑞々しい桃とクリームにしっとりと馴染んだスポンジがとても美味しいショートケーキだった。

 食べ終わるころには軽食や他のケーキも出て来て、わたくしたちは自由にそれを取って食べる。
 ふーちゃんはポケットから紙を取り出していた。

「レーニ嬢に詩を書いて来ました。レーニ嬢と婚約が成立した喜びで、詩を読まずにいられなかったのです」
「いつもわたくしに詩をありがとうございます。わたくしには芸術を解する心がないようなので、意味はよく分かりませんが、フランツ殿の真心は伝わってきます」
「聞いてください、私の詩を」

 ふーちゃんが深く息を吸い込んで折り畳んだ紙を広げる。
 わたくしとエクムント様とハインリヒ殿下は身構えるような気配がしたが、ノエル殿下とノルベルト殿下とクリスタちゃんは期待する目でふーちゃんを見ている。
 大きな声でふーちゃんが読み上げる。

「レーニ嬢、あなたと婚約できた私はどれほどの幸せ者なのでしょう。私はまだ小さく、薔薇で言えば若木どころか芽吹いたばかりなのです。しなやかに枝を伸ばし咲き誇るあなたが眩しくて仕方がない。いつか私の気持ちが届くように、あなたのハートに投げキッス!」

 本当に何が何だか分からない。
 困惑しているわたくしに、エクムント様もハインリヒ殿下も両親も同じく困惑している空気を感じる。
 それに対して、国王陛下も王妃殿下もふーちゃんに拍手を送っているではないか。

「婚約の喜びがよく伝わってくる。最後が投げキッスで終わっているのも、とてもいい」
「まだキスには早いですからね。投げキッスなら許される年齢ですものね。よく考えられています」
「年相応で可愛らしいですわ」
「フランツ殿の詩は素晴らしい」
「しはよく分かりませんが、すごいですね」

 国王陛下も王妃殿下もノエル殿下もノルベルト殿下も絶賛しているし、ユリアーナ殿下も一応拍手を送っている。よく分からないが、これは国に認められた詩になるのだろうか。
 困惑しているわたくしとエクムント様とハインリヒ殿下と両親に気付かずに、クリスタちゃんが説明をする。

「フランツは、レーニ嬢のために早朝の散歩にも出かけずにわたくしと一緒に詩を作っていたのです。フランツの努力が報われたようでよかったです」
「クリスタお姉様も、明日のハインリヒ殿下のお誕生日のためにお散歩に行かずに詩を作っていらっしゃったのですよ」
「フランツ、それを言ってしまったら恥ずかしいですわ」
「クリスタお姉様は私のことを言ったので、私も言ったのです」

 クリスタちゃんとふーちゃんで言い合っているが、それも仲がいいように聞こえる。
 朝のお散歩に行かずに詩を作っていたというのを聞いて、レーニちゃんが納得している。

「それで、朝はクリスタ嬢もフランツ殿もおられなかったのですね。フランツ殿、わたくしのためにありがとうございます」
「受け取ってください、レーニ嬢」
「この意味はよく考えてお返事を書こうと思います」

 やはり意味は分からなかったがレーニちゃんはレーニちゃんなりにお返事を書くと答えて詩の書かれた紙を受け取っていた。

「素晴らしい詩が聞けて、今日のお茶会は開いた甲斐があった」
「マリア嬢のお誕生日も祝えました」

 ふとまーちゃんの顔を見てみると、眉間に皺が寄っている。
 わたくしはまーちゃんにそっと話しかけた。

「どうしたのですか、マリア?」
「わたくし、どうしてもしがわからないのです」
「マリアもですか……わたくしもです」
「エリザベートおねえさまもですか? みなさまがすばらしいとおっしゃるけれど、わたくしにはわからない……。しのせかいはむずかしいのですね」

 悩んでいるまーちゃんの髪を撫でると、やっと眉間の皺が取れた。
 まーちゃんの丸い後頭部を見下ろすと、まーちゃんは二つ結びの三つ編みにしていて、リボンを付けている。そのリボンはわたくしのお譲りで、わたくしの見覚えのあるものだった。

 水色の両端に白いフリルがついたリボンはわたくしが気に入って長く使っていたものだった。

「マリア、そのリボン、わたくしが気に入っていたものですわ」
「レギーナにかみをむすんでもらうときに、これがいいといったのです。エリザベートおねえさまからいただいたのでしたね」

 お譲りはわたくしとクリスタちゃんからもらったものがあるので、まーちゃんもはっきりとどちらからもらったか把握していないようだ。ドレスはクリスタちゃんはディッペル家に来てすぐはわたくしのお譲りを着ていたので、まーちゃんはわたくしとクリスタちゃん、どちらも着たドレスを着ていることもある。

 まーちゃんの丸い頭を見ていると、エクムント様が微笑んでいた。

「覚えています、エリザベート嬢はこのリボンをよく着けていましたね」
「エクムント様も覚えていらっしゃいますか?」
「マリア嬢はエリザベート嬢と髪色も目の色も近いので、エリザベート嬢の小さな頃を思い出します」

 わたくしの黒髪には紫色の光沢があって、黒い目には銀色の光沢があるが、まーちゃんはただの黒髪に黒い目だ。艶々とした黒髪には天使の輪のような光沢があった。

「同じ黒髪でも、光沢が違うと、全然印象が違いますね」
「エリザベート嬢は初代国王陛下の色彩をお持ちです。それが辺境伯領でもよく話題になっていますよ」
「ディッペル家に王家の方が臣籍降下されたという名残ですものね」
「それだけ王家と繋がりが深い家なのです。国王陛下とディッペル公爵は学生時代の学友で親友ですし」
「そうでした」

 エクムント様に言われてわたくしは父と国王陛下の方を見た。

「まだ六歳の息子があんな才能豊かな詩を吟じるとは、ディッペル家の教育はさすがだな、ユストゥス」
「ディッペル家の教育なのでしょうか。フランツは幼い頃からクリスタが詩を読み聞かせていました」
「それがよかったのかもしれないな」

 父もふーちゃんの詩の意味が理解できていないようで戸惑いながらも答えている。
 お茶会はふーちゃんの詩の話題で持ちきりだった。

 眉間の皺は消えたが、笑顔には戻っていないまーちゃんにふーちゃんが気付いて声をかける。

「ごめんなさい、マリア。マリアのお誕生日なのに、私の詩の話になってしまって」
「それはいいのです」
「しかも、私は気が利かないことに、マリアにお誕生日の詩を作っていなかった。マリアが機嫌を悪くするのも仕方がない」
「わたくし、きげんはわるくないですし、しのことについてはきにしていませんわ」
「マリアは物分かりがいいからそう言ってくれるだろうけど、私は部屋に戻ったらすぐにマリアのためにお誕生日の詩を書くからね」
「いりません、おにいさま」
「遠慮しなくてもいいんだよ、私はマリアのことを大事な妹と思っているのだから」
「ほんとうにいりません」
「マリアは本当に遠慮深いいい子だね」

 ふーちゃんとまーちゃんの会話が噛み合っていない。
 まーちゃんは終始真顔であるし、ふーちゃんは完全に自分の考えに浸っている。
 どのように助け舟を出そうかとわたくしも考えたが、ふーちゃんの詩が絶賛されている中で、まーちゃんが心の底からふーちゃんの詩をいらないと思っているなんてことを告げたら、ふーちゃんも傷付くし、まーちゃんが詩を理解できない子だと思われてしまう。

「マリア、フランツの兄心、受け取ってあげなさい」
「エリザベートおねえさまがそういうなら」

 不承不承頷くまーちゃんに、ふーちゃんは詩のフレーズを考えているようだった。

「マリアは可愛いから、どんな花に例えよう。マリアにも花の妖精さんが感じられるように書かなくては」

 花の妖精さんと言われて、まーちゃんは何か思い出したようだ。
 レギーナに声をかけている。

 レギーナがまーちゃんに言われて持ってきたのは、一輪の白薔薇だった。

「こくおうへいか、おうひでんか、わたくしのおたんじょうびをまいとしおいわいしてくださってありがとうございます。これは、レーニじょうがにわしにいって、きってもらったしろバラです。うけとってください」
「私と王妃にくれるのか?」
「わたくしたちがもらっていいのですか?」
「はい、そのためにきってもらいました」
「ありがとう、マリア」
「ありがとうございます、マリア嬢」

 朝にまーちゃんが白薔薇を欲しがったのはこういうことだったのだ。
 自分のお誕生日を毎年お祝いしてくれる国王陛下と王妃殿下に何かお礼がしたい。
 まーちゃんの気持ちは国王陛下と王妃殿下に通じた。

 すぐに一輪挿しが持って来られて、白薔薇はそこに活けられた。
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