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二章 高等学校で魔法を学ぶ

7.しばしの別れ

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 ラント領からわたくしとマウリ様に会いに来てくれた両親とクリスティアンとミルヴァ様とリーッタ先生とサイラさんは、その日はヘルレヴィ家のお屋敷に泊った。
 客間で休む両親とクリスティアン、使用人用の部屋を用意してもらったリーッタ先生、サイラさんはヨハンナ様と一緒に子ども部屋の隣りの乳母の部屋で休むことになった。
 おやつの時間もマウリ様とミルヴァ様は仲良く二人、離れなかった。わたくしにずっとくっ付いている印象の強いマウリ様だが、久しぶりに会ったミルヴァ様はやはり別格のようだ。
 子ども用の椅子が二つ食卓に並んでいるのが微笑ましい。

「父がご迷惑をおかけしました」
「わたくしもオスモ様に逆らうことができずに……」

 申し訳なさそうにしているハンネス様とヨハンナ様に、わたくしの両親が大らかに微笑んでいる。

「お二人の協力があったからこそ、スティーナ様をお助けすることができたのです」
「お二人には感謝しています」

 父上と母上に感謝の意を述べられて、ハンネス様とヨハンナ様は目頭を押さえているようだった。

「ハンネス様のことを『兄様』とマウリ様は慕っているんですよ」
「わたくしのにいさま?」
「ミルヴァ様のお兄様でもありますよ」

 母親は違うけれどヨハンナ様はスティーナ様を助ける清い心を持った方だし、その母君に育てられたハンネス様もスティーナ様を助ける協力者となってくれた。そのことで、スティーナ様はハンネス様をマウリ様の兄としてお屋敷に迎えていた。

「ハンネス様を本来ならば養子にしたいのですが、ヨハンナ様が反対されていて」
「わたくしはあくまでもオスモ様の妾で、ハンネスはオスモ様の血は引いていますがヘルレヴィ家の血は引いておりません」

 オスモ殿が入り婿で、ヘルレヴィ家の当主はスティーナ様だった。それを覆して、スティーナ様の体調が悪いのを利用してヘルレヴィ家を乗っ取ってしまおうとしたオスモ殿に、貴族や王族の中から反発が出ていたのも確かだ。
 そのときにハンネス様は後継者に担ぎ出されそうになって、ヨハンナ様も正妻のように社交界でオスモ殿に連れ回されて、貴族社会の闇を見たのではないだろうか。ヨハンナ様がハンネス様をスティーナ様の養子にすることを躊躇っている理由は何となく察せられる。

「あねうえ、アイスクリームです」
「熱いアップルパイにアイスクリームを添えて食べると美味しいんですよ」

 おやつにクリスティアンが喜びの声を上げている。アイスクリームは冷やす設備がないと作れないので、なかなか食べることができない。ヘルレヴィ領の冬は寒いので氷を切り出して売る商売も栄えている。氷があればアイスクリームを作るのも難しくはないようだ。
 ヘルレヴィ領に来てわたくしはアイスクリームを食べる機会が増えた気がする。

「みー、おいしいよ?」
「まー、おいしいね。あまぁい、ゆき」
「ゆきみたいね」

 マウリ様とミルヴァ様が交わす会話の可愛さにわたくしはうっとりしてしまう。伸びて来たふわふわの蜂蜜色の髪を、ミルヴァ様は頭の上で落ちて来ないように纏めていた。
 足元では再会を喜び合う蕪マンドラゴラと人参マンドラゴラと大根マンドラゴラが踊っている。
 おやつが終わるとわたくしは両親とクリスティアンとミルヴァ様に庭を見せた。庭の薬草畑は冬に向けて完全に収穫が終わっているが、ヘルレヴィ領でも薬草畑を作ってもらったことを伝えたかったのだ。

「まーとアイラさま、いっしょにはたけしごと、するの。わたし、ざっそうぬくのとくいよ? むしも、ボーッてするの」

 マウリ様の説明にミルヴァ様が蜂蜜色のお目目をくりくりさせている。

「わたくし、みずやりがとくいよ。まー、わたくしがいなくても、おみずがあげられる?」
「おみず……にいさまがてつだってくれる!」

 ぽてぽてと歩いて少し離れた位置に立っていたハンネス様の手を握ったマウリ様に、ハンネス様が嬉しそうに微笑む。

「私がお手伝いしてもいいのですか?」
「アイラさまは、まーのよ? にいさまは、ほかのひととけっこんして?」
「それは分かっていますよ」

 どうしてもハンネス様にわたくしを取られないかが気になってしまうのも、マウリ様の可愛いところだ。
 夕食を一緒に食べて、順番にお風呂に入って、わたくしたちはそれぞれの部屋で眠りについた。
 翌朝、マウリ様はドラゴンの姿で子ども部屋のベッドからパタパタと飛んで出てきた。ミルヴァ様は寝ているときはドラゴンの本性になっていたけれど、起きるとすぐに人間の姿になって子ども部屋にやってきた。

「ミルヴァ様は本性の制御を始めているのですね」
「わたくし、ドラゴンのままでいない。ドラゴン、さらわれるかもしれないから、あぶないって、リーッタてんてーいったの」

 公爵家の子どもを攫おうとする輩がいるとは驚きだが、ドラゴンがそれだけ希少で珍重されることは確かだった。ドラゴンの本性は小さく攫ってしまうのは簡単かもしれない。

「さらわれそうになったら、わたくし、ブレスをはくのよ」
「わたしも、ブレスをはけばいい?」
「まーも、さらわれないように、にんげんのすがたにならないと」

 促されてぱたぱたと飛んでいたマウリ様が人間の姿になって降りて来た。

「ミルヴァは頑張っているのですね。マウリにもよい先生を見つけなければいけませんね」

 ミルヴァ様にはリーッタ先生がいるが、マウリ様には今のところ家庭教師の先生はいない。

「おかあさま、わたくし、じがよめるのよ」
「すごいですね、ミルヴァ」
「かくのはむずかしいけれど」

 スティーナ様の膝によじ登ってミルヴァ様が甘えている。たった4歳で母親のスティーナ様と引き離されたミルヴァ様が寂しくなかったはずはない。それまでラント家で過ごしていなければ、スティーナ様もミルヴァ様をラント家に送り出すのを躊躇っただろう。

「朝食を食べたらお暇しなければいけませんね」
「お昼のお弁当を厨房に言って作らせます。この度は来ていただきありがとうございました」
「次回はアイラとマウリ様がラント領に来るのを待っております」

 父上とスティーナ様と母上が話している。
 もう別れのときが来てしまったのだとわたくしは少し寂しい気持ちになった。
 マウリ様とミルヴァ様と話しているクリスティアンを呼び寄せると、しっかりと抱き締める。

「クリスティアン、父上と母上とミルヴァ様のことは頼みましたよ」
「はい。ぼくが、さみしくないようにいっしょにいます」
「クリスティアン、わたくしはあなたが大好きです」
「あねうえ、ぼくもあねうえがだいすきです」

 名残惜しいけれど、父上と母上には仕事があるし、わたくしも明日からは高等学校にまた通わなければいけない。ヘルレヴィ領からラント領までは特急列車でも半日近くはかかるので、朝食を終えたら帰り始めないといけないのは分かっていた。

「アイラ、魔法の勉強が進んだら、どのようなことをしているか、手紙を書いてくれるかい?」
「私たちも魔法の勉強がしたいですね」

 わたくしがこれから学ぶ魔法について、両親も学びたいと言ってくれている。

「ぼくもべんきょうしたいです! リーッタせんせい、まほうのほんをとりよせてください」
「クリスティアン様がもう少し大きくなられたら国立図書館に行くのもいいですね」

 リーッタ先生の言葉にわたくしも国立図書館で勉強したい思いがわき上がる。

「王都の国立図書館で待ち合わせをして、会うというのも悪くないのではないでしょうか?」
「それだったら、移動距離はお互いに半分になりますね」

 わたくしの提案にリーッタ先生が賛成してくれる。
 王都の国立図書館にも行きたいし、国立植物園にも直にお礼を言いに行きたい。
 わたくしの願いをスティーナ様も聞いてくれていた。

「国立植物園にはわたくしもお礼を言いに行かなければいけませんでしたね。わたくしが健康を取り戻せたのも、国立植物園の預けてくれた種のおかげですからね」

 これからマンドラゴラをヘルレヴィ領で育てていくためにも、国立植物園には一度ご挨拶をしておかなければいけない。

「ぼくも、いきます! どうぶつえんにも、いきたいです!」

 国立図書館に国立植物園に国立動物園。
 行きたい場所はたくさんあった。
 馬車に乗り込む両親とクリスティアンとミルヴァ様とリーッタ先生とサイラさん、それに蕪マンドラゴラと人参マンドラゴラを見送る。
 次に会うのは冬休みだろうか。
 外は冬の風が吹き始めていた。
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