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僕が抱かれるはずがない! ~運命に裏切られるなんて冗談じゃない~
運命に裏切られるなんて冗談じゃない 8
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シャワーを浴びて、体を温めて緊張を解くつもりだったが、逆に意識してしまって、お湯を止めたときにはジェイムズは膝が震えていた。初めてのこと、未知の経験は、誰でも怖いものだ。自分を叱咤して、深呼吸しながらローションを手に落として双丘の狭間に這わせる。
ぬるりと後孔を撫でる自分の指に、ジェイムズは快感どころか怖気を感じてしまった。片方の手を壁に着き、膝が崩れないように支えて、ぎゅっと目を閉じてエルドレッドのことを考える。
今何をしているのだろう。
他の誰かと抱き合っている姿を想像してしまうと、涙が出そうだった。
勇気を出して挿し込んだ指に、酷い異物感と軽い吐き気を覚える。生唾を飲み下し、冷や汗を堪えながら、ただ無心に機械的に指を動かし、そこを拓いていく。食い縛った歯の間から、無様な声が漏れて、ぐちゅぐちゅと濡れたローションの音と共に、バスルームに寒々しく反響していく。
シャワーで温めたはずの体は急速に冷えて、濡れた肌は粟立っていた。ふるえながらも指の数を増やして、一点を突いた瞬間、快感とは違う衝撃のようなものが走って、ジェイムズは膝を折ってタイルの上に座り込んでいた。
「くっ……エルドレッド……」
捨てられたくない。
一緒に暮らし始めてから、結婚のことを口にしなくなったエルドレッドは、ジェイムズに変わりなく接していたが、心は離れていっているのかもしれない。それをもう一度取り戻せるのならば、体を差し出しても構わない。
それくらいにジェイムズは追い詰められていた。
中心は萎えて、タイルの上に座り込んだ体は冷え切って、それでもジェイムズは後ろに這わせた手を止めなかった。
ようやく指を三本飲み込める程度になって、はぁはぁと荒く息を吐いていると、バスルームの扉が唐突に開く。
「ジェイムズ、声をかけたのに返事がないから……なに、してるの?」
大学教授からジェイムズが具合が悪くて早く帰ったと聞き、家に戻ってきたら姿が見えず、バスルームに明かりがついていた。水音もしないのでジェイムズが倒れているかもしれないと、様子を見にきたというエルドレッドは、しっかりとジェイムズが自らの後ろに指を咥えさせている場面をその目に映していた。
「お帰り、エルドレッド」
「どうしたの? こんなに冷え切って。唇まで真っ青だよ?」
後ろを拓いていたことにも言及せず、ジェイムズの体調だけを心配してバスタオルを持ってきて体を拭いてくれるエルドレッドに、ジェイムズは指を引き抜いてしっかりと抱き着いた。確かめるように肩口に顔を埋めて匂いを嗅ぐが、焼き菓子のような甘い食べ物の匂いがする以外、化粧品や香水、知らないシャンプーやボディソープの匂いもしない。
「だれとも、シてないんだね?」
「誰ともって、なんで、僕がジェイムズ以外と何かするの?」
それよりも体を温めないとと、バスローブを羽織らせてくれるエルドレッドの体を、ジェイムズは軽々と肩に担ぎ上げた。元々ジェイムズの方が逞しく、背も高く体格も良いので、抵抗されない限りは、エルドレッドを好きにすることができる。
驚いて反応できないでいるエルドレッドを寝室まで運んで、ジェイムズはベッドの上に細身だが引き締まった青年らしい体を投げた。シーツの上に投げられて、エルドレッドは青い目を見開いてジェイムズを見上げている。
「エルドレッド、僕を抱いて。君の好きにして。無茶苦茶にして」
「……はいぃ?」
自らバスローブを乱して、体を晒しながら告げるジェイムズに、エルドレッドは完全に状況を把握し兼ねているようだった。それに構わず、覆いかぶさって口付けて、シャツを脱がせていく。
「まっ、待って。待って待って待って! じぇいむ、んっ、お、おちつ、待って! もう!」
押し返そうとしてもいつになく強い力で迫っていくジェイムズに、エルドレッドが取った行動は、抵抗するのではなく、その胸に飛び込んでしっかりと抱き着くことだった。体が密着してしまえば、逆に無理やり行為に及べなくなるし、服も脱がせにくくなる。
「なんで……僕には勃たない?」
「た、勃つよ! 僕がジェイムズに勃たないわけがないでしょ!」
「それなら、なんで?」
抱いてくれない。体を投げ出してもエルドレッドはジェイムズを捨てる気なのかと、涙が溢れてきて、洟を啜るジェイムズの背中を、ゆっくりとエルドレッドの手が撫で下ろす。
「なんで、は、僕のセリフだよ。急にどうしたの? これ、絶対、望んでやってることじゃないでしょう? 僕、ジェイムズのこと抱きたいけど、無理をさせるつもりなんて、少しもないって何度も言ってるよ」
「それなら、なんで結婚の話をしなくなったのかい? 一緒に暮らし出してから、ぼくに幻滅したんじゃないのか」
ぐすぐすと零したジェイムズの涙が、エルドレッドの肩口を濡らしていく。ふわふわの焦げ茶色の巻き毛に指を通して撫でて、エルドレッドはジェイムズの頬にキスをした。
「笑わないでね。僕、情けなかったんだ」
ため息と共に吐き出されたのは、そんな言葉だった。
「ジェイムズがこのマンションに来たときに、広さに驚いてたでしょう。僕も本当はアメリカのジェイムズの部屋の狭さに驚いた。僕は、貴族のボンボンで、当然のように兄が使ってたこの部屋を受け取って、1ポンドも払ってない。ジェイムズはアメリカで自分で家賃を払って、相応の部屋に住んでた。でも、僕は違うって、気付いたときに、すごく自分が甘やかされてて、子どもで恥ずかしくて、情けなくて」
だから、自分で稼げるようになるまでは、ジェイムズとは結婚しないとエルドレッドは決めていたのだという。
説明されて、少し落ち着いてジェイムズの涙も引っ込んだ。ずずっと洟を啜って、エルドレッドの肩口から顔を上げると、恥ずかしそうな、拗ねたような表情が見える。
「そんなこと、言われないと分からないよ」
「うん、そうだよね。ごめんなさい。ジェイムズばっかり大人だから、僕もカッコつけたくて、言えなかったの。この際だから、なんでも言ってよ、ジェイムズ。昨日、僕の携帯に触ってたでしょう? 気になることがあるんでしょう?」
聡いエルドレッドのことだ、携帯の向きが違ったので朝にジェイムズが触ったことに気付いたという。言及されて、濡れたままの髪からぽたぽたと雫を垂らして、ジェイムズが俯く。
「昨日のヘイミッシュとの会話……経験不足とか、努力はしたけど無理とか、試してみるとか……もしかして、他の相手とシたいのかと思って。僕が満足させられてないから」
口にしてしまうと、満足させるために後ろを拓いて、エルドレッドに捨てられないために縋り付いていたのを白状したようで恥ずかしく、目が合わせられないジェイムズに、エルドレッドが「はぁ!?」と驚愕した声を上げた。
その声の大きさに顔を上げれば、青い目を見開いてエルドレッドが意表を突かれたような表情をしている。
「あの……ごめん、ジェイムズ」
「別れないで!」
「違うの! ちゃんと聞いて。最後まで聞いて。あれは、パンのことなんだよ」
「パンって名前の子がいるのかい?」
「違う違う、ブレッドだよ、毎日食べる、あれ!」
ラクランが妊娠してから悪阻が少しあるので、ヘイミッシュが出来るときには家に行って食事を作り置きしていた。理人も料理をするが、医学部の勉強とピアノとで忙しくて間に合わないことがある。そういうときのための作り置きをするヘイミッシュに、ラクランの家に行ったときに、エルドレッドも料理を手伝うついでに料理を教えてもらっていたのだという。
「さっきも言ったけど、僕は貴族のボンボンで料理もジェイムズに作るまでほとんどしたことなかったんだよ。ヘイミッシュは料理が趣味みたいなひとで、おやつまで作るでしょ。それで、パン作りを習ってたの」
ある程度料理は作れるようになったが、主食のパンは店で買っている。それで不便はないと思っていたのだが、ヘイミッシュから話を聞けば、作りたいパンがあることにエルドレッドは気付いたのだ。
「アメリカで食べた、甘くてふわふわのパン。あれ、ジェイムズが好きだったけど、この辺には売ってる店がないから、作ればいいんだと思ったんだけど、パン作りって大変なんだね」
しみじみと言うエルドレッドは、相当苦労したらしい。
話を聞いていると、材料を計るのから、捏ねる、醗酵させる、形を整えて型に入れる、また醗酵させる、それから焼く、とパン作りは時間がかかって、忍耐力との戦いだった。
「僕の好きなパンを作るために?」
「そうなんだけど、あんなに時間かけて作ってられないって挫折したの」
それでもあのパンを諦めきれなかったエルドレッドに、昨日ヘイミッシュが良いものがあると連絡をくれたのだった。
経験不足はパン作りのことで、努力しても無理というのもそのこと、試してみるというのはヘイミッシュが提案した良いもののことだったのだ。
「……嘘。あれだけ追い詰められた僕はなんだったの?」
「僕、ジェイムズのこと大事にしてたつもりだったんだけど、言葉にしないと伝わらないんだね。よく分かったよ」
ごめんなさいとしゅんとして頭を下げるエルドレッドに、心底安心して、ジェイムズは抱き着く。
「君の心が離れてなくて良かった」
「不安にさせてごめんね、ジェイムズ」
ちなみに、ヘイミッシュが『試してみない?』と紹介してくれたものは、材料を計って入れるだけで、捏ねる作業から醗酵、焼きまで全行程をこなしてくれる全自動のパン焼き器だった。
安心すれば、勘違いしていたことが恥ずかしくて、真っ赤になったジェイムズに、エルドレッドが囁く。
「でも、僕に捨てられるくらいなら抱かれても良いって、潔く思えるジェイムズ、男前で惚れ直したよ」
頬を染める美しいエルドレッドの微笑みに、ジェイムズはきゅんっと肚が疼いたような気がした。
ぬるりと後孔を撫でる自分の指に、ジェイムズは快感どころか怖気を感じてしまった。片方の手を壁に着き、膝が崩れないように支えて、ぎゅっと目を閉じてエルドレッドのことを考える。
今何をしているのだろう。
他の誰かと抱き合っている姿を想像してしまうと、涙が出そうだった。
勇気を出して挿し込んだ指に、酷い異物感と軽い吐き気を覚える。生唾を飲み下し、冷や汗を堪えながら、ただ無心に機械的に指を動かし、そこを拓いていく。食い縛った歯の間から、無様な声が漏れて、ぐちゅぐちゅと濡れたローションの音と共に、バスルームに寒々しく反響していく。
シャワーで温めたはずの体は急速に冷えて、濡れた肌は粟立っていた。ふるえながらも指の数を増やして、一点を突いた瞬間、快感とは違う衝撃のようなものが走って、ジェイムズは膝を折ってタイルの上に座り込んでいた。
「くっ……エルドレッド……」
捨てられたくない。
一緒に暮らし始めてから、結婚のことを口にしなくなったエルドレッドは、ジェイムズに変わりなく接していたが、心は離れていっているのかもしれない。それをもう一度取り戻せるのならば、体を差し出しても構わない。
それくらいにジェイムズは追い詰められていた。
中心は萎えて、タイルの上に座り込んだ体は冷え切って、それでもジェイムズは後ろに這わせた手を止めなかった。
ようやく指を三本飲み込める程度になって、はぁはぁと荒く息を吐いていると、バスルームの扉が唐突に開く。
「ジェイムズ、声をかけたのに返事がないから……なに、してるの?」
大学教授からジェイムズが具合が悪くて早く帰ったと聞き、家に戻ってきたら姿が見えず、バスルームに明かりがついていた。水音もしないのでジェイムズが倒れているかもしれないと、様子を見にきたというエルドレッドは、しっかりとジェイムズが自らの後ろに指を咥えさせている場面をその目に映していた。
「お帰り、エルドレッド」
「どうしたの? こんなに冷え切って。唇まで真っ青だよ?」
後ろを拓いていたことにも言及せず、ジェイムズの体調だけを心配してバスタオルを持ってきて体を拭いてくれるエルドレッドに、ジェイムズは指を引き抜いてしっかりと抱き着いた。確かめるように肩口に顔を埋めて匂いを嗅ぐが、焼き菓子のような甘い食べ物の匂いがする以外、化粧品や香水、知らないシャンプーやボディソープの匂いもしない。
「だれとも、シてないんだね?」
「誰ともって、なんで、僕がジェイムズ以外と何かするの?」
それよりも体を温めないとと、バスローブを羽織らせてくれるエルドレッドの体を、ジェイムズは軽々と肩に担ぎ上げた。元々ジェイムズの方が逞しく、背も高く体格も良いので、抵抗されない限りは、エルドレッドを好きにすることができる。
驚いて反応できないでいるエルドレッドを寝室まで運んで、ジェイムズはベッドの上に細身だが引き締まった青年らしい体を投げた。シーツの上に投げられて、エルドレッドは青い目を見開いてジェイムズを見上げている。
「エルドレッド、僕を抱いて。君の好きにして。無茶苦茶にして」
「……はいぃ?」
自らバスローブを乱して、体を晒しながら告げるジェイムズに、エルドレッドは完全に状況を把握し兼ねているようだった。それに構わず、覆いかぶさって口付けて、シャツを脱がせていく。
「まっ、待って。待って待って待って! じぇいむ、んっ、お、おちつ、待って! もう!」
押し返そうとしてもいつになく強い力で迫っていくジェイムズに、エルドレッドが取った行動は、抵抗するのではなく、その胸に飛び込んでしっかりと抱き着くことだった。体が密着してしまえば、逆に無理やり行為に及べなくなるし、服も脱がせにくくなる。
「なんで……僕には勃たない?」
「た、勃つよ! 僕がジェイムズに勃たないわけがないでしょ!」
「それなら、なんで?」
抱いてくれない。体を投げ出してもエルドレッドはジェイムズを捨てる気なのかと、涙が溢れてきて、洟を啜るジェイムズの背中を、ゆっくりとエルドレッドの手が撫で下ろす。
「なんで、は、僕のセリフだよ。急にどうしたの? これ、絶対、望んでやってることじゃないでしょう? 僕、ジェイムズのこと抱きたいけど、無理をさせるつもりなんて、少しもないって何度も言ってるよ」
「それなら、なんで結婚の話をしなくなったのかい? 一緒に暮らし出してから、ぼくに幻滅したんじゃないのか」
ぐすぐすと零したジェイムズの涙が、エルドレッドの肩口を濡らしていく。ふわふわの焦げ茶色の巻き毛に指を通して撫でて、エルドレッドはジェイムズの頬にキスをした。
「笑わないでね。僕、情けなかったんだ」
ため息と共に吐き出されたのは、そんな言葉だった。
「ジェイムズがこのマンションに来たときに、広さに驚いてたでしょう。僕も本当はアメリカのジェイムズの部屋の狭さに驚いた。僕は、貴族のボンボンで、当然のように兄が使ってたこの部屋を受け取って、1ポンドも払ってない。ジェイムズはアメリカで自分で家賃を払って、相応の部屋に住んでた。でも、僕は違うって、気付いたときに、すごく自分が甘やかされてて、子どもで恥ずかしくて、情けなくて」
だから、自分で稼げるようになるまでは、ジェイムズとは結婚しないとエルドレッドは決めていたのだという。
説明されて、少し落ち着いてジェイムズの涙も引っ込んだ。ずずっと洟を啜って、エルドレッドの肩口から顔を上げると、恥ずかしそうな、拗ねたような表情が見える。
「そんなこと、言われないと分からないよ」
「うん、そうだよね。ごめんなさい。ジェイムズばっかり大人だから、僕もカッコつけたくて、言えなかったの。この際だから、なんでも言ってよ、ジェイムズ。昨日、僕の携帯に触ってたでしょう? 気になることがあるんでしょう?」
聡いエルドレッドのことだ、携帯の向きが違ったので朝にジェイムズが触ったことに気付いたという。言及されて、濡れたままの髪からぽたぽたと雫を垂らして、ジェイムズが俯く。
「昨日のヘイミッシュとの会話……経験不足とか、努力はしたけど無理とか、試してみるとか……もしかして、他の相手とシたいのかと思って。僕が満足させられてないから」
口にしてしまうと、満足させるために後ろを拓いて、エルドレッドに捨てられないために縋り付いていたのを白状したようで恥ずかしく、目が合わせられないジェイムズに、エルドレッドが「はぁ!?」と驚愕した声を上げた。
その声の大きさに顔を上げれば、青い目を見開いてエルドレッドが意表を突かれたような表情をしている。
「あの……ごめん、ジェイムズ」
「別れないで!」
「違うの! ちゃんと聞いて。最後まで聞いて。あれは、パンのことなんだよ」
「パンって名前の子がいるのかい?」
「違う違う、ブレッドだよ、毎日食べる、あれ!」
ラクランが妊娠してから悪阻が少しあるので、ヘイミッシュが出来るときには家に行って食事を作り置きしていた。理人も料理をするが、医学部の勉強とピアノとで忙しくて間に合わないことがある。そういうときのための作り置きをするヘイミッシュに、ラクランの家に行ったときに、エルドレッドも料理を手伝うついでに料理を教えてもらっていたのだという。
「さっきも言ったけど、僕は貴族のボンボンで料理もジェイムズに作るまでほとんどしたことなかったんだよ。ヘイミッシュは料理が趣味みたいなひとで、おやつまで作るでしょ。それで、パン作りを習ってたの」
ある程度料理は作れるようになったが、主食のパンは店で買っている。それで不便はないと思っていたのだが、ヘイミッシュから話を聞けば、作りたいパンがあることにエルドレッドは気付いたのだ。
「アメリカで食べた、甘くてふわふわのパン。あれ、ジェイムズが好きだったけど、この辺には売ってる店がないから、作ればいいんだと思ったんだけど、パン作りって大変なんだね」
しみじみと言うエルドレッドは、相当苦労したらしい。
話を聞いていると、材料を計るのから、捏ねる、醗酵させる、形を整えて型に入れる、また醗酵させる、それから焼く、とパン作りは時間がかかって、忍耐力との戦いだった。
「僕の好きなパンを作るために?」
「そうなんだけど、あんなに時間かけて作ってられないって挫折したの」
それでもあのパンを諦めきれなかったエルドレッドに、昨日ヘイミッシュが良いものがあると連絡をくれたのだった。
経験不足はパン作りのことで、努力しても無理というのもそのこと、試してみるというのはヘイミッシュが提案した良いもののことだったのだ。
「……嘘。あれだけ追い詰められた僕はなんだったの?」
「僕、ジェイムズのこと大事にしてたつもりだったんだけど、言葉にしないと伝わらないんだね。よく分かったよ」
ごめんなさいとしゅんとして頭を下げるエルドレッドに、心底安心して、ジェイムズは抱き着く。
「君の心が離れてなくて良かった」
「不安にさせてごめんね、ジェイムズ」
ちなみに、ヘイミッシュが『試してみない?』と紹介してくれたものは、材料を計って入れるだけで、捏ねる作業から醗酵、焼きまで全行程をこなしてくれる全自動のパン焼き器だった。
安心すれば、勘違いしていたことが恥ずかしくて、真っ赤になったジェイムズに、エルドレッドが囁く。
「でも、僕に捨てられるくらいなら抱かれても良いって、潔く思えるジェイムズ、男前で惚れ直したよ」
頬を染める美しいエルドレッドの微笑みに、ジェイムズはきゅんっと肚が疼いたような気がした。
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