龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

17.黄家の当主の弟

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 宰相と四卿との話し合いの後で政務を終えた龍王は、ヨシュアに付き添ってもらう形で梓晴を青陵殿に呼び出した。
 何の話をされるか梓晴自身も覚悟があったのだろう、神妙な面持ちでヨシュアの部屋にやってきた。

 夕餉が運び込まれて、ヨシュアと龍王と梓晴で食べる。
 龍王はもうヨシュアと共に食事をしないことは考えられなくなっていた。
 左手が不自由なので器が持てないヨシュアに、さりげなく侍従のネイサンが手を貸している。本来ならば夕餉の席を邪魔されたくなかったし、ヨシュアとネイサンの距離が近いのが気になっていた龍王は、胸がもやもやするのを抑えられなかった。

「わたしが手伝う」
「結構です。龍王陛下はご自分が食べるのに集中されてください」

 手伝いを申し出ても断られてしまう。
 ヨシュアの配偶者は自分なのだから、ヨシュアの世話をしたいと思うのはいけないことなのだろうか。
 そんなことよりも自分のことをするように言われてしまうと拗ねたような心地になる。

「わたしはヨシュア殿の配偶者だ。ヨシュア殿のことなら何でもしたい」
「龍王陛下はわたしの形の上での配偶者です。政略結婚とはそのようなものです」
「ヨシュア殿、それではわたしは梓晴に結婚を勧められないじゃないか」

 眉間に皴を寄せた龍王に、椅子に座っていた梓晴が困ったように眉を下げる。

「わたくしのことで喧嘩をなさらないでください。わたくしは王族の務めを果たすつもりでいます」
「梓晴、誰か気になっている相手がいるのか?」

 その問いかけに梓晴は答えを迷っていたようだが、少しして声を潜めて龍王とヨシュアに打ち明けた。

「高家の浩然ハオラン殿とは何度か王宮でお話をさせていただいています。高家は今の宰相の家なので、力を持ちすぎると言われるかと思い、兄上にはお話しできていませんでした」
「高家か。確かに今の宰相の家だが、梓晴自身が気に入って婿にしたいというのならば、わたしは賛成する。いい縁組だと思う」
「そういっていただけると嬉しいのですが、黄家の玉潔ユージエ殿が妙にわたくしにしつこくて、浩然殿と話をしていると、必ず割り込んでくるのです」
「玉潔は年が五十近くなかったか? 浩然は二十歳になったばかりで梓晴と釣り合うと思うのだが」

 玉潔は黄家の当主の弟で、五十代の当主と年がそれほど変わらなかった覚えがある。龍族の血は引いているので見た目は三十代くらいに見えるのだが、龍王は玉潔にあまりいい印象は持っていなかった。

「結婚していないのも、暴力的だから婚約者にことごとく逃げられていると聞いているぞ」
「そうなのです。それなのに、王宮の行事があるたびにわたくしに付きまとって来るので、一度は浩然殿と決闘寸前までいったのです」
「そうなのか? それは知らなかった」
「兄上は異国からの使者に挨拶を受けていたときだったと思います。浩然殿がわたくしに近付くのは下心があってのことだと言って、遠ざけようとしたのです」

 王宮の行事では梓晴には身分の近いものも、年の近いものもあまりいない。高家の浩然は梓晴にとって年が近く打ち解けられる相手だったのだろう。それを黄家の玉潔は面白く思っていないとなると、なんとなく分かってくる。

「ヨシュア殿、どう思われますか?」
「多分、龍王陛下が感じられたことと同じかと思います」

 玉潔が黒幕なのだとしたら、その証拠を掴まねばならない。
 どこで呪術師と会い、呪術師を操ったのか。

 梓晴が退席した部屋の中で龍王とヨシュアは向かい合って柑橘を漬けた蜂蜜を冷水に溶かしたものを飲んでいた。甘酸っぱいそれを飲むと、喉がすっきりとする。
 苦くえぐみのある薬草茶を飲んだ後の口直しにもなった。

「ヨシュア殿、何とか証拠を集めることができないでしょうか」
「呪術師の死体を検分したのですが、胸にまだ新しい焼き印が押されていたのです」
「焼き印?」
「今は禁じられていますが、かつてラバン王国では奴隷を支配するときに焼き印を押していました。その焼き印は魔術となって、主人の言うことを破れなくするのです」
「その焼き印のせいで呪術師は命を懸けてわたしを狙ったのですか?」
「恐らくは、そうです」

 焼き印の情報は今まで龍王に入ってきていなかった。
 どうしてヨシュアがすぐに打ち明けてくれなかったのかと思っていると、ヨシュアの方から説明がある。

「焼き印自体がもう二、三百年使われていないものですし、焼き印の上から傷を付けて分かりにくくしていたので、わたしもすぐにはそれが焼き印とは思い至らなかったのです」
「その焼き印は、魔術師以外が付けても効力が発動するのですか?」
「魔力は関係ありません。焼き印自体に魔術が宿っているのです」

 二、三百年使われていなかったという焼き印だが、二、三百年程度ならば、血の濃い龍族は二代か三代の間になる。それくらいの期間ならば、父、または祖父が手に入れたものを保管してあってもおかしくはない。

「黄家に焼き印があったとすれば、それが証拠になる」
「そうです。ただし、厳重に隠してあって、簡単には見つからないでしょうね」
「黄家の焼き印をどうやって見つけ出すかが問題ですね」

 話しているうちに日は暮れて夜も更けてくる。
 湯あみをすると退出していったヨシュアと入れ替わりに警護の兵士が部屋に入ってきた。部屋の中で龍王はずっと焼き印を探す方法を考えていた。

 湯あみをして戻ってきたヨシュアは白い頬が紅潮して、少し汗をかいていて、長い金色の髪も濡れている。その姿によからぬ思いが浮かびそうになって、龍王は必死にそれを払って自分も湯あみをしに湯殿に向かった。

 広い洗い場と湯船のある湯殿で、龍王は体は自分で洗うが、髪は湯殿の係の者が洗うのに任せている。
 暑いが湯に浸かるとさっぱりするので、少し浸かった後で、脱衣所に出れば素早く拭かれて、髪は水の力で水気を飛ばして乾かして、寝間着を着せられてヨシュアの部屋に戻る。
 戻ったときにはヨシュアは寝間着のまま椅子に座って龍王を待っていた。

「龍王陛下にお聞きしたいのですが、わたしはその玉潔の好みだと思いますか?」

 突然聞かれたことに対して、龍王は何と答えていいのか分からなかった。
 ヨシュアのように美しい男性を龍王は見たことがなかった。豪奢な金色の髪に長い睫毛、きりりとした細い眉、彫りの深い顔だち、血管が透けるように白い肌、そして何よりも美しい鮮やかな青の瞳。
 玉潔が男性も好むという話は聞いたことがあるし、ヨシュアを前にしたら大抵の男女は魅了されてしまうのではないだろうか。

「実はわたしは、特殊な目を持っておりまして」
「ヨシュア殿の青い目は宝石よりも美しいと思います」
「わたしの目の美しさはどうでもいいのです。魅了の魔術をご存じですか?」
「聞いたことはあります。魅了の魔術を使うものは決して幸せにはなれないという伝説と共に」

 魅了の魔術というものが魔術師の中に存在しているのは龍王も知っていた。それが禁忌であることも。
 魅了の魔術は相手の心を勝手に動かすものだ。闇雲に使って相手に惚れられたとしても、常に魅了の魔術を使い続けなければいけないし、一瞬も相手から離れてはいけない。離れると魅了の魔術が解けてしまうのだ。
 魅了の魔術で王族や権力者に取り入った魔術師の伝説はいくつもあるが、どれも最終的には魔術が解けてしまって不幸に終わっている。

「ヨシュア殿は魅了の魔術が使えるのですか?」
「一応、禁忌なので封じられてはいます。ですが、封印を解きさえすれば、使えないこともないのです」
「その封印とは?」
「簡単です。わたしが常につけている耳飾りピアスを外せば、わたしの目は青から紫に変わります。その目を見たものはわたしに魅了されるというわけで」

 ヨシュアの言いたいことが大体分かってきた気がする。

「あなたが、囮になるのですか?」
「それが一番確実かと思われます」

 ヨシュアの意見に諸手を挙げて賛成することはできないが、龍王が狙われ、梓晴の結婚が意に添わぬ形で行われようとしている。
 幼いころに病で子種をなくした龍王は自分で後継者を作ることはできない。梓晴の子どもの中でも優秀なものが龍王になると決まっているのだから、梓晴を狙う動きもこれから活発になってくるだろう。
 その前に四卿の一人である黄家の玉潔が龍王を狙って、梓晴を手に入れようとしたことを明らかにして、黄家を見せしめにしなければいけない。
 黄家が静かになれば、高家の浩然と梓晴の仲を邪魔するものもいなくなるだろう。

「ヨシュア殿、くれぐれも油断なさらないように」
「もちろんです」

 黒幕を捕まえる手はずを整えたヨシュアと龍王は、別々の寝台で休んだ。
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