運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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偽りの運命 ~運命だと嘘をついた~

運命だと嘘をついた 2

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 貴族の家系とはいえ、両親は夢見がちなだけでラクランに結婚を絶対に強要するような古臭いことはしない。純粋にラクランにも運命の相手が訪れて、幸せな結婚をして欲しいと考えているだけなのだ。
 生まれる前から許嫁だった両親もだが、育つうちにお互いに違うと思えばいつでも解消できるという条件での婚約だった。だから、理人とラクランの間の婚約も理人が16歳になって結婚できる年までに、どちらかが他の相手を見つけたり、違うと気付けば、解消されるはずだった。小さな理人が13歳の時点で並みの成人男性よりも逞しく、いずれは2メートル程度あるスコットと変わらぬ体型に育つであろうラクランに、恋愛感情も性欲も持つはずがない。
 毎日をラクランの側で健やかに育って、大きくなったら誰か他の相手のところに行けばいい。そうして、ラクランは婚約者に振られたという言い訳を得て、一生涯独身を貫けるかもしれない。
 半分は理人のため、半分は自分のための嘘だったが、理人はすっかりとラクランに懐いてしまった。

「らんしゃんが、おらんくなったー! ひとりにせんといてー!」

 別の部屋で寝かせようとすると、「びゃー!」と大声で泣いてラクランを呼ぶ。

「ここがアナタのお部屋よ。そんなに泣くと、エルドレッドが起きてしまうわ」
「やぁやー! いっちょがええー!」
「アタシと一緒がいいの?」

 抱っこしてあやしていると、下半身に濡れた感触がして、ラクランは理人のパジャマと下着を着替えさせる。喋りもまだ幼いようだし、体の発育も遅れているのか、理人は排泄もまだトイレでできないようだった。

「らんしゃん……ごめしゃい……」
「謝らなくていいのよ。夜に寝るときは、ぐっすり眠れるように、オムツにしましょうね」

 『ラクラン』が上手に言えないので『ラン』と呼ばせたら、いつの間にか『ランさん』と言おうとして『らんしゃん』になっていたが、そこらへんも可愛い。毎日お風呂に入れて、食事も食べさせていたら、少しだけ血行のよくなった理人は、まだ痩せているが大きな赤茶色の目と、癖のあるふんわりとした赤茶色の髪に、白い肌の可愛らしい男の子だった。こんな可愛い子を、両親は何を考えて虐待し、捨てようとしたのか分からない。
 抱っこしてぽんぽんと背中を優しく叩いていると、ラクランの方もあくびが出て眠くなってしまう。まだ育ち盛りの13歳。睡眠不足は大敵だと、理人を子ども用のベッドに置こうとしたら、また「ふぇぇ」と泣き出す。

「一人で寝ることに慣れなくなってしまうからいけないわよ」

 そうヘイミッシュから言い聞かされているのに、ラクランはその日も眠気と可愛さに負けて、理人を抱き締めて自分のベッドで眠ってしまった。寝ぼけてぷにぷにと小さな手がラクランの胸を触っていることには気付いていたが、眠気の方が勝る。
 朝にエルドレッドを起こしに来たスコットが、同じ部屋の隣りのベッドに寝ていた理人がいなくて、ベッドの下まで探し回ったのに、ヘイミッシュは呆れ顔だった。

「理人は、ラクランと一緒がいいのね? どうしてもそうなら、ちゃんと私だって考えるわよ。スコットに心配かけて、部屋中探し廻らせるのはやめてちょうだい」
「無事だったならいいんだよ、ヘイミッシュ」
「もう、スコットは甘すぎるわ」

 婚約者なのだし構わないだろうと両親の許しを得て、理人のベッドをラクランの部屋に運び込んでもらったが、隣りのベッドに寝るだけでも寂しがって不安で泣いてしまう理人を、結局ラクランは抱っこして眠るしかなかった。

「あなたのことだから、理人を引き取りたいがために私たちを騙そうとしたのかと思ったけど、理人も運命を感じているのかもしれないわね」

 浅はかな13歳の嘘など心理分析官のヘイミッシュにはバレバレだったと気付く。そうだとしても、ラクランが嘘をついてまで理人を守り、引き取ろうとしたことを反対はできなかったようだった。
 学校に行っている間、理人はエルドレッドと同じ保育園に預けられたが、泣いてばかりで食事はとらないし、遊ばないし、眠らない。部屋の隅で涙を堪えながら、ラクランの学校が終わって迎えに来るのを必死に待っているだけだった。

「お腹すいたでしょ? 帰ったらおやつにしましょ」
「おやちゅ。らんしゃんと、りー、たべるんや」

 食生活に恵まれていなかった過去があるのに、食べ物に貪欲になるわけではなく、理人の食は細い。胃が小さいのもあるのだろう。

「ぼく、おひるもおやつものこさなかったよ。リヒトは、たべられなくてかわいそう」
「りー、たべたくないんや……。らんしゃんとしか、たべたくない」

 怖い。
 そう口にしそうな理人の体は震えていた。信頼する相手がいないと、食事も落ち着いてできない。こういうときにどうすればいいのか、13歳のラクランは帰ってからおやつを一緒に食べるくらいしか浮かばなかった。

「スコット、理人さんのことなんだけどね」
「なんだい、おいで、ラクラン」

 身体ばかり大きくなって行くラクランを、スコットはさらに大きな体で引き寄せて、ソファで肩を抱いてくれる。大人びて頭がいいとはいえ、ラクランも甘えたいのをスコットは分かってくれる。

「どうすればご飯を食べてくれるか分からないのよ。いつもアタシと一緒に食べられるわけじゃないでしょう」

 朝と夜にラクランがしっかり食べさせているとしても、育ち盛りで胃が小さく、あまり一度に食べられない理人に、今の食生活で栄養が足りているとは到底考えられない。自分は小さな頃から食欲旺盛で、体の成長も良かったので参考にならないし、エルドレッドもスコットとヘイミッシュの子どもなので体は平均より大きく、食欲もある方だ。

「理人は日本の子だから、日本食が恋しいのかもしれないし、ラクランが作ったものなら食べるかもしれないよ」
「アタシが作る……そうね、思い付かなかったわ。さすが、スコット」

 日本食は作ったことがないが、調べればできないはずはない。日本のお弁当でインターネットで検索すると、ご飯に何種類ものおかずが入った豪華なものが出てきて、ハードルの高さを感じたが、ラクランは負けなかった。
 おにぎりに、肉団子、野菜の煮物に、柔らかく茹でたブロッコリーのマヨネーズソース。

「りーに? らんしゃんが、ちゅくってくえたんか?」
「そうよぉ。頑張ったんだから、しっかり食べてね」

 保育園で許可をもらって持たせた小さなお弁当を、理人は完食して帰ってくるようになった。削げていた頬も、以前よりふっくらと丸く幼児らしくなっている。

「らんしゃん、すち!」

 飛び付いて頬にキスをされて、「好き」と告白される。
 そのキスをラクランは親愛のものとして受け取った。
 保育園にエルドレッドと理人をスコットかヘイミッシュに運転してもらって送ってから、自分の学校に送ってもらう。帰りも学校から真っ直ぐに帰らずに、保育園に迎えに寄って帰る。

「おとうとができたみたいで、ぼくはうれしいよ」
「りーも、えるといっちょ、うれちいで」

 元々日本とイギリスを行ったり来たりしていたせいか、理人は喋りが拙く、訛りもあった。それがどこの訛りなのか分からないが、保育園ではからかわれることがあるので、エルドレッド以外とは話をしていないと保育士から聞いて、ラクランは家に帰って理人を膝に乗せた。

「エルドレッドとはお話するのよね、理人さん?」
「すゆで。える、りーのこと、わらわへんもん」
「理人さんを笑うひとがいるの?」

 問いかけに小さな手をもじもじと組み合わせて、理人が上目遣いで潤んだ目でラクランを見上げる。

「らんしゃんは、りーを、どこにもやらへん?」
「理人さんが大きくなって、自分で行きたいところが見つかるまで、どこにも行かなくていいわ」
「りーを、おいていったり、せぇへん?」

 今にも涙が溢れそうになっている赤茶色の瞳を見て、ラクランは察した。潜在的に理人が笑われるのを怖がっているのは、保育園の保育士や同じクラスの子どもではなく、理人の記憶の中に残っている、両親なのだろう。
 気が付けばラクランは理人の小さな体を抱き締めていた。ぽろぽろと溢れる涙が、ラクランの分厚い胸を濡らす。

「アタシは理人さんをどこにも置いていかないわ。誰かが理人さんを笑ったら、アタシが許さない。大丈夫よ」
「らんしゃん、すち……」

 ひしっと抱き着く理人の手は小さく、熱を持って暖かかった。
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