エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

3.フィンガーブレスレットとお芝居観劇

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 学園にいる間、わたくしたち生徒は爪を塗ることは許されていなかった。
 制服のリボンの色を変えたり、リボンを付けなかったり、改造することは許されているので何か飾れることはないだろうか。特にわたくしは爪を自分で塗ることのできないまーちゃんのためにも手を飾るものを考えていた。

 学園は淑女は嗜みとして刺繡や縫物、編み物を習う。紳士も嗜みとして自分のボタンはつけられるくらいの裁縫は習う。女子生徒が詩集や縫物、編み物を習っている間に、男子生徒は技術の授業があって簡単な機械の組み立てや木工をしていると聞いている。
 前世ならば男女差別が云々とか言われそうだが、この世界ではこれが常識なのだから仕方がない。

 編み物の授業で余った毛糸を使ってわたくしは手の甲の装飾品を編んでみていた。小さな頃から刺繡や縫物や編み物で慣らしているので、手が自由に動く。わたくしは手先が器用なようだった。
 前世では考えられないほど器用に手の甲の装飾品を編み上げることができた。
 それは指なしの手袋に似ていて、編み模様が美しく手の甲を飾る出来栄えになっていた。

 出来上がったそれをわたくしはお茶会に持って行った。

「クリスタ、レーニ嬢、ミリヤム嬢、リーゼロッテ嬢、わたくし、このようなものを作ってみました」

 女性陣にそれを見せると、集まってくる。

「綺麗な模様編みですね」
「手に着けるのですね。毛糸ではなくてもっと固い糸で編んだら季節を問わず使えそうな気がします」
「とても素敵だと思います」
「エリザベート様は素晴らしい発想をなさいますね」

 褒められたが、レーニちゃんの言う通り、これは毛糸ではなくて糸を選んで作った方がよさそうだった。
 お茶会の紅茶やお菓子も手配しているので、わたくしは糸の手配の仕方も分からないわけではなかった。しかし、これは支払いがディッペル家になるので両親に相談しなければいけない。

 そのときに浮かんだのがエクムント様の姿だった。

 エクムント様に作ったものを送れば、それに相応しい糸を選んでくれるかもしれない。辺境伯領にはいい糸が入っているかもしれないのだ。

 お茶会が終わるとわたくしはエクムント様に手紙を書いた。
 手紙の中には作った手の甲の装飾品を入れておいた。

 その装飾品を別の糸で作りたいことを書いて手紙で送ると、エクムント様から返事は意外と早く来た。
 返事の手紙の中には、辺境伯領で手の甲の装飾品を作る事業を立ち上げたいとのことで、わたくしにはその装飾品の名前を考えて欲しいということだった。
 手の甲の装飾品には糸だけでなくガラスビーズを使って豪華に仕上げるとのことだ。

 そこまではわたくし一人の力ではできないので、お任せすることにして、わたくしはエクムント様から依頼された手の甲の装飾品の名称を考えていた。
 全く新しいものとなるとわたくしも浮かばない。

 前世の記憶を掘り起こして、名称を考える。
 確か、編み方はマクラメとかアジアンノットとかケルティックノットとかいう名称があったが、装飾品自体はなんという名前だっただろう。

 難しい顔をしていたのだろう、朝食で食堂に行ったときにレーニちゃんがわたくしに話しかけて来た。

「エリザベート嬢は何かお悩みですか?」
「実は、先日作った手の甲に着けた装飾品をエクムント様に送って、糸をいただけないかと相談してみたところ、辺境伯領でガラスビーズなども編み込んで豪華に作って下さるということで、わたくしは名称を任されたのです」
「エリザベート嬢はコスチュームジュエリーの名称も決めたのですよね。エクムント様は期待されていると思いますわ」

 期待されてしまっているというのもかなり荷が重い。
 わたくしの実力ではないところでエクムント様はわたくしを評価されているに違いないのだ。
 こうなると前世の記憶を使うしかない。
 わたくしの実力が評価されなくても、エクムント様をがっかりさせることはできない。それに、エクムント様はこの手の甲の装飾品を辺境伯領の新しい名産品として売り出そうとしているのだと思う。
 それならば、手の甲の装飾品には相応しい名称が必要だった。

 前世では手の甲の装飾品はなんと呼ばれていただろう。

 確かインドではメヘンディと呼ばれていたはずだが、それは紐で作ったものではなかった気がする。
 紐とガラスビーズで作った手の甲の装飾品を何と呼べばいいのだろう。

「フィンガーブレスレット……?」
「指にかけて、ブレスレットと繋がっているのですから、フィンガーブレスレット……分かりやすくていい名称だと思います」
「さすがはお姉様ですね。分かりやすくいい名称を考えます」

 口に出してしまったらもう引き返すことなどできなかった。

 フィンガーブレスレット。
 前世でそう呼ばれていた手の甲の装飾品の名前がこの世界で決まった瞬間だった。

 わたくしはエクムント様への手紙に名称を『フィンガーブレスレット』と書いて送ったのだった。

 少ししてからエクムント様が学園が休みのときに王都にいらっしゃった。
 エクムント様は寮の前でわたくしを待っていて、わたくしが準備をして出て来るとチケットを二枚見せてくれた。

「王都では今有名な劇団がお芝居をしているそうです。見に行きませんか?」
「わたくし、お芝居なんて初めてです」
「実は私も初めてです」

 この国には王立の劇場があって、そこでは歌手や楽団、劇団が毎日のように催し物をしていると知っていたが、わたくしは学生として勉強をしに王都に来ている身だし、お芝居のチケットを手に入れることなどできなかったので、見に行ってはいなかった。
 両親にお願いすればチケットを取ってくれたのかもしれないけれど、そういう機会もなかった。わたくし自身、お芝居や歌や演奏にそれほど強い興味がなかったのかもしれない。

 お芝居に行ったわたくしは、席に座るとエクムント様から薄い箱を渡された。
 箱を開けると、紐で編まれて、ガラスのビーズで装飾されたフィンガーブレスレットが中に入っていた。
 紫色から白のグラデーションの紐で編んであってそこに光る金色のビーズがとても美しい。

「紫色はエリザベート嬢の色、金色は私の色と思って作らせました」
「エクムント様の色……」
「婚約者に私の色を身に着けて欲しいと思ってはいけませんか?」
「いいえ、嬉しいです」

 エクムント様の色を身に着けられると思うと胸がドキドキして、喜びで頬が熱くなる。

「フィンガーブレスレットという名称も分かりやすくてとてもいいと思います。辺境伯領でフィンガーブレスレットを製造する工房を作るつもりです」

 わたくしが軽い気持ちで作った手の甲の装飾品は辺境伯領の事業の一つに組み込まれてしまった。

「エリザベート嬢が発想豊かな方でよかったと思います。辺境伯領は稀有な人材を手に入れた……いや、手に入れることになる、ですね」
「わたくしはエクムント様と結婚するのです。手に入れたで構いません」

 大胆なことを口に出してみると、エクムント様がわたくしのフィンガーブレスレットを身に着けた手に自分の手を重ねる。
 手を握られているままで、わたくしはお芝居を観劇した。

 お芝居の内容は手を握られていたのでよく頭に入って来なかった。
 途中で客席から悲鳴が上がっていたから、何か過激な内容でもあったのかもしれない。

 夢見心地のままわたくしはエクムント様に送られて寮まで戻った。
 寮に戻るわたくしに、エクムント様はわたくしがもらったのと同じ箱を幾つか渡してくださった。

「ご友人たちにプレゼントしてください。エリザベート嬢が考えたフィンガーブレスレットです」
「ありがとうございます」

 わたくしの分だけでなく、わたくしの友人たちの分まで準備してくださっているエクムント様の心遣いに感謝しつつ、わたくしは寮の部屋に戻った。
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