運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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愛してるは言えない台詞 〜みち〜

届かぬ月 4

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 雑誌社にはすぐに嗅ぎつけられて、『立田連月、ADUMAのブランドデザイナーと熱愛』と書き立てられた。それに関して連月は慣れているという言葉通りに堂々としていたが、肝を冷やしたのは路彦の方だった。

『ちょっと、みっちゃん、おねーちゃん、聞いてないんですけど』

 姉の都子からの電話が路彦には一番怖かった。

「友達として親しいだけだよ。お弟子さんの四歳の子が俺に懐いてくれて、その子が可愛くて、家に遊びに行かせてもらってるだけ」
『本当に? あんた、友達とかいないタイプなのに?』
「それは、ちょっと酷いよ」

 訝しげな姉の追求を苦笑して逃れて、通話を切って胸をなで下ろす路彦の膝の上には、当然のように冴が座っている。朝は忙しい連月の代わりに朝食を作るようになったら、「みちひこさんのごはん、すきです」と喜んで食べてくれるようになって、保育園から帰るとお膝で絵本を読んだりする。
 あれからお誘いもなく、路彦は連月の屋敷の客間を借りて寝泊まりしていた。身体が気に入ったというのもからかわれただけで、単純に連月は路彦に子どもが出来ていないか、出来ていたら内緒で処理しないかが怖かっただけなのだろう。
 デザインを詰める仕事だけなら家でもできるので、冴の保育園が終わる時間になると、路彦はこの家に戻ってきていた。その生活もあとどれくらい続くか分からないが、連月との関係が解消されても、冴にだけは会えないかと考えてしまうくらい、冴は路彦を慕ってくれて可愛かった。

「冴ちゃんはリボンが好きなの?」
「だいすきです」
「そっか。じゃあ、俺がリボンのついたアクセサリー作ったら、着けてくれる?」
「うれしいです!」

 ふくふくと丸い頬を突くと、冴が目を輝かせて喜ぶ。デザインのスケッチブックに、結び目にビジューを飾った小さなリボンの髪飾りが描き上がった。
 性行為をしてから、妊娠が分かるまでの期間はおよそ三週間と言われている。
 三週目に男性用の妊娠検査薬を試してみて、陰性反応が出たのに、少しだけがっかりしてしまったのは、この生活が楽しかったからに違いない。出来上がったビジューの付いたリボンの髪飾りを冴に持っていくと、物凄く喜んでくれた。

「みちひこさん、つけてください!」
「明日、保育園に行くときに立田さんに着けてもらったらいいよ」
「いま、みちひこさんにつけてほしいです」

 幼い子は要求もストレートだ。膝の上に乗せて髪を編んでいると、夕食の買い物をして帰ってきた連月が立ち竦んだ。

「そ、それ、新作やない? 未発表のやつ?」
「個人的に冴ちゃんに作らせてもらったんです」
「個人的に……えー? 俺にはそんなん、ないのに?」
「あの、ビジューの数も少なくして小さくしたんですけど、子どもに高価すぎましたか?」

 冴と親しくなったとはいえ、保護者である連月に許可を取らずに勝手に作って贈ったことについて、連月が思うところがあるのならば申し訳ないと頭を下げると、「そうやないけど」と複雑そうな顔をされる。

「さえがもらったのです、ししょーにはあげません」

 ぎゅっと小さなお手手で抱き締めるようにして髪飾りを守る冴に、「さぁちゃんのを取ったりせぇへんよ」と連月はため息をついていた。
 夕食後に、冴をお風呂に入れて、ベッドに寝かせてから、路彦は本題を切り出した。

「妊娠はしていませんでした。ですので、家に戻らせてもらいます。お世話になりました」
「戻るって……帰るの? な、なんで?」
「妊娠してなかったからです」
「いや、でも、ほら、俺ら、ええこと、してもええ仲やん?」

 掴まれた腕に触れる手が、妙に熱く感じられた。お誘いがなかったのは、路彦が妊娠しているかもしれないと連月が大事をとっていたからのようだ。妊娠していないならば、体だけの関係として続けるつもりなのだろうか。

「そういうのは、俺じゃなくて、他のひとを誘った方が良いですよ。俺は、そういうの、慣れてないから」

 抱かれるのにも、遊ぶのにも、路彦は慣れていない。このまま居心地の良い場所にいたら、連月の特別になれるのではないかと勘違いしてしまう。ただでさえ、冴ともう離れ難くなっているのに。

「慣れてないて、俺が初めてやったんやろ、当然やわ。そういう、初心な反応もかわええよ?」

 引き寄せられても、路彦の方が体格も良いし、背も高いので、動かなければ連月の思い通りにはできない。胸にしなだれかかるようにして体を寄せた連月からは、一緒に暮らした三週間で同じシャンプーとボディソープを使っていたのに、全く違うもののような甘く爽やかな香りがしてくる。
 シャツ越しに撫でられた胸が、ぞくぞくと背筋に快感を走らせて、熱い吐息が漏れた。

「姉が……立田さんのこと、気にしてるみたいで……」

 弟が体だけの関係を専属モデルと結んでいると知ったら、都子は連月との契約を考え直すかもしれない。父が会社の出資者である路彦の方は、血が半分しか繋がっていないにせよ、弟であることには変わりないので、切り捨てられはしないだろう。
 連月の立場を悪くするような遊びは、必要ではない。他に遊ぶ相手など連月ならばどれだけでもいるはずなのだ。

「立田さんやのうて、連さんて呼んで?」
「聞いて、ます?」

 頬に手を添えられて、顔を下向きにさせられた路彦に、連月が唇を重ねる。舌で唇を舐めて口を開けさせて、舌を絡められると、頭の芯が痺れるような快感に身を委ねたくなる。

「なぁんも、聞いてへん。目の前にこんなかわええ御人がおって、俺を誘うのに、話なんかしてられへんよ?」
「誘って、なんか……んっ!」

 シャツの上から胸の尖りを指で押し潰されて、びくりと体が震えた。酒のせいですっかり忘れたはずのあの夜の快感を、体は覚えている。

「さぁちゃんにエロい声、聞かせたくないやろ?」

 口元を押さえて目を伏せた路彦を、連月が手を引いて寝室まで連れて行く。抵抗できないどころか、流されている自分に気付きながらも、路彦はどうにもできなかった。
 覚えていないあの夜に、連月がどんな顔をしていたか知りたい。連月が本当に自分を抱いたのか、実感が欲しい。
 手に入れたところで、別れた後に虚しさしか残らないのは分かっているのに、路彦は連月に抱かれたかった。一緒に暮らしている間中、お誘いがあるのをどこかで待っていた。
 出ていくのは明日の朝でも構わない。覚えていないのだから、もう一度くらいいい思いをしてもバチは当たらないはずだ。

「避妊、して、くださいね?」
「俺は出来てもええのに」

 シャツを脱がせていく連月の手が、裸の腹筋を撫でて、路彦は高い声を上げそうになって飲み込んだ。
 泣いて路彦が欲しいと強請るくらいまで、丁寧に連月は路彦の体を拓いていった。初めてのときも同じように丁寧にされたから、腰の痛みと股関節の軋みくらいで済んだのだろうか。
 脚を抱えられて、よく慣らされた後孔に切っ先を宛てがわれる頃には、路彦は泣いてわけが分からなくなっていた。

「俺が好きやろ? 連って呼んで?」
「れんっ……すきっ、すきぃ、あぁっ、もう、おねがい……!」

 しやくり上げる路彦の隘路をみちみちと押し開いて、指とは比べものにならない質量のものが入ってくる。最後まで中心を納めた連月の顔は、うっとりと蕩けていた。

「れん……すき……あぁっ!?」
「可愛い顔で、俺を煽って、悪い子や」

 腰を回す連月にごりごりと最奥を責め立てられて、路彦は悲鳴を上げていた。
 散々に抱かれた後には、顔は涙でぐしゃぐしゃで、体は自分の達した白濁でドロドロ。自分も事後でだるいはずなのに、連月は路彦の体を暖かいタオルで拭いて、目を蒸しタオルで温めてくれた。
 明朝には家に帰らなければいけない。
 その決意が揺らぎそうになりながら、路彦は連月を抱き締めて浅く微睡んだ。
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