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十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

11.譲られた詩集

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 国王陛下一家とノエル殿下とエクムント様とレーニちゃんとのお茶会が終わった翌日、ハインリヒ殿下のお誕生日が来た。
 昼食会にはエクムント様とハインリヒ殿下が部屋まで迎えに来てくださる。
 ノックした後は廊下で待っている紳士なところにわたくしは胸が高鳴る。差し出されたエクムント様の手に手を重ねると、緊張で汗をかいていないか気になってしまう。

 初夏とはいえ、今年の王都は暑かった。
 薄手のドレスを着てはいるのだが、じんわりと汗ばんでしまう。
 初夏からこの暑さならば、今年の夏は特に暑いのかもしれない。
 窓を開ければ風が入ってまだ耐えられる温度だが、辺境伯領になると更に暑くなっているだろう。辺境伯領の夏にわたくしは耐えられるのか、少し不安になってしまう。

 夏休みには今年も辺境伯領に家族で招かれるだろう。
 辺境伯領での暮らしにも少しずつわたくしは慣れていかなければいけない。

「エリザベート嬢、どうされましたか?」
「今年は暑いと思っておりました」
「この暑さでは農家は打撃を受けるでしょうね」

 エクムント様の真剣な表情に、辺境伯領では暑さによって農作物の育ちが変わるのだという当然の出来事にようやく頭がいく。自分のことばかり考えていたのが恥ずかしくなるわたくしに、エクムント様は真面目な表情のままだ。

「ディッペル公爵領は、家畜の農家が多いので、そちらも打撃を受けるのではないでしょうか」
「その通りだと思います。夏場の暑さが酷くなければいいのですが」
「祈るだけでは何もできませんので、辺境伯領では農家に援助金を出して、農家が潰れないようにしたいと思っております」

 具体的な策までエクムント様は考えていた。
 本当に思慮深い方なのだとわたくしは改めて尊敬する。

 昼食会が終わると、そのままお茶会の会場に移る。
 お茶会にはふーちゃんとまーちゃんも連れて来られていた。
 ふーちゃんは嬉しそうにレーニちゃんの手を握っている。まーちゃんもレーニちゃんと並んで歩いている。

 ふーちゃんとまーちゃんは本当にレーニちゃんのことが好きなのだと和んでいると、国王陛下が声を上げた。

「ハインリヒの婚約者、クリスタからハインリヒへ詩を捧げる」
「恐れながら、国王陛下、読ませていただきます」

 昨日から一生懸命考えていた詩の書かれた紙を、パーティーバッグから取り出して、クリスタちゃんが読み始めた。

「太陽のように明るく朗らかなハインリヒ殿下。あなたの方を自然と向いてしまう、わたくしは向日葵のようです。ハインリヒ殿下のお声を聞くとわたくしの心に向日葵の花が一輪咲き、ハインリヒ殿下の笑顔を見るとわたくしの心に向日葵の花がまた一輪と咲くのです。どうかいつまでも光り輝いていてください。わたくしはハインリヒ殿下を見詰めて生きるのです」

 心に向日葵が咲いてしまうと、向日葵の花はかなり大きいので、大変なスペースを占めるのではないだろうか。

 真面目にツッコミを入れたかったが、わたくしはぐっと我慢した。

「ハインリヒのことをそんなにも想ってくれているだなんて。ハインリヒは幸せだ」
「ありがとうございます、クリスタ嬢」

 国王陛下も王妃殿下もクリスタちゃんの詩に感動している。
 クリスタちゃんはやり遂げた顔をしていた。
 これに水を差すなんてことができるはずがない。

 口を閉じたままハインリヒ殿下を見ていると、ハインリヒ殿下はぎこちない笑顔でクリスタちゃんに歩み寄る。

「私には難しくて意味があまり分かりませんでしたが、それも私の勉強不足なのでしょうね。クリスタ嬢の気持ちは伝わってきました。ありがとうございます」
「わたくしの詩が拙いせいかもしれませんわ」
「そんなことはありません。父上も母上もクリスタ嬢の詩を認めてくださっています。クリスタ嬢は素晴らしい詩を読んだのだと思います」

 その意味が私にはよく分からないだけで。

 ハインリヒ殿下が飲み込んだ言葉がわたくしには聞こえたような気がした。

「エクムント様……」
「すみません、エリザベート嬢、私は不器用な軍人なので、芸術を解することができないのです。詩に関しては聞かないでください」
「はい。わたくしも勉強が足りず、よく分かりませんでした」

 エクムント様の顔を見れば、先に詩のことは聞かないで欲しいと言われてしまった。わたくしも詩の意味についてはよく分からないので、同意しておいた。

 詩の朗読が終わると、わたくしはエクムント様と一緒にふーちゃんとまーちゃんとレーニちゃんが座っているテーブルに向かう。
 ふーちゃんはクリスタちゃんの詩に感激しているようだった。

「クリスタお姉様は本当に素晴らしい詩を読まれます。昨日一生懸命考えておられただけのことはあります」
「そうなのですね。フランツ殿はあの詩の意味が分かりますか?」
「はい。ハインリヒ殿下を太陽と讃え、クリスタお姉様は太陽の方を向いて咲く向日葵の花に自分を例えられたのです。ハインリヒ殿下の一挙手一投足でクリスタお姉様の胸には向日葵の花が咲き乱れ、向日葵畑を作っているのです」

 熱く語られてしまったが、やはりよく意味が分からない。
 広大な向日葵畑とクリスタちゃんの華奢な体がどうしても重ならないのだ。

「わたくし、よくわかりません。もうすこしおおきくなったら、わかるのでしょうか?」
「わたくしも詩に関しては難しいと思っています。生まれ持った感性が必要なのかもしれません」

 レーニちゃんの言うことに、まーちゃんは難しい顔で頷いていた。

 わたくしは心の中でまーちゃんはそのままでいて欲しいと願っていた。ディッペル家の兄弟のうちクリスタちゃんとふーちゃんが詩に傾倒していて、まーちゃんまで詩を理解するようになってしまっては、わたくしが一人だけ取り残されることになる。
 まーちゃんはまだ五歳なので詩を理解できるようになる可能性もないわけではなかったが、どうかそのままでいて欲しいとわたくしは願わずにはいられなかった。

「学園の授業でも詩が取り入れられました。ノエル殿下が毎日書かれている詩の中でよい出来と認められたものを印刷して教科書にしているのです」
「学園での授業が羨ましいです。私もノエル殿下の詩を読みたいです」

 目を煌めかせてレーニちゃんを見るふーちゃんに、エクムント様が声をかける。

「貴族の嗜みとして私もその教科書と同時に発売された、ノエル殿下の詩集を買いました。中身は教科書に載せられたものと変わらないそうです。無骨な軍人の私には芸術は理解できなかったので、フランツ殿に譲りましょうか?」
「いいのですか、エクムント様?」
「私が持っているよりも、フランツ殿が持っていた方が理解もできるし、学園に入学したときのための勉強にもなるし、いいでしょう」
「ありがとうございます」
「お茶会が終わったら休憩時間がありますので、そのときに部屋にお届けしますね」

 ノエル殿下の詩集を欲しがっているふーちゃんのために、エクムント様は自分が買われた詩集を譲って下さると言っている。

「マリアにも見せてあげるからね」
「おにいさま、わたくしは……」
「遠慮しなくていいんだよ。エクムント様に感謝して一緒に読もうね」

 喜んでいるふーちゃんに、まーちゃんは冷ややかな目をしていた。

 お茶会が終わって、休憩時間にエクムント様が両親とふーちゃんとまーちゃんの部屋に来ると分かっていたので、わたくしは髪を整えてから、両親とふーちゃんとまーちゃんの部屋に行った。クリスタちゃんもわたくしについてきた。

「失礼します、エクムント・ヒンケルです」
「この度はフランツのためにありがとうございます」
「フランツから話は聞きました。詩集をいただけるとのこと、フランツもとても喜んでいます」
「私にはよく分からなかったのですが、フランツ殿には才能があるのできっと有益に使ってくださることでしょう」

 エクムント様が持ってきた詩集を受け取ってふーちゃんは深々と頭を下げていた。

「ありがとうございます、エクムント様」
「どういたしまして、フランツ殿。フランツ殿の勉強の糧になればと思います」

 丁寧にふーちゃんに挨拶をして帰って行くエクムント様と、詩集を抱き締めて飛び跳ねているふーちゃん。
 まーちゃんはふーちゃんを真顔で見つめていた。
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