エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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番外編

マリア・ディッペルはお譲りを好む

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 わたくし、マリア・ディッペルには五歳のときからの婚約者、オリヴァー・シュタール様がいます。
 オリヴァー様は褐色の肌に黒髪に黒い目の美しい男性で、とても聡明で、わたくしが幼いころにノエル殿下の詩も兄であるフランツお兄様の詩も理解できなかったころに、詩の解説をしてわたくしの理解を助けてくれました。
 あのときからオリヴァー様はわたくしにとって特別な方になったのです。

 わたくしがオリヴァー様の婚約者になったのは、シュタール家が何者かに陥れられて、独立派だとして噂を広められていたとき。当時は侯爵家の後継者だったオリヴァー様も、妹のナターリエ嬢も、いわれのない非難に晒されていました。
 それを打開するために、オルヒデー帝国との融和の象徴として国王陛下の血を引くエリザベートお姉様がエクムントお義兄様と婚約をなさったように、国王派のディッペル公爵家のわたくしがシュタール家のオリヴァー様と婚約をすればいいのだと思ったのです。
 わたくしの心は既にオリヴァー様を想っておりましたから、この婚約はわたくしの望んだものでした。それでも幼いわたくしに婚約を決意させたとして、オリヴァー様やナターリエ嬢、シュタール侯爵家のお義父様はわたくしに恩義を感じているようでした。

 わたくしにとっては渡りに船。オリヴァー様と婚約したかったけれど、その方法が思い付かずに悩んでいたところに起きた事件だったので、喜んだほどでした。

 わたくし、五歳、オリヴァー様、十五歳のときのことでした。

 オリヴァー様は十歳も年の離れたわたくしとの婚約をどう思っていたか分かりませんが、シュタール家を救ったとしてわたくしとの婚約を歓迎してくれて、わたくしはずっとオリヴァー様に紳士的に優しくされてきました。

 わたくしが八歳のときに、エリザベートお姉様が結婚しました。

 白い生地の左肩と左腰に赤と紫の薔薇を飾り、銀色の詩集を施して、胸と短めのヴェールには薔薇の花びらが散っているドレスとヴェール。頭には銀色のティアラを被って、ティアラに合わせた銀色のイヤリングを付けたエリザベートお姉様は非常に美しかったです。
 わたくしはその花嫁姿に胸をときめかせました。

 小さなころからわたくしはエリザベートお姉様とクリスタお姉様のことが大好きで、お二人のような立派なフェアレディになりたいと願っていて、ドレスはほとんどエリザベートお姉様とクリスタお姉様のお譲りを使っていました。
 特にエリザベートお姉様とわたくしは、紫色の光沢のある黒髪もそっくりだし、後にオリヴァー様が気付いてくださった銀色の光沢のある目もそっくりだったのです。
 エリザベートお姉様と似ているということは、エリザベートお姉様の着たドレスはわたくしにも似合うということに他なりません。
 わたくしはエリザベートお姉様のウエディングドレスを結婚式で着たいと願うようになっていました。

 その話はエリザベートお姉様にもお願いしましたし、両親の前でも話しました。
 エリザベートお姉様はわたくしにウエディングドレスを譲ってくださる気がおありのようでした。

 学園を卒業する年、夏休みにわたくしは辺境伯領を訪れて、辺境伯家に泊まらせていただきました。エリザベートお姉様は三人のお子様のお母様になっていて、忙しそうではありましたが、辺境伯家の女主人としてしっかりとわたくしを歓迎してくれました。

「エリザベートお姉様、わたくし、結婚式にはエリザベートお姉様のウエディングドレスとヴェールを使わせていただきたいという気持ちは変わっていないのです」
「マリアがそういうと思って、ドレスとヴェールはしっかりと保管してあります。十年前のものですが、合わせてみますか? サイズが違ったら、多少ならばお直しができるでしょう」

 このことを分かっていたようでエリザベートお姉様はドレスとヴェールを準備してくれていました。
 エリザベートお姉様に招かれて部屋に行くと、わたくしはエリザベートお姉様が着たウエディングドレスとヴェールを身に着けてみます。エリザベートお姉様は女性にしては背が高い方なのですが、わたくしも身長はすらりと高く伸びていたのでウエディングドレスを身に着けると、ほとんどお直しがいらないくらいぴったりでした。

「十年前のわたくしを思い出します。マリア、とても綺麗ですよ」
「ありがとうございます、エリザベートお姉様」

 ティアラはエリザベートお姉様はカサンドラ様から譲られた特別なものを使っていたのでどうしようと迷っていると、エリザベートお姉様が助言をくださいました。

「ティアラはマリアはお母様のものを譲ってもらったらどうですか? わたくしはカサンドラ様から、クリスタ皇太子妃殿下は王妃殿下から譲っていただきました。お母様のティアラを誰も譲られないというのは寂しいと思います」
「そうですね。ディッペル公爵家に帰ったらお母様に相談してみます」

 似ている姉妹とはいえ、わたくしはエリザベートお姉様よりも少しだけ身長が低いので、裾の長さは直さなければいけないが、それくらいで済みそうで安心しました。
 翌日にはオリヴァー様がナターリエ嬢と一緒にお茶の時間に来てくださって、わたくしはオリヴァー様に報告いたしました。

「オリヴァー殿、わたくし、お約束通りエリザベートお姉様からウエディングドレスとヴェールを譲ってもらって結婚式に出ようかと思っております」
「あのドレスは辺境伯夫人が結婚なさったときは、辺境伯領のみならず、王都まで流行させた素晴らしいできでしたからね。マリア嬢と辺境伯夫人は姉妹だということがよく分かるくらい似ています。辺境伯夫人のウエディングドレスはマリア嬢にもよく似合うことでしょう」

 賛成してくださるオリヴァー様にわたくしは嬉しくてその手をしっかりと握ってしまいます。オリヴァー様もわたくしの手を優しく握ってくださいました。

「辺境伯夫人が辺境伯家に嫁いで来られた時、こんなに美しい花嫁はいないと皆様が言っていました。シュタール家も同じように言われるのかと思うと楽しみでなりません」

 ナターリエ嬢もわたくしを褒めてくださって、わたくしは幸福で胸がいっぱいになりました。

 辺境伯領からディッペル家に帰ると、わたくしはお母様にお願いしました。

「わたくしの結婚式ではエリザベートお姉様の着たウエディングドレスとヴェールを使わせてもらいます。ティアラは、お母様のものを使いたいのですが、どうでしょう?」
「可愛いマリアがわたくしのティアラを使ってくれるのならば、それほど嬉しいことはありません。使ってくれますか?」
「使わせてください」

 快く了承してくださったお母様に感謝して、わたくしはお母様のティアラを譲り受けました。

 結婚式は学園を卒業してすぐになりました。
 エリザベートお姉様の結婚式ともクリスタお姉様の結婚式とも近い日付でしたが、できるだけ早くオリヴァー様のものになりたかったので、わたくしは学園を卒業するとすぐに辺境伯領に参りました。

 結婚式にはフランツお兄様もエクムントお義兄様もエリザベートお姉様もクリスタお姉様もハインリヒ殿下も両親も参加してくださいました。
 辺境伯領での結婚式なので、辺境伯領で一番高位の貴族である辺境伯のエクムントお義兄様とエリザベートお姉様が誓いに立ち会ってくださいました。

「汝、オリヴァー・シュタールは、マリア・ディッペルを妻とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「汝、マリア・ディッペルは、オリヴァー・シュタールを夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」

 辺境伯であるエクムントお義兄様とエリザベートお姉様の前で誓いの言葉を述べて、わたくしとオリヴァー様は誓いのキスを交わしました。ヴェールを持ち上げてくださったオリヴァー様の顔が近付いてきて、わたくしが目を閉じると、柔らかく温かなオリヴァー様の唇がわたくしの唇に重なりました。

 その後、オリヴァー様の用意してくださっていた指輪も交換して、わたくしはシュタール家に嫁ぎました。

 オリヴァー様のことを、これで堂々と「オリヴァー様」と呼べます。
 それまでは心の中では「オリヴァー様」と呼んでいたのですが、表向きはわたくしは公爵家の娘で、オリヴァー様は侯爵なので、「オリヴァー殿」と呼ばなければいけませんでした。シュタール侯爵家に嫁いできたのだから、わたくしとオリヴァー様の身分は同じになります。

「マリア嬢」
「マリアと呼んでくださいませ、オリヴァー様」
「それでは、マリアも私のことはオリヴァーと呼んでくれますか?」
「え!? わたくし、オリヴァー様のことをオリヴァーと呼んでいいのですか!?」

 驚きのあまり大きな声が出てしまいました。
 エリザベートお姉様もエクムントお義兄様のことは「エクムント様」と呼んでいるし、レーニお義姉様もフランツお兄様のことは「フランツ様」と呼んでいるので、呼び捨てにするということがわたくしの頭には全くありませんでした。

「二人きりのときには遠慮なくオリヴァーと呼んでください。私はあなたの夫、あなたは私の妻なのですから」

 わたくしはオリヴァー様の妻で、オリヴァー様はわたくしの夫。
 平等を重んじるオリヴァー様にわたくしは胸がいっぱいになります。

 手を差し伸べると、オリヴァー様がわたくしの手を引き寄せて胸に抱き寄せてくださいます。

「オリヴァー……わたくしのオリヴァー」
「私のマリア。幼いマリアに愛情を持てるかと疑問に思ったこともありました。ですが、辺境伯と辺境伯夫人は年の差が私たちよりありますが、仲睦まじい夫婦となって子どもも三人います。マリアが育つにつれて美しくなって、私は心を奪われるようになりました。マリア、愛しています。一生一緒にいてください」
「わたくしも愛しています、オリヴァー」

 抱き締められて口付けられて、わたくしは幸福のあまり倒れてしまいそうになりました。

 これからがわたくしの本当に幸せな人生が始まるのです。
 エリザベートお姉様が着て結婚式を挙げたウエディングドレスは、わたくしに引き継がれ、次は誰か着るかもしれないと大事に保管されたのでした。
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