運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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抱いて欲しいと言えなくて 〜こい〜

いとしいとしといふこころ 4

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 ヘイミッシュを想って、後ろで抜いてしまった日から、後ろめたさは最高潮に達していた。どんよりとした寝不足気味のスコットに、昼ごはんのベーグルサンドを作ってきてくれたヘイミッシュが心配そうに顔を覗き込んでいる。
 コーヒーショップで買ってきたカフェラテを手渡されて、ありがとうの前に、大きなため息が出てしまった。

「疲れてるみたいね。実習、大変?」
「いや、それほどでも」

 座学のヘイミッシュと違って、実践の入るスコットは、実習が授業に組み込まれている。その中には軍隊ばりに厳しいものもあるのだが、持ち前の体力で軽々とこなしてはいた。

「頑張り屋さんのスコットもすごく素敵だけど、私には弱音を吐いても良いのよ?」
「そんな格好悪いことできないよ」
「かっこ悪くても平気よ。私たち結婚するのよ、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで一緒にいるの。いつも元気なあなたしか愛せないなんて言わないわ」
「どんな僕でも、愛してくれる?」

 抱かれたいスコットをヘイミッシュが受け入れてくれるなら、今すぐにでも式を挙げたい。受け入れてくれなくても、ヘイミッシュと離れたくない。こんなに愛しているのだから、性の不一致くらいで別れないで済む方法はないのだろうか。

「もちろん、どんなあなたも愛してるわ」
「僕が、ふ、不能、でも?」

 抱かれたいと言うことができない立場なのならば、抱くことができないと思わせて仕舞えばいいのではないだろうか。寝不足と焦りが、スコットの判断力をおかしくさせていた。
 びっしりと睫毛で覆われた美しい青い目が、驚きに見開かれる。

「その、例えば、だよ、例えば」
「あなたが性的なことができなくても、雷が怖くてクローゼットに閉じ篭ってしまっても、私の愛は変わらない。スコット、そんなことであなたを苦しめていたのね、気付かなくてごめんなさい」
「いや、僕が雷が嫌いなの、なんで知ってるの!?」

 手を握り、真っ直ぐに目を見て誠実に応えてくれるヘイミッシュに、スコットは申し訳なさしか感じていなかった。本当ならばヘイミッシュは自分のような相手ではなく、孕ませてくれる正当な相手と結婚すべきだ。それなのに、スコットが性的に不能だと告げても、ヘイミッシュの愛は変わらないと言ってくれる。

「本当は君の幸せのために別れた方が良いんだと分かっているんだけど、君が好きなんだ……君だけを愛してるんだ、すまない、ヘイミッシュ」
「泣かないで。謝ることもないわ。私だって、あなたを手放すなんてできない」

 抱きしめられ、結婚しましょうと囁かれて、スコットは涙ぐんで頭を振る。

「子どもはまだって、何度も聞かれる。君にそんな思いさせたくない」
「別に平気よ。同性同士のカップルはただでさえ子どもができにくいんだから、本当に欲しければ養子をもらえばいいわ。血の繋がりに拘るような時代錯誤なこと考える輩は、相手にしなくていいのよ」

 優しくて力強いヘイミッシュは、どんなときも冷静で頼りになる。肩口に顔を埋めて涙を隠していると、甘く香る髪の匂いに啜り泣いてしまう。この優しい腕に思う存分溺れたい。抱き締められたままでずっといたい。
 この世で一番大事なひとに嘘を吐いて、その立場を悪くさせて、自分にそれだけの価値があるのだろうか。
 ぐらぐらと足元から崩れていきそうなスコットを、ヘイミッシュの予想外に力強い腕が抱き締めて離さない。離れないといけない。ヘイミッシュから距離を置いて、冷静に話し合って、別れないといけない。理性はそう訴えかけるが、抱き締められた暖かさと香りに、スコットは動けずにいた。

「結婚して、一緒に暮らしましょう」

 手を取られて、上目遣いに見上げられ、指先に受けたキスに、スコットは拒否などできなかった。


 結婚式はヘイミッシュが20歳になってすぐに挙げられた。
 身内だけの式で、ウエディングドレスを連想させる後ろがトレーンのようになった純白のタキシードを着た可憐で美しいヘイミッシュと、鍛え上げた分厚い筋肉に覆われた身体をみっちりとグレーのタキシードに納めたスコット。二人と両親だけで挙げたささやかな結婚式だったが、スコットは処刑台にでも上がるような心地だった。
 今日から新居でヘイミッシュと一緒に暮らさなければいけない。
 ヘイミッシュは優しいので性的なことをスコットに求めたりはしないだろうが、スコットは間近にヘイミッシュを感じて、抱かれたくてたまらなくなるに決まっている。本当のことを全部ぶちまけたら、離婚を切り出されて、ヘイミッシュとは二度と会えなくなるかもしれない。
 逃げ場はないのに、スコットは自分がどうすればいいのか分からずに苦悩していた。
 神父が神の前に結婚の誓いを確認する。

「誓います」

 そう答えるのは酷い背徳だった。
 一生、ヘイミッシュにも打ち明けられない嘘を抱えて生きるくらいならば、別れてしまった方が良いはずなのに、どうしてもそれができない。初めて会ったときから運命の相手だと一目で惚れ込んだ。愛しくて堪らない美しいヘイミッシュ。
 誓いのキスに溢れた涙を、白い手袋をつけたヘイミッシュの手が、拭ってくれた。


 大学に通いながらも始まった新婚生活は、穏やかなものだった。スコットが打ち明けたのを信じてくれているので、ヘイミッシュは口付け以上のことはしない。口付けも、酔った夜にしたような深いものはしてこなかった。
 安心しつつも、本当に性的に不能なわけではないので、スコットは欲望を持て余してしまう。バスルームでヘイミッシュの使ったバスタオルの匂いを嗅ぎながら、後孔に触れたり、前に触って抜いたりするのだが、やはり、前よりも後ろの方が疼いて、胎がまだ知らぬヘイミッシュの熱を求める。
 やりたい盛りという自覚はあったが、こんなにも欲望とはおさまらないものなのかと、スコットは絶望して、ジムに通い、激しく身体を虐めて疲れ切って自室のベッドに倒れ込むようになった。おかげで快食快眠、筋肉も前以上にしっかりとついて、実習でもトップクラスになって、結婚してからスコットはますます勝ち組と言われるようになった。

「マイスイート、朝ごはんは卵いくつ?」
「二つ……いや、三つで。ベーコンもお願い」
「目玉焼きが良い? スクランブルエッグにする? ゆで卵?」
「目玉焼きで」

 トーストは二枚、プロテイン入りのココア味の飲料も添えて、ヘイミッシュがスコットの好み通りに朝ごはんを作ってくれる。

「今日もとっても素敵よ、私の王子様」
「君も綺麗だ」

 車を運転してヘイミッシュを大学まで送り届けるのは、スコットの役割り。
 お互いに別々の自室で寝て、肌を合わせることがなくても、ヘイミッシュがそばにいてくれることは幸せだった。何より、ヘイミッシュはスコットが性行為ができないことなど、気にさせないように振舞ってくれていた。

「君は最高のお嫁さんなのに……」
「あなただって、最高の旦那様だわ」

 落ち込みそうになるスコットの頬にキスをして、ヘイミッシュが大学の校舎に入るのを見送り、スコットは駐車場に車を停めた。スコットもまた今日も大学の授業と実習がある。
 昼にはランチを一緒に食べて、夜は待ち合わせをしてヘイミッシュを車に乗せて家に帰る。
 呆気ないくらいに、新婚生活は順調だった。
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